第十二話:最後の休日
ダンジョン内では味わえない、ふかふかのベッドを使い三人で一緒に寝ている。
普段はなんとも思わない、ベッドも長期間ダンジョンに潜った後だとありがたく感じる。
クーナの寝顔を見ると、にへらと緩んだ顔をしていた。
ダンジョン内では寝ているときもどこか表情に硬さがあった。
ダンジョンというのはそこにいるだけで疲弊するのだ。
昨日はさすがに疲れ果てていたので、文字通りに三人で眠っているだけだ。
ふかふかのベッドでたくさん寝たおかげで体調がいい。
「女神の聖域はすごいな」
セルフチェックをする。ほぼ使い切った加護や魔力が七割ほどに回復している。
魔力はともかく、加護は残量が減れば減るほど回復量が少なくなる。あの残量から一日で七割まで回復するのは異常と言えるだろう。
今後も世話になりたいとすら思ってしまう
本音を言えば、エンペラードラゴンとの戦いは失敗したと思っていた。
最悪、加護が決戦前に回復しきらないと覚悟をしていたぐらいだ。
だが、この回復量なら問題なく鍛冶ができるし、明日には万全の状態にまで持っていける。
二人を起こさないように注意しながら着替る。
ゆっくり眠って長期探索の疲れを取ってほしい。
「さて、行くか」
外に出て、体を軽く動かしすことで脳を覚醒させてから、俺は女神に使用許可をもらった工房に向かった。
愛槍を完璧に仕上げなければ。
◇
工房にはシリルが準備した材料と工具が並んでいる。
新たな外殻を作るために、欲しいと思っていたものが全てある。
彼のことだ。俺が欲しがるものを先読みしたのだろう。
思考が読まれてしまったのは悔しいが助かる。
そして、悔しいのならさらに先へと進めばいい。シリルが想像すらできないものを作り、あとで自慢してやる。
俺にしか作れないものを作るのだ。
「……まあ、そんなプライドだけの問題じゃないがな。力が必要だ。それも、圧倒的な力が」
前回、強制転移で白い部屋に連れていかれときのことを思い出す。
天使の群れを倒したところまではいい。
ひどく苦戦したが勝てた。
仮にもう一度同じ状況になったとしても、必ず勝つ自信がある。
問題はその後だ。敵はゲーム時代の俺のライバルたち、俺と同等の技量を持つランク5のプレイヤーたちのコピーを召喚した。
今回攻めこんだときも、同じ手を使ってくる可能性が高い。
今のままでは、それで詰んでしまい敗北する。
ユーリ先輩は一撃で、彼らすべてを屠ったが俺にはそんな真似はできない。
女神の力を借りることができれば勝てるだろうが、女神は俺たちを送り届けるに精一杯で、それ以上の介入はできないと言われてしまっている。
なら、女神の力に頼らずとも数十人のランク5のプレイヤーを倒すだけの手札が必要だ。
それは、ランク5に成長した俺でも不可能だ。
なにせ、一人一人が俺と同等の技量と知識、経験を持ち合わせている。
「正攻法で行くなら、ソージとして俺が得た力、【蒼銀火狐】を使うしかないが、それにしたって限界はある」
ランク5の状態で、ゲーム時代には使用できなかった【精霊化】や【白銀火狐】を使えば圧倒できるとは思う。
だが、それは相手が少数の場合だけだ。
それに相手プライヤーだ。ただ強いだけでなく、狡猾なのだ。俺もそうだが、自分より強い相手との戦い方なんて当たり前に理解している。
ただ一人として簡単には倒されてくれない。
おそらく、戦闘開始後一分もしないうちに、こちらに時間制限があることを見抜いてくる。
そして、彼らは時間稼ぎに徹するだろう。
いかにスペック差があっても、防御に徹したプレイヤーたちを倒すには時間がかかる。
それに、彼らなら即席でも連携プレイを披露するだろう。
徐々に消耗させられ、【蒼銀火狐】の時間切れ。
あとは数の差に押しつぶされて敗北。
そんな未来が目に浮かぶ。
「……戦いになった時点で、勝算はない。だから、戦わない」
数十人のプレイヤーを倒すための方法は、この一週間の探索をしている間も考えており、すでに一つの魔術を開発していた。
いや、実はもっと前だ。
学園祭の日、白い部屋で数十人のプレイヤーたちと対峙したとき、即座に戦って勝つことなんて諦めていた。
数十人のトッププレイヤー相手に一人で勝てると思うほど、愚かでもなければ、彼らのことを馬鹿にしてもいない。
だから、戦わずに勝つ方法を検討し準備を始めていた。
ユーリ先輩に助けられたことでその準備は無駄になった。
だけど、今回の戦いにそのときの準備が活きている。
「……すでに検証までは、白い部屋の戦いの中で終わっていたのが効いたな」
実現可能だとわかっているからこそ、迷わずに新たな魔術を開発できた。
その魔術を使えれば、数十人のプレイヤーと対峙してもやり過ごせる。
ただ、一つだけ問題があって、魔術の基礎理論を完成させはしたものの、発動には莫大な魔力がいることだ。
ランク5になった今でもまだ足りない。
その問題を解決するための機能を、槍の外殻に持たせる。
「さあ、やるか」
槌を持ち、オリハルコンを始めとした数種類の金属、魔法生物の素材、魔石、それらを並べる。
頭の中に、すべての作業手順を浮かべて、シミュレート。
魔法生物の素材を使う場合、加える熱、力、時間、それらがわずかに変わるだけで性質が変化する。
一℃単位、一トルク単位、一秒単位での精密な作業が必要だ。
もちろん、錬金しながらの作業だ。
魔術制御もミスできない。
例えるなら、全力疾走しながらあやとりをするようなもの。
作ろうとしているものがものだけに、求められる精度が段違い。
極限の難易度。
だからこそ燃える。
以前の俺ならできなかった。
だが、ランク5になり、演算に余裕ができ、魔術制御が研ぎ澄まされた今ならできるはずだ。
俺はにやりと笑ってみせ、極限まで集中力を高め、気と魔力を練り上げる。
最終決戦の切り札、俺の誇りに賭けて作り上げる。
◇
作業を始めて、二時間ほどがたった。
俺は工房で大の字になって倒れていた。
「しんど」
設計を終えた段階で予想していたが、俺の想像以上に神経と魔力を使った。
無事、設計通りに武器は完成したものの精根尽き果てた。
もう二度とやりたくない。
というより、もう一度同じものを作れる自信すらない。
それほどの作品だ。
……これがあれば、敵が数十人のランク5のプレイヤーを出しても対抗できる。
腹の音が鳴る。
そろそろ昼食の時間か。
何かもらってこよう。ついでに、魔力回復量を高めるポーションをもらわないと。自然回復だと明日までに回復するかまずい量の魔力を使った。
そして、この槍の”充電”にさらに魔力がいる。
鍵を開けて、扉を開く。
鍵をしていたのは、部屋に誰かが入ってきて集中力を切らさないための配慮だ。
ついでに扉には『作業中、ノック禁止』と書いてあった。
「あっ、ソージくん。やっと出てきた」
「その顔、新しい武器は無事できたのね」
クーナとアンネがいた。
どうやら、部屋の前で待っていてくれたらしい。
「まあな。俺の最高傑作と呼べる武器ができたぞ」
自慢をしたかったので、思わせぶりなことを言ってみる。
「最高傑作ですか? 気になります。見せてください」
「ああ、これだ」
俺は懐に抱えていた、新たな外殻を見せる。
「今回はすごくシンプルなんですね」
「美しいわ。なんて滑らかな表面なのかしら。それに不思議な色合い。オリハルコンに似ているけど、オリハルコンじゃない。こんな金属は見たことがないわ」
今回の外殻は余計なものが何一つついてないように見える。
目的が、ランク5のプレイヤー対策で、その機能に特化しているため、派手なギミックがない。
だが、見た目とは裏腹に魔術技術、錬金術士のありったけをつぎ込んだ。
「見た目はシンプルだが、今まで作ったどの武器よりも中身は複雑だ。材質はオリハルコンに何種類もの素材を混ぜた合金、オリハルコンは魔力をため込む性質がもともとあるんだが、その性質を、極限まで強化するような合金にした」
この槍には俺三人分の魔力がため込める。
「そんなに魔力をため込んでどうするんですか?」
「俺の全魔力を使っても使えない魔術を使うためのバッテリーだな。この外殻の機能は魔力の外付けバッテリーだけじゃない」
それだけでもすごいが、それだけならこんな苦労はしていない。
「その外付けにした魔力を100%そのまま、持ち主の魔力として使うための機能を持たせた。外部の魔力を普通に使ったら、どんな一流の魔術士でも半分は魔力をロスするし、魔術制御にも多大な支障がでる。だが、こいつはロスがなく、制御にも問題がでない。文字通り自分の魔力として使える。俺の魔力研究の集大成だ」
剣士のアンネはあまり魔力・魔術の知識がないため、ピンと来ていない。
だが、クーナには俺の言葉の凄まじさが分かるようで、絶句していた。
外付けの魔力をロスなく、制御に影響も出さず自分の魔力として扱える。
これを公表すれば歴史的な発明となるだろう。
そもそも魔術士は潜在魔力と、放出可能な魔力に大きな差がある。タンクが大きくても、一度に外に出せる量が少ないという魔術士も少なくない。
……この機構の素晴らしいところは、外に巨大なタンクを用意して常日ごろからため込み、そしてため込んだ魔力をすべて一度に放出できること。
通常の魔術士の何十倍もの威力の魔術が使える。
もっとも、その魔力を制御できるかは別問題だが。
「ソージくん、そんなことが本当にできるなら、その槍の秘密を求めて、戦争が起きますよ。その槍の秘密を手に入れた国が、この世界の覇者になります」
「だな、だから誰にも言わない。これは外に出たらだめな発明だ」
基礎理論自体は、ゲーム時代に完成していた。
俺を含めた四人のトッププレイヤーが組んで、開発した。
とあるプレイヤーがゲーム時代に公表したとき、実際にクーナが言ったようなことが起こっている。
プレイヤーたちのデータベースには禁忌発明という項目があり、公表することで世界を大混乱に陥れた発明一覧が並んでいる。
こいつはその一つだ。
「さあ、十分見ただろう。昼飯にしよう。朝から頑張りすぎて腹が減った」
この槍は、必ず最終決戦で役立ってくれる。
最終決戦に向けて、限界まで魔力を注ぎ込んでおかなければ。
◇
夜になり、女神によって封印都市に【転移】させられた。
今日は封印都市で夜を過ごして、明日には転移する。
最後の夜だ、楽しみ尽くさないと。
「ソージくん、ずっと槍に魔力を貯めていますが、大丈夫ですか?」
「聖域の効果と、最上級の自動回復量強化ポーションのおかげで、ぎりぎり明日の出発までには魔力が回復しきる」
「……その槍、とんでもない魔力が込められていますよね。ランク5のソージくんが、ずっと魔力を注ぎ続けているんだから」
「まあな、それでもたった一発の魔術のためなんだ。うまく嵌れば、一気に戦況が傾く」
一応、対プレイヤーようの魔術に使うつもりだが、プレイヤーが現れなかった場合は、純粋な破壊のための魔術にするつもりだ。
「でも、良かったわね。女神様がわがままを聞いてくれて」
「ちょっと、嫌そうな顔をしていたけどな」
俺は苦笑する。
本当なら、封印都市から直接、敵の本拠地へと【転移】するはずだったが、深夜になれば一度女神の聖域に連れ戻してもらうことになった。
理由は簡単。
槍への魔力の充電量を高めるために、聖域による魔力の回復量の増加を続けたかった。
女神には、だったら封印都市に行くなと言われる覚悟をしていたが、彼女は俺たちの気持ちを汲んでくれた。
フードで顔を隠した俺たちは、思いでの酒場に向かう。
店に入ると、相変わらず繁盛していた。
あの日のように、明るい声で俺たちを出迎えてくれる。
縁起を担いで、パーティを結成したときと同じメニューを頼む。
「ソージくん、やっぱりここのごはんは美味しいですよね」
キツネなのに、リスのように頬を膨らまして、クーナが幸せそうな声を上げる。
「だな、安くて、量が多くて、うまい」
「それに元気が出る味よね」
冒険者向けに、油っぽくて、濃いめの味付けだ。
だけど、それだけじゃなくて美味しく食べれるような工夫が凝らされている。
最初は、おのおの好物の酒を頼む。
そして……。
「良かったな。エルシエワインなんて、いつも品切れなのに」
「きっと、神様が私たちにがんばれってエールをくれたんですよ」
「本当の神様に応援されているのに、見えない神様まで力を貸してくれるなんて贅沢よね」
エルシエワインが運ばれてくる。
俺たちは、かつてこのエルシエワインを飲みながら、【尻尾の魔剣】を結成した。
グラスにワインを注ぎ、グラスをぶつけ合う。
喉に、エルシエワインを流し込むと優しい甘さが体に染みわたっていく。
やっぱり、エルシエワインはいい。
「クーナ、アンネ、全部終わったらまた来よう」
「はい! もちろんです」
「私たちは、まだまだこれからよ」
三人で笑いあい、美味しい食事と酒を楽しむ。
明日があるので、ほどほどで俺たちは切り上げ、女神の屋敷に戻った。
やれることは全部やった。
あとは自分を、そしてクーナとアンネを信じるだけだ。




