第二十五話:俺たちの魔術《ちから》で運命をねじ伏せる!
【紋章外装】で瘴気を纏った俺は、一歩踏み出してティラノの腹にボディーブローをいれる。
ティラノの腹を突き破り血が噴き出た。
さらに拳を通して奴の体内に魔力をねじ込み破裂させる。
「グギャァ!?」
全長三メートルの巨体をもつティラノが血煙をあげながら後退する。
だが、奴の目にはまだ戦う意志が残っている。
奴は後退しながらも両足を踏みしめ、口を大きく開く。口の中が燃えたかと思うと、俺の頭よりも巨大な火球を、続けざまに放ってきた。
音速を超える速さで飛来する火球。今の俺でも直撃すれば大ダメージは避けられないだろう。
だが、俺は奴が予備動作をした段階で既に回避運動を始めている。地面を蹴って跳ぶ。ただそれだけなのに、爆音が響き、地面が抉れる。
斜め前に跳んだ俺は、横を通り過ぎる火球に頬をちりちりと焼かれた。
着地すると同時にもう一つステップを踏み突進、その勢いのままティラノの横を通り過ぎ。すれ違い様に手刀で脇腹をえぐる。
「ギュウアアアアアアア!!」
「ガアアアアアアアアアア!!」
ティラノの咆哮と、俺の叫びが重なる。
【紋章外装】で瘴気をまとっている間はひどく攻撃的になる。本能が殺せ殺せと叫ぶのだ。さらに【紋章外装】の制御と、この精神状態のおかげで単純な魔術意外は使えなくなる。
「ハアアアア!!」
高く跳びあがり、今度は拳を打ち下ろす。
拳が奴の頬にめり込み、強靭なティラノの顎と歯を砕く。
着地と同時にしゃがんで、体を一周させる大胆な足払いを振る舞う。
ティラノの体が中に浮き、落ちてきたところに内蔵破壊を目的とした掌底を放つ。
ティラノが吹き飛ぶ。幾つかの内蔵と肋骨を潰した手応え。
重力に引かれ奴が地面に叩きつけれる。ちょうど、突っ伏すように倒れたせいで、頭が殴りやすい位置にある。
思い切り殴りつけると、ティラノの頭蓋骨が砕けた。
二度と、三度となんども殴りつける。致命傷と言っても問題ないほどの傷。
しかし……
「ギャァァァァオ!!」
やつから瘴気が噴き出る。
そして、俺が握り潰した尻尾も、切り裂いた脇腹も、砕いた顎と頭蓋骨も全て元通りとなる。
そう、高位の魔物は、人が加護で回復するように瘴気で回復する。
普通の魔物であれば、瘴気で体を形作るだけだが、肉体の再構成用の瘴気を溜め込んでいるのだ。
……もとよりこれは想定済み。
やつを倒すには、回復用に溜め込んでいる瘴気を吐き出すまで殴り続けるか、一瞬で体の半分以上を吹き飛ばすほどの、一撃を加えるしかない。
「ギュア!」
突っ伏していたティラノは、そのまま跳ね、大きな口を広げ襲いかかってきた。
バックステップで躱すと、ティラノの顎が目の前で閉じられ硬質な音がなり火花が散る。
側面に回りこみ、隙だらけの横っ腹を殴る。
「ギュエッ」
俺の拳は確かにダメージを与える。
だが、ダメージを与えるはしから回復されていく。
慎重に、躱しながら確実に何度も殴り続けるが、奴の回復速度を上回ることはない。
そう、わかっていたのだ。奴に勝てないことぐらい。
奴が回復用の瘴気を使いきる前に、【紋章外装】の限界が来るだろう。
【紋章外装】がなければ戦いにすらならない。【紋章外装】を使えば威力のある高度な魔術を使えない。
俺に出来ることは、【紋章外装】が続く限りやつを殴り続けることぐらいだ。
いくども、いくども、打撃音が続く。
拳に返ってくる感触が柔らかくなってくる。
奴の保有瘴気量が減り、瘴気での強化が弱まっている。
さらに、回復速度も目に見えて落ちてきた。
だが……
「俺のほうが先に限界がきたか」
魔力の消費はほとんどないが、瘴気のダメージを抑えるために削られ続けてきた加護がついに尽きそうだ。加護が尽きれば瘴気は容赦なく俺の体を焼き尽くす。
「ギュアアアア」
野生の本能か俺が弱っているのを知ってかどことなく、嬉しそうな叫びだ。
……俺は苦笑した。なんて人間臭い魔物だ。
「これで最後だ」
【紋章外装】を解きながら、展開していた瘴気を自身の魔力とブレンドすることで変質し無数の刃として放つ。こうすることで魔物といえど、瘴気を吸収できなくなる。
「【瘴気飛来刃】」
「ギュッギュアアアアアア!?」
幾重もの瘴気の刃がティラノをズタボロに切り裂く。
俺の最後の一撃にたまりかねて奴が悲鳴をあげた。
だが、倒すには至っていない。
目の前には、体中切り裂かれて無数の傷口から血を流しながらも、瘴気の黒い光で体を癒やしているティラノ。
最後の切り札でも決めきれなかった……
奴の目に愉悦の光。
加護が切れた俺はもはや、ただの人間でしかない。
よく、頑張った。
これだけ時間があれば二人は逃げ切れただろう。
傷が癒えるのを待たず、奴は突進してくる。よほど早く俺を殺したいらしい。
静かに俺は目を閉じた。
「何、諦めているんですか! ソージくん」
金色の影が、俺を後ろから抜き去りティラノの前に躍り出る。
とっくに逃げたはずのクーナだ。
「クーナ!?」
そして、俺が【瘴気飛来刃】で抉ったティラノの脇腹の傷に手を突っ込み、業火を放つ。
瘴気の防御が薄れた上に傷口だったので、ランク1のクーナの力でも有効打となる。クーナはティラノにしがみつきながら炎を流し込み続ける。
傷口から炎を放ち続けるクーナを嫌がり、ティラノが暴れ、クーナを振り落とす。
クーナは空中で態勢を整えて華麗に着地した。
加護を使いきった俺よりも、クーナが危険と判断しティラノはそっちに目を向ける。
ティラノがクーナが意識を向けた瞬間だった……
「そうよ。諦めるなんてソージらしくない。【斬月】」
しかし、静かに忍び寄っていたアンネが背後から【斬月】を放ち、右足の傷口を狙いアキレス腱を切り裂いた。
「アンネまで!?」
アキレス腱を切られたティラノはバランスを崩し、倒れる。
「クーナ、アンネ、どうして逃げなかった!?」
俺は二人を怒鳴る。
「私たちは逃げることを了承したわけじゃないです。ただ、ソージくんが言うように足手まといになってしまう状況だったので、邪魔にならないように気配を消して隠れていました」
クーナがティラノから距離を取って、奴の傷口めがけて【剛炎槍】を連射しながら口を開く。
あのとき、アンネが耳元で囁いたのはそういうことか。
「ソージ、私たちはパーティよ。ソージ一人を犠牲にするなんてありえない」
暴れるティラノを冷静に観察しながら、確実に【斬月】を当てていくアンネ。
二人は、俺が弱らせたティラノを、少しずつだが、確実に削っていく。
しかし……
「ギュアァァァァァァァ!!」
ティラノが咆哮をあげ、恐ろしい勢いで瘴気を放出する。
アンネとクーナを吹き飛ばし、さらに異常なまでの勢いで傷口を癒やす。
奴は二人に対応するために、瘴気の消費が激しい急速回復を使用した。残り少ない瘴気を浪費してでもそちらのほうが安全だと判断したのだろう。
さらに、防御に回す瘴気までひねり出してきた。短時間で決めれば問題ないという判断だろう。
瘴気の保有量が減り、ガタ落ちしたティラノの自己回復量と防御力が一時的にだが回復している。もう、二人の攻撃は通らない。
せめてもの救いは、奴の全開状態には遠く及ばないこと。
だが、人間基準で言えばランク3とは言わないまでもランク2上位の力は秘めている。
「ソージくん。ここから逆転する方法を考えてください」
「そうね。このままだと全滅だわ。ソージ、あなたならできるでしょ? この状況を逆転する手を考えるぐらい」
俺の命令を無視して戻ってきたくせに二人が随分と無責任なことを言う。
だが、心のどこかで彼女たちが戻ってきたこと、そして俺を頼ってくれたことを喜んでいた。
傷が癒えて突進してくるティラノ。クーナが地属性の魔術を発動させ、目の前の地面を一瞬で深い泥沼にすると、ティラノがどぷりと頭の先まで沼に嵌り込む。クーナは即座に泥沼を固めて、ティラノを生き埋めにした。
そう、火狐は火に次いで土の精霊魔術の適性もあるのだ。
ティラノは暴れて脱出しようとしているが、なにせ全身を硬い土で包まれて力を入れることすらうまく出来ていない。
……クーナがくれた時間。有効に活用して策を用意しなければならない。
「勝てる策がないから、二人を逃がしたんだけどな。まったく、なんで戻ってきたんだか」
「三人で約束しましたからね。地下迷宮に挑むときも、帰ってくるときも、必ず三人一緒だって」
「ええ、【魔剣の尻尾】のエンブレムに誓ったもの。絶対にこの誓いは破れないわ」
はじめて、地下迷宮に挑んだ日。三人で【魔剣の尻尾】に誓った言葉。
そうか俺達は誓ったんだ。……それなら命を賭ける価値がある。俺だけではなく、三人の命を賭ける価値が。
俺はクーナと、アンネの肩に手をあて、魔力を行使する。
「なにこれ、魔力が止まらないです」
「すごい、力が湧いてくる」
二人が、うちから湧き上がる魔力に驚いている。
「【魔力限界解除】。これで、二人は二分だけ限界を超える力を使える」
その代わり、時間を超えたら、反動でまともに動けなくなるうえに、数日魔術回路の不調でろくに魔力の回復もできなくなる。
この二ヶ月で魔術回路を鍛え直したから使える魔術だ。
ロスの大きい状態でこれを使えば、魔術回路を焼ききってしまう。
クーナの回路は若干が不安が残るが元が呆れるぐらいに強靭な回路だ。無事耐えてくれるだろう。
「ティラノを一分三十秒足止めしてくれ。一分三十秒以内に俺のとっておきの魔術を完成させて奴を倒す」
「随分とシンプルな作戦ですね」
「アンネ、わかりやすくていいじゃないですか」
二人が軽口を言う。
「二人に予め言っておく。俺の知る二人の実力なら、今の状態でも一分もたないだろう。しかも俺は魔力は余っているが、加護はゼロ。身体能力ガタ落ちで奴の攻撃は避けれないし、防御力は紙。まったく自衛能力がないから二人が抜かれたらあっさり死ぬ」
二人は息を飲む。
そう、俺にはもう加護の一欠片も残っていない。今の一般人程度の身体能力では奴の攻撃に対応できないのだ。
「そして、切り札にしている俺の魔術も未完成だ」
そして使う魔術も、【空間破壊】では威力が足りず、一度も成功したことがない【銀龍の咆哮】に賭けるしかない。
「……いいか、この作戦はボロボロだ。クーナとアンネはやつを足止めできないし、俺の魔術がきちんと発動できるかもわからない。正直、分が悪すぎる。正気の沙汰じゃない」
博打なんて生易しいものじゃない。どう聞いてもただの自殺行為。
「わかりました。簡単なことじゃないですか。ソージくんの予想を超える力を発揮した私達があいつを足止めして」
クーナが笑顔で口を開き、
「ソージが、気合で魔術を発動させれば、全員生き残れるわけね」
アンネも笑顔で続ける。
二人がそう言うと、それがなんでもないことに思えた。
「まったくもってそのとおりだ。三人で生き残るぞ!」
「ええ!」
「はい!」
俺は二人が守ってくれると信じて棒立ちで演算を開始し、アンネとクーナはティラノに向かっていく。
ティラノが首を無理やり地面に向け、特大の火球を口から放つ。地面が吹き飛ぶ。自らの炎で体を焼かれることを代償に、奴は土魔術の拘束から逃れた。
「アンネ、クーナ振り向かずに聞いてくれ。俺はティラノを見て、俺が犠牲になって二人を逃がすか、二人を見殺して俺が逃げるか。どうなろうと、【魔剣の尻尾】が欠けてしまうと確信していた」
俺は魔術の演算をしながら言葉を紡ぐ。
逃げろと俺は叫んだのは、その二択なら自分が死んだほうがましだったから。
「俺はその運命を一度は受け入れてしまった。だけど、アンネとクーナは戻ってきてくれた。本当は嬉しかったんだ。泣きそうなぐらい。だからかな、幸せすぎて、三人でいることを諦められなくなった」
たぶん、何度人生を繰り返しても今以上のパーティなんて、絶対に手に入らない。俺は、ずっと三人でいたい。
「それに、俺の愛するクーナとアンネがそんな運命を認めないと言うのなら俺もそんな運命を認めるわけにはいかない……」
彼女が俺を、俺たちの力を信じてくれる限り抗う。
「だから、俺は、違うな。……俺たちの魔術で運命をねじ伏せる!」
ティラノに向かう二人の顔は見えない。だが、笑ってくれた気がした。
恐怖はない。俺は、この無茶を【魔剣の尻尾】の力を信じる。
必ず勝つ。勝って三人で帰るんだ。
その誓いを元に、俺は一度も成功したことがない魔術の演算を続けていく。
次回、二章のクライマックス。ついに決着です
ちなみに、途中で出てきた誓いというのは書籍化版一巻の書き下ろしイベントで下記のような約束をしているのですよ。是非、チート魔術の一巻を買ってね! 十二月発売だよ!!
「「「【魔剣の尻尾】に俺(私)たちは誓う、いかなるときも三人揃って地下迷宮に挑み、三人で帰ってくる」」」




