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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:地下迷宮への挑戦
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第三話:火狐《クーナ》

 あれから走り続け、なんとか日の高いうちに封印都市につくことが出来た。


 何度見ても、封印都市の異様な姿に声を失う。

 高さ10m、厚さ3mほどはあろうかという巨大な城壁に街全体が包まれていた。


 あれは、外敵に備えるためのものではない、中から何も出さないための備えだ。


「さすがに疲れたな。入場料は十万バルで足りたはずだ」


 市民権も入場許可証ももっていない場合、門で十万バルを払わないといけない。


 その金額を払うことで一か月の仮入場証をもらえる。

 門のほうを見ると行列が出来ていた。

 ここは、世界でもっとも混沌とした街。危険だが、金も人もどこよりも集まる。この街に集まらないものはないと言っても過言ではないぐらいだ。


 例えば、奴隷なんてものも商品として扱われる。

 俺の横を通った馬車、その荷台には檻があり、奴隷たちが死んだ魚の目で膝を抱えて座っていた。


 助けたいと思う。だが、助けてどうする? 彼女たちの人生に責任なんて持てない。助けたところで彼女たちに自分達で暮らしていける術を与えるのは今の俺には不可能だ。


「仕方ない。割り切りも大事だ」


 向こうも商売だ。それを邪魔することはないだろう。

 そうして俺もとことこと歩き、門の前にたどり着いて入場チェックの列に並ぶ。


 ふと横目で馬車の列を見ると、さきほどの奴隷商人が女の子と話していた。

 気になったので魔術を起動する。

 音を拾う風の魔術だ。


「あの、すみません。この街に入るにはどうすればいいですか?」


 やけに綺麗な女の子だった。

 歳は今の俺と同じぐらいの十代半ば。長い金髪は光を反射していて、色白い肌は魅力的にうつる。顔立ちも少しおっとりとした印象を受けるが信じられないほど整っている。あと体つきが細いのにエロい。


 そして、なによりの特徴は髪と同じ色のキツネ耳と、キツネ尻尾が生えていること。よく彼女に似合っている。


 俺は、息を呑んだ。ゲーム時代に共に旅をしたことがある仲間。かつて俺が見殺しにしてしまった少女……クーナだった。

 彼女が居るからここに来た。だけど、こんなに早く会えるとは思わなかった。ゲームだと思っていた頃のイルランデでは今から数年後に出会うはずだった。


「ああ、お嬢ちゃん。この街は初めてかい」

「はい、この街どころか、村から出るのは初めてで、大きな街に入る方法がわからないです」


 人懐っこい笑顔を浮かべながら、その女の子は返答する。

 クーナは正気か? どうして質問するにしても奴隷商に話しかける?


「一緒にいる人はいないのかな?」


 奴隷商人は、欲望を目に浮かべつつ、手で合図を馬車に送る。

 一人の男が女の子の死角から背後に回り込みつつあった。


「はい、一人です。村から家出してきました! この街は人手不足で、お仕事がたくさんあるから、一人でも生きていけるって聞いてきたんです」

「そうかい、そうかい、それは偉いね。お嬢ちゃんみたいな可愛い子が一人で家出して、他の街まで来るなんてすごい勇気だ」

「ありがとうございます。この街で一人前になって、父様や兄様たちを見返すんです!」


 拳をぐっと握ってクーナは目を輝かせていた。

 奴隷商人の笑みが深まる。

 それはそうだろう。キツネ耳とキツネの尻尾が生えた亜人は火狐族しかいない。


 火狐族は非常に有用な種族だ。歌に魔力が宿り、聞いているものの心を癒し魅了する能力。炎属性の魔術に関しては直感的に魔術式を構築し、素早く強力な炎を操る先天的な能力。そして、老いが遅い。


 寿命は人間と変わらないが、火狐は死の間際まで若く美しい姿を保っている。戦闘奴隷としても性奴隷としても最高で、非常に高価で取引される。さらに……もう一つ、彼らの価値をあげるものがある。


「なら、おじさんがお仕事を見つけてあげるよ」

「ほんとですか!? むぐっ」


 奴隷商人と夢中で話していて背後から忍び寄るもう一人に気が付かなったようだ。


 布を口に押し付けられ意識を失う。さらにそんな女の子を縄でぐるぐる巻きにしばり、魔術妨害の呪符を山ほど張り付けて荷台に積みこむ。


「お嬢ちゃん、ちゃんと仕事をくれてやるよ。明日からは奴隷っていう立派な職業だ」


 奴隷商ともう一人が高笑いをする。こんなところで最高級品の奴隷が手に入ったのだから嬉しいに決まっている。


 周りは見ていたのに誰も止めない。

 この世界は、街から一歩でも外に出れば法が存在しない。

 彼女が捕まったのは間抜けだからだ。


 俺も普段なら、そう考えただろう。

 だが、俺はクーナを知っている。クーナの笑顔も泣き顔も、全て脳裏に刻んでいる。だから、見捨てるわけにはいかなかった。……たとえ、彼女が俺が見殺しにしたゲームで会った彼女とは別人でも。

 今度こそ、彼女と一緒に幸せになりたい。


 立ち上がり、歩き出す。

 列にはまた並び直しだが、そんなことは構わない。

 俺は奴隷商人の馬車の前にたどり着き口を開く。


「商人さん。その子は俺の知り合いの娘だ。彼女を探してほしいと頼まれてこの街に来た。解放してもらえないだろうか?」

「はあ? 何言ってんだ。言いがかりはやめてもらえないか? この子は私の商品だ。この街で売るために連れてきたんだよ」

「俺は、その子が攫われる一部始終を見ていた」

「だからなんだ。今ここで調達した俺の商品だというだけだろう」

「誘拐を認めるのだな?」

「はっ、ここは街の外だ。法律も何もない」

「そうか。なら、ここで積み荷を俺が強奪しても、問題ないということだな? 【魔銀錬成:壱の型 槍・穿】」


 俺は銀槍を首元に突きつける。


「おっ、おまえ何を、えっ衛兵を、誰か衛兵を呼んでくれ!!」


 奴隷商人は叫ぶが誰も動かない。

 周りは、奴隷商人が女の子を攫うのを見ていた。そんな奴が助けを求めても無視するに決まっている。


「その子は俺の恩人なんだ。その子のためなら俺はあなたを殺せる。そして、後ろの男。一歩でも動けば、俺はこいつを殺す」


 槍の先端が奴隷商人の首元に刺さり、血の代わりに青い粒子がこぼれる。

 神の加護が動いている証拠。だが、この商人はランク1の下位。この槍を突き刺せば、加護など一瞬で使い切り死に至る。


 俺の警告を受けて、ひそかに忍び寄っていた。奴隷商人の仲間は足を止めた。奴はランク1上位。まともに戦えば勝てない。だが、この子を助けたあと逃げるぐらいのことはできるだろう。

 誰もが動きをとめ、空気が張りつめていく。

 痛いほどの静寂。


「まったく、何をしてくれるんですか! 私の計画が台無しじゃないですか!!」


 そこに場違いな声が響く。

 怒声なのだが、妙に可愛らしく、色々なものを台無しにしていた。


「えっと、その、なんで起きてるの?」


 奴隷商人がぽかんとした顔でつぶやく。


「布につけてたお薬のことを言っているのでしょうか? 私、毒って体質的にきかないんですよ。父様に小さな頃から毒をたっぷり飲まされて耐性できてますし」


 ……昔、そんな話を聞いたことがある。

 クーナの父親はかなりのスパルタで、息子や娘を徹底的に鍛えているらしい。


「なら、どうして捕まった!」

「入場料が払えなかったので、商品としてならただで入れるかと思ったんですよね。街に入ったあとに逃げればいいですし。だからわざわざ、奴隷商人さんに話しかけたんじゃないですか」


 奴隷商人と、その助手がぽかんと口をあける。

 なんだ、そのむちゃくちゃさは。


「だっ、だが、いかに、火狐とはいえ、それだけの呪符があれば」

「この玩具のことですか?」


 火狐の女の子の目が赤く光る。 

 同時に呪符がいっせいに燃えた。


「雑ですね。ノイズを出して邪魔するタイプの呪符ですけど、パターンが単純すぎてシャットアウトが楽です。それに出力も弱い。それどころか無駄に多く張り付けたせいで干渉してますよ。逃げるのは楽でいいのですが、ここまでお粗末だと逆にいらってきますね」


 全身から、ちかちかと赤い炎が噴き上がる。

 炎がちりちりちりと、商人の肌を焼き、青い光の粒子がこぼれる。おそらく、あの子ならランク1上位のもう一人にでも勝てるだろう。


「ひっ、ひいい。もっ、もういい、出ていってくれ、俺が悪かった」


 商人の叫び声を聞きながらゆっくりと火狐の女の子は馬車を出た。


「じゃあ、いきましょうか。そこのお兄さん。私の計画を潰した責任をとってもらいますからね」


 茶化すように、少女はそう言う。

 その仕草が妙に懐かしく感じる。


「余計なことだったかな」

「男の子に助けられのは初めてで、女の子としては嬉しかったです。だから、余計ではなかったです」


 ゲームの時代ではあまり見せなかった笑顔をクーナは浮かべて言った。

 俺の知る限り、クーナはもっと無口で無感情。自分にも他人にも興味がない少女だった。

 彼女の微笑み、そのことがたまらなく嬉しい。


「……そうか、ならよかった。向こうで話そう」


 俺たちは二人で、列から離れて行った。


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