第十三話:前哨戦
最後の夜は三人で愛し合った。
あの日と同じようにあえて避妊はしていない。
子供を俺の形見にするつもりなんてない。
絶対に三人で、帰ってきて三人で幸せになる。
そう決めていた。
そして……。
「三人とも、準備はいいんだね」
女神と俺たちは向かい合っていた。
すでに決戦に向けて準備は万全だ。
いつでも行ける。
「もちろんだ」
「私もです」
「行けるわ」
準備というのは、装備や道具、体調を整えるだけじゃない。
女神から、敵の神とやらの性格と傾向を可能な限り詳しく聞いている。
その情報と、以前対峙して感じた印象と手口を繋ぎ合わせることで、敵の手を予想する。
もちろん、そんな不確かなものに依存するつもりはない。
ありとあらゆる手を考慮したうえで、考えうる可能性の中で確率が高いものに注意の比重を置く。
女神が口を開く。
「じゃあ、健闘を祈るよ。どうか、この世界を救ってほしい」
女神の力が発動する。
かつて、俺が敵の領域に踏み入れたことで出来た縁、それを伝う。
そうすることで、いきなり敵の本拠地へとたどり着ける。
槍をぎゅっと握りしめた。
今日で面倒なことをすべて終わらせてやろう。
◇
飛ばされた先は、以前と同じく白い部屋だ。
相変わらず、頑丈な結界に包まれている。
それも、以前よりも頑丈だ
「ここが、ソージくんが連れて来られた場所。なんか、気持ち割るいですね」
「変ね、敵がいないわ。ここに【瘴気】を生む敵がいるわけよね? それなのに何もないなんて」
「結界に包まれた部屋だ。……たぶん、この部屋の外に敵がいる」
前回と同じように結界に毒を潜ませて、自壊するように仕込もう。
対策はされてしまっているようだが、わずかな魔術の改変で対応できる。
……前も思っていたが、強大な力を持っているだけで、魔術構築をはじめとした技術においてはプレイヤーたちのほうが優れているとさえ思える。
毒を仕込むための術式を改変しながら、歩き始めると大きな魔力の出現を感じた。
「クーナ、アンネ、さっそく出迎えがきたみたいだ。構えろ」
部屋の中央に一人の少年が現れる。
十二歳ぐらいで、全裸で宙に浮いている。
その表情には大よそ、人間性というものがなかった。
匂いがしない、熱を感じない、表情がない。
有機的な機械。なんて表現が脳裏に浮かぶ。
内に秘めたる力は、ランク4相当。
それも一体じゃない。次々に天使の数が増加していく。
「神の敵排除、イレギュラー排除」
「排除」
「排除」
「排除」
「排除」
「排除」
増え続ける天使たちは排除と輪唱する。
ランク4相当の敵が合計、二十五体。それらが扇状に展開して、俺たちに敵意を向ける。
「アンネ、クーナ、俺の後ろに」
二人が俺の指示に従って後ろに下がる。
見覚えがある。前回、無理やり連れてこられたときも彼らと戦った。
天使が鋭い眼光で俺をにらむ。
いや、睨んだだけじゃない。眼光に光と魔力が集まっている。
光の魔術だ。
光の魔術、その特徴は全魔術の中でも最上位の貫通力と速度。
光速ゆえに回避はほぼ不可能。
そして、人間の体などたやすく貫き加護を削り切る。
きわめて厄介な魔術だ。
「ずいぶんと舐められたものだな」
たしかに光魔術は厄介だ。
厄介だが、俺はなんどもこの魔術を放たれた。
種が割れた手品で倒されるわけがない。
……圧倒的な性能を持つ光魔術には弱点がある。
まず、光故に直進しかせずに弾道が予測されてしまうこと。
次に予備動作がわかりやすい上に、詠唱が長いこと。
ようするに余裕をもって、対抗魔術を使うことができる。
俺は天使たちが光の魔術を放とうとするのと同時に魔術を起動していた。
光の天使たちの目が一斉に強く光り、光の魔術が放たれた。
「読み通りだ。所詮、人形。素直でわかりやすい」
光の魔術が放たれる直前、俺の魔術が完成している。
俺の周囲に水と魔力で作れた鏡がいくつも浮かんでいた。
その鏡の配置はすべて光の魔術の着弾ポイント、そして反射角が精密に計算されて調整されている。
その結果、引き起こされる事象は一つ。
天使たちがすべて己の光に貫かれる。
「うわぁ、光ったと思ったら次の瞬間にはみんな頭が吹き飛んじゃいました」
「クーナとアンネは初見の魔術だろうが、俺は何度も見せられた。カウンター魔術ぐらいは用意できる」
光を反射させる。
光の魔術のもっとも簡単な対応策。
ただ、普通はそう簡単にはできない。
光の魔術は、純粋な光ではなく魔術であり魔力を含む。
ただ、鏡を用意しただけでは反射できない。含まれる魔力に込められた概念を書き換えねばならない。
初見でいきなり反射することはは俺でもできない。
だが、何度も見せられれば完璧に反射する鏡を作ることができる。
そもそも、素直すぎる。
二十五体もいるのだ。一体一体波長を変えたり、タイミングをずらしたり、あるいは光を曲げる術式を盛り込む。
そういう工夫をしようともしないのは感情がないからだろう。
雑魚は処分した。
まずは第一ステージクリア。
さて、今度こそ結界に毒を仕込もう。
結界に触れる……前回より強度を増しており、毒に対する耐性も持つ結界だ。
それでも、その対策に対応して術式を改変した毒は、結界のコードの隙間に忍び込んで、蝕んでいく。
結局、俺の敵とやらは力は持っていても、それだけだ。
いくつかのズルができるだけで全知全能ではなく、知識や技術は人間とそう変わらない。
その認識がより強くなる。
これなら勝てる。
「ソージくん、また来ました」
「さっきの天使ね」
二人の言う通り、天使の増援が現れた。
天使たちが、剣を手に襲い掛かってくる。
さきほど、カウンター魔術で全滅したせいか、光の魔術を禁止して、肉弾戦で向かってきているようだ。
「二人とも、殲滅しよう。目が光れば、絶対にその先に体を置くな。そうすればさっきの攻撃はかわせる」
「はい!」
「この天使の動き自体は早くない。躱して見せるわ」
三人で天使たちを倒していく。
この天使は魔術特化型ゆえに、肉弾戦でくればさほど怖くない。
それは数がいてもだ。
危なげなく、俺たちは敵を減らしていく。
……そして、こうして天使を相手どってわかったことがある。
やられっぱなしというのは性に合わない。
だから、こちらからも攻撃してやろう。
結界の外で、こちらを見ながら怯えている神様とやらに。
「見ているんだろう。神とやら。……前も思ったんだが、おまえは小物だろう? 確実に俺たちを潰すためなら、力を出し惜しむべきじゃない。なのに、戦力を小出しにして無駄に力を消耗している」
わかりやすい挑発だ。
だが、的を得ている。
戦力の小出しは愚策でしかない。
「全部聞いたぞ、おまえと女神が世界を壊すか、守るか勝負しているとな。おまえは有利に進めているがゆえに、女神より自由に力を使えるそうだが、それでも、こうやって力を使って手駒を生み出し、外敵の直接的な排除するには相当力を使ってるんじゃないか?」
見えている天使たちが全滅する。
今度は、さまざまな種類の魔物が現れる。
それらはランク4がせいぜい、大半はランク3。
思った通りだ。ランク5の魔物を生み出すのはよほど力の消費が激しいのだろう。
……敵は戦力をケチっている。
そして、ケチらないといけないほど財布事情がよくない。
「いいことを教えてやる……このままじゃ、おまえは死ぬぞ。俺たちを恐れて頑丈にした結界はまた砕かれて、小出しにだした力は無駄に浪費して、最後には追い詰められて倒される。惨めだな」
安い挑発を意識的に繰り返す。
だが、それが必要な状況だ。
俺はあえて、ゲーム時代のプレイヤーを呼ばせようとしている。
そうすることが必要だからだ。
ゲーム時代のプレイヤーに対する手札は用意した。だからこそ、莫大な力を敵に使わせたうえで、無力化する。
……ランク5のプレイヤーを呼び出すほどの力、窮地まで追い込んだ状況で他に使われたら厄介だ。
敵だって、今すぐにでもプレイヤーたちを呼びたいはずだ。
なにせ、前回はユーリ先輩の介入させなければ、俺を倒せていたのだ。
確実に勝てる手に縋り付きたくなるはずだ。
さあ、どうする?
俺は口角を吊り上げる。
それは来た。
次々に、見知った顔が現れる。
ゲーム時代に、ともに競い合い、ときには共に魔術の開発をしたライバルたち。
イルランデというゲームの最前線を走り続けた、俺と同等の技量と知識をもつ精鋭のランク5。
それが何十人も。
普通に戦えば、絶対勝てない。
俺が数十人いるようなものだ。
クーナとアンネが震え始める。
彼女たちはプレイヤーたちの力を肌で感じている。
一流であるがゆえに、その力の大きさが把握できてしまう。
「あの人たち、強すぎます!?」
「ただ力を持っているだけじゃないわ。……ソージクラスの武人たちばかりよ」
「ああ、そうだな。俺の世界にいた。ライバルたちだ。アンネの言う通り、一人一人が俺と同格。だが、心配するな。説得するための手札はある」
敵は、それだけではまだ不安なのか、ランク5の魔物たちまで、次々に呼び始めた。
やることが極端だ。
最初はやたらとケチっていたくせに、やるとなれば見境なし。
その手を使うなら初手にするべきだった。
明確な戦術もなく、戦力もなく、行き当たりで動く。
そのツケを放ってもらおう。




