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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第三話:バーベキュー

 イノシシの化けものを仕留めてから、地下4階の入り口付近にある開けた土地に出ていた。

 今日は狩りはやめにしてここで夜を明かすつもりだ。

 奴との戦いで魔力をかなり消費したし、左腕の複雑骨折を治すために加護も結構な量を失っている。


 探索者たちの暗黙の了解として入り口付近で野営するというルールがある。なるべく探索者たちが固まっているほうが魔物の襲撃にも対応しやすいからだ。


「ふんふんふん」


 俺は鼻歌交じりにイノシシの化け物を解体していく。全長3mもある化け物なのでかなり食い出がありそうだ。


 クーナが内側から焼いたおかげで下半身は吹き飛んだが、上半身はほとんど無事なので問題なく食べられそうだ。


 まずは、血抜きだ。土魔術で作った柱に宙吊りにして、首の動脈を切り裂く。

 心臓が止まっているので血があまり流れない。魔術で電気信号を流して無理やり心臓をポンプさせることで効率よく血を吐き出させる。


 紫色の血がどんどん魔術で作った岩で出来た桶に溜まっていく。

 その隣にもう一つ岩の桶を用意。


「【浄水】」


 そして、ゲーム時代に開発した魔術を使用する。

 これは【浄化】の進化系の魔術だ。


 地下迷宮で水を浄化して手に入れることに成功した俺達は次の課題にぶちあたった。水場が都合よくある階層は少ない。とくに中層ではほとんど水が手に入らなくなっていく。その状況を打破するために、もっとも身近にある資源である魔物から水を得ると決めた。

 【浄水】はそのための魔術だ。

 空気中の水分を集める魔術も考案されたが、効率が悪すぎてゲーム時代ではこちらが主流だった。


 血液の瘴気を取り除き、さらに水分だけを分離する。分離した水分は岩の桶に流れ込み、それ以外の不純物は元の桶にこびり付いた。

 取り除かれた瘴気は、俺のもっている瘴気の玉に吸い込まれている。


「あの、ソージくん。それ、本当に飲むんですか?」

「なんだ、クーナ。テントのほうはもう終わったのか」


 クーナにはテントの設置を頼んでおいた。彼女がここに来たということは無事テントの設置が完了したということだ。


「はい。終わりました。それで、どうですか? その水、本当に使うんですか」

「当然だろう。貴重な魔力を消耗してまで作ったんだ」


 それを聞いた瞬間、クーナがすごく嫌そうな顔をした。


「ううう、やっぱり」

「逆になんでクーナがそんなに気にするのかわからない」


 俺は、魔術でイノシシの化け物の血液から作った水をコップで救う。

 そして飲み干した。

 疲れてほてった体に水が染みわたる。


「本当に飲んだ。それ血ですよ」

「だから、なんで気にするんだよ。クーナだって、血の滴るステーキとかうまそうに食ってたじゃないか。不純物を完全に取り除いている分、こっちのほうがよほど衛生的だ」

「……言われてみれば、そうですね」


 どうやら、彼女の中でいろいろと葛藤があったらしい。


「ソージくん、私にもお水をください」

「うん、いいよ」


 コップはどこにあったかな。

 そんなふうに考えていると、クーナは俺の手にあったコップをとって、ごくりと水を飲む。白い喉元が揺れる。それだけなのに視線が釘付けになる。


「味は普通の水です。ん? なんですかソージくん。じっとこっちを見て」

「いや、なんでもないよ」


 関節キス。なんてことを言ったらクーナはどんな反応をするだろうかそんなことが脳裏に浮かんだ。


「ソージ。こっちも準備ができたわ」


 焚き火と調理器具。そして座れる場所の確保をしていたアンネも戻ってきた。


「ありがとう。じゃあ解体を始めよう。クーナ。まず、皮を燃やさないようにしながら毛だけもやしてくれ」

「また、細かい注文を」

「できないのか?」

「できるに決まっているじゃないですか! クーナちゃんの絶技に見惚れるがいいです」


 クーナが火のマナを呼び集め魔術を起動。

 皮に焦げ跡一つつけずに見事に毛だけを焼き払った。相変わらずすさまじい精度だ。こと、火を使う魔術の精度においては、彼女は俺すら凌駕する。


「下準備はできたな。【魔銀錬成:弐の型 剣・斬】」


 魔術を起動し、ミスリルのリングを剣に変える。刃渡り60cm程度の片手剣だが、両手持ちができるように若干柄の部分が長くなっている。

 それを腰だめに構えた。


「【残月】」


 斬るという概念強化を施した水平薙ぎ。

 アンネが使った時は皮を突き破り、数cmを切り裂くに留まった技。

 しかし、俺が使うと。


「……すごい、ソージなら、こうなるのね」


 銀色の閃光が走った瞬間、イノシシの化け物の首が落ちる。

 魔術は掛け算だ。生身の体で放つ技の威力を倍増させる。つまり、もとの技の完成度の差まで何倍にも増幅されてしまう。

 だからこそ、魔術師は圧倒的な能力を持ちながらも体術を極めようとするのだ。


「【風車】」


 首の断面から、皮と肉の間に圧縮した空気をいっきに流し込み、爆発させる。

 ポフッと間抜けな音がなり、イノシシの体が風船のように一瞬で広がる。


 イノシシの体がしぼんでから、硬化していない皮の部分をそうように刃でなぞる。切れた皮を両手で掴んで、開くとするすると皮が剥げていく。


 岩のように硬化した表面を傷つけることは難しいが、こうやって皮と肉の間に力を加えるとあっさりと肉と皮が離れる。あとはこうやって引きはげせばあっさりと肉を取り出せる。


 皮さえはがせばあとは簡単だ。剣の重量配分を代えて、なたのように変化させて、みぞおちから鎖骨までを叩き斬る。そして腹を割いて内蔵を取り出す。


 トドメとばかりに脊椎と肋骨の接点を壊すことで、三枚おろしになる。あとは切り分けて終わりだ。


「ふう、今日はあばらの周りのうまいところをやこうか」


 10kgほど肉を切り出したが、元が馬鹿でかいので一割も取り出せてない。

 ロース肉のあたりは燻製して保存食にするが、それでも全てはもっていけない。


「ううう、魔物なのに美味しそうです」

「そうね、こうしてお肉すると、ただのイノシシに見えてくるわね」

「まあ、ただの肉だからな。ただ、普通の人には硬すぎて食えないだろうけど」


 体表ほどではないが、肉も硬い。冗談のような身体能力を支える強靭な筋肉のせいだ。

 だが、探索者なら問題なく噛み切れるだろう。


「これ、どうやって料理します?」

「焚き火で塩振りながら丸焼きだね。キャンプにふさわしい料理だ」

「じゅる、肉食獣の本能が騒ぎます。母様も姉様も、煮込み料理好きだったので、こういうの久しぶりです」


 さすが、お嬢様。手の込んだ上品な料理を食べて育ってきたのだろう。探索者風のワイルドの料理を楽しんでもらおう。


 ◇


 焚き火で骨がついたままのあばら肉を炙る。焼く前にしっかり塩と胡椒を揉み込んでいるので焼き終わればそのままかぶりつける。


 石で囲んだ焚き火に、Y字の柱を二つ立てて、その上に串に刺さった肉がかざされている。

 くるくるとY字の柱の上で肉のささった串を回すことでまんべんなく火を通すことができるのだ。

 胡椒と肉汁のまざった匂いは暴力的なまでに食欲を煽る。さきほどから生唾が止まらない。


「ねえ、ソージ、焚き火が変じゃない?」

「ああ、変だな。俺はさっきから火力調整をしようと身構えているが、理想的な火力配分で逆に気持ち悪い」


 そう、焚き火での料理は以外に難しい。よほど注意しないと焦がすか、生焼けになるかだ。


 しかし、今日の焚き火は肉を焦がさず、なおかつしっかりと火が通る程度には強い火力を保っている。それどころか、最初は表面を強く焼いて肉汁を閉じ込めるようにしてから、徐々に火を通していくような、そんな意志さえ感じられる。

 いや、それだけじゃない。目に魔力を集中して注意深く観察する。すると、ただの焚き火なのに、まるで炭火のように赤外線を強く出して内側にしっかり熱を通している。

 こんなことができるのは……


「お肉♪ お肉♪ おいしいお肉♪」

「お前か、クーナ!」

「へう!? いきなりなんですか! ソージくん」


 クーナが動揺した瞬間、炎が勢い良く燃え上がる。


「ああ、お肉が!」


 クーナが慌てて焚き火に視線を向けると火が沈静化した。


「まったく、料理中に話しかけるなんて非常識ですよ!」


 クーナが尻尾を逆立てて、怒りの表情を浮かべる。


「クーナ、もしかしてあなた。焚き火なんて曲わりくどいことする必要ないのではないかしら?」


 その言葉を聞いた瞬間、クーナの耳がピンとなる。これは、彼女の図星を突かれた時の反応だ。


「そっ、そんなことないですよ? 表面焼いてから、火なんて使わずに直接中を加熱したほうが早いし、肉汁が逃げないし、水分も保てるから、美味しいのができたりなんて、ありえないですよ?」

「アンネ、火を消そうか」

「そうね。そっちのほうが早くて美味しいものが食べれそうだし」

「ああ、ストップ、ストップです! こっちの焚き火くるくるのほうが、見た目が美味しそうなんです! 雰囲気的にも楽しいです! 後生ですから、このまま、このまま! もっとくるくるさせてください!」


 よほど、くるくると肉を回すのが楽しいのか、クーナは必死に俺たちをとめる。

 結局クーナに根負けして焚き火で最後まで肉を焼くことになった。

 確かに、焚き火くるくるはロマンだ。


 ◇


「美味しいです。やっぱり、焚き火くるくるは正義です」


 巨大な肋骨を骨単位に肉を切り分けて、全員に配った。

 巨大なイノシシの化け物だけあってそれだけでも十分な量がある。


「クーナ、はしたないわ」


 骨付き肉に思い切りかぶりついて、尻尾をぶんぶん振るクーナ。口には肉汁がたっぷりついている。


「アンネ。ワイルドな料理はこうやってワイルドに食べるのが礼儀なんですよ」

「たしかにな、こんな料理、お上品に食べるほうがおかしいよな」


 俺もクーナのようにおもいっきり、肉にかぶりつく。

 そして、骨にくっついた一番うまい肉を歯でこそぎ落とす。お上品に食べていてはこの旨味を逃がす。

 口の中に力強い肉の味が広がる。


「ソージが言うなら。えい」


 アンネもナイフとフォークを手放して、クーナや俺のようにかぶりついた。少し恥ずかしいのか顔が赤い。


「見た目がイノシシですけど、牛のような味もします。こんなお肉はじめてです。魔物も捨てたものじゃないですね」


 確かにこの肉はうまい。筋を徹底的に取り除いたり、ミンチにして柔らかくすれば外でも売れるだろう。

 もっとも、浄化をできる人間が俺しかいないので、難しいだろうが。


 ときどき、近くで野営をしている別のパーティが、肉の匂いにつられてこっちに来て、そして俺がテントの横に山積みにしてある解体したイノシシの化け物の肉を見てぎょっとした表情を浮かべる。

 魔物の肉を食べるのは自殺行為だとわかっているからだろう。


「クーナ、アンネ、お茶だよ」


 食べ終わって、満足気な笑みを浮かべている二人に、俺は焚き火で沸かしたお湯で、紅茶を淹れて渡す。

 この紅茶は街で買ったものだ。リラックスさせる効果があるものを選んだ。少し高い買い物になったが、娯楽の少ない地下迷宮ではこう嗜好品は、かなりの助けになる。


「ソージくん、気がききますね。美味しいですけどお肉の食べ過ぎで胃がもたれていたので助かります」

「美味しいお茶ね。淹れ方もうまいわ。うちの執事よりもいい腕かも」


 うちのお姫様二人は心底美味しそうにお茶を飲む。喜んでくれてなによりだ。

 しばらく焚き火にあたりながら談笑を楽しんでいると、こちらに向かってぼろぼろのパーティが歩いてきた。


 六人組だ。装備を見る限り四人が戦闘員で残り二人が荷物持ちだろう。

 ひどい様子だった。装備はほとんどが使い物にならないぐらいに壊れている。そして頬は痩せこけ、肌が乾燥しきっていた。


 おそらく、水も食料もろくにとっていない。

 よくあることだ。深く潜っているうちに強敵とあって命からがらの敗走。傷の回復をまっている間に食料が付きたり、逃げる際に荷物を失ってしまう。


 荷物の少なさを見る限り後者だろう。

 クーナとアンネが身構える。


「食料と水をよこせ。逆らえば殺す」


 俺の目の前に辿り着いたリーダーらしき男が、俺に剣を突きつけてきた。

 食料を失うことがよくあることなら、こうして他のパーティから食料を奪うこともよくあることだ。


 地下迷宮の死因の統計を取ると、魔物に殺されるというのは全体のニ割程度で三位でしかない。

 死因の一位は食料と水であり、二位は人間に殺されることだ。

 そして体調が最悪とは言えど上級パーティには俺たちを皆殺しにできる力がある。

 逆らえば死。

 慎重に返答を選ばないといけない。だから俺は……


「お断りします」


 笑顔でそう返答した。

 


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