第二話:【魔銀錬成】
神様が消えてから部屋を出る。
そして、寝室に入り棚を漁り着替えを見つける。いつまでも全裸では恰好がつかない。
ゲーム時代だとホムンクルスを作ったのは自称神様の錬金術師だった。目を覚ますとすぐに、錬金術師の弟子という身分と多少の金銭を渡されて旅に出るように言われる。
錬金術師いわく、人間に紛れて違和感なく生活し、なおかつ大成功することで、はじめて人の手で人間を作る偉業が成し遂げられるとのことだった。
何回も繰り返しているので錬金術師の金の置き場所もわかっている。
「よし、金庫があったな」
棚の中から一抱えほどの大きな金庫を取り出す。
そして手をかざし魔力の波長を叩きつける。
この金庫の錠は魔力感知型だ。いつも錬金術師が己の波長をぶつけて開錠していた。
俺はそのときの波長を覚えている。
普通の人間では魔力波長の変換はできないが、ホムンクルスの体ならそれができる。
カチリと硬質な音がなり開錠される。
「よしよしっと、さすがに大金は銀行にあるだろうけどこれだけあれば十分だ」
金庫の中には札束が入っていた。
この世界は数年前から紙幣制度が導入されている。雰囲気的には金貨のほうがいいが、あれは重くてかなわない。
入っていた金額は、三十万バルほど。
パンが一つ二百バルなので、日本円とさほど価値は変わらない。一月程度なら暮らしていける金だ。
そして、もう一つ。触媒用にしまってあったのだろう。ミスリル……魔法銀が10kgほどしまってあった。
「幸先がいいな。こんなものまで保管されていたのか」
俺は、記憶の中からミスリル加工の術式を探しだす。
「【魔銀錬成:リング】」
脳が魔術式を走らせ、魔術が発動する。
ミスリルが固形から液状に変わり、俺の両手の二の腕、両足の太ももに絡みつく。
さらにリング状になり固形にもどった。
魔法銀は特定波長を加えると、液状になるそれを流体操作することで任意の形にできるのだ。
「【魔銀錬成:壱の型 槍・穿】」
そして再び魔術の発動。両腕のリングが液状になり手の平に集まり先端に諸刃のナイフのような刃が付いた1m50cmの槍となる。
軽く、槍を使った演武をする。
ここ、数十年間は槍をメイン武装にしていたので手慣れたものだ。ただ、今の初期状態の体は反応と動きが鈍く違和感を覚える。
一通り、体を動かして満足したので魔法銀をもとのリングに戻した。
常に槍の形状でもっていると邪魔で仕方ない。
それに、武器の持ち込みが制限される場所でもこれなら持ち込めるし、両手両足に負荷が分散されるので楽だと言う副次効果がある。
俺のメイン武装は、たいていこういった形で所持していた。
「さて、どうするか」
選択肢は主に三つある。今、俺が居る国、コリーネ王国にはいくつかの都市がある。そのうちどこに行くかが重要なのだ。
商売人としての成功を目指すなら、港があり経済に強い南の街を目指す。
安定した暮らしと安全を求めるのなら、もっとも守りが固く王の御膝元の城塞都市を目指す。
そして……
「もし、誰よりも強さを求めるなら。封印都市エリン。あそこしかないだろうな」
そこはどの街よりも活気に溢れ、どの街よりも夢があり、どの街よりも混沌として、どの街よりも死が溢れている。
俺はそこに行くことに決め、家の中にあった旅用の丈夫な鞄をみつけ、着替えと三日分の食料と水を詰め込んでから出発した。
ゲーム時代と同じなら、今日から三日後に封印都市では、今の俺にとって最高に都合がいいイベントがある。……なによりクーナがそこに居るはずだ。
◇
俺は魔術で身体能力を強化しながら疾走していた。
まともに整備されていない獣道。
錬金術師の家は人里離れた辺鄙なところにあったので、当然道なんてだれも手入れしない。
かなり走りにくいが、手持ちのミスリルを靴の底に薄く貼り付けることで対応する。
そうすることで些細な小枝や石は無視できる。
今の時速はおおよそ40kmほど。今の俺ではこれが限界だ。
目的の封印都市までは五時間ほど走ればつくだろう。
魔力の減りを考えると、二時間につき一時間の休憩を挟む必要がある。到着は八時間後と言ったところだ。
幸いなことにこの世界に呼ばれたのが朝一番なので、野宿せずに済みそうだ。
「道は、記憶と変わらないか」
俺の人生のうち三回は、封印都市を目指した。
おかげで、道はよく覚えている。それに、道を忘れても頭の中にはプレイヤーたちがマッピングした地図が入っているので、迷うことはないだろう。
俺は足に力を込めた。
◇
一度の休憩をはさんで再出発したあとのことだ。
街に近づいてきたおかげで、道が整備され走りやすくなり速度が上がっていた。
森の茂みが揺れた。
一度足を止めて、俺は木の後ろに隠れた。
茂みから出てきたのは2mほどの巨大な鹿。
ただし、二本足で立っていて手にはこん棒を握っている。
「封印都市以外で魔物が見られるとは、ラッキーだ」
イルランデの世界には魔物が存在する。
しかし、封印都市以外には滅多に発生しない。
いや、正しく言えば、封印都市のおかげでそうなっている。
俺は木によじ登る。
今の俺ならあの鹿の化け物に見つかった時点で瞬殺される。
奴は、ランク1でも上位に位置する能力をもっていた。
イルランデの数少ないゲーム要素に、ランクというものがある。ランクは大きく分けて六段階あり、ランクの違いは絶対的な力の差となる。 ランクが違えば、奇跡が起きない限り勝てない。
同一ランクなら、やりようによってはどうにでもなる。
「んぼぅ」
間抜けな声をあげて二足歩行の鹿の化け物が首を左右に振る。
獲物を探しているのだろう。
魔物と動物の最大の違いは、奴らは生きるために食べ物を必要としない。ただ、強くなるために魔力をもった生き物を好んで捕食する。
おそらく、俺の魔力の匂いを嗅ぎつけて茂みから出てきたのだろう。
だが、あいにく俺は魔力の気配を消しているので姿を見失っている。
「【魔銀錬成:参の型 弓・貫】」
魔術を起動する。
ミスリルに手から魔力を流し込み、いっさいの漏れを無くすことにより、魔力の気配を無くしたまま魔術を発動する高等技術。
二の腕につけられていたリングが洋弓に変わり右手に、そして左手には矢が握られていた。
洋弓の作法に従い、弓を横にして構える。
「【自動照準射撃】」
新たなる魔術を起動。
これは自分の体で完結し、外に漏れない魔術だ。
視野情報、そして弓の情報、肌で感じる風。それらを演算して射撃の着弾予測。予測をもとに体を自動で操作し弓を放つことで脅威の命中率での射撃を可能にする。
視線を奴の目に集中する。そうすることで照準の対象が決まる。
鹿の化け物との距離は10m。必中距離。
銀の矢が放たれる。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああお」
矢は奴の目を貫いた。。
どんな動物でも即死する状況。
にも関わらず、奴は怒りの声をあげながら暴れ回る。
「【自動照準射撃】」
二矢目を放つ。
こんどは目に射線が通らなかったので柔らかい首筋を狙った。
命中。しかし、矢は皮膚に傷をつけただけにとどまり、硬質な音を立てて地面に落ちた。
柔らかい急所を狙って、この様か……。首筋でこれなら目以外はどこを狙っても同じだろう。
それだけ、存在の格が違う。
「んごおおおおおおお!!」
見つかった。
鹿の化け物が全力で俺が昇っている木に巨大な角を向けて突進してくる。
そして、いっさい勢いを落さないまま木に突っ込み、直径が1mはある大樹をへし折った。
俺は、鹿の化け物が木にぶつかる直前に飛び降りていた。
へし折られた木が地面に叩きつけられ轟音がなり砂煙が巻き上がる。
そんな中、鹿の化け物が突っ込んできた。
「いい加減しつこい! 【魔銀錬成:肆の型:槌・轟】」
俺は両腕のミスリルだけでは足らずに、太ももにつけている銀まで使い。巨大なハンマーを錬成した。
本来であれば、こんな大振りが必要な武器は格上の魔物には当たらない。
だが、奴は致命傷に近い傷を負って動きが鈍くなっている上に、逆上している。
こんぼうを振りかぶって俺を叩き潰すことしか考えていない。
「んぎゃぁお!!」
俺は立ち止まったまま動かない。
敵が向こうから来てくれるのだ。動く必要がない。
そして、俺と鹿の化け物が交差する。
横に一歩ステップすることで紙一重で奴の棍棒の振りおろしを躱し、逆にハンマーを体の捻転を使い斜め下から振り上げ、奴の目に刺さった矢の矢じりを叩く。
矢は脳まで到達し、さすがの化け物もこと切れて崩れ落ちる。
俺も無傷とは行かなかった。奴が振り下ろしたこん棒は岩を砕きその細かい破片が突き刺さっている。
だが、血は流れていない。
傷口から青い光の粒子が漏れていた。
「まあ、こんなものか」
初期の状態で、ランク1上位に相当する化け物を倒せたのは御の字だろう。
俺は、傷がすっかりなくなったことを確認してから鹿の化け物の解体をはじめる。
この世界にはゲームじみた要素が二つある。
一つは神の加護だ。
ゲームふうに言うとHPとなる。
怪我を負った際に、HPがある限り傷が青い光に包まれ勝手に治る。しかし、傷を治すたびに神の加護は減っていき、完全にゼロになったとき、その効果を失い、傷を受ければ血を流すようになる。神の加護は時間でしか回復できない。飲めば神の加護が回復するアイテムも、便利な魔術も存在しない。
もう一つは、ランクだ。ゲームふうに言うとレベルだろう。
「【魔銀錬成:伍の型 短刀・貪】」
解体用のナイフを鹿の化け物の心臓の位置に突き刺す。
死んだ魔物は、よく刃が通る。奴らが硬いのは物理的ではなく、瘴気によって体が強化されているからだ。死ねば瘴気を失う。
心臓の中に、青いこぶし大の水晶がありそれを取り出す。
それは、こいつの核。魔石だ。
これを額に当て喰らうという意志を込めることで、その力を自分のものにできる。
そうすることで格があがり、強くなれる。
魔石を喰らえば喰らうほど、強くなり、とくに強さの次元が変わるポイントがあり、それをランクと言う。
この世界で確認された最高ランクは6。世界で一人だけしかいない。俺はゲーム時代に世界で二人目のランク6になったが、他のプレイヤーがランク6になったという話は聞いたことがない。
「さっそく、喰らって強くなりたいけど、これ喰ったら死ぬよな」
この魔石には最大の罠が仕掛けられている。
力と共に、瘴気をも体に入れてしまう。つまり、身の丈に合わない魔石を食えば、強くなる前に魔石の瘴気にやられて死ぬ。
この魔石の強度だと、今の俺なら即死だ。弱い魔石を食って力をつけてから食べる必要がある。
……ただし抜け道がある。こっちの世界で二年ほどの時間でプレイヤーたちが対処方法を見つけてある。だが、今の体調的には、無理だ。体力が回復してからにしよう。
「さて、いくか」
結局、シカの化け物の魔石を鞄に入れて俺は出発することに決めた。
魔石は封印都市についてから、ゆっくりとチャレンジすればいい。