第十九話:新生活
体が重い。
体調が悪いとかではなく、物理的に重い。
目を覚ますと両手に美少女がいた。
一人は銀髪のすらりとした美少女。
もう一人は金髪でキツネ耳と尻尾が生えたスタイルのいい少女。
二人とも下着姿で興奮する。とりあえず、二人の胸を揉んでみる。
クーナの胸は沈み込み押し返してきて、アンネの胸は少し硬いが揉むというより撫でる感じにすると、ちゃんと柔らかさを感じる。
「んんにゃ」
「ううん」
二人が表情をゆがめる。そろそろ危ないので起き上がり、ベッドから出る。
少しづつ、記憶が戻ってくる。
そうか、昨日は酒場で盛大に騒いだ後、寮に戻ってきて、宿屋と一緒の感覚で一つのベッドで三人で眠った。
着替えようと思って、立ち上がると床がびしょびしょだと気が付いた。
「ああ、そうか、昨日やらかしたんだ」
寝る前になって、暑いといいながら、クーナが盛大に服を脱いだら、それにつられるようにアンネも服を脱いで、俺も脱いだ。
そのあとに、汗臭い、酒臭いって、クーナが騒ぎ、なぜかそんなことが面白くて、みんなで汗臭い、酒臭いで笑いながら騒いで……だったら水浴びしようと、言いだし、井戸から水を汲んできて、クーナの魔術でお湯にしたあと、全員頭からお湯をかぶったんだ。
そのあと、クーナが手際よく髪と下着を乾かしてくれた。
「……酒は怖いな」
特待生合格のお祝い。それで気が完全に緩んでいた。一歩間違えれば、酒の勢いで彼女たちに手を出していたかもしれない。出していたほうが嬉しい気もするが、せっかくのパーティの信頼が一瞬で崩れるのは避けたい。
鐘の音が二回なった。
たしか、昨日受けた説明だと、二回は起きろという合図で、三回になれば朝食の合図。
鐘の間は一時間ほどある。だが、着替えなどを考えると、そろそろ起きないとまずいだろ。
「クーナ、アンネ、起きろ」
いまだに俺のベッドで惰眠をむさぼる二人を揺する。
それでもなかなかおきたい。
ほっぺたをつついても起きない。
「よーし、起きないとキスしちゃうぞ」
「うーん、よく寝ました。あっ、おはようございます。ソージくん」
クーネが上体を起してさわやかに挨拶してくる。
起きると同時にキツネ耳がぴんとなり、尻尾をぱたぱと振る。
偶然、尻尾の先がアンネの鼻をくすぐった。
「へっ、くしゅん。あれ、おはよう。クーナ。ソージ」
アンネも起きた。
「頭が痛い」
そして頭を抱える。二日酔いが頭にガンガン来ているようだ。
「クーナ、お前わざとか?」
「はい、なんのことでしょうか?」
きょとんとした顔で、首をかしげるクーナ。……そうだな。クーナにそんな高度なおちょくり方はできない。生まれもってナチュラルに人をからかう天然さんな少女だ。
「いや、いい」
「それにしても、ソージも、クーナも、どうしてそう平然としてるの。昨日、二人とも相当酔っていたと記憶しているけど」
「ああ、それか。それは、アルコールは毒だと意識すると、加護が動く」
「酒飲みの常識ですね。これがあるから安心してお酒が楽しめます」
加護は、傷などは無意識でも治療するが、アルコールなどの毒にも薬にもなるようなものは毒と認識して初めて治療する。
「やってみるわ」
アンネはうなりながらいろいろと試しているようだ。
そして、三分ほどたってからコツをつかんだのが、体から青い粒子が出始めた。
「ふう、だいぶ楽になったわ。あんな楽しいお酒も、二日酔いになるほど飲むのもはじめてだから知らなかったの」
さすが、お嬢様だ。
もう一人にも爪の垢でも煎じて飲ませたい。
「なっ、なんですか、そのかわいそうな人を見る目は!」
「いや、何も。それよりも、はやく自分の部屋に戻って着替えろ」
俺たちの部屋は、一般寮生とは別の棟に用意されている。
特待生だけの特別寮だ。俺たちの部屋は三つ並んでいて、クーナとアンネの部屋の真ん中に俺の部屋がある。一人部屋が与えられるのは特待生の特権らしい。ほかの寮生はみんな、三人部屋。しかも広さは変わらないという仕打ちだ。
「あう、いつものくせでソージくんと眠っちゃいました」
「……私も軽率だったわ。寮内で同衾なんて、下手したら退学ものよ」
二人が頭を抱える。
だが、それは杞憂だ。
「心配はしなくていいよ。別にこの寮、そういうの一切、気にしないからな」
「え? なんでですか?」
「だって、ここ騎士学校だけど、地下迷宮での活躍に比重が置かれてるんだ」
「それがなんだと言うのかしら?」
「地下迷宮だと、この前も話したけど荷物を減らすために男女でテントを分けたりしないから男女が一緒だと言うのに一々抵抗があると辛い。それに長期の遠征になるから、性処理もわりと大きな問題になる」
「ソージくん、回りくどいです」
クーナが頬を膨らませて文句を言ってくる。
「この学園は恋愛が推奨されているんだ。娯楽がない上に、緊張の連続の地下迷宮に長期間潜っているとふつうに精神を病む、恋人同士で潜って、ちょくちょく、セックスして発散したほうが精神的に健全だ。だから寮も男女わけてないし、一々寮内でやっただけで、だれも気にもとめない」
俺のあまりにもストレートな表現に二人は顔を真っ赤にした。
「そっ、ソージくん、不潔です」
「結婚する前に、そういうことはいけないわ」
二人は俺の言葉に納得できないようだ。
「俺の場合、恋人になってそういうことをできれば嬉しいし、一人でも、まあ、なんとかなる。二人も色々と、考えたほうがいい。本当に、地下迷宮の長期滞在はやばいからな」
迷宮の探索による精神の負荷は経験者にしかわからない。
魔物にやられるよりも、そっちのほうが恐ろしいぐらいだ。
「だいたい今のクーナたちみたいな連中が、僕たちは違うんですって言って、結局ストレスで我慢できずにやるんだ。その場合、避妊の準備なんてしてなくて大変なことになるから余計に性質が悪い。男同士でもぐってりゃ、気が付いたらホモなんて日常茶飯事だ」
これが地下迷宮の負の面だ。
極限状態になればなるほど、人間は自分の欲に忠実になる。
「ソージくん、わかりました」
「わかってくれたかクーナ」
「地下迷宮に潜るときは、全力でソージくんを警戒しろってことですね」
張り付いたような笑顔で距離をとるクーナ。
今頃自分が下着姿と気が付いたのか恥ずかしそうに胸を両手で隠している。
「まったく、俺ほど無害な男に対してひどい言いがかりだ。酔いつぶれた下着姿の美少女が二人も同じベッドに居て、手を出さなかった男だぞ!?」
「ソージ。それを言わなければ評価したのだけれど」
「全部台無しですね」
その言葉を最後に、二人は自分の部屋に戻る。
俺はため息をつきながら、部屋に備え付けられているクローゼットをあけ用意されていた制服に身を包んだ。
特待生のものは、襟にワンポイントが付いている。少しだけ誇らしい気分になった。
◇
朝食を終えた俺たちは、巨大なホールに向かっていた。
今日はそこで入学式が行われれる。
「朝ごはん、美味しかったですね」
「ええ、美味しすぎて食べすぎそうになったわ」
「ああいうの、ビュッフェって言うらしいですよ。好きなものを好きなだけとる。すごい贅沢です。特待生になれてよかったです」
制服に着替えたあと、寮の食堂で合流した。
そこには、俺たちを含めて八人しかいなかった。
特待生寮には、各学年三人づつの九人しかおらず、二学年のうち一人は、俺が倒したランク2の先輩でこの場にはいない。
おかげで、挨拶をしても無視されるし、敵意の視線が痛かった。
だが、一人だけ、茶色のボブカットをした小柄のかわいらしい二年の先輩が、にこやかに手を振ってくれた。
正直、違和感を覚える。その人の淀みのない魔力の流れ、重心の動き、どれもランク2のあいつよりも上で、彼女がランク1だとは到底思えなかった。……いくら強くても魔石を稼がないとランクを上げれないのはわかるが……
「昼食まで準備してくれているしな」
俺たちの手には、風呂敷に包まれた弁当箱がある。
ビュッフェの残りをこうして包んでくれる。
十分すぎるほどうまかったし、学校内に学食もあるが有料なので、非常に助かるサービスだ。
特に、クーナとアンネは俺に借金をしているので、少しでも節約したいので助かるだろう。
「二人とも、制服がよく似合っているよ」
騎士学校らしく、ピシッとした制服でスカートだが、下にはスパッツのようなものを履いている。
繊維に使われている素材は斬撃に強く魔力の耐性もある。
スカートの下のスパッツは残念だが、ないほうがおかしいものだろう。走って、飛び跳ねる。それが当り前なのに、スカートがめくれて気になっていれば戦いにならない。
「ソージくん、褒めているのは下心からですよね? 褒められて舞いあがっているうちに気が付いたら妊娠させられているわけですね」
「いや、どんな早業だよ!」
「冗談です。ふふふ、ほら、かわいいクーナちゃんに見ほれるといいです」
クーナは、その場でひらりと一回転する。
もう、キツネ耳も尻尾も全開だ。
準決勝で晒しているので、今更、隠す必要はないだろう。
あと、彼女なりの打算もある。騎士学校は国営だ。その一員に営利目的で手を出すのは国に喧嘩を売ることになる。だから、安心して火狐として振る舞える。
「ほら、アンネもいっしょにやりましょう」
「恥ずかしいわ。ほら、周りの注目も集めているし」
クーナとアンネはタイプこそ違えど、とびっきりの美少女だ。
そして、クーナは火狐という存在そのものに対して、アンネは親の悪名。
……それに俺も二年のホープを倒したランク1として有名なので、三人で集まっていると当然のように注目を浴びる。
「ううう、ここまで注目を集めるのは予想外ですぅ」
クーナのキツネ耳がペタンと倒れた。
「大丈夫だよ。あんな下着同然の姿を、晒して戦ったクーナが何を恥ずかしがるんだ」
「ひっ、人が忘れようとしていることを」
クーナは顔を赤くしながら、ぷるぷると震えた。
「我が姫君。クーナ様。あなたの忠臣が参りました」
そんなクーナとのコントを楽しんでいると、入学試験でクーナと戦った四位がやってきた。
「あっ、四位の人。まさか仕返しに来たんですか?」
クーナが四位の人と言った瞬間に、四位の顔が引きつる。
クーナ、名前ぐらい覚えておけよ。仮にも準決勝で戦った相手なんだから。
たっ、確か、名前はライナだったはず。
「違います。我が姫君。私は、忠誠を誓いに来たのです。あの美しい紅蓮の炎、炎の中で揺らめく黄金の髪と尻尾。美しさの中にアクセントを入れるキュートなキツネ耳。私はあなたに魅了されました。あなたの下僕にしてください。常にそばに控えさせていただき、あなたの剣、あなたの盾になりましょう」
なぜかきらりと歯がひかる。
意外だ。あそこまでやられれば普通はクーナのことがトラウマになりそうなものだ。
クーナはうんうんと頷いてから口を開く。
「そうですか、では忠実な我が僕に銘じます。私に話しかけないでください。関わらないでください。可能であれば視界に入らないでください。私はあなたが嫌いです」
明確な拒絶の言葉。
それを受けて、なぜか内股になって股間を抑えながら息を荒くする四位。
「クッ、クーナ様、もっ、もし、いいつけを破れば、私はどうなるのでしょうか?」
「蹴ります」
「……クーナ様、お許しください。そ、そのようなことを言われれば、このライル、辛抱、辛抱たまりません!!」
クーナに向かって飛びついてくる四位の人。名前はライルか……一文字外した。惜しい。
クーナが無言でハイキック。
ピンポイントでつま先が顎を貫いた。相変わらず容赦がない。
加護を失ってまだ回復していない四位の人は、クーナの蹴りを生身で受け、一瞬で意識を失い白目をむく。
なぜか、ひどく幸せそうな顔をしていた。
クーナは、一瞥すると存在自体をなかったことにしたいのか、何も言わずに俺に向かって笑顔を浮かべた。
「そういえば、ソージくん、新入生代表のあいさつですよね」
「そうだ、そろそろ行かないと」
「ソージのかっこいいところ、生徒席から見ておくわね」
「私も楽しみにしています」
二人にプレッシャーをかけられる。
新入生のあいさつは、貴族枠と、一般枠の特待生が年毎に代わる代わる実施する。去年が貴族枠の生徒で、今年が一般枠の生徒らしい。
「何を言うかは考えているのかしら」
「うん、俺の目標を言おうかと思っているよ」
それだけ言うと、俺は二人を残しあらかじめ指示された場所に向かった。




