第七話:自分の剣
二人で暗闇の中、人気のない道を歩いて行く、ぎりぎりテントが見える程度で、なおかつ剣が振れる程度に開けた場所で立ち止まる。
「【照明】」
俺の魔術が発動する。
火の玉がゆらゆらと注に浮きあたりを照らしている。地味だが便利な魔術だ。
俺はアンネのほうを向くと、剣の修行にまっすぐなアンネは普段よりずっと緊張していた。
「いきなりだけど、アンネの最大の問題点。それを伝えたいと思う。そうしないと前にすすめない」
「問題点? それは未熟さじゃなくて?」
「うん、未熟とかうんぬん以前の問題だよ」
俺のその言葉を聞いた瞬間、よほどショックだったのだろう。アンネの表情が可哀想なほどこわばる。
アンネの剣には致命的な問題があった。それと向き合うことからすべてがはじまる。
「口で言うより実感してもらったほうがいい、剣を振ってくれ。一番得意な型でいい」
「わかったわ」
アンネが腰の剣を引き抜く。痛いほどの緊張感があたりを包む。アンネの神経が剣に通っていくのがわかる。
彼女は浅い呼吸をし…、一歩踏み出しつつ、剣を振り下ろした。
淀みがない美しい型だ。何千、何万もの繰り返しで体に叩き込んだ努力の結晶。アンネがオークレール家でどれほどのものを積み上げたのかがよくわかる。
だからこそダメだ。
「次は俺がやってみよう。【魔銀錬成:弐の型 剣・斬】」
俺は、【魔銀錬成】を使用して、ミスリルを片手剣に変化させる。
そして、一歩踏み出しつつの袈裟斬り。
「私の剣よりずっと速いわ。魔力の強化はない。純粋な振り下ろし、筋力の差はある。それを差し置いても、私より、上」
「どうしてこうなるかわかるかな?」
「わからないわ。もう一度、剣を振るところを見せてくれないかしら?」
「喜んで」
俺は彼女の要望に応え、もう一度袈裟斬りを披露する。
自らの体の構造を調べ、計算によって導き出したもっとも無駄のない動き。だからこそ俺の剣は疾い。
「よくわかったわ。ありがとう。もう一度やってみるわ」
アンネが再び剣を振る。
その動きは明らかに俺を意識していた太刀筋。必死に俺が見せた剣をなぞる。
その結果……剣はさきほどよりも明らかに鋭さを失った。
「どうして、師匠を真似ているのに」
確かに、彼女の動きは俺に似せた。たった二回見せただけなのにうまく真似てみせたものだ。
だが、だからこそダメなのだ。
「アンネ、俺の剣は、俺の骨格、筋肉の付き方、関節の可動域。腕の長さ、柔軟性。そこから導き出した最適解なんだ。俺のために作った。俺だけの剣。そんなものをアンネが真似てなんの意味がある? そして、アンネの剣は、オークレール家が長い歴史で作った。ある程度、誰でもそれなりに使える剣だ。だからこそ、俺の剣を真似るよりはうまく振れた」
そう、人間の体なんて、それぞれがまったく違う。俺の剣は、俺のためだけに考えだされた剣。
オークレールの剣は、多数の人間が振るうことを前提とし、ある程度の訓練をすれば誰でも使えるような汎用性をもたせた剣。
俺がふるうなら、当然俺の剣のほうがいいし、俺以外なら後者だ。
「アンネが俺の猿マネをしても意味がない。かといって、オークレールの誰でも使える汎用性のある剣じゃ、そこそこ強くなれても、頂点には届かない。そもそも、その剣は男の術だよ。個人差どころではなく、男と女では体の構造が違いすぎる。アンネには向いてない」
誰でもそれなりを目指した汎用性があるオークレールの剣ですら、女が使用していることを想定しているものではない。
本当なら、もっとはやくこの欠陥に彼女は気づいたか、挫折しただろう。
だが、彼女の剣の才能と、人並み外れた努力が、超一流、その手前まで彼女の実力を伸ばしてしまった。
努力で到達できる限界値。その結果、間違いに気付くことなく剣士として成立してしまったのだ。だが、その先にはどうしたってたどり着けない。行き止まりだ。彼女はこれ以上強くなれない。
「師匠はこう言いたいわけね。女の私は一流にはなれない」
アンネが唇をかみながら言った。俺の言葉の正しさがわかってしまうからこその反応だ。
「そう言えば、アンネは諦めるのか?」
「諦められるわけがない。私はオークレールだから」
今までのすべてを否定されて、それでも彼女は立ち上がると言った。
自然と笑みが溢れる。こんな彼女だから俺は仲間に誘った。
「なら、強くなる方法を教えよう。アンネ、まず大前提だ。強くなりたいのであれば型をなぞるんじゃない。その型の理念を理解しろ」
型とは、それを真似れば強くなれるといったお助けアイテムではない。
その流派の基本理念。その型の一つ一つに意味がある。
「その型の理念がわかれば、自分の体の声を聞きながら、自らに適した型に改変できる」
俺はアンネが見せてくれたオークレールの型。その型に込められた意思と理念を読み取り、かみ砕き、俺の体に合わせる。
剣を振り終わったあと、風を切る音が響く。
俺の振るった剣は、一見アンネのものとはまったく違う。だが、正真正銘のオークレールの剣だった。
「これが剣を極めるということだ」
アンネが一瞬呆けた顔をして、そして羞恥に頬を染める。自らの過ちと未熟に気づいたからこその反応だ。
「師匠、私は自分が恥ずかしいわ。今まで、ただお父様の教えにしたがって、言われたことを完璧にすることが強くなる近道だと思っていたの。でも、それじゃダメなのね。師匠の言葉を胸に刻んだわ。理念を理解した上で、つくり上げる。……それこそが剣を極めるということ」
理解がはやくて助かる。
普通の人は、なかなか現実を受け入れきれない。積み重ねが多い人間ほど、俺の言葉を受け入れることを拒む。だが、アンネは受け入れた。そして強くなるために前を向いた。
なら、あとは背中を押してやれる。
「アンネ、少しだけ手助けをするよ」
俺はアンネの後ろから彼女を抱きしめる。
「しっ、師匠」
アンネがとまどい、恥ずかしそうな声をあげる。耳たぶが赤くなっている。
「今から魔術を使う。アンネに自分の体の声を聞いてもらう」
「それってどういう……」
言葉が終わるまえに、アンネの体に魔力を流す。
魔力を通じてアンネのすべてが伝わってくる。俺はその情報をもとに一つの魔術を作り上げた。
それは、人の体をだます電気信号の連続。
筋肉というのは、脳からの電気信号に反応して収縮する。ならば、外部から同じことをすれば人の体を操れる。
そのために後ろから抱きつき密着した。
「いくよ。アンネ」
「ちょっ、ちょっとまって師匠」
アンネの体が勝手にうごき、見事な袈裟斬りを披露する。よどみない、自然な動き、力をほとんど入れていないのに、自然に剣は加速する。
間違いなく、それはアンネが今まで振るってきたどの剣よりも疾かった。
振り切ったアンネは呆然とする。
「これが、私の、剣……気持ちいい」
「そう、今のがアンネの体の声を聞いた剣だ。自分にあった剣は、気持ちいいんだよ。今の感覚を忘れないことだね」
「忘れないわ。絶対に忘れない。今の感覚。なんとしてもものにするわ」
アンネはそう言うなり、素振りを繰り返す。今の一撃を体に刻みつけるように。
それが今はもっとも必要なこと。
俺が言う前にそれを開始した。
俺は、彼女が剣を振れなくなるまでひたすら見守った。
疲れきって崩れ落ちるまで剣を振り続けたアンネ。そんな彼女を抱えてテントに戻る。アンネの表情はひたすら、嬉しそうだった。
それはきっと、今より強くなれるという希望がそうさせたのだろう。




