第十八話:賭けの精算
大観衆の声を受けながら俺は舞台を降りていく。
手には柄だけになったフェイラーテ家の名剣があった。
歩きながら剣を調べてみる。
「これなら、俺でも作れるな」
いい剣だが、アンネの魔剣クヴァル・ベステに比べると数段劣る。だが、上質なミスリルと、柄に埋め込まれた宝石の資産価値だけでも相当のものだ。金にはなるのでありがたく頂いておこう。
◇
「お兄さんの一人勝ちのようですね。一勝負で一千万バルも勝った方は、さすがの俺も初めて見ました。この金額をまとめて渡すのはまずいので。手形でよろしいでしょうか?」
「もちろん。かまいません」
俺は賭けの胴元のところに来ていた。胴元は理知的な青年で歩きながら手形に金額を記入する。額が大きいので俺だけ個別対応だ。
手形とは、期限を決めていつまでに現金で支払うという約束を書いた紙だ。
この世界は紙幣が出まわり銀行なんてものがあるぐらいに金融方面が発達している。
「それでは、これで支払いは完了ですね」
「ありがとう。儲けさせてもらったよ」
「お互い様です。実は、あなたが勝たないと大赤字だったんですよ。今回の倍率設定。賭け金額を釣り上げるために、かなりクラネル・フェイラーテを甘く倍率設定しましたからね。実質的に私もあなたに賭けた一人ということです」
俺は胴元と笑い合う。こういう奴がいるからエリンは楽しい。
適当に世間話をしてから分かれ、決闘開始前にクーナ達と決めていた待ち合わせ場所に向かった。
「ソージくん、最後のバーンって奴なんですか! あれ、私もやってみたいです」
待ち合わせの場所についた途端、クーナが目を輝かせてやってきた。
よほど、最後の【瘴気発剄】が気に入ったみたいだ。
「やめたほうがいいよ。あれはクーナには無理な類の魔術だ」
瘴気操作は、体外の魔力を使用するという点では、クーナの使う精霊魔術と似ているが、マナとはまったく感触が違う。
「あっ、ソージくん。バカにしていますね。私の腕なら大抵の魔術は使いこなせます」
「言い直すよ。クーナだから無理だ。最後の一撃は瘴気を操る魔術なんだ。瘴気は、マナに愛されている種族ほど扱いづらい。火のマナに溺愛されているクーナには絶対に習得できない」
「ううう、悔しいです。ソージくんずるい。私もバーンってやりたいです。バーンって」
「俺にとっては、それだけ火のマナに愛されているクーナのほうがずるく感じるけどね。だいたい、さっきのあれ人にしか使えないからな」
「へっ?」
クーナがマヌケな声を出す。
「あの技は、体内に瘴気を無理やり流しこむことで、加護を削ぐわざだ。瘴気をエネルギーにしている魔物相手に使えば逆効果だよ。逆に強くしちゃう」
「そう聞くと、微妙な気がしてきました。でも、高ランクを相手にしたときの武器の一つや、二つはほしいですね」
クーナが顎に手をあてて考えこむ。どうやら自分なりの高ランク対策を考えているようだ。
「いくつか切り札はもっておくべきだ。もっとも、ランクが上の相手と戦わないといけない状況に追い込まれる奴はただの間抜けだけどな。そうならないようにするのが最善だ。勝てない相手に喧嘩を売ること自体が間違っている」
「なるほど」
俺の顔をまじまじと見ながらクーナは首を縦にふる。
ずいぶんと失礼なやつだ。
俺はちゃんと勝てる相手にしか喧嘩を売らない。
「アンネはどうしたんだ?」
「アンネは頭を冷やしてくるって、試合が終わった瞬間にどこかに走って行きました。そのうち追いついてって、アンネ!」
クーナが驚いた声をあげる。
クーナの視線の先を追うと、アンネが居た。なぜかビショ濡れで。
「いったい、どうしたんだ。アンネ」
「ソージの戦いを見て、もうどうしようもならないほど熱くなったから水を浴びてきたの」
「おっ、おう」
水を浴びてきたとは言ったが、まだ全然興奮は冷めていない。アンネは肌が真っ白だから、赤くなるとわかりやすい。
子供のように目を輝かせて俺の方に迫ってくる。
「ソージ、やっぱりソージはすごいわ」
「何を今更。最後の一撃は驚いただろう?」
「ええ、それもあるけど。私は序盤のクラネルを圧倒した柔い剣に惚れたの。あれが私の理想。ソージは、私に見せるためにあの戦いかたをしたのよね?」
俺はにやりとする。
よく、気がついてくれた。今回はあえてアンネにあった剣を披露した。
アンネの柔軟でしなやかな筋肉。広い可動域を活かすための剣術。
これを身に付ければ、男女の筋力差、リーチの差を埋められる可能性がある。
「その通りだよ。参考になればいいと思って披露した」
「すごく、参考になったわ。それで、お願いがあるの」
「今から、剣を打ちあいたいだろう」
「ソージの剣を見ていると、どうしても体が熱くなって、このままじゃ気がおかしくなりそう」
「いいよ。最近、基礎練習ばっかりだったから、そろそろ実戦的なのを入れてもいいだろう」
基礎ができていないうちに、上に何を積み上げてももろく崩れるだけ。
だからこそ、俺は今まで、アンネの体にあった理想的な剣をいつでも振るえること。また、無理なく知覚できる支配圏内の感知の二つだけを集中して行ってきた。
まだ、一週間ほどだが信じられない速度で身につけてくれているので、今なら応用に入っても大丈夫だろう。
「ありがとう、ソージ」
「でも、無様な剣を振るったり、俺が”見えていない”と感じたら即基礎練習に戻るからそのつもりでいること」
「ソージを絶対に失望させるようなことはしないと約束するわ」
アンネが力強く断言する。
その姿が少し微笑ましい。
「もう少ししたら試合とかしたいんだけどね。俺が相手だと、アンネはどうしても負けて当然だって考えるから緊張感がでないし、一般クラスの生徒だと相手にならない……いや、適任が居た。クーナ、剣を振るつもりはないか?」
俺は、俺達のほうをみてつまらなそうにしているクーナに声をかける。
「拳でいいなら付き合いますが、剣はお断りします」
「そうか、ならいい」
俺がそういった瞬間、クーナが頬をふくらませた。
「私は、拳でも十分強いです」
「だろうね」
身体能力、勘の鋭さ、体の動かし方。
クーナはその全てがアンネを上回っている。素手の不利を覆すぐらいの力量を持っているだろう。
「だったら、どうして断るんですか」
「クーナが本気じゃないからだよ。本気じゃない人と戦ってもアンネに得るものがない。それじゃ俺が稽古をつけるのと変わらない」
ほしいのは戦闘の経験値。本気と本気でぶつかり合って得られる類のものだ。
「……わかりました。アンネ、力になれなくてごめんなさい」
クーナが気まずそうに顔をそむける。
彼女は俺に対して怒っているわけじゃない。自分がアンネにしてあげられることがあるのに、変なこだわりが邪魔をして力になれないことを恥じている。
どうしてそこまで剣を拒むのかだろうか。
「しばらくは俺が稽古を続けよう。試合の相手はいずれなんとかする」
「今は実戦よりもひとつでも多くのことをソージから学びたいから、気にしないで」
それも強くなるための一つの形だ。ないものねだりはせず、着実に強くなっていこう。
「それにしても、ソージくんってすっごいタフですね。さっきあんな試合をしたばっかりで、もうアンネの稽古をつけるなんて」
「試合自体は十分かかってないし、一撃も食らってないからね。一応、加護も魔力も三割以上温存できたからダメージも少ない」
「改めて、ソージくんが化け物に思えてきました」
「俺にとっては、クーナのほうが化け物だけどね。やっぱりクーナの火の魔術は反則だよ」
ちょうどいい、ずっと聞きたかったことがあった。
クーナの炎はすさまじい。それは、ゲーム時代のクーナよりもだ。
魔術の腕はゲーム時代のクーナと変わらない。だが、呼びかけて集まるマナの量が尋常ではないのだ。
おそらく、今の彼女が本来の姿で未来のクーナはなんらかの理由があってマナとの相性が悪化している。というより、今思い返すと、未来のクーナは火のマナに嫌われていた。
「クーナ、今までに突然、火のマナをうまく扱えなくなったことってあるか?」
「いきなり、変なことを聞きますね。っというか、なんでソージくんがそんなこと知っているんですか?」
「……ということは経験があるんだな」
「小さいころ、高熱で倒れて3日ぐらい意識を失って。起きたら、火のマナをまともに扱えなくなりました。あのときは、本当に辛かったです。金色の火狐なのに、火の魔術が下手になって、なんていうか、私が私じゃなくなった気がしました。ちょっとずつ回復してきて三年かけて元に戻りましたけど」
「高熱?」
「そうです。でも、落ち込んでいる時に兄様がひどいことを言うんです。クーナは覚えてないけど、尻尾が九本になったクーナが大暴れして大変だったって。私が父様を殺しかけたって大嘘ついて! あのときは、無神経な兄様に大っ嫌いって言っちゃいました。すっごく落ち込んでたけど、いい気味です」
「そんなことがあったんだ。ちなみに倒れたのは何年前」
「確か、私が十一歳のときです」
ゲーム時代のクーナを見て、人為的にバックアップとして選定されたと思ったが、もとより先祖返りで、素質があったから無自覚にクーナ自身が吸い寄せていたのか。
ゲーム時代のクーナが今のクーナより炎の扱いが劣るのは、”はじけた”反動だ。
きっかけがあって、クーナが”はじける”ことを選んだのか。それとも、許容量の限界が来たのか。どっちにしろ注意して見守らないといけない。
そんなことを考えながら稽古のために、俺達は寮に戻った。




