第十五話:実技の授業
肩を怒らせてクラネル・フェイラーテが教室から出て行った。
クラス中からやっちまったなという生暖かい視線が集まってくる。
まあ、そうだろう。いくら、ランク2に勝ったことがあるとは言え、あいつに喧嘩を売るのは無謀を通り越してただの自殺行為だ。
「ソージ、また面倒事に巻き込んでごめんなさい。それと、最後のほう自分から全力で喧嘩を売りに行ってたように見えたのだけど気のせいかしら?」
アンネは俺を巻き込んで自身を責めるのと、無謀な俺の行動を叱るので頭がごちゃごちゃになっていて、不思議な表情を浮かべている。
「わざと喧嘩を売ったんだ。俺が先に戦ったほうが、アンネの勝率があがるからね。アンネ、俺と奴の戦いをよく見ることだ。太刀筋、足運び、呼吸。俺の動きを手本にしてもいいし、クラネルの動きを見切るのもいい。得るものは多いと思うよ」
「でも、負けたら!」
「俺が負けると思うかい?」
俺は不敵に微笑む。
かつて、ランク2の先輩と戦ったときにも同じやりとりをしたことを思い出す。
だが、アンネは納得していないようだ。そして、クーナも。
「ソージくん、本当に勝てます? あの人、入学試験で戦った先輩とは格が違いますよ。それは、魔石であげた【格】だけの話じゃなくて、剣の腕も相当のものです。ソージくんのほうが技量は上ですが、圧倒はできないはずです」
さすが、クーナだ。教室に入ってから出るまで、そのわずかな動作でクラネルの実力を見抜いているようだ。
「そうだね。俺と奴との実力差は、ランクの差を覆すほどではない。剣士として対峙すれば負けるだろうね」
「ソージ、それって、勝てないってこと?」
アンネが泣きそうな顔をした。
俺はぼふっとアンネの頭に手をおく。
「あくまで剣士として戦った場合の話だ。魔術師として戦う俺ならランク差を覆す手品の十や二十は用意している。勝つよ。今までのように、当たり前にね」
「それは、強がりじゃないの?」
「違う、ただの事実だ。切り札の一枚を晒すことになるが、そこは諦める。俺も覚悟を決めたよ。俺が披露するのは、【剣士殺し】。どんな剣士だろうと、剣士である限り、俺には勝てない」
ランク2の先輩との戦いと同じように行かないなら、それを超える戦い方をするだけ。
幸いなことに、俺の百年以上の経験は無数の引き出しを用意してくれている。
◇
午前中の座学が終わって、午後は外での実技の授業になる。
「じゃあ、今日は格闘技の実技かな。その前に一度、ランクを測ろうか。入学試験でもやったけど、今後は月に一回、測って成長の度合いを確かめるからね。地下迷宮にもぐらないと、どんどん他の子達と差がつくよ」
童顔の女教官、ナキータ教官の声が響き渡った。
学園内の敷地内にある運動場で運動着に着替えた一般科の面々が集まっていた。
ときおり、生徒たちがこちらの方を見ていた。よほど明日の決闘のことが気になるようだ。
「こら、集中して。まあ、気になるのも無理はないか。私も聞いたけどさ。このクラス一の問題児がそうそうにやらかしたみたいだね。コロシアムの私的利用の申請も権力でゴリ押しされて承認されたようだし。まったくただの私闘でここまで大事になるなんて思わなかったよ。さすが大貴族様。ソージ、喧嘩を売るなら相手を選びなよ。相手は剣の一族でランク2の最上位。この学園で彼に勝てる子なんて一人ぐらいしか心当たりがないよ」
ナキータ教官は呆れた声音で俺の方を見る。
「向こうが喧嘩を売ってきたせいですよ」
「でも、君は買っちゃったんだろう」
「もちろん、買いましたよ。向こうの言い値で買う代わりに、おまけを付けてもらいましたけどね」
俺は喧嘩を買うと同時に、クラネルの情報をアンネに与え、彼の剣を奪う。
アンネの勝利への確かな一歩だ。
二ヶ月後の決闘でアンネが勝つには最低限の条件がいくつかある。
一つは決闘までの二ヶ月の間にランク2への到達。俺と違って彼女にランク差を覆えせというのは酷だ。せめて同一ランクまではあげないといけない。
二つ目は、剣の技量の上昇。同一ランクになれたとしても、ランク2の最上位であるクラネルに【格】で追いつくのは不可能なら、その差を覆す剣技が必要だ。アンネには自分自身の剣を見つけてもらう必要がある。
「ふうん、まあ君ならなんとかするんだろうね。まあ、見せてもらうよ観客席でだけどね。あんまり血なまぐさいことはやめて欲しいけど、君に言っても無理っぽいし」
「それは大丈夫ですよ。こんどは綺麗にやります」
なにせ、相手の急所ピンポイントに、【神槍】をぶちこむなんて力技、よほどの力の差がないと不可能。かと言って他の手段で外傷なんて追わせられない。
必然的に、外傷で倒す以外の手段を決め手にする必要がある。
「それは一安心。先生、スプラッタなの結構苦手なのよね。っと、ああ、また脇道にそれた、じゃあさっさとみんなのランクを測っていくよ」
パンパンと、ナキータ教官が手を叩いて生徒たちを並ばせる。
次々とランクを測って記録しているが、ナキータ教官の顔がどんどん不機嫌になっていく。
「みんな、ぜんぜん地下迷宮に行ってないね? 入学してはじめての週だからいろいろと準備が必要だった。授業で出された大量の課題に手間取ってそんな暇なかった。もっと知識をつけてから挑戦するべきだ。色々と言い訳はできると思うけどさ」
そこでナキータ教官は言葉を切る。
「自分で自分に言い訳を許していたら、いつまでたっても強くなれないよ? 三年なんてあっという間だ。本気でランク3を目指すつもりがあるなら、一日だって無駄にしてはいけない。前の実習で、ベテランに好き勝手やられて尻込みしたなんてしてるようなら、到底無理だね」
生徒たちの大半の顔が羞恥で赤く染まる。
そう、彼らが地下迷宮に潜れなかった最大の理由はそれだ。いいように、ベテランの食い物にされた記憶が彼らを縛っている。
仕方ない……
「みんな、同じクラスのよしみだ。授業が終わったあと一日一時間、希望者には、この前みたいに地下迷宮の講習をしよう。実戦で使える知識を叩き込んでやる」
俺は、大きな声をあげる。
その言葉を聞いて、クラスメイトたちが目を輝かせた。
座学で、知恵をつけたからと言っても、急激に力がつくわけではない。ただ、事故を避けられるようになるし、動き出すためのきっかけになる。
「先生、驚いちゃった。君はそういうキャラじゃないと思ったんだけどね。もっと利己的な子だと思ってたよ」
「ひどいな、俺ほど博愛な人間はなかなかいない」
「さすがのクーナちゃんも、ドン引きしちゃいます。絶対何か企んでますって」
「そうね。ソージなら、無駄なことはしないわね」
クーナとアンネの言葉は聞こえない振りをして、俺はにっこりと笑う。
もちろん、ただのボランティアというわけではない。実技の中にはクラス対抗のものも用意されている。
毎年、貴族クラスに一般クラスが蹂躙されるが、そこで勝ちたい。俺たち三人のパーティ、【魔剣の尻尾】だけが突出した力を持っていても、ルール上勝てない。クラス全体の底上げをしたいのだ。
付け加えると、パーティは本来四人がベストだ。もしかしたら、このクラスの中にも俺が仲間に加えたいと思う、才能の片りんを見せる者が現れるかもしれない。
「まあ、生徒たちが自主的に助け合うのはいいことだ。次、ライル。君を測定するよ」
ナキータ教官がそう言うと、ちらちらとクーナを横目で見ながら、四位の人、通称ライルが鼻の穴を膨らませながら前に出る。
「その、自信。ずいぶんとこの四日頑張ったんだね」
「当然です。私は兄さんのパーティの荷物持ちで、四日間ずっと地下迷宮に潜りましたから、クーナ様にふさわしい男になるために!」
クーナの尻尾の毛が逆立つ。そして、クーナはこそこそと俺の後ろに隠れた。
なるほど、ランク2の先輩のパーティに入り荷物持ちをやっているのか。
いい判断だ。ランク2のパーティは荷物持ちを使って長期間滞在するのが基本だが、荷物持ちとはいえ、最低限の強さはいる。その点では、四位の人はぴったりだ。荷物持ち側も、ちゃんと分け前をもらえるので両者ともに損はない。
「クーナ様、いずれ私は荷物持ちから正規パーティに入り、その暁にはクーナ様を迎えに行きますから!」
目を輝かせ、四位の人はクーナに向かって手を伸ばす。
アンネに手を出すクラネルといい。クーナに手を出そうとする、四位の人といい。俺のパーティの女性は男にちょっかいをかけられる呪いでもかけられているのか? あまりにひどいようだと物理的に排除しなくてはいけなくなる。
二人とも誰かに渡す気はさらさらない。
「いいえ、結構です。私は【魔剣の尻尾】が最高のパーティだって信じてますから」
そして、クーナは俺の腕に抱き付いて体を寄せる。
その瞬間、四位の人の顔が面白いほどこわばる。
「というか、ライル、お前の兄貴、もう地下迷宮に潜ってるんだ」
正直、意外だった。俺がランク2の先輩の片腕を吹き飛ばして脅しをかけてから、一週間も経っていないのに、もう地下迷宮に潜っているなんて。
加護も魔力も回復しきっていないだろうし、心をへし折ったつもりだったが、立ち直りが異常に早い。
「一度兄さんに勝ったぐらいで、調子に乗るなよ! 兄さんはランク3になり次第、ソージ、君に決闘を申し込むつもりだ。首を洗って待っておけ!」
「おっ、おう」
なるほど、一応今のままでは勝てないことを自覚しているのか、それでもあきらめずランクを上げてから再戦を考えるあたり、したたかだ。
ある意味、探索者に向いているのかもしれない。
「二人とも、雑談はいい加減にしてもらえるかな? そんなに先生を怒らせたいのかな? かな?」
「「ごめんなさい」」
さっきから、ことあるごとにランクの測定を邪魔されているナキータ教官の堪忍袋がそろそろ限界みたいだ。
俺と四位の人は声を合わせて謝罪し、頭をさげる。
ナキータ教官はしょうがないと苦笑いしてから、四位の人の格を測定した。
「うん、君は元からランク1上位だったね。ランク1上位ってところは変わらないけど、ちゃんと【格】をあがってる。ずいぶん頑張ってるね」
「恐悦です」
四位の人は、俺たちを除けばこのクラスで一番の有望株だ。
クーナにたかる害虫でなければ、声をかけたかもしれないのに、残念だ。
「じゃあ、次はソージ、君が来て。確か、君はランク1の中位だったね」
「はい、そうです」
入学試験で、俺はランク1上位の魔石を使い、一瞬にして0からランク1の中位に【格】をあげている。
「君のことだから、もう、ランク1の中位でも上位よりになっているんじゃないかな」
「まあ、見ればわかることです」
ナキータ教官は、こわいこわいと軽口をたたきながら俺の【格】を覗く。
「……ランク1の上位。それも、かなり最上位よりの上位。すでに、ライルを抜いてる!? 君、いったい何が!? たしか、君は、クーナとアンネの二人とパーティを……、クーナ、アンネ、すぐに来て」
クーナとアンネは戸惑いながらも前に出る。
「二人とも、まったくのゼロから、ランク1上位!? そんなのありえない。たった四日で、この速度!? 噂ですら聞いたことない。君たちはいったいどうやって!」
ナキータ教官の眼が驚愕に見開かれる。
それほどまでに、たった四日でランク1上位まで【格】をあげるというのは異常なことだ。
フルパーティで毎日地下迷宮に潜ったとして、半年以上はかかる。
「ソージ、説明して。ここまで異常だと、君たちは危険だ。君たちを守るために、このからくりを私は聞かないといけない。入学式の一件だけなら、君の異常体質や、たまたま、運良く生き残ったっていうのでごまかせたけど、君だけじゃなく、パーティ全員がこの速度だと、かばいきれない。最悪、どこかの組織に拉致されて、このスピードの秘密を吐かされてから、秘密を独占するために始末されることもありえるよ。君たちのランクアップの早さはそれくらいすごいことなんだ」
それは俺も意識していたことだ。
俺の【浄化】により、ランクの上昇は通常の数十倍に跳ね上がる。
その技術を手に入れたいとは誰もが思っている。個人レベルだけでなく国家レベルでも。
なにせ、高ランク探索者は、数千人分の戦力になる。この時代の軍事力というのは、抱えている高ランク探索者の数に他ならない。
一国だけが、俺の技術を手に入れ本気で運用すれば、冗談抜きで世界征服ができる。
「ええ、いいですよ。俺はもとより、この技術を世界中にばらまくつもりでしたから」
俺はにっこりと笑って言い切った。
なにせ、【浄化】は晒したところで俺以外使えないからまったく痛くない。それなら、どうどうと公開したほうがいい。
さあ、ここからが正念場だ。




