第二十二話:【炎槍】
「ここはどこだ」
俺は気が付いたら知らないベッドに居た。
服は制服のままだ。
「やっほー。元気かい?」
身体を起そうとすると、俺の顔を覗き込んでいる女の子と目があった。
身長が150cm前後の茶色い髪をした、目がくりくりした小動物みたいな女の子だ。青い瞳が可愛らしい。
この寮で唯一、俺たちとまともに話してくれた先輩だ。
青? なにか妙に違和感がある。青じゃなくて、彼女の眼は……
「あれえ、返事がないな。本当に大丈夫?」
「問題ないよ。ユウリ先輩がここに連れてきてくれたのか?」
いけない、ぼうっとして余計な心配をかけてしまっったようだ。
俺は平静なふうに振る舞う。
「そだよー。いやー、後輩君が、怖い先輩に絡まれていたのを見て後をつけていたんだよ。そしたら、君が先輩たちを追い払ったあと倒れちゃってびっくりしたな」
「見てたなら、助けてくれてもよかったのに」
微笑みながら俺は薄ら寒いものを感じていた。
俺がそんな長時間の尾行に気づかなかったこと。それは異常以外の何者でもない。うぬぼれではなく、俺は常に警戒を怠っていないし、人一倍気配には敏感だ。
相当な使い手。ランク2の先輩よりも敵に回すと怖い。逆に言えば、味方になってくれれば心強い相手でもある。
「うわー。それをか弱い女の子に言う? びっくりだよ。あたしには無理だなー。あの状況」
「ランク2が二人とランク1の上位が三人。ユウリ先輩に何かができたとは思わないよ」
「でしょでしょ」
彼女は、うんうんとうなづきながら笑う。
何を隠しているにせよ。少なくとも、ランク1であることは間違いない。
「ありがとうユウリ先輩、看病してくれて」
「看病をしたのは、君を見捨てようとした負い目だから気にしないでいいよ」
「ここはユウリ先輩の部屋?」
俺は周りを見渡す。特待生だけあって一人部屋なので、かなり持ち主の趣味がでる。全体的にピンクが貴重となっており、可愛らしい小物がところどころに置かれている。
「うん。どうかな、乙女でしょう? 片付いているでしょう? 惚れない?」
そう言って胸を張る先輩を見た俺は、俺は無言で、枕にうつ伏せになり、くんくん匂いを嗅ぐ。
美少女の枕。プライスレス。
「きゃああ、やめてぇぇぇえ、嗅がないで」
俺の体をつかんで、ユウリ先輩はがたがたと揺らす。
「じょっ、冗談ですよ。そんな本気にしないでください」
「ふう、冗談か……安心って、実際に嗅いでんじゃん!」
「まあまあ減るものじゃないし」
「減るよ乙女の大事なものが」
「なら、乙女の大事なものが奪われついでに、ユウリ先輩の大事なものも、もらえないですか?」
「ついでであげられないよ!?」
打てば響くようなタイミングで突っ込みが帰ってくる。
この先輩とは初めて会った気がしない。
ゲームだと思っていた頃にも会ったことがないはずなのになぜだろう。
「冗談ですよ。今度こそ」
「あやうく、ノリツッコミで処女を散らすところだったよ。ふう、まったく。あたしは先輩なんだぞ。もう、ぷんぷんだよ。これは、あたしの課題を手伝って罪滅ぼしをしてもらうしかない」
「課題?」
「そうだよ。実はね、魔術の課題で新しい魔術を作らないといけなくて、いろいろと既存の魔術をいじって使いやすくしているところ。君、そういうの得意でしょ?」
期待に目を輝かせて、ユウリ先輩は俺に問いかけてくる。
「得意です。この世界に俺より魔術に精通している人はいないと思います」
「予想以上のビックマウス! なら、これを見てみるがいい! この世でもっとも流通している対魔物用の単体攻撃魔術、【火炎球】! 今まで何人もの天才たちが改良を重ねていったベストセラーの術式。これを進化させるのは簡単じゃないよ」
そういって広げられたのは、魔術式がびっしり書かれた魔術書の一ページ。
これを完全に暗記し、一言一句間違えずに頭に浮かべることで魔術が発動する。そこに記されている魔術式には見覚えがあった。
「あの、無駄魔術か」
俺がそういうと、ユウリ先輩は顔をひきつらせた。
【火炎球】はこの世界では、魔術式の工程数が少なく手軽扱え、それなりの威力があって、人気があるが、実際は無駄の塊だ。製作者は意味もわからず余計な魔術式を追加しているし、処理の流れも歪。重複した記載も多々ある。
ゲーム時代では、悪い例として【火炎球】を出し、練習に悪いところを直させるぐらいだ。
「すっごい自信だね。そこまでいくとあたしもびっくりだよ」
「実際できますからね。なんでもいいので紙とペンを貸してください」
「はいはい、紙とペン。あと敬語くすぐったいから禁止」
ユウリ先輩が紙とペン、それにベッドの上でも俺が文字を書きやすいように下敷き替わりの木の板まで持ってきてくれた。
「敬語はやめるよ。でっ、ちゃちゃっと終わらせたいんだが、どうしたい? 性質は変えずに性能を上げればいいのか? それとも範囲を広げる?」
カスタムする際にもっとも重要なのが、どういった魔術を作りたいかを明確に決めることだ。ゴール地点が定まらないとろくなものできない。
「ううん、ほしいのは単体向けだから、処理を軽くして速射性、できれば射程と威力がほしいかな」
「具体的でいい指示だ。わかった。やってみよう」
俺は、目をつぶって脳内のデータベースを漁る。
適当なメソッドをいくつか選択。
それをコーティング。
ユウリ先輩が使うことを考えて最短の工程数に絞り込む。
まず、魔力弾を流線型に変更し質量をもたせる。中に、可燃ガスと同じ性質を持たせた魔力塊を封入。
魔力弾を射出後は、内燃ガスの燃焼で加速させる。
着弾時の衝撃で、魔力弾が破裂。その際に指向性を持たせた爆発が前面に炸裂し、熱で対象を焼ききるという構成。
これなら、ニーズ通り工程数は少ないし、射程と威力の両方を引き上げられる。
「ねえ、君、もしかして目をつぶっているのって、頭の中で魔術を組み立ててたりする?」
「そうだ。……あと少し、うん、できた」
俺は手を動かして今の魔術式を紙に書きあげた。
工程数は半分程度だが、威力と燃費は別物といっていいほど改善されている。
即興だが、いい出来だ。しばらくはこれをメインの魔術にしよう。
純粋な遠距離攻撃は不足していたし、ランク2になるまでは便利に使えるだろう。
「ほら、先輩。まったく新しい【火炎球】だ」
俺は、新たに作った【火炎球】の術式を渡した。
それを受け取ったユウリ先輩が、恐ろしい勢いで俺の書いた魔術式を読み込む。
「なにこれ、こんな術式も、こんな並べ方も見たことがない。まったく意味がわかんない。……でも、まあ、明日の演習場で使ってみるよ。これ見ながらだったら発動はできると思うし。楽しみだなぁ」
「先輩、演習場で使うって、試験じゃないか」
「そだよ?」
「理解できない。後輩の書いた魔術式を信用するなんて正気じゃない」
なにせ、この学園では試験の一つ一つに自分の人生がかかっている。単位を落とすことは、名誉貴族への道が遠くなることを意味する。
「いや、あたしは君を信じているんだ。君の実力はこわーい先輩たちを倒した白い光で見てるしね。それとも疑ってほしい? もしかしてあたしをだました?」
「正真正銘、立派な改良魔術だよ。でも、ユウリ先輩は、不思議な性格ですね」
「うん、よくそう言われる。ってわけで、あたしは君を看病した。君は私の課題を手伝った。これで貸し借りがゼロになったわけだ」
「確かにそうだね」
「元気になったし帰った帰った。そろそろほかのみんなが帰ってくるから、それまでに出て行ってくれないとあたしが困る。うちの寮のホープを潰して、嫌われている君に優しくしたなんて知られると生きにくくなるのさ」
先輩は、俺の背中をそっと押す。
「ユウリ先輩、ありがとう。一応、その魔術の解説まではアフターサービスでつけておくから、気になったら声をかけてくれ」
「おっ、君はずいぶん気前がいいね」
「……ユウリ先輩との縁は大事にしたほうがいいと直感が言っているので」
地下迷宮の探索。
そこでは四人パーティが一番好ましい。彼女ならその四人目になれるという期待があった。
「君は体調が万全になったらお願いするよ。あっ、そうだ。新しい【火炎球】の名前を決めてよ。もう完全に別物だしさ、君が付けたほうがいいと思うよ」
突然のユウリ先輩の言葉に一瞬戸惑う。
だが、すぐに閃いた。この魔術に名前をつけるなら……
「【炎槍】かな。球じゃなくて槍のように貫くイメージで作ったんだ」
「うん、いい名だ。とても”君らしい”」
そうして、俺はユウリ先輩に見送られながら彼女の部屋を出た。
去り際に彼女がぼそっと声を漏らしたのが聞こえた。
「なるほどね。やっぱりこういうの、癖がでるんだね」
もしかしたら、彼女は俺のことを何か知っているのかもしれない。
そんなことを考えながら俺は立ち去った。




