第十五話:チート魔術で運命をねじ伏せる
最終決戦。
ようやく、瘴気を増やす神とやらの元にたどり着いた。
ここに来て、様々な障害を越えてきた。
敵が呼び出す無数の天使。
ゲーム時代に競い合ったライバルたち。
ランク5の魔物の群れ。
そのすべてを倒した。
そして、敵を守る結界を壊した。
そうすることでようやく、ここまで来た。
目の前にいるのは青年だった。
俺より少し年上で仕立てのいいスーツを身に付けていた。
「ふう、ここまで来てしまうとはね。……数年計画が遅れる覚悟で温存した力を使ってまで、切り札まで使ったのに」
やはり、あれだけの力はこいつにとってもリスクがあるものだったのか。
出し惜しみしたのも納得だ。
「なのに、まさか、あいつらが裏切るとは。君と、君たちのことを侮っていたのかもしれないね」
疲れた顔をした青年だった
彼からは凄みを感じない。
今までぶつかってきた強敵が持つ威圧感というものが存在しないのだ。
それこそ、街にいる普通の人間のようにすら感じてしまう。
「……抵抗はしないのか」
「もちろんするよ。僕は死なない。死ぬわけにはいかない。そこで提案ある。君たちは、僕の世界で生きていていい」
笑顔で、施しを与えるように。
ここに来て絶対的な上位者としてのスタンスを崩さない。
「救われるのは君たちだけじゃない。君に街を一つ与えよう。僕の祝福を受けてすべてが思いのままになる街だ。そこにお気に入りを誘うといい。君とお気に入りだけは、そこで幸せに暮らせる」
魅力的な提案ではある。
俺は世界を救いたいと考えるほど博愛主義者ではない。
自分と大切な人たちが幸せになれればといいと思う。
だけど、この提案は受けれない。
「断る。理由、その一。そのすべてが思い通りになる街とやらが手に入ったとしよう。その街だけが繁栄し続けて、それでどうなる?」
こいつはひどく視界がせまい。
人間に対する理解も浅い。
人の社会というのは、混ざり合い、関わり合い、それで成立する。
街一つだけ無事なんて、亡びてるのと一緒だ。
「俺はこの世界全部を楽しみたい。いろんな街の素晴らしいものを見て回りたい。……それにな、お気に入りを助けられると言っても、それじゃ、いずれ気に入るかもしれない奴らは助けられないだろう?」
「その一ねえ、じゃあ、その二は?」
「単純にお前が信用できない。信じて乗れば背中から刺されそうだ」
俺の言葉を聞いて、目の前の男が笑う。
「ああ、ばれちゃってた?。残念だな。僕って、そんなにわかりやすい。僕を馬鹿にした貴様らを生かすわけがないじゃないか」
「……おまえみたいな奴を何百人も見てきただけだ」
クズは匂いでわかる。
そして、こいつはクズだ。
「そっか、じゃあ、乱暴なことをするしかないな。ああ、面倒だ。僕が直接手を下したら、どんなペナルティがあるかわかったものじゃない。だけど、しょうがないよね」
言い終わらないうちに、外殻を外して軽くなった機械槍ヴァジュラで突きを放つ。
準備が終わるまで待つほどお人よしじゃない。
隙があれば突く。
槍が目の前の男を貫いた。
感触がない、丸でスライムのようにどろどろに溶けて、槍をすり抜けていく。
「クーナ!」
「はいっ! 【剛炎弾】」
クーナが炎の弾丸を放つ。
不定形には炎が鉄板だ。
それらはスライム状になった男を焼き尽くす。
いや、焼けていない。
炎が消えて、スライムが変形していき、形を変えていく。
俺はもちろん、クーナとアンネも驚き、硬直した。
「よりによって、それを真似るか」
「当然だろう。僕たちは万能に近いけど、万能じゃない。最強の存在を一から作り出すなんてことはできない。だけど、この世界にある最強を再現するぐらいはできる。再現する最強は、これしかない。……世界唯一のランク6にして、ハイ・エルフ。生ける伝説、シリル・エルシエ」
シリルの姿をした男が笑う
偽シリルとでも言うべきか
魔術で解析してわかった。シリルを再現したというのは口だけではないようだ。
完全にその能力をコピーしている。
「ソージ、君が一度たりとも勝てなかった相手だ。ゲームの世界でも、こちらでも。……もう一度だけ聞いてやる。僕の手下になれ、そして、あの女の不意を打って殺せ。そうすればすべては思いのままだ」
「寝言は寝ていえ」
俺は苦笑して、槍をゆっくりと構える。
もっとも隙のない構えへ、魂と肉体に刻んだ己が信じる最強の姿へ。
たしかに、俺はシリルに一度も勝ったことがない。
一度だけ、手加減をしてもらった上で、価値を譲ってもらったことがあるが、本気での戦いでは連敗続きだ。
だけど、今日は負ける気がしない。
むしろ、その逆だ。
「クーナ、アンネ、わがままを聞いてくれ。俺が敗北するまで手を出すな。……シリルさんクラスが相手であれば、俺一人のほうが戦いやすい。あとは意地だな。本気でシリルさんと殺し合える機会なんてない。俺はシリルさんを越えたいんだ」
達人同士の戦いであれば、高次元の読み合いになる。
その際に、読みを狂わせる要素は少しでも減らしたい。
だから、増援はいらない。
それが理屈。
それ以上に、俺はシリルを超えることを重視した。
「わかりました。ソージくんのわがままには慣れっこです」
「その代わり負けたら、絶対に許さないわよ」
「……ありがとう、二人とも」
クーナとアンネが後ろに下がる。
これで一騎打ちだ。
俺は力を解放する。疑似九尾の火狐化と瘴気の力を組み合わせた、最強形態、【蒼銀火狐】。
俺の魂の色に輝く炎に包まれる。
ランク5になってから、この力の制御に余裕ができた。
【蒼銀火狐】を使いながら、ありとあらゆる手札を使える。
技の冴えに一切に陰りがない。
これなら、思う存分力を振るえる。
「君、頭は正気か。今の僕は君が一度も勝てなかった、最強の男なんだぞ」
恐れを見せない俺を見て、逆にシリルとなった神とやらが怯える。
「だからこそ、面白い。さあ、やろうか。おまえに勝てば俺が世界最強だ」
「強がりだ。わかったぞ。さっきプレイヤーたちの心を取り戻したのと同じ手が使えると思ったのだろう!? だが、残念だったな。僕は同じ失敗は繰り返さない。今回は器だけを用意した。記憶とも心もない。だから、複製品が心を取り戻すなんてこともない」
「……そうか、残念だ」
「そうだろ、だから、降参し」
そこで言葉が途切れた。
俺が槍で攻撃を加えたからだ。
偽シリルは俺の槍を辛うじて受け止める。だが、代償にバランスを崩した。
素早く槍を引き戻して、再度の突きを放つ。
同時に槍の先端部の機構が発動する。
魔術付与【穿孔】。
プレイヤーたちの中での正式名は、【穿孔粒子軌道放出魔術】。
プレイヤーたちが生み出した対人攻撃魔術の極致の一つ。特殊な概念に染め上げた魔力を、一定パターンで回転させることで対象を共振粒子の渦に巻き込み、原子崩壊させるという、半ばSFじみた魔術だ。
ランク差がある相手だ。
ただの突きであればダメージが与えられない。
だが、【穿孔】であれば話は変わる。
ましてや、【蒼銀火狐】と組み合わせているのだ。貫けないどおりがない。
「な、んで」
偽シリルの肩に槍が当たり、血しぶきが舞って、【加護】によって癒らされる。
シリルであれば楽に躱せるはずの一撃が、偽シリルには当たった。
やはりか。
「おまえは戦いを知らない。捨てちゃいけないものを捨てた」
混乱の中、偽シリルは風にとって距離をとり、逆にこちらには風を叩きつけてスピードを遅らせる。
つまらない逃げの一手だ。
俺は背後で炎を爆発させ、姿勢を低くした突進で風を突き破りながら距離を詰める。
不可視の風の刃が、襲ってくるがそれを【穿孔】で撃ち抜く。
不意打ちのつもりだろうが見え見えだ。
予備動作が、視線が、魔力の高まりが、敵の動きを教えてくれる。
あっという間に距離を詰め、槍の間合いで突きを放つ。
剣は届かず、槍だけが届く理想の間合い。
一方的に俺が推している。
「どうして、どうして、どうして、今の僕のほうが強いはずだ」
最強の男の姿で、奴はわめく。
根本を間違っている。
あいつは、シリルをコピーできてなどいないのだ。
「記憶も心もない、ただの体が強いわけがないだろう。体と心に刻んだ技を信念をもって振るう、それこそが人間の力だ。ただ、強い器がほしいのなら、魔物にでもなればいい!」
槍のラッシュで押し切る。
たしかに、目の前の偽シリルはシリルの性能と技を持つ。
シリルの使える魔術を使える、彼と同じように四属性のマナ使用可能だ。
だけど、それは手札が多いだけだ。
無数にある手札を正しく使えない。
形をなぞるだけだから、すべての予備動作がわかる。
本物のシリルなら、まったく予備動作を見せない、あるいはありとあらゆる可能性を臭わせる、あるいはフェイクをいれていた。
だが、奴にはそれができない。
すべてが薄っぺらい。
借り物の力、その言葉がこれほどふさわしい相手はいない。 こんなシリルなら怖くない。 俺は有利に戦いを進める。
「くそっ、くそっ、くそっ、なら、記憶と心も」
たしかにそれをすれば、一気にこの戦況はひっくり返る。
「やってみればいい。さっきのプレイヤーどもと同じようにしてやる。シリルまで寝返ってもいいのならな」
ブラフだ。
腐っても神による支配だ。普通の魔術じゃ解除は不可能。
もう、魔力を溜めこんだ外殻は使ってしまっている。
さっきと同じことをされれば、今度こそ本当のシリルと戦うことになる。
だけど、そうするだけの勇気は奴にはない。
「もう、こんなの、いらない、もっと、強い存在を!」
シリルの姿が崩れる。
強い、存在のイメージは竜のようだ。
それも、見覚えがある竜だ。 俺のトラウマが抉られる。
力強い四肢、巨大な両翼。
この世界に来る前の最後に戦った竜。俺が敗北した竜。
きっと、これは偶然じゃない。
俺が勝てなかった存在に奴はすがっている。
竜が口を開き、口内に凄まじい勢いでマナが集まってくる。
高位の竜種が放つ、ドラゴンブレス。マナの圧縮崩壊現象を利用した超威力の砲撃。
……まったく、嫌なものを思い出させてくれる。
だけど、勝てないわけじゃない。
「お前の敗因を教えてやる。勝てなかったものに変身すれば勝てる。それがそもそもの間違いだ」
呼吸を整え、集中力を高ていく。
こいつは、何十人もの冒険者を見てきたのに、その本質を知ることはなかった。
「俺たちはな、執念深く負けず嫌いだ。一度敗北した相手には、絶対に負けない。そのために努力し、対策し、備えている」
【竜の咆哮】を迎え撃つために、俺も両手で竜の口を形作る。
俺の必殺技【銀龍の咆哮】。
これは、ドラゴンブレスを模して作った魔術であり、同時に二度と負けないために作った
模倣ではあるが、ただの模倣ではなく、凌駕するための魔術。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
「【銀龍の咆哮】!」
ドラゴンブレスと【銀龍の咆哮】がぶつかり合う。
中央で力と力が拮抗し、膨れ上がり、そして……一方的に俺の【銀龍の咆哮】が押し切る。
押し切ったというのは正しくない。
相手の力すら乗せて威力が倍化して向かう。
……【銀龍の咆哮】とは、マナの崩壊現象で発生した圧倒的な力を放つ技。
その際に、崩壊したマナに指向性を持たせる。
指向性を持たせる技術が、本家ドラゴンブレスよりも俺の【銀龍の咆哮】のほうが数段上だ。
だから、ぶつかり合えば、相手の力すらも俺が望む指向性を与えられる。
だからこそ、奴のドラゴンブレスすら飲み込んで先へ進む
二度とあの絶望を味わうことがないように作った【銀龍の咆哮】。
竜を殺すための魔術が、その役目を正しく果たす。
「いっけえええええええええええええええええ!」
絶叫する。
マナの崩壊現象で生まれた光がすべてを飲み込んでいく。
光が収まったあとには何もなかった。
クーナとアンネが駆け寄ってくる。
「ソージくん、勝ったんですか?」
「どうだろうな」
「……今、何かが割れる音が聞こえたわ」
俺にも聞こえた。
周囲の黒い空間が次々にひび割れていく。
この世界が壊れていく。
『三人とも、よくやったね。その世界は主を失ってもうすぐ崩壊する。今から呼び戻すから』
女神の声が頭に響く。
その声には喜びが含まれている。
「俺たちは勝ったのか?」
今になって、ようやく勝利の実感がわいてくる。
『うん、完全勝利。よくやったね。これで、年々【瘴気】が増えていくことはなくなった。君は【破滅】を回避したんだ』
これで、やっと笑える。
「ソージくん、やりました!
「……それは嬉しいけど、最後はソージとプレイヤーたちばかりに任せて活躍できなかったのは悔しいわね」
笑顔で抱き着くクーナと、小さなことを気にするアンネ。
対照的な態度に笑ってしまう。
「世界が平和になったんだ。今は喜ぼう」
さあ、帰ろう。
これですべては終わりだ。
明日から日常に戻る。
学園に通い始める。それはいいのだが……全員ランク5になっていることをどう説明すればいいのか。
諦めよう、説明のしようがない。
まあ、いい。そんなことは後で考えればいいことだ。
今は、風呂にでも入りたい。女神様にエルシエに送ってもらうのもいいかもしれない。
シリルの屋敷の露天風呂は最高だ。
三人で、ゆっくりと疲れを取りたいものだ。