第十三話:不穏な気配
俺達は換金所に向かい、魔物の素材の換金を終わらせてから、外に出た。
魔石はすべて、売らず使うかとってある。イノシシの化け物の魔石は、今日寮で【浄化】しよう。あれはほぼ全魔力を消費するので、安全な場所でないと【浄化】できない。
換金所では、売るつもりだった素材はすべて売れた。極端に需要の多いものばかりを選んだおかげだ。
人気があるのは、金属のような性質を持つもの、繊維や布になるもの、薬の素材になるもの等で、これが売れないということはまずない。
「ソージくん、すごいですね。いっぱい魔物倒してきましたけど、本当に高い素材だけを持って帰ってきているみたいです。いい目利きです」
「すさまじい知識量ね。魔物についてソージほど詳しい人っていないんじゃないかしら。素材の保存状態、取り出し方も見事だってお店の人も言っていたわね。特殊な取り出し方をしないと、ダメにしちゃうものも、完璧な状態だって言ってたし」
二人が、心底驚いた顔で俺の方を見ている。第三者が入ったことで、俺のすごさがわかったのだろう。
「年の功って奴かな。あの化けイノシシみたいな異常個体以外は、どれくらいで売れるか、解体の仕方、保存法に加工法、だいたい頭に入っているよ」
さすがに、数十匹分の瘴気をあつめて出来る異常個体は、情報が出まわらないし、同じ瘴気を使っても同じ種類の魔物がでるわけではないのでカバーしきれていない。
さらに言えば、異常個体以外にも、次々と新しい魔物が現れるので、俺ですら知らない魔物が今後現れない保証はない。
「年の功って、ソージくん、私と同い年じゃないですか?」
「確かそうだったね。うん、まあ、経験値の違いってやつだ。あまり気にしないほうがいいよ。お金もたくさん手に入ったから、精算しようか。三等分だ。レストランの分もちゃんと山分けするから安心してくれ」
むしろそっちがメインだ。
さすがに、初日以降は魔物肉のレストランも収益が落ちたとはいえ、合計百四十万バルもある。そこに、素材の売却で四十万バル。合計百八十万バルのもの収入があったのでそれを三人でわける。
「合計で百八十万バル。三等分で一人六十万バル。二人のために、一人、四十二個の魔石の浄化をしたから、浄化代一回一万バルで、四十二万バル。化けイノシシのインナーの制作費で十万バル。二人には八万バルだね。ここからトイチの金利分の二万五千バルを引かないと、よし、結果が出た。これで五万五千バルだね」
かなりひどいことになっているが、嘘ではない。化けイノシシ以外の魔石はすべて二人に渡しているので、この数になったのだ。
俺がそう言うと、クーナがぷるぷると震えた。
「どれだけ、ピンはねしたら気が済むんですか!? 六十万バルのうち、五十四万五千バルを持って行かれましたよ!?」
「まあ、まあ、そういうこともある。どうする? この五万五千バルを受け取る? それとも借金を減らす」
「そうね、私はいろいろとほしい物もあるし、借金はそのままでいいわ」
「ならこのまま金を渡そう」
アンネに、五万五千バルをそのまま手渡す。元金がまったく減っていないので、次も利息が二万五千バルのままだ。
「……アンネ、どうしてそんなに素直なんですか?」
「だって、理に適っているもの。魔石をたった一万バルで効果を二倍以上にして、一日に一つしか使えない魔石を一日に何個も使えるようにしてもらうなんて、十万バルでも安いぐらいよ? それに、あのレベル素材の加工をした防具をたった十万バルで作ってくれる鍛冶師なんて、賭けてもいいけど、世界中どこにもいないわね。最低でも五十万バルはもっていかれるわ」
剣の貴族だけはあるな。宝石の価値はわからなくても、武具に関しては知識があるのか。実際、俺のやっていることは本来なら、投げ売りもいいところの値段設定だ。もし、他の探索者たちから依頼を受けるなら、アンネの言った値段はとるし、その値段ですら注文が殺到するだろう。
「そう言われれば、そうですけど」
「それに、ソージがテントや保存食、リュックや装備、ありとあらゆるパーティに必要なものを計画して手配してくれているし、探索では、最高のナビゲーターになってくれているわ。ソージにお金を預けていれば、パーティのために役立ててくれると思うの。むしろ、ソージの取り分が少なすぎるぐらいね」
「ううう、理性では、理性では納得できるんですが……ぐぬぬぬ」
クーナが恨めしい目でこっちを見てくる。
仕方ない、妥協しよう。
「なら、クーナ。利子分を免除してもいいよ」
「本当ですか!?」
「その代わり……」
俺はにっこりと微笑む。すると、クーナは……
「ひぃっ、利子の代わりに尻尾を、撫でるつもりですね。このひとでなし、女の敵、男なんてみんな、女の子の尻尾のことしか頭にないんです!」
「……それはちょっとマニアックすぎるかな」
先回りして、釘を打たれた。
「まったく、そんなはした金で尻尾を触らせなんてしません。撫でるだけでも許せないのに、もし、握りなんてしたら責任をとってもらいますからね!」
俺は微笑みながら無言でクーナの尻尾に手を伸ばす。
「なっ、何してるんですか!」
クーナは思いっきり飛びのき、自分の尻尾を抱いてふぅふぅ息を荒くしている。ちっ、空振った。
「尻尾を握れば責任を取らせてくれるんだろう? ぜひ、責任を取りたいと思って。クーナ、結婚しよう」
尻尾を握れば、クーナと結婚できるなんて、最高じゃないか。一晩中握り続けるまである。
クーナは耳をピンと立ててから震わせアンネの背中に隠れる。
「アンネ、助けて。ソージくん、頭がおかしいです」
「クーナ、ソージから求婚されるなんて羨ましいわ」
「……このパーティ、まともなの私しかいないです。ソージくん、絶交しますから! これ以上尻尾を狙ってくると、二度と口を利かないです!」
「なら、仕方ない」
俺は両手をあげて、何もしないことをアピールする。
疑わしげな目で、クーナはアンネの背中からちらちらとこちらを見て、しばらくしてからようやく出てきた。
「まったく、ここがエルシエなら兄様に言いつけるところでした。兄様、すっごいシスコ……ごほん。私のことを大事にしてくれるので、もう、ソージくんぼこぼこですよ」
「兄様は俺より強いのかな?」
「今のソージくんよりは強いですよ。エルシエの精鋭部隊イラクサの隊長でランク5ですし、兄様に勝てる人なんて、父様と真ん中の姉様ぐらいです」
……さすが、エルシエ。少なくともランク5が数人在籍しているようだ。
おそらく、現時点では、封印都市エリンですら、ランク5の到達者は十人にみたない。エルシエのような小国でいったい、どんな魔法を使ったというのだろうか?
「なるほど、もし、その兄様の前でクーナに結婚を申し込んだらどうなると思う?」
「殺されますよ。兄様の口癖は、自分より弱いやつに妹はやらないですし。おかげで彼氏どころか、男友達すらできませんでした」
「そうか……なら、兄様とやらに認められるぐらいに強くならないとね。そんな人がよく、クーナの家出を見逃してくれたな。頑固そうな父親もだけど」
「父様が兄様を連れて、今は海を渡った遠いところでお仕事をしていますので、その隙に家出しました。まだあと一月は戻ってこないです!」
なるほど、この時期に海を渡るってことは、おそらく封印の絡みか、クーナの父親は、彼なりに娘を救おうとしている。
「もし、クーナの兄が連れ戻しにエリンに来たらどうする?」
「絶対に、断ります。まだ、私は何も出来ていませんし……それに」
「それに?」
「今の生活が楽しくて仕方ないんです」
クーナがにかっと歯を見せて笑う。
色々と泣き言や不満を言うが今の生活はきっちりと楽しんでくれているようだ。
「あっ、君たち。偶然だね」
そこに寮での唯一の味方であるユウリ先輩が、地下迷宮の建物から出てきた。小柄な女性で短めに切った茶髪が特徴的な可愛い少女だ。
狩りをしていたのか全身泥まみれでカバンがぱんぱんに膨らんでいる。
「こんなひと目がつくところで話していいんですか?」
寮内の期待のホープを潰したことで俺たちの評判は最悪だ。実際にユウリ先輩以外まともに挨拶すらしてくれない。
「いいよ。いいよ。話すぐらいならね。にしても、漏れ聞こえてくる会話がすごいね。百八十万バルを山分けとか、魔石八十個とか、もう、規格外すぎるよ! そんなの、ランク2のパーティが一週間潜っても届かないんじゃない?」
「まあ、俺は天才ですから」
「それを素で言える君が羨ましいよ」
俺と先輩は、笑い合う。
「それで、ユウリ先輩、なんでここではじめて会ったなんていい方するんですか? ずっと俺たちのこと見てたじゃないですか」
一瞬、俺でないと気が付けないほんの刹那、ユウリ先輩の目から感情が消えた。日常会話から急に振られて油断があった。
しかし、すぐに朗らかな笑顔に戻る。
「うん? なんのことかな? あたしはずっと浅い階層にいたよ」
その回答は失言だ。なぜなら、俺達が深い階層に居たことをしっていることが前提になる。
初めての探索で、いきなり深い階層まで潜るとは普通は予測しない。
かつて、入学試験の日に感じた、超一流だが、経験の浅い監視者。その特徴がこの先輩には見て取れた。
もともと、この人のことは疑っていた。魔力の流れが、美しすぎる。その割に大した責任じゃない。そして、一度尾行をしようとして見失ったことがある。俺の尾行を撒ける人間が普通であるはずがない。
「変なことを言いましたね。それと、俺たち地下四階で異常個体のイノシシの化け物と会ったんですよ。授業では聞いていましたが、実物をいきなり見ることになるとは思ってませんでしたよ」
「それは災難だったね」
「定期的に魔物が狩られて瘴気が薄まっている浅い階層で出ることはまずないと思ってたのでびっくりです。特に地下四階は人気スポットですからね。……これって偶然だと思います?」
俺はにこやかに問いかける。
すると、ユウリ先輩もにっこりと笑って。
「偶然だよ。偶然に決まっている」
そう強く断言した。
「ああ、それとね。明日からの学校面白くなると思うよ。おかしな連中が、地下迷宮に居たからね」
意味ありげな一言を残して、ユウリ先輩は去っていく。
それを見届けてから、三人で酒場に行き、少しだけ豪勢に楽しんでから、俺達は寮に戻った。