第二十九話:授業と課題
「こんな量の課題無理ですよーーー」
教室での授業が終わり、クーナが突っ伏しながらそういった。
彼女の言葉のとおり、常識では考えられない量の課題が配られている。
「仕方ないわ。この学園、授業のコマ数を減らして限界まで課題を増やす方式だし」
クーナほどではないが、嫌そうな顔をしながらアンネが言った。
この学園は基本的に一週間のうち、前の三日しか授業がない。その代わり山ほど課題が出て残りの四日で片付けないといけない。
そして、それをこなせないと単位を落とし進級できなくなる。
曲りなりにも騎士学校だ。それなりの教養を求められる。
これは、地下迷宮の探索時間を与えるために採用された方策らしい。授業をびっしりやるよりは、まだましとの考えだ。
授業のない日も学園に行けば、課題についての質問は快く教官たちが受けてくれるのでやる気があればさほど無茶なスケジュールにはならない。
「貴族連中とか、一般クラスでも商人の子息は家庭教師つけて教わりながら課題を終わらせるらしいよ。それで、探索の時間を確保しているらしいね」
「ずるいです。こんなの一人じゃ無理ですし、教官に聞きに行けば教えてくれるって言っても、生徒が殺到して順番待ちがひどいですし」
そう、いつでも質問を受け付けると言っても教員の数に限りがある。そのため、どうしたってかなりの待ち時間を要する。
金のない生徒は、クーナの言うとおり不利な状況だ。
「まあ、親に金があるっていうのも立派な武器だよ。彼らはそれをうまく使っているだけだ。むしろ、金のある連中が、一般生徒とに混じって教師の時間を使うほうが迷惑だ。それに、クーナには最高の家庭教師がいるだろう? うらやましがる必要なんてないさ」
「えっ、それって誰ですか?」
クーナは心底不思議そうに首をかしげる。
いったいクーナは誰のおかげで入学試験の座学を乗りきれたと思っているのだろう。
「俺に決まっているだろう! はっきり言おう、この学園で学ぶ程度の内容で俺にわからないことは何一つ存在しない。教官を教えるぐらいは余裕だ」
だてにこの世界で168年も過ごしていない。
ホムンクルスの優秀な知能でそれだけの年月を過ごせば、その知識は多岐にわたる。
「さすがです! ソージくん」
「さらに、家庭教師連中にはないメリットが俺にはある。地下迷宮の中で教えてやれる。テントで野営しながら勉強できるのは、クーナだけのメリットだ!」
「すっ、すごい。ソージくんって神様か何かですか」
クーナがキツネ耳をぴくぴくさせながら尊敬のまなざしで目を輝かせる。
「クーナ。いい加減学習しないさい。ソージは、このあとにこういうわ。『家庭教師代は借金に上乗せするから』」
「ひっ、ひぃぃ、鬼、悪魔、この犬やろう!」
「鬼と悪魔はわかるけど、犬はわからない」
「なんとなく犬が嫌いなんです!」
そういえば、犬はキツネの天敵だったな。よく野生の子ギツネは野良犬にかみ殺されると聞いている。野良犬はキツネの巣穴を見つけて子ギツネを捕まえてしまうのだ。
「お金はいらないさ。勉強を教えるのはただでいいよ」
「えっ、ほんとですか?」
「人に教えるのも勉強になるしね。あと、これから教える頻度が高すぎて、家庭教師でお金をもらいはじめるとクーナの借金が返せないぐらいに膨れ上がる。返せる程度にしておかないとおもしろくないし、俺が困る」
「理由が優しくない!?」
「というわけで、遠征に向けて、今日は買い出しだ。テントと保存食を買い込んでおかないと」
今から自由時間だ。三人で街に出て買い物に行ける。買い物は探索のために必要なことだが、純粋に楽しみでもある。
「ソージ、初めての私たちだけの地下迷宮探索でいきなり、泊まり前提なの?」
「そうだ。最低でも人が少なくなる地下三階は目指したいんだよ。三階まで降りるのにも、結構時間がかかる。最短ルートを通っても一つ階層を降りるのに20kmは樹海の中を抜けないといけない。途中で魔物とも遭遇するし、トラブルもある。迂回も必要だし、三時間は見積もる必要があって、三階層まで片道六時間だ。一日往復で十二時間も移動にかけるのは馬鹿らしいだろう?」
ランク2になれば、三十分もかからないが今の俺たちはそれが限界だ。ランク3まで行けば床をぶち抜いてショートカットなんてこともできる。
階層が深くなるほど床の強度があがって難しいが、低い階層であればそんな荒業もできる。今の俺でも、ぶっ倒れる覚悟があればショートカットが使えるが、そんなことは無意味だ。
「確かに移動時間だけで十二時間なんて、無駄すぎるわ」
「三年までにランク3を目指すなら、時間がいくらあっても足りないんだ。節約できる時間は節約しないと」
「……怖いけどソージがいるなら大丈夫ね。覚悟はしておくわ」
「クーナちゃんは余裕ですよ。なにせ、九歳のときには雪山で一か月サバイバルしましたからね。もうサバイバル能力には絶対の自信がありますよ。食料の現地調達は任せてください」
ドヤ顔でクーナは胸をぽんと叩く。そんな経験があるならサバイバル能力に自信を持つのもなっとくできる。だが、彼女は忘れている。
「それは頼もしい、瘴気まみれの水や食料にどれだけクーナが耐えられるかが楽しみだ」
「ううう、これだから地下迷宮は嫌いです」
「というわけで今日は今から街で買い出しをして明日の朝から迷宮探索だ」
「でも、つらいわね。水と食料だけでも相当な量になるわ」
普通に考えればそうだろう。
なにせ、人は一日2リットルの水を消費する。四日分なら8リットル。水だけで8kgもの重量になる。食料は一日1kgを見積もったとして、合計12kgだ。
だが、俺には裏ワザがある。
「それと、ぎりぎりまで地下迷宮に滞在するから課題も全部もってくること。俺がテントの中で教えながらやれば早い」
「待ちなさいソージ。課題は参考書を含めると結構な重さになるわ。ただでさえ水と食料ですごい重さになるのに、そんなの積む余裕がないわ」
「食料と水をもっていかなければいい」
「ソージくん、さっきは私の現地調達の提案を止めておいて……もしかして暑さに頭をやられたんですか……かわいそう」
哀れみを込めた視線をクーナは俺に向けてくる。優しげな表情が逆にいらっとくる。
「いや、大丈夫だから。俺には【浄化】がある。それを使えば、水から瘴気を取り除ける。そしたらただの水だ。それでも水筒は必要だね。少なくとも一リットルは入るものをもっておきたい」
それだけで一日2kgの負担になっていた水の問題が解消する。
食料も最低限の保存食で済むだろう。
「ほんとうに、一パーティ、一ソージくんですね。あらためてそう思います」
「水はわかったわ。それで、食料はどうするつもりなのかしら?」
「食材はいっぱいあるじゃないか、地下迷宮に魔物が山ほどいるぞ? 知っているか、あいつら瘴気を取り除けば普通に食える。それに水場がなくても俺の魔術の中に血液から水分だけを取り除いて真水にできるのもあるから、魔物がいる限り俺たちは食料も水も困らないさ」
「それはさすがに、身構えるわね」
「ソージくんと居ると、どんどん人の道を踏み外して行きますぅ」
魔物を食うといった瞬間。クーナとアンネは心の底から嫌そうな顔をした。
ずいぶんと心外だ。
長期間の探索を可能にするために、ゲーム時代の俺たちが必死に作り上げたのは魔術だけではない。
そう、魔物の美味しい料理法すらも研究し尽くしていた。
魔力は精神状態で回復量が左右される。満ち足りた食生活も強くなるための必須事項なのだ。




