第二十四話:【紋章外装】
強大なティラノ型の魔物を見て、俺の本能と理性の両方が悲鳴を上げている。
足まで震えはじめた。
俺は太ももを殴りつけ、無理やり震えを止める。
「クーナ、アンネ。あれには勝てない。可能なら逃げるぞ」
二人が頷く。あれに立ち向かう勇気はないようだ。
問題は逃げれるかどうかだ。俺たちに興味がなければ追ってはこないだろう。
奴と目があった。その目にあるのは明確な殺意。どうやら、逃がしてくれるつもりはないらしい。
ティラノが重心を前にかける。突進する前準備。完全に戦うつもりだ。
戦いの気配を感じ、二人が戦闘態勢に入る。
先手を取ったのはクーナだ。
「【剛炎槍】!!」
クーナは得意魔術である炎の槍を放つ。
彼女は演算時間の短い魔術の中では【炎槍】をもっとも頼りにしている。
一度に放つことができる【炎槍】は8つ。だが、【剛炎槍】はその8つを一つにまとめることで、威力を底上げする対単体に特化した魔術。
クーナだけではなくアンネも動いていた。
クーナが魔術を準備すると同時に【斬月】の魔術を走らせながらの疾走。
魔力回路の改良と、俺との特訓のなかで魔術を日常的に使えることを覚えた成果がでて、演算時間の短縮及び、戦闘中の演算が可能になった。
俺はあえて動かない。彼女たちのサポートの準備をはじめる。
「グルァァァァ!!」
クーナの放った炎の槍を見て、ティラノが吠える。それだけで空気が震えた。
【剛炎槍】がティラノの胸板に直撃し、その直後、アンネが横薙ぎに斬撃の概念を乗せて強化した必殺の一撃、【斬月】が奴の右足を襲う。
「なっ!?」
「そんな」
二人の声が重なる。
クーナの【剛炎槍】は、辛うじて体表を貫き、申し訳程度の傷と軽いやけどにを負わせたが、アンネの【斬月】は、皮膚の表面で止められた。
「アンネ! 全力で後ろに跳べ!!」
俺は全力で叫ぶ。アンネが跳ぶのと同時にティラノは体を一回転させ、遠心力のついた尻尾でアンネを襲った。
アンネは後ろに跳んではいるが、距離が足りない。このままでは尻尾に掴まる。だが、俺がこうなることを予測して発動させていた風の魔術がアンネを運びぎりぎりで攻撃範囲から遠ざけることができた。
しかし、尻尾の先がほんの少しだけかする。それだけでアンネの体が数メートル吹き飛んだ。アンネは派手に吹き飛び、地面にたたきつけられ転がっていく。
「アンネ!!」
クーナがアンネを見て叫び、駆け寄ろうとする。
その叫びを聞いてティラノの注意がクーナに向いた。
「ギュアアアアアァァ!!」
奴は、クーナに向かって突進を開始する。
その巨体でありながら、恐ろしく速い。俺の全力の二倍以上の速度。クーナはアンネに気を取られて、反応が遅れている。
クーナは、一拍遅れてティラノの突進に気づき、やつのほうを向いて、顔を真っ青にする。回避することも受けることもできないと悟ったのだ。
俺はクーナと奴の間に割り込み魔術を起動させる。
「【魔銀錬成:漆の型 盾・壁】」
かつて、イノシシの化け物の突進を防いだ大盾を錬成。
盾の真下と、両サイドから斜め下へ伸びた3つの杭が地面に突き刺さり、さらに地面に突き刺さった杭は根をはり固定する。
そして、盾の表面のスパイクの角度を調整。
相手の突進を受け止め、相手の突進の力を活かしてスパイクを突き刺し電流を流す必勝パターンだ。
だが……
「ギュアアアアアアアア!」
奴の頭突きが盾にぶつかった瞬間。盾のスパイク、地面に固定されていた杭の双方が折れる。一瞬だけ突進を止めたが、やつが頭を振り上げた瞬間、俺は勢い良く吹き飛ばされる。
「さすがに、止め切れないか」
だが、想定の範囲内だ。最低限、クーナが体勢を立て直す時間は稼いだ。
俺は空中で姿勢制御をする。予め受け止めきれないことは予測していたので、クッションの風の魔術を用意してある。俺の体を幾重にも重ねた風の層が受け止め、徐々に失速させる。ダメージは避けたと思った。
しかし、次の瞬間、あの巨体で奴は跳んだ。
しかも、器用に空中で体を捻って尻尾を俺の頭上から叩きつけてくる。
「なっ!?」
さすがにその動きは予想外だ。
あんなものを食らって地面に叩きつけられたら、即死だ。
俺は、即座に太ももの予備のミスリルのリングを溶かして糸付きの矢を作る。素早く、近くにあった大樹に矢を突き刺し、糸を引いて空中移動。ぎりぎりで尻尾を回避。
辛くも避けた奴の尻尾は地面にぶちあたり、冗談のようなクレーターができた。
なんだ、この規格外の化物は。
「ギュラアアアアアア!!」
俺を殺し損ねたことがよほど不満なのか、やつはまた咆哮をあげる。
必死に頭を巡らせる。
このまま戦えば間違いなく、三人とも殺される。
逃げることは可能か?
不可能だ。やつはこちらを獲物として認識している上に、奴の速度は俺たちを大きく上回る。
……いや、切り札を使ってクーナとアンネを見殺しにすれば、俺一人だけなら逃げることは可能だろう。
覚悟を決めろ。
「クーナ、アンネ。地下七階を目指して全力で走れ!! 五階の入り口は崩落が酷い。瓦礫を短時間でどかすのは不可能だ! 下に向かったほうがましだ!」
アンネに駆け寄って彼女を抱き起こしたクーナに向かって叫ぶ。
二人を見殺しになんてできるはずがない。
俺は決めた。切り札を使い奴を足止めし、その間に二人を逃すことを。
自分一人逃げるよりよほどいい。
「ソージくん、でも、この魔物相手に!」
「できる。俺が足止めして見せる!! だからお前たちはいけ!」
「こんな、相手、無理ですよ!? 足止めって、私達が逃げたあとソージくんはどうなるんですか!」
クーナが悲壮な声をあげて俺の方を泣きそうな顔で見た。
「いい加減にしろ!! おまえたちがここに居て何ができる!! このまま三人で死にたいのか。俺一人なら戦える! だから足手まといは消えてくれ」
俺は全力で叫ぶ。
なぜか、心が痛んだ。
「クーナ、いくわよ」
起き上がったアンネがクーナの手を引く。
「アンネ、でも」
まだ、ためらうクーナ。その耳元で、アンネが小さく囁く。
すると、クーナが頷いて俺に背を向け、心配そうな顔を見せたあと二人で走りだした。
これでいい。
何があっても、彼女たちは助けられる。
「グオオオオン!!!!」
ティラノが、俺ではなく逃げる二人を追いかけようとしていた。
頭を前に倒して、尻尾をまっすぐに伸ばした突進スタイル。
このままでは二人に一瞬で追いついてしまうだろう。
「ギャア!?」
ティラノは走りだそうとしたが一歩も進まない。必死に一歩を踏み出そうとするがピクリとも動かない。
……俺が奴の尻尾を両手でおさえているからだ。
奴は怒りを込めた形相でこちらを向く。
目が合った瞬間、俺は両手で思いっきり抱きしめる。すると、奴の尻尾がぐにゃりと、気持ち悪い感触を残しながら潰れた。
「ギュゥ! グギャァァァァァァア!」
悲鳴とも怒声とも取れる声を奴があげる。
もう奴には、俺しか見えていない。そう、自分の天敵たりえる俺しか。振り向きながら短い手で殴りかかってきた。それを左手で受け止める。
「さあ、第二ラウンドだ。続きをやろうか」
俺は不敵に笑う。
俺の肌の表面に黒い魔術文字が踊りはじめる。
瘴気で出来た文字だ。
……魔物を作り出すほどの強大な力である瘴気。
それを活かす術をプレイヤーたちは研究し続けていた。俺は、その分野において常に先頭を走り、二つの魔術を編み出した。
一つ目は、瘴気を体内に打ち込む【瘴気発剄】。極めて有効な攻撃手段だが、これは対象が人でないといけないという欠点があった。
二つ目は、人間にしか使えない弱点を克服するために作った魔術。
体内に取り込めば、体を蝕む瘴気を、体表にまとわりつかせ強靭な鎧と化すことで有効活用する。
今、俺の体は百を超える魔石の瘴気の力が巡っており、圧倒的な攻撃力と防御力を俺に与えている。。
これこそが、俺の最後の切り札。
「【紋章外装】」
この姿で戦える時間は少ない。
いかに、外側に纏うことで負担を軽減したといえ、これだけの瘴気を使うのだ。体にダメージがないわけがない。これは【身体強化・極】以上の諸刃の剣だ。
アンネとクーナは無事逃げきれるだろうか。
そんなことを考えながら、俺は拳を握りしめ振りかぶった。




