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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:地下迷宮への挑戦
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第十七話:火狐の舞

~クーナ視点~


「急に服を脱ぎだしてどうしたんだ? 色仕掛けのつもりか!」


 目の前の男が顔を赤くし、どもりながら叫んでいる。


「色仕掛け? どうしてそんなものが必要なんですか?」

「僕はランク1でも、上位だ。君はまったく魔石を使っていない。勝負になるわけないじゃないか」


 さきほどから、じろじろと私の胸元を見ながら男は続ける。


「おかしなことを言いますね。その程度の差で、私とあなたとの実力が埋まるとでも?」


 準決勝にたどり着くまでに、この男の腕はおおよそ察した。

 ごく、健全にそれなりの修練を積んでいる程度。

 少なくとも、私の故郷にはこの男よりも弱い人はいない。


「なっ、なんだと!?」

「おしゃべりはここまでにしましょうか? ほら、審判の人も困ってますし、観客もそろそろ痺れを切らしますよ」


 どうして、審判は注意しないのだろう? この人の家は特別だったりするのかな? でも一般試験を受けている以上、貴族ではなさそうだし。


「その、君に、その気があるなら、手加減してあげてもいい。怪我させずに、その代わり……」


 欲望のぎらついた目。たまに私の故郷のエルシエに来る人たちは、火狐の私たちや、エルフを見てそんな目をしていましたね。

 気持ち悪い。吐き気がする。それにそもそも……


「勘違いしているようだから、教えてあげます。強者は私です。"あなたが”怪我をする、しないは私が選びます。……そして、友達を馬鹿にしたあなたを」


 私は不敵な笑みを浮かべ、少しだけ魔力を放出する。

 魔力は、ランクを上げ、加護の量を増やせば増加する。

 だけど、それは元の能力を底上げするだけ。身体能力ほど圧倒的な差を生むわけじゃない。


 金色(最高位)の火狐の私が、たかが普通のランク1上位に劣るなんてありえない。


「私が許すと思いますか?」

「ひっ、なんだ、これは」

「さあ、はじめましょうか? 審判、合図を」

「えっ、あっ、はい」

「もう一つ忠告です。試合が始まったらすぐにリングの外に出てください。灰になりますから」


 クーナの異様な迫力にランク1の上位……圧倒的に優位なはずの四位が後退した。


「でっ、では、準決勝第二試合……はじめ!」


 開始と同時、私は魔術を練り上げ、久しぶりに本気の力を解放した。


 ◇


「すごいな、あれ」

「私も、クーナの本気は初めてみたわ」


 試合開始直後、リングが火の海になった。

 赤い火柱が吹き上がり、頂点まで伸びた炎は折り返り、地表に落ち渦巻き、また天に上る。そのループでリングそのものが炎の結界になっている。

 炎を逃がさずに循環させることで、あれだけの熱量の結界を維持できている。


「精霊魔術か」


 いかに、人よりも魔力の容量が大きい火狐でもあれだけの魔術を継続させることは厳しい。

 それを可能にしたのは精霊魔術だ。


 大気中には、地・火・風・水の属性をもつ、マナがあふれている。

 そのマナを使うのが精霊魔術だ。

 己の魔力を餌にマナを集め、彼らの力を借りて魔術を放つ。そうすることで自らの限界を超える魔術を放てる。


「人間にはどうあがいても無理な領域ね」

「確かにな」


 だが、そんな便利な精霊魔術を人間はなかなか使えない。

 マナには餌となる魔力の好みがある。人間はありとあらゆるマナがそれなりに好む魔力をしている。だから、全属性の属性魔術をつかえるが、1の魔力を使用してもよくて、1.2のマナが返ってくればいいほう、さらに外部の魔力を使うと魔術を行う際にロスが発生する。普通の魔術師であれば、変換効率は70%ほどで、1の魔力を使って本来、8割の威力の精霊魔術しか使えない。


 そのうえ、マナを集めるという工程を挟む分、魔術の発動が遅く、不安定になる。

 人間が精霊魔術を使うメリットはほとんど存在しない。超一流ともなると、変換ロスをほとんどゼロに近づけることができるが、やはり労力に見合わない。


「金の火狐は、炎に関しては化け物ね」

「たぶん、この世界にあれだけ炎に愛された種族はいないよ」


 火狐は、地の適正が若干あるが、風や水とは壊滅的にマナと相性が悪い。

 その代わりに火の適正はずば抜けている。標準で、1の魔力を消費すれば8のマナが集まってくる。


 だが、クーナの場合、火狐の中でも最高位の金の火狐であり、1の魔力対して12のマナが集まり、さらに、彼女の技術はすさまじく、魔術を発生する際の変換ロスがほぼ0となっている。


 正直、妬ましさを感じる。消費した魔力の十二倍の効果を持つ魔術を扱えるのは反則だ。


「それを制御しきれるクーナの技術は、どうやって身に付けたんだろうな」


 少なくとも、まだ少女のクーナがたどり着ける領域ではない。最高の才能を持つホムンクルスの体を持つプレイヤーですらあの領域にたどり着くのに十年はかかる。

 そして、クーナの炎の魔術式も洗練されすぎていて異常だ。


 プレイヤーメイドの魔術と大差ない。クーナは父親に魔術を仕込まれたといったが、それなら、魔術式を作り上げたのは父親のはず。一度会って話をしてみたい。


「私も異常だと思うわ。あれだけの魔術をマナを呼ぶという工程を挟んで、しかも、戦闘行動をとっているわ。天才よ」


 凡人なら、自分の限界を超えたマナに翻弄され自滅する。

 だが、彼女は完全に制御しきっている。


「本格的に戦闘が始まったか」


 赤に塗りつぶされた炎のリングで、一瞬クーナの尻尾が金色に輝いた気がした。

 俺は、視覚情報を遮断し、魔力の動きでリングの中の姿を追う。

 クーナが、四位に向かって疾走。死角から鳩尾、顎、こめかみへの三連打を決める。


 連撃を決めたあとはすばやく後退。

 だれもいないところに四位は剣を振り回す。


「えげつないな」


 正直な感想を漏らす。

 あの四位からしたらあのフィールドは地獄だ。

 リング全体が炎に包まれているから逃げ場がない。全身を焼かれ、絶えず加護の青い燐光が発生する。


 視界を赤に覆いつぶされ、クーナの姿が見えない。

 たとえ、加護で体を癒しても、息苦しさと熱さは、体力と精神力を削り続ける。


「くそぅ、くそぅ」


 強化した俺の聴力が四位の男の声を拾った。

 その声には、悔しさと絶望、そして諦めが入り始めていた。

 四位は魔力を循環させはじめた。

 おそらく、狙いはこの炎の結界を破るための大魔術。

 しかし……


「かはっ」


 再び死角から忍び寄ったクーナの拳が四位の鳩尾に入り、魔術が中断される。

 ただでさえ、熱さと息苦しさで発動が困難なのに、クーナが容赦なく殴りかかってくるので、炎の結界を破るだけの魔術を準備できない。


 ランク1上位とはいえ、ランク1同士だ。炎で守りを削られ続けているところに、無防備な急所に魔力で強化された拳を撃ち込まれれば痛みが走る。……もっとも、全身を焼かれながら、あんな急所打ちを喰らって痛いで済む時点で大きなアドバンテージだが。


「クーナはきれいだな」


 クーナは一切音を立てない。動きに無駄がない証拠だ。

 しなやかな動きで、炎の中を泳いでいるようで美しいとすら思える。


 自分と相手の身体能力と防御力の差を熟知しており、今回の戦いでは、死角から攻撃するとき以外は、一度たりとも相手の剣が届く範囲に体を置かない。


 それでいて、相手が集中力を切らした瞬間に急所に拳を打ち込み、確実にダメージを積み重ねる。


 これは冷徹な獣の狩りだ。

 拳が撃ち込まれる音の間隔はどんどん短くなる。

 四位が弱ってきている。弱れば弱るほど隙が増え、クーナが殴れる機会が増える。


 さきほどから、まな板に肉を叩き付けるような音が断続的に響いている。会場が静まりかえる。炎で赤く塗りつぶされたリングに肉をたたく音だけが響く。


 同じランクだったらとっくに意識を失って楽になれたのに。

 五分後、炎の結界がほつれる。クーナの制御を離れた炎はまるで竜のように天に昇った。


「さて、私の炎の舞は楽しんでいただけましたか?」


 クーナは、汗ひとつかかずに、試合開始と同じ装いで微笑む。

 対する四位はひどいありさまだ。軽装の皮鎧は燃え尽き燃えカスだけが体に張り付いている。全身から火傷を治すための青い粒子が立ち上り、頬、こめかみ、鳩尾、金的、などの急所からはいっそう激しく青い粒子が出ている。……クーナが重点的に殴ったのだろう。


 俺が見る限り、もう加護の残量は三割を切っており、身体能力と防御力は壊滅的だ。


「試合開始前に聞かれていましたよね? 私が服を脱いだのはどういうつもりかって?」


 クーナは微笑みながら一歩、一歩前に進む。


「私の炎に耐えれる服って、これしかないんですよね。母様の毛を織り込んだ。この服だけ。他は燃えちゃうともったいないので脱いだんです」

「ひぃ、ひいい、もう許して」

「惜しいですね。許してじゃなくて、降参だったら終わっていたのに」


 クーナは残念そうに言うと、その姿が消えた。

 いや、そう錯覚するほどのスピードでの突進。

 そして、軽く足を振りかぶり……


「えいっ」


 かわいい声で男の急所を打ち抜いた。


「おぅ、おほぅ。おうふ」


 四位は崩れ落ちる。

 一瞬、青い粒子がでたが、すぐに加護が0になって粒子は消え、痛みは緩和されずダメージも癒されない。


 ぴくぴくと芋虫のように悶絶した。

 おそらく手加減はしてあるのだろう。もし、クーナが本気なら完全に金玉はつぶれていた。


 クーナは俺とアンネのいるほうを見て、満面の笑みを浮かべてVサインを浮かべた。

 俺とアンネは軽く手を振ると、彼女は胸をはって鼻息を荒くする。


「しょっ、勝者! クーナ」


 大番狂わせ。今日の二度目のジャイアントキリング。

 会場は俺のとき以上に沸き、その歓声のままクーナは舞台を降りる。

 

 ……だが、そのときに俺たちは気付いていなかった。クーナを見る四位の恍惚とした表情に、そしてこの勝負で彼の性癖をおおいに歪めてしまったことに。


「くっ、クーナ様ぁ」


 彼の熱の籠った声を気に留めるものはだれもいなかった。

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