第十話:皇帝竜との死闘
いよいよ、女神のダンジョンの最終日となる。
クーナとアンネはランク4に至り、俺自身もすでにランク5になれるだけの魔石を吸収している。
最終日はダンジョンで最強の存在に挑む。
そのために、ボスの居場所まで魔物を避け続け、消耗を避けてやってきた。
戦いの前に食事を済ませておく。
昨日作っておいた、黒竜の尻尾を使った燻製肉のサンドは美味しく、決戦に挑む前に力を与えてくれた。
うまく匂いが消せており、燻製は成功だった。
木々の間を駆け抜けていく。
そして、森の中央にある巨大なすり鉢状の孔、その中央にそいつはいた。
それは青い竜だった。
竜にしてはあまりに小さい、二メートル弱といったところだっただろう。
その竜は二本脚で立っている。
竜人という言葉が頭に浮かぶ。
……ゲーム時代にもいた魔物であり、最強クラスの魔物として恐れられていた。
ランク5、エンペラードラゴン。
奴のことを知っていて良かった。
初見なら、おそらく勝てなかった。情報を知り、対策をしているからこそ勝ち目が見えてくるほどの難敵。
「クーナ、アンネ、打ち合わせ通りやるぞ」
「ばっちりです」
「ええ、なんどもイメージトレーニングしたわ」
下見の段階でエンペラードラゴンとわかっていたので、アンネとクーナにもしっかりと情報を共有し、綿密な打ち合わせをしている。
「それから……」
「情報を叩き込みはしても、妄信するなってことですよね」
「それも含めて、理解しているつもりよ。ソージが知っているころより強くなっていたり、新しい技が増えているかもしれない、そのことは常に意識するわ」
二人とも、本当に成長している。
今更、俺がガミガミいう必要もないようだ。
「合格だ。なら、行くぞ」
「はい!」
「ええ!」
俺たちは三人ですり鉢状の孔を降りていく。
青い竜人、エンペラードラゴンがこちらを見る。
すさまじい圧力を感じる。皇帝竜の名は伊達じゃないようだ。
奴と目が合った瞬間、両手を前に突き出す。
切り札の一枚を開幕から使うのだ。
ボス系の魔物は不思議と、相手の領域に入らない限り仕掛けてこないという性質を持つ。
それゆえに、足を踏み入れるまでに準備ができる。
俺が組み上げた術式は【銀龍の咆哮】だ。
構築に時間がかかる魔術だが、こうやって足を踏み入れる直前に完成させておけば、開幕から使用できる。
さあ、開戦の合図に派手な花火を咲かせよう。
「【銀龍の咆哮】」
掌で極限まで圧縮されたマナが崩壊し、内に秘めたその力を解き放つ。
その力を束ね、敵にぶつけることですべてを消滅させる。
数ある魔術の中でも、最大威力を誇る必殺。
俺の放った【銀龍の咆哮】が青い竜人を捉える。
回避不能のタイミング。
今まで、【銀龍の咆哮】は当りさえすればすべての敵を倒してきた。
だが、すべてを消滅させる光が阻まれた。
いや、違う。
正しく言うのであれば、強大な力と対消滅している。
「狙い通りだ。厄介なその守り、はぎ取らせてもらう!」
エンペラードラゴンは、【竜の玉座】という、強力な守りの力をもっている。
一定以下の威力の攻撃をすべて遮断する厄介な能力だ。
俺の技と魔術であれを貫けるのは、【銀龍の咆哮】のみ。
マナの崩壊現象で生まれた光が止む。
わずかに、エンペラードラゴンの肌が焦げていた。
忌々し気に、エンペラードラゴンが睨んでくる。
傷は浅い、浅いが……。
俺はにやりと笑って見せる。
「十分だ」
【銀龍の咆哮】は無駄ではない。
なぜなら、相手の【竜の玉座】を消滅させた。
【竜の玉座】は一定以下の威力の攻撃をすべて遮断するが、一度貫けば失われる。
開幕だからこそ、当てられた。
戦闘が始まれば、こんな大技を当てるのはほぼ不可能だ。
クーナとアンネがそれぞれの切り札を放ちつつ、肉薄する。
クーナは九尾の火狐となり、八本の黄金の火柱を背負い、アンネは全身まで侵食させた【第二段階解放】を行っている。
そして、出し惜しみしないのは俺も一緒だ。
「【白銀火狐】!」
クーナが九尾の火狐化したことにより、体内にストックしていたクーナの変質魔力が暴れ始める。
それを抑えるのではなく、さらに活性化させていく。
体が作り替わっていく。人間から火狐へと。
銀色の炎が全身を覆い、炎の支配者として生まれ変わる
疑似的な九尾の火狐化、それこそが俺の【白銀火狐】。
「重ねて……【紋章外装】」
常に持ち歩いている、【浄化】をしたときに取り除いた瘴気の塊、その力を全身に纏う。
瘴気を魔術的な意味を持たせた文字の羅列として体に刻むことで制御する。
本来、探索者にとって毒でしかない瘴気を己が力とする、この世界で俺しか使えない切り札。
その力が、銀の炎と混じり合う。
疑似九尾の火狐化によって得た力と、瘴気と、混じり合わない二つを俺の魔力と魂をもって結び合わせる。
そして完成するのが、俺の切り札。
「【蒼銀火狐】」
俺の魂の色に染まった蒼い炎が周囲を照らす。
ゲーム時代ですら使えなかった。この世界に来た俺にだからこそ使える力。
……もともと、強大な負荷がかかる【白銀火狐】と【紋章外装】の併用ゆえに、その負担は想像を絶する。
限界使用時間は万全の体調でも、五分二十秒。
ランク5相手に、その時間しか戦えないのは心元ないが、これこそがもっと勝率が高い方法だ。
エンペラードラゴンが相手であれば、長期戦になった時点で敗北が決まる。
【銀龍の咆哮】で砕いた【竜の玉座】は砕かれてから約四分で復元される。
あれをもう一度割るのはほぼ不可能、四分以内にけりを付けなければ敗北する以上、出し惜しみすることに意味はない。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
エンペラードラゴンが咆哮する。
ただの咆哮ではない衝撃波だ。
威力はさほどないが、広範囲で躱せない。
衝撃波に飲み込まれ、俺たちは身動きが取れなくなる。
奴が消えたと思った次の瞬間にはアンネの前にいた。
アンネが目を見開いて、両腕でガードをする、その直後、殴られて吹き飛び、壁に体がめり込む。
「かはっ」
あのアンネが反応できない速度。
しかも、人型故に的が小さく攻撃が当てずらい。
そして、当然だがエンペラードラゴンの強みはこれだけじゃない。
エンペラードラゴンが立ち止まり、己の牙を腕に突き立てると血がぽたぽたとこぼれる。
すると、血の水たまりから竜種の魔物が次々と生まれる。
皇帝竜は体内に無数の竜を宿している。自傷だろうが、こちらの攻撃だろうが、血が流れれば魔物が溢れ出る。
今回はランク4の魔物が一体に、ランク3が四体か。
あいつが生み出す魔物はランク4~ランク1が合計五体。
ランク4が一体で済んだのは運がいい。
「クーナ、一番でかいのを任す」
【精霊化】のみしか使っていない状態のクーナなら、ランク4を一人で相手にするのは厳しいが、九尾の火狐化している今なら任せられる。
「はい、ソージくんは雑魚とボスを頼みます!」
クーナがランク4のタイラントドラゴンを相手にし、俺は雑魚を蹴散らしながらエンペラードラゴンに肉薄する。
レッサードラゴンの顎を蹴りぬき、ランク3のスプレッドワイバーンにナイフを投げて額を貫き、ようやく槍の届く距離まで来た。
炎を纏わせた槍で突くと、奴は気を纏わせた拳を突き上げる。いや、ただの気じゃない。
竜種の中でも極めて強大な力をもつ魔物だけが使える【竜王闘気】だ。
槍と拳がぶつかった。
大気が震える。
「ちっ!」
「GYUAAAAAA!」
ランク5の魔物が持つ力と、【蒼銀火狐】を発動した俺の力はほぼ互角。
膨大な力と力によって衝撃波で周囲地面が割れた。
俺の連続突きとエンペラードラゴンの拳、一撃必殺の威力を宿した一撃同士が何度も何度もぶつあり合う。
槍で拳を貫けないとは……少し自信がなくなるな。
しだいに押され始める。
拳と槍では、拳のほうが戻しが早い。
力が互角でも、その差により対応が遅れていく、徐々に体勢が崩れて、槍が手打ちになった。
力の通わない槍と拳がぶつかり合い、大きく弾き飛ばされる。
エンペラードラゴンがさらに踏み込んでくる。
槍を引き戻すが、迎撃が間に合わない。
エンペラードラゴンの拳を包む輝きがより強大になる。
俺を仕留められると踏んで、防御に回していた【竜王闘気】までも拳に集中した。
連続攻撃重視から一撃重視に切り替えたようだ。
……だが、それゆえに全身を包んでいた【竜王闘気】は薄くなった。
俺が体勢を崩したのは誘いだ。
引き戻した槍を突くのではなく、継ぎ目を指ではじいて、刃を引き抜く。
機械魔槍ヴァジュラは三つの姿を持つ、外殻を付けた巨大な馬上槍。
外殻を取り外した真の姿、使い勝手のいい両手槍。
そして、槍に隠された直刀。
槍で間に合わない迎撃も、刀であれば可能だ。
神速の居合抜きでもって向かい打つ。
放つは神速の一撃。
「【瞬閃】」
俺が放ちうる最速の抜刀技が竜の肌を切り裂いた。
【竜王闘気】で守られていては、大したダメージにならないが、拳に力を集中した今ならば大ダメージを与えられる。
いい手ごたえだ。
傷は深い、血が噴き出て、たまらずエンペラードラゴンが距離を取った。
その背後に、影が現れる。
「【斬月】!」
背中を深々とアンネが切り裂いた。
「GYUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
エンペラードラゴンは咆哮しながら全方向の衝撃波を放ち、俺とアンネは吹き飛ばされる。
「ソージの言った通りね。正面から行けば隙はほとんどないけど……一度倒したと思えば、意識が外れる」
「よく今まで我慢してくれていたな。いい不意打ちだ」
戦いが始まるまで、クーナとアンネにはそれぞれに役割を与えていた。
クーナには奴の血から現れる取り巻きの駆除。
そして、アンネには序盤にわざとダメージを受けて、奴の意識から消え、確実に大ダメージを与えるタイミングでの不意打ちを頼んだ。
アンネはうまく消えていた。
エンペラードラゴンが【竜闘気】を全身に纏いつつ、威嚇音を出す。
奴は傷から大量の血を流す。
その血から、ぞくぞくとドラゴンどもが出てくる。
ランク4が三体、ランク3が七体、ランク2が四体、ランク1が五体。
まだ増える。
その竜どもが、捨て身で襲い掛かってきて、押し流される。
時間がないというのに、奴に近づくことすらできない。
クーナも合流し、三人で襲い掛かる雑魚どもを迎え撃つ。
「うっとうしいです。時間がないのに、前に進めません」
「聞いていた通り、厄介な敵ね」
「だが、俺たちは追い詰めている」
……エンペラードラゴンの厄介な点はその鉄壁の防御だ。
【銀龍の咆哮】すら受けきってしまう【竜の玉座】を貫かねば、そもそもダメージを一切与えられない。
その守りを貫いても、あいつは身体能力とすぐれた格闘術があるため、攻撃を当てるのにも一苦労する。
さらには【竜王闘気】という魔術、物理、どちらも弾いてしまう強力な気を纏っている。
仮に傷を付けれたとしても血から次々に魔物が生まれて、戦況はどんどん悪くなる。
それも、雑魚ではない。ランク4という強大な敵までいる。
まだある。【竜の玉座】を苦労して砕いても、四分後には復活、【竜王闘気】はただでさえ強力な自己治癒力を強化する。
持久戦になった時点でどうしようもない。
だからこそ、策を用意していた。
最初に、【竜の玉座】を破壊し、アンネを潜ませて大打撃を与えるチャンスを伺わせていた。
大振りを誘って槍のギミックを使って不意をついたのも作戦だ。なまじ、技量があるだけに、あのタイミングで確実に仕留めようと【竜王闘気】を拳に集めるという判断をしてしまった。
ようやく、傷が塞がり魔物の出現が止まった。
あいつの周りに取り巻きが数体いるが、大多数は処分し終わった。
これなら、攻めに転じられる。
「クーナ、アンネ、ここまでは予定通りだ。残りの取り巻きは頼む。俺は今からあいつを仕留めてくる」
「任せてください。雑魚は倒し尽くしますよ!」
「ソージは、あいつを倒すことだけを考えて」
頷き、走る。
敵に向かて一直線、進路を塞ぐ竜をアンネが切り伏せて、死角である頭上から襲ってくる竜をクーナの炎が貫く。
……頼りになる仲間だ。
エンペラードラゴンと再び目が合う。
高度な知能を持つがゆえに、奴には感情がある。
最初に浮かんでいたのは上位者としての余裕だったが、今では恐れだ。
鉄壁の守りをいくつも持っているがゆえに、追い詰められたことがないのだろう。
クーナとアンネ作ってくれた道を駆け抜け、奴と対峙する。
槍に力を込める。
……【蒼銀火狐】を使用してから、すでに三分二十秒経っていた。
【蒼銀火狐】の限界維持時間は、万全の体調で五分二十秒だが、おそらくあと一分が限界だ。
ここが最後のチャンス。
「はあああああああああああああ!」
槍を放つ。
奴が拳で迎撃する。
「GYUAAAAAAAA!?」
エンペラードラゴンが悲鳴をあげた。
槍が拳を貫いたのだ。
奴は気付いていなかった。
【竜王闘気】は強力だ。
しかし、気には変わりない。気を練るのは精神状態が大きく影響する。血を流しすぎれば意識は散漫となる。
何よりやつは怯えてしまった。
それではうまく気を練れるはずもない。
そのような中途半端な気で俺の槍を止められるものか。
二の槍、三の槍を放ち追い詰める。
返り血から魔物が生まれるが、無視する。
アンネとクーナを信じている。
俺は雑魚どもを任せると言った。なら彼女たちがなんとかしてくれる。
そして……。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
やつの【竜王闘気】が爆発した。
凄まじい量だ。
相変わらず、練りは甘くなっているが量がとんでもない。
怯えた心と、血を失い朦朧とした意識でそれを可能にしたのは恐怖と生存本能。
死にたくない、その想いが己のすべてを引きづり出した。
吹き飛ばされそうになるのを足を踏み込んでとどまり、槍を放つが弾かれてしまう。凄まじい硬さだ。
普通の攻撃で、今のこいつを貫くことはできない。
……時間さえあれば対応は簡単だ。
死の恐怖で無理に力を引き出してはいるもの、これだけの【竜王闘気】の放出、長くはもたない。
距離をとって力尽きるのを待てばいい。
だが、それができない理由があった。
俺の【蒼銀火狐】の時間切れが先だ。
その状態で、エンペラードラゴンの【竜の玉座】まで復活すれば詰む。
あの守りを貫くしかない。
極限状態、最後の最後に頼るのは一つだけだ。
俺の代名詞。
もっとも信頼するのあの技を使う。
大地を踏みしめる、神経を指の先まで張り巡らせる。いや、槍の先まで通わせる。
そして、放つは……。
「【神槍】!」
槍を使った最速・最強の魔術を起動する。
この魔術は、全身の力を使った理論上最速の突き。
極限まで無駄を省き、最短距離に最速の槍を届けることだけを目的に作りあげた最強の魔術であり槍術。
一歩、足を踏み出して、槍を突き出すだけ。だが、足から腰へ、腰から腕へ、腕から手へ、手から槍へ、芸術的な力の連動が螺旋を描く、さらに【神槍】は【身体能力強化・極】の先を行く。
【身体能力強化・極】は必要なところに、魔力を集中するだけだが、【神槍】は体重移動に合わせて全魔力を注ぎ込む。筋肉繊維一本一本を意識し身体の動きに連動し、刹那のタイミングで稼働筋肉のみに全魔力を集中する。
当然のように度を越えた魔術の反動は体を蝕み、壊していく。
だが【神槍】はその神速をもって身体が壊れるまでに槍を届かせる。
究極の槍を目指し俺が作り上げた到達点。
「はああああああ!」
叫びと共に、【竜闘気】の鎧を幾重にも重ねたエンペラードラゴンの胸を貫いた。
俺の【神槍】が絶対防御を破ったのだ。
槍を引き抜くと、エンペラードラゴンが息絶え、俺の【蒼銀火狐】が強制解除された。
すべてを出し切った、ぎりぎりの戦いだった。
後ろを見ると、エンペラードラゴンの力で生まれた魔物たちも消えていく。
「終わったか」
エンペラードラゴンの消失と共に、体内に凄まじい力が渦巻く。
ついに来たか。
もう何度も味わった感触だ。
力が湧いてくるなんて生易しいものじゃない、自分が作り替えられて進化していく。
ランク5へ変化する際の負担はひと際大きい、なにより、俺が消耗しすぎている。
【蒼銀火狐】で弱り切っている体に、この衝撃は毒だ。
もう、耐えられそうにない。
……あとはクーナたちに任せるしかないか。
ボスのいるエリアにはほかの魔物は絶対近づかない。ここに居れば安全なはずだ。
「クーナ、アンネ、悪い。あとは頼む」
慌てて駆け寄る二人の顔を見ながら、俺は意識を手放した。
目を覚ましたとき、いったい彼女たちはどんな顔をしているだろう。




