第四話:クーナの歌
「さて、はじめましてでいいですか? 私はクーナ。見ての通り火狐で十六才。家出して、この街にやって来ました」
金髪でキツネ耳と尻尾が生えた女の子はそう言った。
「はじめましてで間違いないよ。俺はソージ。君と同じ十六才の人間で、この街に来たのは金と権力……それに一生一緒に居られる友達を見つけるためだ」
この世界では貴族以外は姓がつかない。だから、俺もクーナも名前以外名乗っていない。
「金!? 権力!? なんてさわやかな欲望忠実発言!? まあ、そういう人嫌いじゃないですよ。……気になるのは、さっき商人さんに言っていた知人に頼まれてってところですね。もしかして私を連れ戻しにきたんですか!? 父様あたりに頼まれて!? それなら、私も戦いますよ。全力で! 絶対に帰りません」
可愛らしいファイティングポーズを付けるクーナ。
俺の知っているクーナとあまりにも違って驚く。俺の記憶にある彼女は、陰鬱でどこか人形じみた少女だった。……そして、ごくまれに見せてくれる微笑みが好きだった。
「あれは嘘だよ。君を助けるための口実だ」
俺が返事をすると、クーナは顔を近づけてじっと俺の目を覗き込んでくる。
「本当に父様に頼まれてっていうのは嘘みたいです。でもひっかかります」
納得できないようでクーナはうんうんうなっている。
「だって、私の顔を見たときすっごく懐かしそうな顔をしましたし、たぶんソージくん。私のこと好きですよね?」
ちょこんと首を傾げるクーナの仕草がすごく可愛く見える。
「べっ、別に好きじゃないし」
思わず、変な話し方をしてしまう。
人生を繰り返してわかったのだが、精神年齢は肉体年齢に比例する。感性に引っ張られるのだ。だから、百年以上の人生を過ごしていても、こう言った反応が出る。
「あっ、ごめんなさい。その愛とかじゃなくて友達とかの好きのほうです。そういう好意、私に向けていませんか」
クーナもぶんぶん手を振って顔を赤くする。
自分の言葉に自分で照れているようだ。そんな彼女を見て俺は冷静になった。
「うん、好きだよ。なんというか、大好きだった友達に似ているんだ。とても他人に見えなくて助けようとした」
そして、現実のシミュレートとはいえ、そこで彼女を死なせてしまったことに対する罪悪感。
「顔を見る限り、いま言ったことも本当ですね。私にそっくりっていうことはさぞや美人だったんでしょう」
うんうん、とドヤ顔でクーナは腕を組んで首を縦に振る。
「うん、すごい美人だった。クーナと一緒でね」
「ううぅ、口がうまい。それも本気で言ってますよ。この人……」
クーナは攻めるのは好きだが、攻められると弱い。すぐに赤くなる。
「ごほんっ、ソージくんは悪い人じゃないみたいですね。お願いがあります。私の街入りを邪魔したお詫びに、お金を稼ぐの手伝ってくれませんか? お金が残り三万バルしかなくて、やばいです」
「クーナなら、歌で稼げばいいじゃないか。火狐の歌なら十分金になる」
火狐の歌には魔力が込められている。魂に響き、心を揺らす。
クーナは声自体が魅力的だし、歌もうまい。彼女なら火狐の魔力がなくても十分に金がとれる。ゲーム時代には、俺が頼むとたまに歌ってくれた。
「わかりました。では歌で稼いできます。……くっ」
クーナは唇を噛みしめる。ものすごい葛藤が見てとれる。
「まずは、予行練習です。感想を聞かせてください。……父様、母様、小銭のために、みっともない姿をさらすクーナをお許しください」
クーナは全身の力を抜いたあと、かっと目を見開く。そして、すごくいい笑顔を浮かべて歌いはじめた。
「よっこらふぉっくす こんこんこん♪」
可愛らしく精いっぱい明るい声でクーナが歌う。
両手を前に伸ばし腰を落として上下に激しくシェイクしながら右に左に体を揺らす。
ついでに大きな胸も揺れている。
「尻尾をふりふり こんこんこん♪」
次は元気よく回転して背中を向け、腰に手をあて、しっぽを振りながら腰を振る。
金色のふさふさの尻尾と肉付きのいい尻が揺れむしゃぶりつきたくなった。
「耳の先だけ くっろいぞ♪」
しゃがんで狐耳に手を当て上目使い。
「尻尾の先は しっろいぞ♪」
体を半身にして尻尾を手でもちあげ先を見せつけてくる。
「よっこらふぉっくす こんこんこん♪」
サビらしく冒頭と同じ振りだ。
「もふもふふかふか こんこんこん♪」
背中を向けて尻尾と腰を振る。
「こーーーーん♪」
最後はおもいっきり飛び跳ね、心底楽しそうに叫ぶようにして終了。
その、なんというか、すっごく可愛い。もう可愛すぎて理性が飛びそうだ。
クーナは歌い終わったあと、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして涙目になりながら口を開いた。
「どうですか、ソージくん。お金もらえそうですか?」
「うん、おひねり、いっぱいもらえると思うよ。間違いなく。だってエロいし」
「でっ、ですよね。尻尾をあんなふうにはしたく振るとか、すごいですもんね。ああ、いやらしい女の子だって思われてしまいますぅ」
「いや、それは火狐だけ。ふつうに胸とか尻がエロい。あと超かわいい」
「ふぁう」
彼女は胸を隠して座り込み恨めしそうな顔をしてきた。
「それで、クーナ。確実にお金はもらえると思うけど、その恥ずかしい歌と踊りを百人以上の前でできるかな?」
「むっ、無理です。クーナ。おうちに帰るぅ」
追い詰めすぎて幼児退行してしまった。
「家に帰るなら、それをおすすめするよ」
「ううう、いじわる。絶対に帰らないです」
さすがに、意地があるのか、すぐに我に返って否定してきた。
彼女の未来を知っている俺からすれば、封印都市にいないほうが安心できる。
もっとも、神様が言っていたように、あくまで演算の結果で未来はいくらでも変わってしまうという話だが……それでも、ゲーム時代の彼女を知っていると、そう思う。
「さっきの歌が恥ずかしいなら、もっと恥ずかしくない歌はないのかな?」
「たくさんありますけど。伴奏がないといまいちなんです。私楽器は駄目ですし」
「なら、俺が演奏するよ」
俺は懐かしさを感じながら、かつて彼女のためだけに作った魔術を頭に浮かべる。
「【魔銀錬成:番外 笛・奏】」
クーナのためだけに作ったから番号はふらずに番外。
ミスリルがオカリナに似た形に変形する。
クーナの故郷。エルフと火狐が共存してくらしている緑の豊かな国、エルシエに伝わる伝統楽器。
「その楽器、エルシエの」
「うん、一度行ったことがあって、そのときに習ったんだ。エルシエの曲もいくつか演奏できるよ。例えば………」
俺はかつて、クーナから教えてもらった曲を思い出す。
楽譜なんてなくて、クーナの鼻歌を聞きながら覚えた曲。何度も何度も、違う違うと怒られながら、覚えた曲だ。
胸に湧いた様々な思いを音に込める。
曲名は、朝日のクウ。
クーナの父親が、彼女の母親に贈った曲。
優しい音色だ。曲に込めた暖かな想いが伝わって来る。
「あれ、これ、父様の音。懐かしい」
クウの目から涙がこぼれる。
そう言えば、はじめて完璧に演奏出来たときも、彼女は泣いたっけ。
そろそろ曲が終わる。だけど、クーナがまだ聞きたそうにしていたので曲をループさせ、気の済むまで演奏した。
◇
「まったく、なんていうものを聞かせてくれるんですか! 故郷に帰りたくなったじゃないですか!」
「帰れ、帰れ」
「帰りません!」
まだ赤い目を拭いながらクーナは言った。
「……まだ、帰るわけにはいきません」
「そっか、じゃあ無理にとは言わないよ。クーナ、この曲があれば歌えそうか?」
クーナは頷き、ぐっと右手を前に出して親指をたてる。
「ばっちこいです。ここに居る人たちみんな骨抜きにしますよ!!」
そしてにかっと笑った。
◇
城壁の周りには屋台がいくつかあった。そこには入場のための列に並ぶのを代表に任せて、暇を潰すために食事を楽しんだりしている人が集まっている。
その一角に二人で並ぶ。
客寄せはしない。どうせ、歌がはじまればみんなこっちに意識を引き寄せられる。鞄を開けて、おひねりを受けられるようにだけした。
おひねりという、文化はこっちの世界にもある。
俺が笛をふく。
その段階では誰も気にもとめない。大道芸人や吟遊詩人なんていくらでも溢れている。
俺の笛は、そこそこうまいというレベルだ。足を止めて聞こうなんて思う奴はそうそういない。
そこに、クーナの歌がはじまる。
一人、二人、と足をとめる。
遠くから人が集まってくる。
クーナの歌は圧倒的だった。哀愁が漂うメロディにクーナの声がのると、それだけで誰もが故郷を思い浮かべる。
幸せだった記憶、無くしたはずの優しさ。そう言ったものが湧きあがる。
火狐の歌は自分の想いをまわりに伝染させる力がある。この郷愁の想いも、優しさもクーナのものだろう。
俺は、一番近くでクーナの歌を聞けることを幸せに思う。そして、少し優越感を得ていた。
ゲーム時代のように、またクーナと一緒にすごせたらいい。
そんなことを考えているうちに、気が付けば歌が終わっていた。
拍手万来。
開けっ放しにした鞄に放り込まれるコインや丸められた紙幣。
「大成功ですね。ソージくん」
観衆がクーナの歌に価値を認めた証拠だ。クーナがはにかむ。俺はそれに微笑みを返した。
「うん、いい歌だったよ。クーナ」
心のうちを全て絞り出すようにして言葉を放った。ずっと、俺はこの歌が聞きたかったんだ。