第五話:商売
「ソージくん。教えてください。私はあと何枚肉を焼けばいいんですか? 何個ステーキと干肉を作れば休憩できるんですか!?」
クーナが悲鳴をあげる。
焚き火で焼くなんて悠長なことをやっている暇がないので、クーナに魔術で一瞬で肉を焼いてもらっているが、それでも追い付いていない。
「俺が知るか! 客がいなくなるまでだ」
ベテラン探索者たちとの交渉が成立し、好きなだけステーキを食わせる。そこまでは良かった。
さすがに探索者だけあって、常人なら胃が弱って受け付けないはずのステーキ肉、それも500gの特大サイズをぺろりと平らげた。それでは満足できずに全員二回ほどおかわりをした。
その後、数組のパーティに期待通り売れた。そこまでは良かった。問題はその後だ。
肉汁と胡椒の交じる匂いに誘惑されて、想定以上の人だかりができてしまった。
口コミで広がり、次々に新しいパーティが現れ始める。
今ではアンネが列を整理し、金を回収。俺が肉の処理を行い切り分け、クーナが焼くという一連の流れができている。
「ここまで人気がでるのは意外だったな」
売れるとは思ったが、ここまでの盛況は予想できなかった。
「そうね、一万バルなんて無茶な値段。普通は売れないわ」
「一応、地下4階なら可能性もあったんだけどね」
地下4階は、低層専門の連中が来ないため狩りの効率がよく。なおかつ地下5階から一気に難易度が跳ね上がるせいで、地下5階以下の探索をする場合も4階で野営をする探索者は多い。そのため、野営ポイントとして非常に人気が高く人が多いのだ。そして実力がある人間が集まるということは、安全だということにつながり、さらに人気が出るという循環を繰り返している。
パーティによってはここに数日ほど滞在する。
その間の生活は悲惨だ。水と食料が現地調達できないため、少しでも荷物を圧縮できる乾パンと干肉などがほとんどを占める。
上位のパーティは定期的に人を雇って、物資を輸送させているがそれだって限界がある。粗食であることに変わりはない。
そんななか、水気たっぷりの血の滴るステーキだ。我慢なんてできるわけがない。
「ソージ、さっきからお客さんが全然途切れないわ。もう、値段を倍にしてもいいんじゃないかしら?」
「今からやると暴動が起こるから、もう少しこのまま耐えてくれ」
解体したイノシシの肉。可食部は150kg程度、そのうちステーキにできる部位はせいぜい50kg。ステーキは一枚500gほどなので、100枚ほどで終了予定だ。驚いたことに、この地下迷宮でその在庫が尽きようとしていた。
「そうね、並んでたらいきなり値段が高くなったなんて、怒るに決まっているわね。そもそも、今の値段でも高すぎるし」
なにせステーキ一枚一万バル。誰がどうみてもぼったくり過ぎだ。
この値段で売れるのも理由がある。
純粋にここまで来れる探索者は金持ちだ。それも地下4階で野営をできるような連中は稼ぎの桁が、地下三階まででくすぶっている連中と違う。
だから、日々の味気ない食事に彩りを加えるために、一万バルをぽんと出すぐらいは平然とする。
「ステーキ一枚くれ! 魔石払いで!」
「確かに頂いたわ。ソージ。ステーキ一枚!」
「りょーかい」
とは言っても現金をあまりもちあるかない探索者も多い。
その場合は、こうやって魔石をもらっている。魔石ならなんでもいいことにした。
最低ランクの魔石でも二万バルになるので得をする。しかも探索者は、金を出すより魔石を出すほうが抵抗がないらしく、ポンポンとランク1中位の魔石も支払いに当てている。ランク2の冒険者にとってこれくらいの魔石はすぐに手に入るのだ。
こうやって支払われた魔石だけで、この4日で俺たちが稼ぐ予定だった目標数に届きつつある。
「なあ、クーナ。ここの階層に家を建てようか」
「忙しいんですから寝言はやめてください」
「家を建てて定食屋にしてさ、で、魔物を狩って料理にして売るんだ。それだけで、魔石と金がたんまり手に入ると思うんだ。俺が料理人でクーナが看板娘」
「あのー、ソージくん、私の声が聞こえていますか?」
「クーナ、子供は何人がいい?」
「ソージくんの中でいったいどれだけ話が進んでいるんですか! 冷静になってくださいソージくん!」
さきほどから、めんどくさそうに生返事をするばかりだったクーナが、いきなり顔を真赤にして、大声を出す。
「そうね、ソージ。少し冷静になったほうがいいわ」
「言ってやってくださいアンネ」
「設定が甘いわ。私が居ないのが気になるのがひとつ。それと火の魔術が得意なクーナが料理人になるべきね。そう、私を看板娘兼、不倫相手で登場させるのはどうかしら? それで全てが解決すると思うのだけど」
「いやですよ! なんでわざわざ地下迷宮でどろどろの愛憎劇を展開しないといけないんですか!? そういうのうちの親だけで十分です!」
クーナがほとんど悲鳴のような声をあげる。
ふうふうと息が荒くなっていた。
「クーナ。調理中につばを飛ばすな。非常識だぞ」
「そうね。クーナ自制しなさい。お客様が可哀想よ」
「いや、いいですさ。あんな美少女のツバはご褒美です」
客の探索者が乗ってくる。良かった心の広い人で。
クーナがわなわなと震えている。
「もう、この人たち嫌ですぅ」
ついにクーナが半分、涙声になった。
少しからかいすぎたようだ。あとでそれとなくフォローしておこう。
◇
あのあと肉の在庫がなくなるまでステーキを売り続けた。まだ並んでいた客は悔しそうに去っていく。人によっては三周ぐらいまわっていた。
合計102枚のステーキが売れて、七十一万バルと、三十一もの魔石が手に入った。
しかもその魔石のうち、8つは中位の魔石だ。予想外の収入にほくほく顔になる。当座の資金も出来たし、心置きなく【格】の強化に使える。
「もう、一生分お肉を焼きました。しばらくお肉は焼きたくないです」
クーナがくたびれた様子で、椅子にもたれかかって愚痴をこぼす。繊細な火力の調整が必要だったので、それなりに負担があったはずだ。
「そう? 私は楽しかったわ。わりとこういう職業に向いているのかもしれないわね」
逆にアンネのほうはまだ余裕がありそうだ。お嬢様なのに、客商売に抵抗がないのは意外だった。
俺は、そんな二人を眺めながら片付けと金と魔石の使い道を考える。地上に戻れば色々と買い足しをできる。
片付けが終わって、一息ついていると、俺たちに最初に絡んできた探索者が礼を言ってきた。
「本当に助かった。ありがとう」
「いえ、儲けさせてもらったのでこちらこそ感謝します」
握手を求めてきたので、その手を握り返す。
彼らにはステーキを振る舞ったあと、たぷたぷになるまで水を飲んでもらい。水を補給させた。
最初に約束した通り、塩を塗りこんだ後、魔術で水をとばして作った干肉を一人につき3日分用意した。これで地上に出るまでは持つだろう。
「君にその気があればだが、俺たちのパーティに入らないか。魔物の肉を食材に変える魔術。それに、君は言わなかったが、あの水。魔物の血だろう?」
ベテラン探索者は、自分のパーティに聞かせないように小声で言った。
「なぜ、それを?」
「あれだけの大物を解体しておいて、血が少なすぎると思ってね」
「正解ですよ」
「やはりか……君がいれば事実上、迷宮での食料と水の心配をしないでいいことになる。ほしがって当然だろう。君にもメリットがある。俺のパーティはランク2が四人いる。これほど戦力が整ったパーティはなかなかない。上を目指すならこれ以上の条件はない」
「お断りします。……でも、意外ですね。てっきり、魔術を教えろと言ってくると思いました」
「うちの魔術師に君の技を盗ませようとしたさ。だが、君の魔術を盗み見ても、理解できないか、知らないコードばかりなうえ、工程数が多すぎて、百年たっても理解できないって匙を投げられた」
そう、俺の【浄化】の強みは、俺以外が知ったところで再現できないところにある。
俺の知っている魔術式をすべて紙で書きだしたところで誰も実行できない。
「そうか、残念だ。今日の恩はいつか返そう。もし、問題があれば協会で、【群青の鷹】を頼ってくれ。俺たちのパーティだ。君たちの依頼なら最優先で受けよう」
「それはどうも。もちろん金を取るんでしょう」
「あたりまえだろ。そっちもしっかりとったんだから。それに……君なら金をたっぷり稼ぎそうだからね。とれるところから、とるのが探索者だ」
その強かさこそ、探索者の必須スキルだ。頼もしくすらある。いざというときは頼らせてもらおう。
ランク2の知り合いというのは十分使い道がありそうだ。




