第二話:規格外
イノシシに似た魔物が俺たち三人に向かって突進してくる。
イノシシと違うのは、体長が3mを超える巨体であること。そして、鼻先から上半身にかけてまるで岩のように硬質化している上に、先端に伸びる牙が四本あるところだ。
ここは地下4F。森のなかではなく荒野といった印象を受ける、岩と巨大な枯れ木の根が地面に露出していて足を取られて動きにくい。
そんな中、巨体に似合わない俊敏な動きでイノシシの化け物は突っ込んでくる。
「【炎槍四連】!」
最初に動いたのはクーナだ。
速射性能と貫通能力に優れる【炎槍】を合計で四発放った。
流線型の魔力弾を可燃ガスを添加させ音速を超えるスピードで加速させる。
四発の【炎槍】は一発ごとに別に軌道を描きながら、突進してくるイノシシの化け物にすべて着弾。
さらに、【炎槍】は着弾時に、先端部が破壊され、指向性の爆発が起こり、対象を超高熱で焼ききる。原理的には対戦車ロケット弾とほぼ同じ。
岩のような外皮を貫き、イノシシの化け物から悲鳴があがる。
「これで、この程度のダメージですか!?」
クーナが悲鳴をあげる。クーナの炎は肉を20cmほど抉りやけどをおわせている。だが、それだけだ。イノシシの化け物は十分に動ける。
「こいつは俺が受け止める。生半可な攻撃じゃこいつには通じない。クーナは離れて、大魔術の用意を」
「わかりました。足止め頼みます。これ以上の魔術は、演算に集中しないと無理です。その代わり、とっておきのを見せてあげますから!」
クーナが、親指を立てたあと、俺達から距離を取り魔力の集中と、大魔術の演算を始める。
イノシシの化け物も脅威を感じたのか、クーナを睨みつけて突進の体勢をとった。
「任せろ。【魔銀錬成:漆の型 盾・壁」
俺はミスリルのリングに魔力を流し、変形させながら、クーナとイノシシの間に割り込む。
完成したのは巨大な魔銀の盾。盾の先端には槍の穂のような突起が取り付けられている。
盾を用意したところで、重量と筋力に圧倒的な差がある上に、向こうは突進の勢いがある。衝突すれば俺は吹き飛ばされるだろう。
……だが、それは普通の盾の話だ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
この盾には真下に巨大な杭、そして両端の側面に斜めに伸びた杭がついている。
まず真下に付いている杭が地面に深く突き刺さり、次に斜めに伸びた杭が俺の後ろの地面に突き刺さる。
「根を張れ、我が盾」
地面に突き刺さった杭から細い刺のようなものが無数に伸び地下で銀の根を張る。
そこにイノシシの化け物の突進が着弾する。
雷鳴のような轟音があたりに響く。
「はあああああああ!」
俺は腰を落として、全体重を盾に預ける。
俺の全筋力に加え、3つの杭で固定されているおかげで、イノシシの突進も受けることが可能だ。
とは言っても、衝撃は凄まじく腕はしびれ、少しづつだが押されている。
だが、それでいい。盾の前面に取り付けられた槍の穂が岩のように硬い表皮を貫いた。俺の筋力では貫けないそれも、このイノシシの圧倒的なパワーを利用すれば貫ける。
そして、刃さえ通れば。
「【雷撃】」
突き刺さったミスリルの刃を通して電撃をイノシシの化け物の体内に流して内側から焼く。
はじめからこれが狙いだ。
「GYUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
イノシシのバケモノが、悲鳴をあげ、突進がとまる。
どんな化け物でも体の中までは鍛えられまい。
電撃による筋肉の収縮で身動きは取れないはず、このまま焼ききる。
しかし……
「GRAUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!]
信じられないことにしっかりと大地を踏みしめ、刃が突き刺さったままの頭を激しく振る。
嫌な音がなって、地面に突き刺さっていた杭が折れ、地面の支えを失った俺は盾ごと吹き飛ばされ宙を舞い、大岩に叩きつけられる。
背骨を庇うために左手をクッションにしたが、当然のように砕け、加護の光が立ち上った。
だが、ただではやられない。
盾が抜ける前に、先端の刃を盾から切り離した。おかげで刃だけはやつの体の中にある。その刃には細い銀糸が伸びており、銀糸は俺の手の中にある。つまり……
「まだ、電撃は続けられるってことだよ! 【雷撃】!」
糸を伝って電撃を流す。ミスリルの銀糸は強靭な上に、余裕をもった長さがあるので、いくら奴があばれようと切れはしない。
はじめは気が狂わんばかりに暴れまわっていた。奴の動きがどんどん鈍くなる。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
トドメを刺さないと。だが、俺はまだダメージが抜けていない。
立つことすら困難だ。
だが、俺たちのパーティーにはもうひとり居る。
アンネが、腰だめに魔剣を構え走っていた。怒りと電撃の激痛に気を取られているイノシシの化け物はそこまで気が回っていない。
アンネは無防備なイノシシの化け物に対して、一閃。
「【斬月】」
それは、全身のひねりを入れた袈裟斬り。
俺の【神槍】に憧れた彼女に教えた基本技の一つ。
本来、俺の魔術は理想的な体の動き+αで魔術を構成するが、彼女の演算能力ではそれはまだ難しい。
故に、体の動きは自らの鍛錬で補い、ただ斬撃を強化する魔術にグレードを落とした。
その魔術の正体は概念強化。斬るという概念そのものを強化する。そこに彼女自身の技量と魔剣の切れ味が合わさることで、必殺の一撃とかす。
演算に三十秒の時間は必要。アンネがもっとも得意とする袈裟斬りでなければ使用できない。そう言った制限はある。だが、それを差し置いても、十分な戦力となる攻撃だ。
「GWAAAAAAAAAAAAAA」
アンネの袈裟斬りは、寸分違わずイノシシの化け物の首の動脈を切り裂き、紫色の血が噴水のように噴き出す。
だが、浅い。首を落とすぐらいではないとこいつ相手には致命傷になりえない。
しかし、イノシシは未だ健在。筋肉でもって、むりやり傷を塞ぎ、黄色く濁った瞳でアンネを睨みつける。
「やっと演算が終わりました。アンネ、離れて。大技行きます! ソージくん、ミスリル借りますよ!」
そこに、大魔術の演算に専念していたクーナの叫びが響き、アンネが飛び退く。
「ようやくか!」
「待った甲斐はある魔術です。母様直伝の自慢の魔術。見せてあげますよ! 【火狐の尻尾】!!」
クーナが放った魔術は、さきほどイノシシの化け物に吹き飛ばされた俺の盾を使ったものだ。
どろどろに炎で溶かして液体と化したミスリルが、まるで蛇のように唸りイノシシの化け物に襲いかかる。
「あなたが、炎に耐性があるのはわかりました。なら、質量を持った炎で焼き貫きます!」
炎の蛇は三股にわかれ、ムチのようにしなりながら速度をます。先端は音速を超え、ソニックブームが発生し、イノシシの化け物の表皮に無数の傷が出来た。
炎の蛇は容赦なく、イノシシの化け物の下半身を貫き、その圧倒的な熱量で内側からイノシシを焼く。
瞬く間に、イノシシの化け物の下半身は焼失し悲鳴すら上げる暇もなく、イノシシは絶命した。
「んな、あほな」
俺は思わずつぶやいてしまった。
理屈はわかる。クーナは、火のマナの力を借りることで本来自分が扱える魔力の十二倍もの魔力を扱える。原則的に火のマナは火の魔術にしか使えないのにミスリルを操れたのは、溶けたミスリルをマグマに見立てて、無理やり炎の属性を付与したからだ。
だが、そうは言っても半分以上は、鉱石を扱う土魔術の領域。それをランク1下位程度の演算力で、あそこまで繊細に尚且つ大威力で扱うなんて、天才なんて言葉で片付けることができない異次元のセンスだ。
若干の嫉妬。そしてその才能への驚愕が俺の胸の中で渦巻いた。
もし、彼女が順調にランクを上げていけばどれほどの力を見せてくれるのだろう。
「ふふん、これが火狐の姫の力です! 私に喧嘩を売ったことを後悔するといいです!」
「そんなこと言って、足が震えているぞ」
いつものドヤ顔でクーナは指を突きつけて決めポーズをとっているが、微妙に腰が引けてるし、尻尾の毛も警戒心で逆だったままだ。
「だって、なんですか! あの化け物。すっごい威圧感じゃないですか! しっ、死ぬかと思いました」
「そうね。正直、ダメかと思ったわ」
アンネがペタンと女の子ずわりをして、クーナがばたんと前向きに倒れてお尻を突き出す格好になった。よほど疲れたのか尻尾までペタンとたれていた。
「おつかれ。ここまで二人がやれるとは思わなかったよ」
お世辞ではなくて本気だ。ここまで強さを持っているとは思わなかった。あのイノシシの化け物を見た瞬間。ポシェットにある瘴気の塊を使用した”切り札”を使うことまで検討したぐらいだ。
「そっ、ソージくん、ちょっとここの魔物強すぎませんか? 普通に死にかけましたよ。これで地下4Fですよね。目標にしてる地下5Fなんてどんな化け物が出てくるんですか!」
「そうね、このクラスがどんどん出てくるなら、本当に辛いわ。もしあと一匹同じ敵が現れたら確実に全滅ね」
「たしかにね、このレベルの敵が二匹同時に出てきたら終わりだろうね」
あのイノシシの化け物はそういうたぐいの敵だ。ランク1上位の四人パーティですら、勝てるかが怪しい。
「今すぐ、帰りましょう。まだ、このフロアは早すぎます! というか、次の魔物に会う前に一刻もはやく上へ」
クーナはさっきまでへたり込んでいたのが嘘のように、立ち上がりつつ地下3Fへの階段のほうに体を向けている。
賢明な判断だ。
だが、それは今のレベルの化け物が出てくるという前提だ。
「そうでもないよ。今のは事故だよ。ほら、教官が言ってたよね。あくまでエルナが濃い下の階ほど強い魔物が出るって話だけど、たまに浅い階層でも数十匹分のエルナを使って強力な魔物が出てくるって。あれがそう。いわゆる、【事故湧き】ってやつだ」
「そっ、そうなんですか、安心しました」
「ええ、そうね。もう、逃げる元気もないもの。本来だったらどれくらいの階層に出てくる魔物なのしかしら」
二人共よほどさきほどの戦いで疲れたのだろう。声に張りがない。
「あいつは、そうだね。ランク1の中でも最上位クラスだから階層で言えば、地下8Fか地下9Fぐらいだよ」
「いっ、意外と近い」
「大丈夫だよ。そこにいくまでもっと強くなっているから」
今日だって、最短経路で突き進みながらそれなりの数の魔石を手に入れた。二人をランク1の中位にぐらいはなんとかできるかもしれない。
今回手に入れたランク1最上位の魔石もかなり美味しいものだ。
「今日は、テントを張って休憩にしよう。ちょうどいい食材も手に入ったし」
「そっ、ソージくん、食材が手に入ったって、まさか」
「うん、今倒したこいつが今日のご飯だよ」
そう言った瞬間、クーナとアンネはすごく嫌そうな顔をした。
このあと、このフロアには水場がないから、水の入手もこの魔物からすると言ったらどんな顔をするのだろうか。
少しだが、それが楽しみだった。




