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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第二十二話:ゴブリンの罠

 今日は迷宮を潜っていた。

 あの決闘から二か月ほどが過ぎている。アンネの決闘まで残り半月もない。


 一週間は王都への移動と準備に取られる。事実上、今回を含めて二回しか遠征はできない。

 今居るのは地下七階で、ここまで来るとほとんど探索者を見かけない。

 地下七階は、今までと変わらず緑豊かなジャングルのようなフィールドだ。


「クーナ、アンネ。いつもより気を引き締めていこう。地下七階以降は魔物が強くるなし、なにより数が多い」


 探索者がいない階層は魔物の数が減らないため、遭遇率が高い。

 階層が深くなればなるほど、魔物は強く、出会う頻度が高くなっていく。

 だからこそ、ランクの高い冒険者は危険も稼ぎも多くなる。


「わかりました。ソージくん。ふふふ、でも心配しすぎですよ。パワーアップしたクーナちゃんに敵はいないです」

「クーナ、ソージは私たちの成長を踏まえた上で、忠告をしているのではないかしら」


 二人とも軽口を言いながらもしっかり気を引き締めていた。

 今まではひたすら地下四階に常駐して、五階、六階の魔物を狩り続けていた。

 その中で自信がついてきたのだろう。


 それでも、七階以降の危険度は跳ね上がるため、本当ならランク2にあがるまでは来たくなかったのだ。

 だが、そうも言ってられない。まだアンネはランク1の最上位。そう、もう決闘までに日がないのにランク2へ至っていないのだ。


 原因はわかっている。大量の魔石を使いランク2へなるために必要な【格】は十分にあげた。足りないのは、命を賭した極限の戦闘。それがあってはじめて、【格】を受け入れる器が完成し、ランク2になる。過剰なまぜに魔石を注ぎこんで無理やり【格】をあげる方法を取るには時間が足りなすぎる。


「アンネの言うとおり、今の実力を考慮しても危険だ。ここはゴブリンの巣なんだ。昔戦ったスロックチンパを覚えているだろう? あいつら以上の連携で攻めてくる」

「うっ、トラウマが」


 クーナが嫌なことを思い出し、尻尾の毛を逆立てる。

 全力で耳を立てて周囲を警戒するクーナ。この分だと前回のように不意をつかれることはないだろう。

 俺たちは、ゆっくりした足取りで進んでいく。


「そういえば、ソージくん。今日は変に機嫌がいいですね。いいことでもあったんですか?」

「……いや、なんでもない」


 というのは嘘だ。

 今日は定期の鍼治療の日で夜になればまた二人の肌を堪能できる。


「ソージの目、いやらしいことを考えているときの目だわ」

「あっ、今日は鍼治療の日です」


 二人が気づいたきっかけがあまりにも悲しい。……無事正解にたどり着いたようだ。


「鍼治療ですごく強くなってる実感はあるけど、全部見られて恥ずかしいわね」

「はい、それさえなければ最高なんですが……。ソージくんに治療してもらってから、ものすっごく魔術が使いやすくなったことは感謝しています」


 二人とも恥ずかしがっているが、特にクーナは顔を赤くして自分の体を抱いている。

 針治療は順調に進んでいる。あと少しで魔術回路の調整は完璧になる。


 驚いたのがクーナの魔術回路の状態だ。ひどいものだった。ぐちゃぐちゃにつぶれて主要回路のほとんどが機能停止、それどころか常に魔力が漏れていた。彼女はわずかに生き残ったサブの細く歪んだ魔術回路で魔術を行使していたのだ。

 普通なら、魔術を使うどころか、衰弱死してもおかしくない状態。それであの威力の魔術を扱うクーナに、俺はうすら寒いものを感じていた。

 おかげで、アンネよりも時間がかかっているが、完治した時いったいどれほどの力をクーナが発揮するのか、想像もつかない。


「クーナ、前も聞いたけど、俺以外に魔術回路を弄らせたことはないよね?」

「しつこいですよ。ソージ君、そんな記憶はないです」


 俺が、質問したのは、回路の潰れ方にひどく人為的なものを感じたからだ。

 あそこまでひどい壊れ方は、けして自然に起こりうるものではない。誰かがクーナの魔術回路を意図的に壊したことは間違いない。だが、なんのために?


「ソージくん、怖い顔してますよ。まさか、またよからぬことを考えています!? 今まで以上に恥ずかしいことをされちゃうんですか? これ以上、恥ずかしいことをされたら、もう耐えられないです」


 真面目に考察していたのに、クーナは変に誤解して俺に対する警戒心を一段階あげている。


「クーナ、十回以上やっているんだ。そろそろ慣れてくれ」

「そんなこと言っても。毎回気持ちよくなって気を失っちゃうから怖いんです」


 敏感なクーナは耐えれず、毎回ひどく乱れ、最後には気絶する。

 アンネよりも回路の状態がひどいので、乱暴な施術になり痛みも大きいはずだが、それすらもクーナにとっては快楽を増すためのアクセントになっているらしい。


「気持ちよくなることが怖いのかな?」

「違います。ソージくんの前で、全裸で気絶することがです。……ある日突然、妊娠しても驚きません。ああ、ソージくんの子だって納得しちゃいます」

「いや、クーナ。そこは驚こうよ!? 俺はいったいどれだけ畜生なんだ!?」


 まったく、好き勝手言ってくれる。毎回、俺の理性がどれだけ頑張っているのかも知らないで。

 気絶していることをいいことに触ったり舐めたりぐらいはするが、けして非道な行いはしていない。ひどい言いがかりだ。


「自覚ないんですか? はじめてのときとか、気を失って朝起きたらソージくんのベッドで腕枕されていて、体を起こした瞬間、肩に手を回されたかと思うと、ドヤ顔で紅茶を啜ったソージくんに、『クーナ、昨日は素敵な夜だったね』って言われたんですよ。そのときの私の気持ちがわかりますか!?」

「それは初耳だわ。ソージ、さすがにそれは私でも擁護しきれない気持ち悪さね」

「……正直悪かった。一度朝ちゅんコーヒーをやってみたかったんだ」


 そのためにクーナの様子を紅茶を片手に徹夜で見張っていたのだ。

 そのあと、クーナは俺に涙目でビンタをして、シーツを体に巻いて逃げていった。誤解を解くまでの間まともに口をきいてもらえなかった。


「まったく、ソージくんは、余計なことしないで浮気性じゃなかったら素敵な人なのに」


 クーナが頬を膨らませながら言う。

 そして、言ってしまってから顔を赤くして、ぶんぶんと手を振った。


「そっ、その、今のはなしです。言葉の綾です。ソージくん、にやにやした顔で私を見ないでください」

「うん、そうだね。クーナの気持ちはわかったよ」


 そうか、そんな風に思っていてくれたのか。照れて必死に否定するクーナもまたかわいい。


「クーナ、ソージといちゃいちゃするのはいいけど、ちゃんと警戒は続けているわね?」

「もちろんです。二度と同じ失敗はしません。ソージくんに妨害されながらも魔物の警戒を続ける方法を編み出しました。ちゃんと見えています。15メートル先に二匹、小型の魔物が木の裏に隠れています」

「さすが、クーナ」

「任せてくださいアンネ。もう少し近づいたら、奇襲を仕掛けようとしているあいつらに逆に奇襲を食らわせます」


 意気揚々とクーナは歩く。

 ちゃんと成長しているようだ。彼女は言葉どおり、体を使っての気配の察知も魔力の探知も怠っていない。

 だが、まだ甘い。


「ソージくん、近いです」


 俺はクーナの後ろを歩く、とっさに手を伸ばせる距離だ。クーナはちらちらとこっちを見ている。彼女の尻尾がぶつかりそうで気になるのだろう。


「ちゃんと意味はあるから」

「……ううう、真面目となときのソージくんの目です。いいです。信じましょう」


 クーナは気を取りなおしてまっすぐ歩く。重心が前になり、手に魔力が集まっている。攻撃態勢に入った。あと三歩進めば、木の後ろに隠れている魔物への射線が通る。


 クーナが駆け出そうとした瞬間、俺はクーナの襟首をつかむ。クーナは首がしまり苦しそうな声をあげた。

 このために俺は距離を詰めていたのだ。


「ぐえっ……そっ、ソージくん、いきなり何するんですか!!」

「クーナ、魔物にだって知恵があるんだ。魔物の気配を追うだけだとまだまだ未熟だよ」


 俺はそう言うと、目の前の地面を槍で突く。すると地面が崩れていった。

 落とし穴が仕掛けられていたのだ。

 下をのぞき込むと、3メートルほどの深い穴で、底には子供のような大きさだが、やせぎすで、お腹が不自然に膨らんだ二匹のゴブリンが槍を構えていた。


「ぐへぁ」

「ぐひぃひぃ」

 

 ゴブリンたちは俺達が罠を見破ったことに気がついてて奇声をあげた。

 もし、この罠に気が付かなければ、落下してバランスを崩し、二匹のゴブリンに串刺しにされていただろう。


「こんなところに魔物が!? 【炎槍】!」


 クーナが炎の槍を生み出し落とし穴の中に連打する。

 ゴブリンたちは横穴に逃げようとしたが、それよりもクーナの【炎槍】のほうが早い。瞬く間に二匹を貫く。


「横穴があるんですね。その先には、まだ仲間が居るはず。まとめて焼き尽くしてあげます。【炎ノほのおのあらし】」


 そして、もう一つ魔術を起動。演算に時間がかかる大技だ。まだ不完全だが、魔術回路が治りつつあるおかげで、魔術漏れとロスが少なくなり、以前とは比べ物にならない魔力の高まりを感じる。


 そしてクーナは両腕を前に突き刺し、落とし穴に向かって炎の渦を放った。

 その炎は、落とし穴を埋め尽くし、さらに横穴に入り込んでいく。

 20メートル先、30メートル先、50メートル先、と次々に遠くから火柱が経つ。逃げ場のなくなった炎が別の落とし穴の出口から噴き出たのだ。


 おそらく、落とし穴は複数個所あり、ゴブリンたちは横穴を通って移動していたのだろう。地上の監視役がなんらかの方法で地下の仲間に指示を出して獲物が落ちそうな穴に誘導するという狡猾な罠。だが、クーナ相手にはそれが裏目にでた。

 しばらくして、ようやく炎の奔流がやむ。


「これが、私を罠にはめようとした罰です」


 クーナがどや顔で胸を張る。

 そんなクーナの額に軽くデコピンする。


「ソージくん、何するんですかぁ」


 額を抑えながら涙目でクーナは抗議してくる。


「クーナ、せっかくの魔石を焼きつくしたあげく、魔石回収できない敵を倒して、地上に居るゴブリンたちには逃げられる。魔力をこれだけ使ってただ働きなんて、ふざけているのか」


 クーナが一網打尽にした、地下に居るだろうゴブリン。おそらく、魔石ごと燃やしたし、魔石が残っていたとしてもゴブリンの横穴は人間が通れるサイズではなく、拾いにいくのは困難だろう。


「あっ、やちゃった。頭に血が上って、木の後ろに隠れた敵のことを忘れていました」


 クーナは、間抜けな声をあげた。


「まあ、クーナが落とし穴に夢中になっている間にアンネが迂回して攻撃をしかけたから地上の敵だけは倒したけどね」


 実は、クーナがこうなることを見越してアンネに地上のゴブリンを倒すように指示を出していた。

 おかげで、なんとか二個の魔石だけは確保している。

 地上のゴブリンたちが居たほうを見ると、首がはねられたゴブリンの死体からアンネが魔石を取り出していた。


「クーナの悪いくせだよ。クーナは強いけど、油断しがちだ。きちんと、気をつけていれば、こんなつたない落とし穴、見つけれたはずだ。変色した土、不自然に途切れた雑草の生え方、いろいろと兆候は見て取れる」

「だって、魔物がこんな罠を仕掛けるなんて想像できないじゃないですか」

「クーナ。もし、俺が居なければクーナは死んでたよ。あんなちっぽけなゴブリンの罠でね。地下迷宮だと”想像できない”は言い訳にならないんだ。ありとあらゆる可能性を考慮しないといけない」


 深い階層に潜ればもっと悪質な罠を仕掛けてくる連中が出てくる。ゴブリンなんてまだ生ぬるいほうだ。


「……ごめんなさい」

「うん。次から反省するように」


 クーナなら次はきちんと対応してくれるだろう。


 それから、日が沈み始めるまで必死に魔物を狩った。

 魔物を狩りながらアンネをランク2にする方法を考える。

 だが、決定的な方法を思いつくことがないまま、時間だけが過ぎていった。 

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