プロローグ:魔剣クヴァル・ベステ
封印都市エリンをはじめとする複数の大都市を束ねるコリーネ王国。その首都たる王都イシュラ。その中心に位置する王城の謁見の間。
そこでは数人の近衛騎士と重臣に囲まれた王と、来訪者たるコリーネ王国随一の大貴族フェイラーテ公爵が向かい合っていた。
「顔をあげよ。フェイラーテ公爵」
王の厳かな言葉で、膝を付き平伏していたフェイラーテ公爵が顔をあげる。
「はっ、陛下」
その男は貴族でありながら鍛えぬかれた体をしており武人の風格が見えた。
事実、数代に渡って王家の剣の指南役であったオークレール家に代わり現在の剣の指南役を務めるほど、剣と武勇に秀でた名家の当主だ。
「して、今日はなんの要件で謁見を求めた」
「クヴァル・ベステ。伝説に残る救世主シュジナ様より建国の際に承りし魔剣をオークレールの小娘からの徴収の許可を。魔剣は罪人の娘が持つべきではない」
有無を言わさない強い口調で、フェイラーテ公爵が言い切る。
その言葉を聞いた瞬間、王の顔が怒りにゆがんだ。
「罪人だと!? フェイラーテ公爵。我が友をそのような呼び方をするな。お主とて知っているだろう。オークレール公爵は、我が友リカードは、コリーネ王国のために犠牲になったのだ。彼はすべてを知った上で、自らその道を選んだ。せめて、真実を知っている我らだけは、死を悼むべきだ」
王にとって、オークレール家当主のリカードは兄のようなものだった。剣だけではなく、遊びや、男としてのあり方、様々なものを彼から学んだ。そして彼の娘のアンネロッタを自分の娘のように思っている。
そんな彼を使い潰してしまった。娘のように思っているアンネロッタの人生を踏みつぶした。後悔は今でも王の胸を苛んでいた。
助けようとした。貴族としての生活でなくても一般人として、不自由のない生活を与えてやろうと。だが、それすら立場が許さなかった。
そして、なによりアンネロッタ自身が、オークレールの名前を捨てることを拒んだ。オークレールの名が彼女と共にある限り、たとえ王であってもどうすることもできない。
「失言でした。ですが、少なくとも表向きはそうなっております。罪人と呼ばれている者の娘が王家の象徴たる魔剣をもっている。その事自体がまずいのです。第一、あの魔剣を、爵位を失いただの一般人に成り下がった小娘がもっていたところで何を為せるのです? 無駄遣いだ。しかるべき立場の人間が、しかるべき場所で振るってはじめて意味がある。陛下、私のいうことが間違っているでしょうか?」
「……フェイラーテ公爵。お主の言葉は間違ってはいない。事実、アンネロッタは剣を使いこなせていなかった」
王は自らの目で、騎士学校の受験でアンネロッタの戦いを見た。
アンネロッタはオークレール家に生まれたものにふさわしい、見事な剣術を披露してくれた。……だが、それだけだ。クヴァル・ベステ。その力の一欠片すら引き出せていない。
あれではただの切れ味がよく丈夫な剣に過ぎない。
「ならば、魔剣の剥奪を!」
王の態度に我が意を得たりとでも言いたげに、フェイラーテ公爵は声を荒げる。
王は目を手で覆う。フェイラーテ公爵の気持ちもわからなくはない。あの魔剣はコリーネ王国最強の剣士に与えられる称号という側面もある。
魔剣を手に入れることは、ずっと二番手に甘んじていたフェイラーテ公爵家の悲願でもある。フェイラーテ侯爵家はオークレール家にだいだい受け継いできた魔剣を手に入れて、はじめて最強の剣士として内外から認められることになる。
王は考える。フェイラーテ公爵ならば、あれを使いこなせるかもしれない。そうなれば、王家の利益につながる。
だが、それでも……
「わしには出来んよ。国のために冤罪を受け入れたリカードが唯一だした条件。いや、”願い”は娘にあの剣を託すことだった。友のたった一つの願い。それを違えることはできん」
処刑され、全てが奪われることを知ってそれでも王国のために身を投げ打った、オークレルール公爵が友人として頼んできた願い。それを違えることは王にはできなかった。
今でも王の脳裏にオークレール公爵との最後の会話で浮かべた彼の顔が焼き付いている。
あの男は笑ったのだ。『無茶を聞いてくれてありがとう。俺の娘だ、剣さえあれば一人で生きていける』と。
「陛下は甘い。その甘さで何が守るというのです」
「一人の男の甘さのおかげでコリーネ王国は今も存続できている。それに、わしは信じているのだ」
「いったい何を」
「アンネロッタの成長を信じている。いずれ、魔剣に見合った剣士になると。だから、あの子の成長を待ってはくれないか。リカードが正式に認められた二十歳までは」
「待てるわけがない。魔剣はおもちゃではない。強いものが持つべきだ。その強さを証明して見せます。かつて、魔剣の所持者を決める際には、決闘が用いられたと聞きます。この機会にぜひ」
「決闘だと? 年端もいかぬ少女を観衆の前で叩き潰して、自分は強い。だから魔剣にふさわしいとでも言うつもりか?」
王の言葉にフェイラーテ公爵は言葉に詰まる。
親と子ほどに歳が離れた女を引っ張りだして、決闘。それは自分の名を傷付けることに繋がる。騎士の中の騎士を目指す自分にとって弱いものいじめというイメージが付くのはまずい。
「私が直接戦うのは確かに卑怯者の誹りを受けるでしょう。ならば、私の息子ならばどうでしょうか?」
「クラネルか……今年で十八になるのであったな」
「はい。今は封印都市ミツキで鍛錬に勤しんでおります」
封印都市は世界に八ヶ所。とは言ってもエリンが最大規模で残りの7つはバックアップにすぎない。
魔物の数も少なく、エリンほど切羽詰まっていないため、貴族や有力者の子息はそこにある学園に子供を派遣し、バランスの良い教育を受ける。
特に封印都市ミツキの地下迷宮は一般の探索者を入れず、国の騎士と騎士学校の学生以外は探索できないようにされている。おかげで魔物の奪い合いはないし、計画的に駆除されているので、魔物の大量発生も起こらない。よく言えばエリート、悪く言えば温室育ちの騎士を輩出していた。
「次世代同士、オークレールとフェイラーテどちらが魔剣にふさわしいかを競い合う。それならば公平なはずだ」
王は言葉につまっていた。
一見公平に聞こえるが、フェイラーテ公爵の息子は十八。騎士学園の三年。この時期の二年の差は非常に大きい。しかもフェイラーテ公爵の息子は親の権力で常に優秀な騎士が三人ついた状態で効率のいい狩りをしてランク2。それも限りなくランク3に近いところまで来ていると聞く。
特待生とは言え、一般人として入学し、ろくな支援を受けていない上に、入学して一ヶ月も経っていないアンネロッタでは勝負にもならないだろう。
王は考える。ここでふざけるなと怒鳴りつけることはたやすい。
だが、それでどうなる? 自分の知らないところで、さらに悪辣な手で奪おうとするのが落ちだ。
それならまだ、自分の目が届く範囲に居てくれたほうがやりやすい。
「なるほど、それは面白い。いいだろう三ヶ月後、この王都イシュラにて決闘を認めよう。その決闘の勝者に、魔剣クヴァル・ベステを委ねる」
そう言った瞬間、フェイラーテ公爵はニヤリと笑った。
王はそれにあえて気づかないふりをした。
この公爵は自分の祭り好きの性格を利用したと思っているのだろう。そして百%勝てる勝負を仕組んだと。
だが、王は一人の少年を頭に浮かべていた。ランク1でありながらランク2を打倒した少年。
彼がアンネロッタと共にいる。
根拠はない、だが彼なら奇跡を起こしてくれていると、勘が言っていた。
自分の勘はよく当たる。それが王の自慢の一つだった。




