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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第十二話:遠征終了

 迷宮に潜って四日目。今は地下三階に居た。

 明日から、学園での授業がはじまる。正午には地上に戻ることを目標に俺たちは地上を目指していた。

 先頭を歩いているのはいつもとは違いアンネだ。これには理由がある。

 ほら、来た。


「はっ!」


 アンネが背後から襲い掛かってくる体長60センチほどの赤いクモの化け物を振り向きざまに切りつける。

 アンネの剣は、振り上げたクモの前足を刈り取った。

 クモは奇襲をかけたはずの相手に先制攻撃を受けて慌てふためいている。


 クモの化け物の名前はクリムスパイダー。巣を作らないタイプのクモで、足音を消して獲物の背後から近づき、両腕の鎌で致命傷を与えてくる。

 地下三階相応のモンスターでけして弱くはないが、この3日で大量に魔石を使用したアンネの敵ではない。

 

「キシャァァァ」


 緑の血液を撒き散らかしながら、クモのバケモノが悲鳴をあげつつ後退る。

 さらに、アンネを危険な敵と認識し、距離をとろうとクモの体が深く沈み込んだ。このまま、後ろに大きく跳んで逃走するつもりだろう。


 しかし、それを許すアンネではない。クモが跳躍する直前、さきほど剣を振りぬいた体勢のまま手首を反して、素早く踏み込みから切り上げることで、クモの柔らかい頭を切り裂いた。

 頭を切り裂かれたクモは、しばらくぴくぴくと体を痙攣させたあと動かなくなる。

 アンネは、ほっと一息をついてから剣の血を拭い、鞘に納めた。


「師匠、今の動きはどうかしら」

「六十点。ぎりぎり合格だね。俺なら、最初の一撃で致命傷を与えた。背後からの攻撃に反応するのが精一杯で、適当に剣を振るうからそうなる」

「……確かにその通りね。反応するのが精一杯だったわ」

「でも、良くなってきているよ。少しずつ頑張っていこう」

「ええ、師匠から教えてもらった技、絶対に身につけてみせる」


 クーナに比べて索敵能力が劣るアンネを先頭で歩かせているのはアンネを鍛えるためだ。

 今は、自分の周囲に魔力を溶けこませ、自分の周囲のものを感じ取る技をアンネには使わせている。

 個人差はあるが、誰しも自分の空間というものが存在する。俺の場合は、76センチ。その得意な空間に魔力を溶けこませ、支配する。

 この領域を超えると途端に、演算と魔力の負荷が跳ね上がるが、自分の空間の支配するだけであれば、負担はごく軽い。


 俺ほどになってくると、呼吸とおなじ感覚で、空間の支配を行えるし、クーナは、ほぼ無意識で行っている。アンネにもそれを求めたのだ。

 その成果がやっと三日目になって現れはじめた。

 俺が無理やり魔術で、アンネに支配領域を認識させるという荒業を使ったが、それを考慮してなお、天才と言っていい成長速度だ。


「だいぶ見えるようにはなってきたから、あとは精度と持続の問題だね。ここからは地道に積み上げていくしかない」

「そうね、もう意識があるかぎり常に師匠が教えてくれた自分の空間に魔力を流し続けるわ」


 アンネの魔力の濃度が跳ね上がっていく。

 気合を入れるのはいいが、頑張りすぎだ。これではすぐに力を使い果たすだろう。

 俺は苦笑いをして、肩をポンと叩くと、アンネは自分で気がついたのか、顔を赤くして魔力を緩めた。

 そして、魔物を狩りつつ再び地上を目指して歩いていると、急にアンネが険しい表情を浮かべた。


「っ」


 そしてアンネが息を飲んで大樹に身を隠す。

 俺とクーナもそれにならって大樹に身を潜める。

 大樹に隠れながら前方を見ると、地下迷宮に似つかわしくない、ミスリルのフルメイルを装備したものものしい騎士たちが五人ほど歩いていた。

 贅沢にも荷物持ちらしき男を十人ほど引き連れているので、よほど金が余っている連中だろう。

 ミスリルのフルメイルには、コリーネ王国のとある大貴族の家紋が彫られてあったのが見えて、俺はその羽振りの良さに納得した。

 あの家紋は、アンネのオークレールと並びたつと言われる剣の名家フェイラーテの家紋だ。

 あんな大貴族が、いったい何のようだろうか?


「アンネ、どうして隠れる必要がある」

「オークレールとフェイラーテは仲が悪いのよ。それに、もしこんなところで鉢合わせになれば力づくで」

 

 そう言いつつ、アンネはオークレールの象徴たる魔剣に手をのばす。

 なるほど、その可能性は十分あるな。


「アンネ、クーナ。ちょっと迂回して、あいつらとは鉢合わせにならないようにして地上を目指そう」

「ソージ、ありがとう」

「いいですよ。面倒事は避けちゃいましょう」


 そうして、俺達は若干遠回りをしながら地上を目指した。



 ◇


「やっと、地上に出てきました!」

「久しぶりの本当の太陽ね」


 昼を回ったころようやく、俺達はようやく地上に戻ってきた。

 リュックの中からは保存食や水が消えて、かわりに魔石と紙幣、それに魔物の部位でいっぱいに詰まっている。


 魔物の部位は、俺が徹底的によりすぐった逸品ばかりだ。金属のような性質をもつ、サイの化け物ホラドンの角や、加護の力では直せない難病に効くトカゲの化け物アラクガの心臓を干したもの。そういった嵩張らずに高く売れるものばかりを集めている。


「たくさん狩れましたね!」

「ええ、ソージのおかげで信じられないペースで狩れたわ」

「それでも、飲食店の利益のほうが大きかったけどね」

「大人気でしたね。私達、明日から外に戻るって行ったとき、ものすごい引き止められましたし」


 この4日の間、毎日俺達が消費しきれない魔物の肉や水を売っていたがそっちのほうが狩りの収入より大きかったりする。


 そのおかげで狩った魔物の魔石をすべて売らずに済んでいるのがだがやり切れない気持ちにはなる。


「そういえば、ソージくん!?」


 クーナが何かに気づいたような声をあげた。


「どうしたんだ。いきなり」

「父様から、買った魔石を使うなって言われていたことを思い出しました。私達はけっこう、魔物肉を売って手に入れた魔石を使っていますよね」


 そう、買った魔石を使うことはあまり推奨されない。自分で魔物を狩ったときよりも弱くなる。

 だが、それは半分正しくて半分間違っている。


「今のクーナとアンネなら大丈夫だよ。魔石を受け入れるときに、本人の鍛錬が追いついていない状態で使うと、あまり強くなれないんだ。【格】をあげるとき、自分の体を知り、何が足りないかを自覚し、どう強くなりたいか。その願望にそって【格】は力を底上げするんだ。だからこそ、人は【格】を使うと、自分の戦闘スタイルに沿って強くなっていく。自分の戦い方も決まっていない未熟なうちに使うと、漠然とすべてが中途半端に強化されてしまうんだ」


 そう、だからこそ金を出して魔石だけを手に入れるやり方は推奨されない。鍛錬や実戦を経て、自らの戦う姿決まってはじめて魔石を使って【格】をあげる。クーナもアンネもその資格は十分あった。


「安心しました。これからは心置きなくどんどん、魔石を使っていけます。ふふふ、これならすぐにランク2になれますね」

「それはないよ。ランク2っていうのは、【格】をあげるだけじゃだめだ。己の器を極限まで高め、自らの【格】と完全に同一化させる。そのためには、十分に【格】をあげた状態で命がけの戦いをしないといけない。自らの限界を超えた先に、ランク2はある」


 その高みこそがランク2。もっとも、【格】を余剰に積めば積むほど、それに引っ張れて器が強くなり、壁を越えやすくなる。実際、貴族の一部は、過剰なまでに魔石を購入し、大量投入することで無理やり、ランク2への道を早める。しかし、最短でランクアップを目指すなら、そして最強を目指すのであれば、自らの限界を超えたほうがいい。


 まがい物や、余裕をもった戦いでは、身につかないものがあるのだ。


「器を鍛えて、【格】と同一化。なるほど、私たちが目指す先がわかったわ」


 アンネがそっと腰に当てた剣を握った。アンネにとって、剣を極めることが器を鍛えることになる。


「限界を超える。なんか燃えますね」


 クーナのほうも尻尾と耳をピンと伸ばしてやる気充分なようだ。


「二人共頼もしいな。とりあえず今日は、換金してから、第一回の遠征の成功祝いに飯を食いに行こう」

「いいですね! お金もたくさん入ったし、前回、ソージくんのお財布を気にして注文できなかったヨロシロエビの白焼きを頼んじゃいます! あっ、それとシロホタルダケの土瓶蒸しも」

「当然のように、俺のおごり前提なんだな……まあいいさ。今日は何でも頼んでいいよ」

「ソージくん、最高です。アンネ、今日はたっくさん美味しいもの食べましょう!」


 スキップしそうな勢いのクーナ、微苦笑するアンネ、その二人を伴って俺は換金所に向かった。

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