第二十七話:魔石の値段
「やっと、地上に戻ってきたね。じゃあ、今日はここで解散だよ。寮に帰るなり、街で遊ぶなり好きにしなさい。また学園で!」
ナキータ教官の合図で今日の実習は終わった。
地下迷宮のある建物を出たところで生徒たちは解散する。よほど疲れが溜まっているのかほとんどの生徒たちはまっすぐに寮に向かっていた。
「ううーん、やっぱり外はいいですね」
「ええ、地下迷宮も明るいけどあの光は不自然で疲れるわ」
初めての地下迷宮探索で二人とも疲れたと言っているが、まだ余裕がある。鍛え方が違うのだろう。少し安心する。俺は次からいきなり泊まりがけである程度の階層まで潜りたいと考えていた。この調子なら大丈夫そうだ。
「クーナ、アンネ。これからどうする? 換金所で魔石を売る? その気があるなら、この施設内に換金所があって便利だよ。それともランクアップに使うかな? 一人四つに山分けだから自分の分をどう使うかは各自で決めていいよ」
その問いにクーナとアンネは頭を悩ませる。
気持ちはわかる。なにせ、強くなりたいという気持ちもあるが、そろそろ一回目の俺への借金の金利タイムだ。ここで金に換えないと借金がふくれ上がる。
これはベテランの冒険者になってもつきまとう悩みだ。金か強さか。貴族のぼんぼんだと、迷わずに強さ一択となるが生活をしていくには売らざるをえない。
「ちなみに、この魔石を売るといくらになります?」
「さあ? レートはころころ変わるから、まずレート表を見に行こうか。売らずに使うにしても、いくらで売られているかを知るのはいい勉強になると思うよ」
「それがいいわね。価値を知らないうちに判断できないわ」
「私もみたいです!」
「なら、行こうか。色んな意味で勉強になると思うよ」
俺たちは三人で施設内の換金所に向かった
◇
「へえ、こんなレート表があるんですね」
「買い取ってくれるの魔石だけじゃないのね」
「うん、魔物の部位によってはいい素材になるからね。たとえば俺の使っているミスリルも特定の魔物の身体で生成されるし」
換金上にたどり着くと、巨大な掲示板にさまざまな値段が張り出されていた。
そこに、魔石のランクごとの値段や、一部の魔物の部位の値段も書かれている。
「気をつけないといけないのが、魔石はあるだけ買ってくれるけど、魔物の部位はほしい人がいる場合だけだから、朝掲示板を見て魔物を狩りにいっても帰ってきたら、必要数が集まって売れないってこともたくさんあるんだ」
「なかなか世知辛いですね」
「でも、考えてみれば当然ね。そうそう使うものでもないし」
「ものによっては、常に需要があるけれど」
たとえば、マグダラグモの糸。
特定の処置を施すと粘着性を失い、最強の伸縮性を持ち、それでいて刃を通さない強靭さをもつ理想的な糸となる。これで編んだ服は軽く身体にフィットしながら下手な鎧よりも効果が高い。
たとえば、魔鉄鋼。
石を主食とするモンスターの体内でできる鉱物で、鉄以上の粘りと硬さを持つ上に軽く加工性に優れる。
そういったものは、ありとあらゆるところから買い取りオファーが来ていて、値段の高いオーダーから処理されていく。
地下1Fのカタツムリの素材などはろくな使用用途がなくほとんど買い手がつかない。何が金になるのか、それをきちんと覚えておく必要がある。
それも、なるべく嵩張らないものを。そうしておけば魔石を売らなくても金が稼げる。
「それで、肝心の魔石のお値段はどうでしょう。えっと、カタツムリさんはどう見てランク1の最底だから、えっと、あれですね。二万バル! 四つもあれば八万バル。ソージくんに借りているお金のほとんどが返せちゃいます」
「思ったより高いわね。たった四時間で八万バルなんて」
二人は驚いているようだが、それは勘違いだ。
「それは俺の魔術があったからだよ。普通の探索者たちは四人パーティで一日中粘って、二つ、三つが限界だね。三つ取れたとしても、六万バル。四人で分けたら一万五千バル。命がけで魔物と戦うことを考えると、あんまり美味しくないんだよ」
現実は厳しい。
底辺の冒険者の収入は、普通にやれば日雇いの仕事よりも少しましなぐらいしか収入がないのだ。
だから、獲物の奪い合いに必死になる。
「ソージくん、確認ですけど。もし四つの魔石を使えば、地下3Fぐらいまでもぐれたりします? そこまでいけば、獲物の取り合いがマシになってもっと狩りの効率があがったりとか」
「そうだね。普通に魔石を吸収したら、そこまであがらないけど、俺が【浄化】した魔石なら四つ……じゃきついか、六つ。俺の分を二人に分ければなんとかランク1の中位よりの下位ぐらいにはなれる。それなら安心して3Fにいけるし、競争率が下がるから狩りの効率はすごくあがるよ」
「クーナ、それなら迷う必要はないわね」
「はい、焼石に水を撒いている場合じゃないです。最短で強くなって。稼ぎを多くするしかないです!」
懸命な判断だ。多少の損をしてでも、後で大きく稼ぐために今は自分に投資するべきだと俺も考えていた。
「わかった。協力するよ。俺の分の魔石が二つの授与で四万バル。それに【浄化】費用が一つ一万の友情価格で六つだから六万バル。合計十万バルを借金に加えておくよ。今までの借金と合わせると……計算が面倒だから、端数を切り捨ててあげよう。二十五万バルだ。次の利息加算タイミングで二十七万五千バルになるね」
「ひぃぃぃぃぃ、鬼畜ですぅ。鬼、悪魔、守銭奴」
「クーナは何を言っているんだ? たった一万バルで身体への負担をゼロにしたうえで吸収効率が二倍だぞ? 瘴気でダメージを受けるから、普通は一日一つしか使えない魔石を、一度に使えるんだ。十万バルをとっても客が殺到すると思うよ。むしろ仏とあがめてほしいぐらいだ」
ここまで良心的な男は俺の他にいないと胸を張って断言できる。
「ソージはそれを自分で言わなければもっと素敵なのだけど。私はお願いするわ。一緒に居られるのなら、その三倍の借金を背負っても惜しくないもの」
「ううう、どんどん借金が増えていきますぅ。そのうち借金のかたに尻尾を、尻尾をにぎにぎされてしまいますぅ」
アンネと、クーナがそれぞれ借金に対して反応する。
「前から気になっていたのだけど、クーナ。火狐って尻尾を握っていいのが伴侶ってだけで撫でたり触ったりは友達ならオッケーって感じだと思っているのだけれど。違ったかしら?」
「そうです。でも、異性に尻尾を触らせるのはほっぺにチューをされるぐらいには嫌なんです」
「クーナって意外に貞操観念が固いんだな」
「ふふふ、自慢じゃないですけど、父様と兄様以外の男性に尻尾を触らせたことがないんですよ」
「つまり、俺が第三号になるわけだ」
「なーりーまーせーん。気が多い男の人はダメです。アンネに手を出すソージくんはノーセンキューです。私の尻尾はいつか私だけを見てくれる王子様にもふって、握って、はむはむしてもらうんですぅ。きゃっ、恥ずかしい」
両手で赤くなった頬を抑えながらクーナは、尻尾をぶんぶん振る。金色でふさふさの尻尾が俺を誘ってくる。
俺はいつか絶対にその尻尾をもふると心に決めた。
「ソージ、話は変わるのだけれど、【浄化】をするとき隣で見せていただけないかしら?」
「あ、私もみたいです。すっごく気になります」
「別にいいけど。でも、それは夕食のあと部屋に戻ってからにしよう。久しぶりに飯は外で食べないか、俺のおごりだ。二人から巻き上げた金を使ってちょっとだけ豪勢に行こうと思う」
「いいですね。行きましょう! それはもう、盛大に食い散らかしますよ」
「……少しは遠慮してくれよ。借金に上乗せしただけで、手元にはまだ入って来てないんだから」
そろそろ、初めに用意した三十万バルが尽きそうだ。
はやく本格的に稼がないと。
「楽しみですね。極楽鳥、光厳牛、ヤハネシロウリ、美味しいものが待ってます」
「容赦なく高級食材ばかりだな!」
口ではああはいいつつも、クーナはいろいろと気を使うタイプなので、無茶はしないだろう。……俺の許容ラインを見定めて的確に限界まで狙ってはくるが。
「では、れっつごー」
俺とアンネは、子供っぽいクーナの態度に苦笑しながら彼女のあとに続いた。




