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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第四話:交渉

「断るだと! 貴様。俺たちがランク2だとわかっていて言っているのか!」


 三十代前半の鍛えぬかれた体の男ががなり立てる。

 ランクは測定魔術を使えば見えてしまう。


 探索者同士での戦いでは、彼我の戦力差がわかるのだ。餓えた探索者たちは四人もランク2がいて、しかも実戦経験が豊富。相手が弱っていることを差し引いても。俺たちでは勝てない相手だ。”俺が切り札を使わなければ”。


「ええ、食料をただで渡すわけにはいきません」


 それでも断る。正直な話、魔物の肉は150kgほどあるし、水なんていくらでも作れる。渡したところで懐は傷まないが、ここには、野営する探索者が集まっており周りの目がある。


 弱みをみせれば、一瞬でまわりの連中がハイエナに変わって根こそぎ、俺達からすべてを持っていってしまうだろう。


「ほう、よほど死にたいらしいな。俺達は、飢えている。このうまそうな匂いにつられてきた。理性を期待するなよ。肉を食うためなら人殺しだってやる」


 俺の首元に剣を突き立てる。一筋の血が流れ、同時に加護が発動し治療される。

 その様子を見て、クーナとアンネから殺意と魔力が膨れ上がる。


「動くな! 二人共」


 俺は二人を一喝して動きをとめる。


「でも、ソージくん」


 クーナの泣きそうな声が聞こえてきて、彼女にそんな声を出させた目の前の男に殺意が湧く。だがそれを必死に抑える。我慢をしないといけない。うまく利用すれば、この状況は利益につながる。


「クーナ、いいんだ。俺は大丈夫だから」


 俺は優しく微笑む。こういうときは余裕を見せるのが一番いい。クーナとアンネは、男を強く睨みつける。二人の美少女に睨まれて、男はたじろいだ。


「まあ、落ち着いてください。俺は、ただではあげないと言っただけですよ」

「なに?」

「食料と水、購入という形なら喜んで差し出しましょう」


 そう、正式な取引なら弱みを見せることにはならない。それどころか、やりようによっては、この後の商売の宣伝に使える。


「交渉を持ちかけられる立場か、貴様は」

「交渉を持ちかけられる立場ですよ。私は」


 睨みつけてくるベテラン探索者の目を睨み返す。相手の目に少しだが理性が宿った。少なくとも話は聞いてくれるようだ。


「そっちは奪うつもりでしょうが、そもそも、あなたたちは私達の食料を奪ったところで普通には食べれません。……クーナ。テントの横の肉を適当にもってきてくれ」

「はい、すぐに」


 クーナの動きをベテラン探索者たちの目は厳しく監視している。変な動きをすればいつでも殺すとでも言うように。


「さっそく料理しましょうか」


 クーナがもってきたのはロース肉の塊。それを薄くスライスしすばやく塩をふりかける。二枚切り分けたうち、一つを【浄化】し、もうひとつはそのままにしておく。


「クーナ焼いてくれ」

「はい、ソージくん」


 クーナの魔術で、内側から加熱され、一瞬でスライスはステーキに変わる。

 肉の匂いがあたりに広がり、目の前の探索者達がごくりと生唾を飲む。


「一つ目は俺が魔術をかけた肉だ。これは試食だよ。好きに食べるがいいさ」


 アンネに目配せして水を注がせたコップと一緒にベテラン探索者に渡す。

 男はごくりと生唾を飲むと薄いステーキにかぶりついた。


「うまい、うまいっ」


 涙を流して肉を噛み締め飲み込み、水を流し込む。よほど飢えていたのか、完全に警戒を解いており、険しい顔がほころんでいる。


 今なら隙だらけだが、相手は四人。不意打ちをするのは悪手だろう。

 あっという間に食べ終わった探索者は再びこちらに向き直る。


「これだけじゃ、全然足りない。この味を知っちまったら、何がなんでも手に入れないといけねえな」


 完全に獣の目になる。それなら少し、目を覚まさせてやろう。


「もう一枚の肉を焼いたわけだが、これを食うのはおすすめしない。こっちは俺が魔術をかけていない。ただの魔物の肉だ。知っての通り瘴気まみれで食えたものじゃない。同じ肉の塊から切り分けたが、まるで性質が違う。俺が魔術をかけない限り、この肉は毒だ。奪ったところで意味がないんだよ。信じられないなら食ってみればいい」


 俺の言葉にベテラン探索者はたじろいだ。

 だが、奪ったところで意味が無い。その言葉を確かめたかったのだろう。


「おい、おまえ。食え」

「いっ、いいんですか!?」


 荷物持ちの男を呼び出してステーキを食わせるという選択をした。それなら、たとえ毒だったとしても主力メンバーを失わないという冷徹な判断。


 毒かもしれないという恐怖を感じながらも、ベテラン探索者が食えたという事実と、暴力的な肉の匂いに釣られて荷物もちの男が肉をむさぼる。ベテラン探索者の他のパーティメンバーは羨ましそうにそれを眺めていた。

 肉を口に入れた瞬間、荷物持ちの男は心底うまそうな表情を浮かべる。


「こいつはうめぇや」

「おい、やはり嘘か!」

「いや、すぐにわかる」

「へっ、えっ、これ、はら、おえええええ。いっ、痛い、はらぁぁぁあ、俺の腹ぁぁぁぁ」


 しかし、次の瞬間には瘴気により肉を吐き出し苦痛にのたうち回る。

 ランク3にでもならない限り、【浄化】をしていない肉を食えばこうなる。


「ほら、言ったとおりでしょう?」

「なるほど、おまえが手を加えないとこうなるわけか」

「そうです。なので、奪うだけ無駄ですよ。買っていただけるなら適切に処置をしましょう」

「脅すこともできるが」

「全力で抵抗しますよ。俺を殺すならともかく、無力化するほどの余裕があなたにありますか?」


 この連中なら俺を殺すぐらいは朝飯前だが、無力化するのは厳しい。

 一瞬、視線がクーナとアンネに向いた。

 考えていることはわかる。二人を使って俺にいうことを聞かせる。


 俺は本気の殺意をベテラン探索者にぶつける。そいうことをするなら、切り札を使ってでも、殺してしまっても構わない。

 ベテラン探索者は俺から、何かを感じ取り両手をあげて、降参とつぶやく。

 普通に考えれば、俺を恐れる必要はない。それでも本能が危機を感じ取れるから、こいつは生き残ってこれたのだろう。


「ふう、わかった。負けだ。買わせてもらおう。いくらだ?」

「そちらのパーティ全員分の食事と、2日分の干し肉。それにたくさんの水で二十万バルでどうですか?」

「ぼったくりだな」

「地下4階なら良心価格だと思いますよ。食料だけならともかく、地下迷宮でもっとも貴重な水までつけさせていただきますからね」


 実際に、探索者向けに地下迷宮で商売をする豪のものもいるが、だいたい価格は市場の五倍ほどをとる。魔物に襲われながら店を開くリスク。輸送のコストを考えると仕方ない話だ。


「たしかにな。よし、買おう。持ち合わせは十万バルしかない。足りない十万バルはこいつでどうだ」


 ベテラン探索者は、拳大の魔石を投げてくる。

 魔石を見る限りランク1の上位の魔石。換金所なら二十万バルにはなる。これなら文句はない。


「承りました。さっそく、食事の用意をしますのでそちらの方で座っておまちください。それと、これを」


 俺は水筒を投げつける。さきほど手に入った水を入れたばかりなのできちんと2リットルほど入っている。


「まずはそれで喉を潤してください。それから空の容器があるなら、水を入れておきますので全部だしておいてくださいね」

「助かる。おまえら、たった三人でどれだけの水を運んでやがる」

「それは企業秘密です」


 俺は口元に指を当ててそういった。

 肉はともかく、魔物の血から水を作っていると言えば嫌な顔をされそうだからだ。


 ◇


 ベテラン探索者たちのところに、血の滴るステーキを皿に山盛りに何枚も重ねてもっていく。

 まるで餌に群がる野犬のようにものすごい勢いで彼らは肉をかきこんでいく。


 さあ、餌は十分に撒いた。

 獲物はかかったか? 俺はあたりを見回す。

 肉の匂いに釣られて、魔物の肉だとわかった瞬間に離れていた探索者たちが再び、俺達の周りに集まっていた。

 その視線が、肉を貪っている探索者たちのもとに集まる。


 俺は、魔物の肉を売りさばくつもりだった。なにせ巨大なイノシシの化け物の肉は可食部だけで、150kg近く残っている。持ち運ぶことは不可能。そして捨てるのはもったいない。


 だが、売りたくても、普通にすれば魔物の肉を買うやつは居ない、無料の試食すらも断られるだろう。俺やクーナが目の前で食べたとしても、俺たちの体質だと疑われる。

 そこで、ベテラン探索者たちを利用することを思いついた。

 俺たち以外のパーティに食わせることで、俺たちが特別ではなく、肉自体が特別な調理をして食べられるようになっていると思わせる。

 よし! かかった。

 

「おい、兄ちゃん。俺達にもあの肉売ってくれないか?」


 野営の設置をしていた探索者が俺に声をかけてくる。


「もちろん、喜んで。でも高いですよ」

「構わねえ。こんな場所で、柔らかくて水気たっぷりの肉が食えるならいくらでも払う」

 

 俺は内心でほくそ笑む。さあ、これから忙しくなるぞ。

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