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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第二章:魔剣の担い手
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第一話:手抜き

「よし、浅い階層を一気に突っ切る」

「わかりました。ソージくん」

「雑魚は無視というわけね」

「そうだ。ここに居る連中は小銭にしかならないからな」


 地下迷宮のB1F。

 偽物の太陽が浮かんだ緑があふれる森のようなフィールドに俺たち三人はたどり着いていた。


 三人共のリュックを背負っている。

 大きめだが動きを阻害しないものを選んだ。

 今回は、深い階層まで潜る予定なので外泊する。

 リュックの中には、折りたたんだテントや寝具などが入っていた。


「食料と水、本当に2日分で良かったんですか?」


 クーナが心配そうな声を上げた。

 実際、ベテラン探索者たちは俺たちの倍ほどのリュックを持っているし、それに加えて非戦闘員の荷物持ち専門の連中を連れてきている。


 それもそのはずだ。人は一日で2リットルほどの水を必要とする。さらに1kgの食料。飲食だけで一日3kgの重さになる。例えば一週間の遠征をする場合、寝具や着替え、武器やその手入れのための機材も入れれば30kg~40kgほどになってしまう。


 本来なら、荷物持ちなんて用意せず、全員戦闘員で揃えるのが推奨されるが、現実的にはかなり厳しいので、自分たちで守ることを前提に、低レベルの冒険者に荷物持ちをさせてまで滞在時間を増やすのだ。


「うん、大丈夫。それだけあればいいよ。基本は現地調達だし」


 この荷物の量でも俺達は水と食料は現地調達するつもりなので問題ない。

 普通の探索者たちは、地下迷宮のものを食うと【瘴気】で腹を壊すが俺なら【浄化】ができる。さらに、俺たちのパーティの武器は整備の必要がない。


 俺は【魔銀錬成】でミスリルを溶かしながら戦うので手入れはいらないし、クーナは素手、そしてアンネの剣は正真正銘の魔剣で刃こぼれ一つしない。


「アンネの剣、それを貸してもらってもいいかな」

「……いいわ。ソージになら。大事に扱ってね」

「ありがとう」


 アンネの剣を受け取り、眺める。

 少し、懐かしさを覚えた。この世界がゲームだと思っていた時代にコリーネ王国の王から託され愛用していたことがある。


 真っ白い刀身。重量による破壊ではなく切れ味を重視した細身の刃。それでいてどんな使い方をしてもけして折れず、刃こぼれすらしない。


 俺をもってしても、材質も製法もまったく理解できない。

 そしてこの剣は生きている。自らの持ち主を選び、そして真の主と認めた相手には本当の姿を晒す。今のアンネが手にしても、ただの丈夫で切れ味のいい剣でしかないが、本質はもっと禍々しく破滅的なものだ。


 ドクンッ。と魔剣が震えた。おそらく俺に主としての資質を見たのだろう。このままではこの剣に、魅入られる。


「もう、いいよ。ありがとう」


 俺はアンネに剣を返す。

 今の俺なら、もう少し”視える”かと思ったが相変わらず、この剣は底が知れない。

 数百年前に世界を救った英雄、シュジナによって作られたと聞いてはいるが、生きているならあって話を聞いて見たいものだ。このレベルの魔術師はときに、なんらかの手段で自分という存在を存続させる。錬金術士としての俺の探究心が抑えきれない。


「ねえ、ソージ。あなたはこの剣を知っているの? どこか懐かしそうな目をしていたわ」

「うん、似たようなものを見たことあってね」

「この、クヴァル・ベステと似た剣? そんなものがあるなんて信じられないわね」

「一本あるんだ。他にあっても不思議じゃないんだろう」


 とは言ったものの。俺もクヴァル・ベステ以上の剣は見たことがないが。

 だが、いつかそれを超えるものを作ってみたいと思う。


「そう。でも、もしクヴァル・ベステと同じものがあるなら、どうやればこの剣に認められるかを教えてほしいものね。技量かしら? 魔力かしら? それともランク?」


 クヴァル・ベステに認められる。それはオークレール家の悲願である。

 初代を除けば本当の意味でクヴァル・ベステに認められたものはいない。


 それを理由にクヴァル・ベステの所有権を奪われたことがあったらしいが、誰一人クヴァルに認められることはなく、結局当時の最強の剣士であるオークレールの当主に再び委ねられることになった。


 今では、その本来の姿は忘れられ、”能力の搾りかす”程度のものが発現しただけで、所持者として認められたと誤解されるぐらいだ。そう、アンネの父親のように。


 仕方ないとは思う。クヴァル・ベステが何よりも求めるのは普通の人間には届かない。それは……


「いや、知らない。でも、アンネならいつか認められるさ」

「そうね、うん、絶対認めさせて見せるわ」


 口にするのはやめよう。自分で探して見つけないとクヴァル・ベステはアンネを認めないだろう。そして、俺が何か言わなくても、アンネならいつかクヴァル・ベステに自分を認めさせるという信頼があった。


「ふっふっふっ、武器使いの方は面倒ですね。その点私なんて、拳一つあれば十分ですからね」


 クーナがシャドウボクシングを始めた、するどいジャブを繰り返す。

 妙に様になっているのが逆に腹立たしい。


「そんなこと言って、クーナだって本当は剣士だろう。それも、短剣二刀。ヒットアンドウェイで急所を狙うタイプだ」

「ぎくっ、なっ、なんのことでしょうか」


 クーナがわざとらしく後ずさる。しっぽの毛が逆立っている。


「動きを見ればわかるよ。剣がある前提の重心の動かし方と間合いの取り方だ。あの四位との戦いでも間合いの取り方が半歩遠いのを無理に修正してたな」

「ソージくんって、よく見てますね。……そうですよ。私は本当は二刀流使いです」


 あっさりとクーナは、それを認める。隠し事をしても無駄な相手と気づいたのだろう。なら、少しだけお説教しよう。


「クーナは今のままでも十分強いよ。カバンにある短剣二本をあえて使わない理由だってあるんだろう」


 最初は、自らの炎に耐えうる剣がないことを疑った。だから、ミスリルで彼女のための剣を用意しようと考えた。

 だが、ある日こそこそと寮を抜けだして短剣を手入れしているクーナを見てしまったのだ。その剣は業物で、彼女の炎に耐えられる。

 そう、クーナは、はじめから炎に耐えうる剣を持っているたのだ。

 それなのに、あえて使っていない。


「あんまり、個人的な事情にふれないでください。私は拳と炎だけでも強いです」

「だろうね。でも、剣を使うより拳で戦ったほうが強いって言い切れるか?」

「そっ、それは」


 クーナが言葉に詰まる。当然だ。彼女の動きは一朝一夕で身につくようなものではない、剣に特化した訓練を呆れるほど繰り返し、そして完成した動きだ。


「クーナ。それだけ体に刻みつけた動きだ。今更別の何かを始めることはできない。わずかな誤差、違和感がクーナの足を引っ張る。格下相手ならいいだろう。だが、剣を捨てている限り、超一流相手には勝てないよ」

「わかってますよ。わかっているけど、それでも譲れないものだってあるんです」


 クーナは強い言葉で否定する。

 決意は固いみたいだ。事実、ゲーム時代ですら彼女は剣を使うことはなかった。


「無理にとは言わないさ。でも、クーナ。後悔だけはしないようにしたほうがいい。ここでは弱いことは罪だ。変なプライドは自分だけじゃなく他人も巻き込むよ」

「……肝に命じておきます」


 クーナは息をのみ、そして視線を逸らしながらか細い声を漏らした。


「ソージ行きましょう。ここで話し込んでも時間の無駄だわ。夜は長いのだし、テントで話しましょう」

「それもそうだな」


 そしてようやく、俺達は出発した。


 ◇


「ソージくん、やけに足取りに迷いがないですよね」


 三人で地下迷宮を走っていた。


「なんとなく、次の階層への入り口はわかるからね」

「ソージ、なんとなくって結構怖いわ」

「一応根拠はあるよ」


 俺はさきほどから魔術を起動している。魔物の出現位置を読むのに使った【エルナ詠み】。だが、今回は魔物の出現パターンを予測しているわけではない。


「エルナの流れでわかるんだよ。最下層のエルナ集積装置に向かってエルナは流れているだろう? その流れを詠めばわかる」

「ソージくんってあたりまえのように、エルナの流れが視えるとか言ってるけど普通に見えないですからね」

「そうよね。私も疑問に思っていたわ。そもそもエルナ自体を人間は感知できないわ」

「直接エルナを見ているわけじゃないよ。エルナに押しのけられたマナの動きで濃度と流れでなんとなくね」


 だからこそ余計に演算が重くなっている。今の俺にはそれなりの負担だ。


「地図とかあればいいんですけどね」

「うーん、作るだけ無駄だと思うよ。地下迷宮は成長しているからね。変な先入観は仇になるよ」


 一月どころか下手をすれば行きと帰りで道が変わる。

 よくあるのが、限界まで探索して、いざ引き返そうとして道の変化に気づかずに遭難。そして食料と水が切れて、地下迷宮の物に手を出して全滅。

 魔物以外の要素のほうがよほど性質が悪いのが地下迷宮だ。


「それにしても、広いわね。今回は地下5Fへの到達が目的よね」

「うん、そこまで行けばランク1の中位の魔物がメインになって美味しいし、ほとんど人が居なくなるからね」


 地下4Fまでは人が多いし、いざというときのために、ランク2~ランク3の騎士が常駐している補助輪つきだ。本当の意味での探求は地下5Fだと俺は考えている。


「ソージくん、だいたいどれぐらいで地下5Fにつくと思います」

「うーん、一階層三時間ぐらいを見ているから、今日は4Fでテントを張って野営ってところかな。暗くなってからの狩りや探索は危ない。日が沈む前に野営の準備をしないとね。偽物の太陽のくせに夜になったらきっちり消えるんだよ」


 地下迷宮はそれほど広くないが。次の階層までの直線距離はさしてないが、まわりみちが必要な場所も多いし、魔物を警戒しないといけない。さらに青々と生い茂った背の高い草で思うようにうごけない。他にも天然の障害があり、せいぜい時速10kmの維持が精一杯。どうしても三時間はかかってしまう。


「【炎槍】!」


 クーナが足を止め、天に向かって炎の魔術を放つ。

 流線型の燃える弾丸を生み出す貫通力に優れた魔術だ。


 俺が開発した魔術だが、一目見て、俺から説明を聞いただけでクーナはものにしてしまった。炎の魔術に関しては彼女は天才という言葉すら生ぬるいと思えるほどの才能がある。


 【炎槍】は、木の枝から飛びかかってきた2mほどの全身にイボが生えたカエルの化け物を貫いた。

 腹にでかい穴が空いたカエルが地面に激突する。


「火狐のクーナちゃんを不意打ちできるとは思わないことですね」


 ピシッ! とカエルの死体を指さしてクーナが決め台詞を放った。

 【エルナ詠み】に夢中だったとはいえ、俺より先に気づくとはなかなかやってくれる。


「その耳、羨ましいな」


 クーナの狐耳、金色で先端だけ黒い耳は人間の耳よりも数段性能がいい。

 彼女の感知能力は、その狐耳のおかげだろう。

 クーナの話では、音を立体的に捉えて、映像として認識することまでできるらしい。


「あげませんよ?」


 クーナが耳を抑えて、おそるおそるといった様子で見てくる。


「取るか!!」

「ふたりとも、漫才はあとにしましょう。魔石を取り出すわ」


 手際よく、アンネが魔石を抉りだす。

 それからは順調にどんどん階層を下っていった。

 これなら、なんとか明るいうちに地下4Fに辿り着けそうだ。

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