第九話:探索者の憧れの飯
第二階層は広大な湖が配置された森林だった。
そして、予想通りランク4の魔物が多く生息している。
第二階層に足を踏み入れて四日目。
長かった女神のダンジョン探索もついに明日が最終日だ。
これまで激戦に次ぐ激戦だ。
体の疲労も精神の疲労も蓄積をしており、それを隠すことも難しくなっている。
全員、ランク4になっているとはいえ、ランク4の魔物は一筋縄ではいかない。
なにせ、クーナとアンネが命がけで戦った黄金神殿のボスがうじゃうじゃいるようなものだ。
一匹倒せば終わりではないから、一度に使えるリソースは限られる。
次を考えながら戦うというのは思いのほか負担になる。
それでも、俺たちは魔物を倒し続けていた。
……そして、今も。
上空を見上げる。
音速に近い速度で闇の竜が旋回しつつ、闇と炎の二重属性のブレスで狙ってくる。
高度、一千メートル。あそこまで高く飛ばれるとクーナの【剛炎弾】すら届かない。
走り回って避けるが、完全には躱しきれない。
ブレス自体が高速なのもあるが、爆発型のブレスで地面にクレーターができ、広範囲に爆炎が広がる。
あんな魔物、ゲームのときも見たことがない。
「ううう、ソージくん。ランク4の魔物こんなのばっかです」
「ええ、これが雑魚とは信じられないわね」
気持ち的には一戦、一戦がボス戦のようなものだ。
このままではなぶり殺しにされる。そうでなくてもこれだけ派手に暴れているのだ。
臆病な魔物は逃げるが、近くに好戦的な魔物であれば近づいてくる。
黒竜だけで精一杯だというのに。
「二人とも、増援が来たら逃げることを最優先だ」
「了解です!」
「そうするしかないわね」
増援すらもランク4の魔物なのだから。ここでは、三体以上、魔物が現れたら逃げることを最優先にしている。
そうしないと死ぬ。
俺は走りながら、黒竜を落とすための準備を進めていた。
やられっぱなしは性に合わない。
「クーナ、あれを仕留めるためにじっくり狙いを付けたい。守りを任せる」
高度一千メートルの敵であろうと、攻撃を届かせる手段はある。
ただ、大技ゆえに集中が必要だ。
「任せてください! あれを撃ち落としてくれるならなんだってします!」
クーナを信用した俺は、その場で足を止め、集中力を高める。
魔力で視力を強化し、天の黒竜を睨む。
あそこまで届く攻撃を用意するだけでも難しいが、一千メートル先で音速飛行する相手に当てるのはさらに難しい。
通常の手段では無理だ。
攻撃に使う魔術とは別に命中させるための魔術を使用する必要がある。
使用する攻撃魔術は【銀龍の咆哮】。
マナの崩壊現象を利用した超火力の一撃。
あれなら届くし、多少威力が減衰しようと関係ない。
そして、命中させるための魔術を使用する。
【自動照準】。
情報を集めるセンサーと命中させるための演算を組み合わせた高度な魔術。
敵の速さ、スタミナ、残魔力、行動パターン、環境要因、こちらの攻撃手段の特性、それらすべてを演算し、射撃精度を上げる。
以前の俺であれば【銀龍の咆哮】の制御だけで精一杯で、補助魔術の併用なんて不可能だった。
だが、ランク4になり演算能力が増した今、それぐらいはできる。
情報の収集、演算が完了した。
あとは魔術を放つだけでいい。
天空から視線を感じた。
それと同時に、黒竜が明確に俺めがけて、闇と炎のブレスを放ってくる。
どうやら、膨れ上がった魔力を感じ取り、俺を脅威とみなしたようだ。
……ランクが高い魔物は知能も危機感地能力も高い、こういうところも厄介だ。
落ちてくる炎のブレスを迎え撃つべく、クーナが天に向かって手を伸ばす。
「そこまで届かなくても、そっちの炎を撃ち落とすぐらいはできます!」
クーナが炎の弾丸を放ち、空中で黒竜のブレスとぶつかりあい、空中で大爆発。
爆炎が広がり、視界がゼロになる。
「きゃっ、ソージくん、ごめんなさい」
「心配するな、見えている! 【銀龍の咆哮》」
爆炎で消えた視界の中、両手で竜のアギトを模して、光の帯を放つ。
極限まで圧縮されたマナが崩壊し、内に秘めるすべての力が炸裂した。
それはすべてを消滅させる光。
爆炎で視界はゼロだが、すでに【自動照準】により【銀龍の咆哮】が到達する際に、黒竜がいる場所はわかっている。
【自動照準】は敵が未来にいる位置を予測する。
光の帯が天に昇り、雲を割いた。
そして……。
「命中だ」
胴体がごっそり消え去った黒竜が落ちてきた。
また、一体ランク4を屠ることができた。
今回はかなり神経をすり減らされた。
「ソージくん、やりましたね」
「だな」
「……やっぱり魔術はいいわね。こういう相手だと私は何もできないもの」
アンネがどこか悔しそうに、胴体がくり抜かれた黒竜を見る。
彼女の言う通り、黒竜との戦いでは彼女は活躍で来ていない。
遠距離攻撃には魔術がいる。
斬撃を飛ばすなんていうのはファンタジーの世界だ。
趣味でそのための魔術を作った奴もプレイヤーの中にいたりするが。
「恥じることはない適材適所だ。魔石を拾ったら、すぐにここを離れよう。騒ぎを聞きつけた魔物が来る前に離れたい。これ以上の連戦は無理だ」
この黒竜との戦いすら、すでに連戦のあとだ。
さきほどまでは、地獄の番犬ケルベルスなんて化け物と戦い、一息つこうとしたタイミングで襲われた。
全員、疲れて果てているし、魔力の残量もまずい。
クーナがキツネ耳をぴくぴくと動かす。
「東から魔物が近づいてきています」
「なら西へ向かおう」
急いで、魔石を回収して俺たちは西に向かい始める。
「ソージくん、何をしているんですか!? 置いていきますよ」
「先に行ってくれ。ちょっと付近を調べたい。すぐに追いつく」
「絶対、すぐにですよ」
俺は黒竜の死体を見る。
魔石以外にも、こいつからはまだもらいたいものがある。
ある意味、それは冒険者の憧れだ。
クーナたちの驚く顔が見れるかもしれない。
◇
その後に二度ほどランク4の魔物を倒し、日が暮れたので野営を始めた。
第二階層に来てから四日の間に安全なポイントを見つけている。
滝に隠された洞窟。
ここには魔物が近づかない。
「今日もぼろぼろになりましたね」
「まあな。ランク4と戦い続ければこうなる」
すでに持ち込んだ回復アイテムの類は使い尽くした。
加護を回復させるポーションも、今使ったもので最後だ。
食料のほうも心もとない。魔物肉を食いながらでも主食の類や、補助食は持ち込んだものを使うしかない。
消耗品の状況もまずいが、他にもまずいものがある。
「やっぱり、間に合わせじゃこうなるよな」
白い部屋えへと【転移】させた先で砕かれてしまった機械槍ヴァジュラの外殻は修理は不可能だった。
代替品が必要だったので作ってみたが、時間と設備の制約からしっかりしたものを作ることはできなかった。
満足の行く性能ではないが、それなりに役に立ってくれていた。
それがとうとう壊れてしまっている。
おかげで、今日は途中からずっと第二形態であり両手槍形態で戦っていた。
「そっちでも十分強いし、いいじゃないですか」
「同感ね。両手槍と直刀、どちらも強いわ」
「……まあな。だけど、今日も破壊力が欲しい場面があったしな。欲を言えば、しっかり作り直したかった。まあ、ないものねだりだ」
外殻を作り直したいという思いは当初からあった。
ここに来るか、材料を収集し、外殻を修復するか、どちらかしない状況だったから前者を選んだ。
アンネとクーナのランクを上げるほうがずっとメリットが大きい。
その判断に後悔はない。
「さあ、今日は最後の夕食だ。最後だからとっておきのものを使う。なんと、竜の肉だ。さっきの黒竜から尻尾の柔らかい部分を持ってきた」
「あっ、さっき消えたと思ったらそんなものを取りに行っていたんですね」
さっき、クーナたちを先に行かせてまで回収したのがこれだ。
魔術で肉を解析してみると、体のほうは闇の力やら、毒やらに侵されて猛毒だったが、尻尾の先は安全だったので回収した。
「それ、食べれるんですか?」
「ただの竜じゃなくて、闇の竜よね」
二人がいぶかし気な顔を見ている。
竜を食べるなんて発想がないのだろう。
ましてや闇属性なので、警戒心がさらに強くなっている。
「毒がないことは確認しているし、肉質も良さそうだ。まあ、嫌ならいいが。今日戦った連中で、食えそうなのこれだけだったしな」
ランク4の魔物は、なぜか食べられる魔物が少なかった。
手持ちの食料が尽きかけているのは、それも原因の一つ。
全身が毒だったり、固すぎて食べられなかったりがほとんどなのだ。
「……食べます。スープとパンだけじゃ力がでないです」
「そうね。ソージが調べて大丈夫なら、味はともかく食べられるはずよ」
「何事も経験だ。さすがに俺も竜なんて食べ事ないしな。竜を食べたって言えば、どこかで自慢できるかもしれないぞ」
案外、柔らかそうなのでステーキにしてみよう。
それなりに分厚く切った。
臭みがあるので、カレー粉を揉みこむ。
この一週間でさんざんお世話になったカレー粉はこれで最後だ。
どんな肉でも美味しく食べさせてくれたカレー粉は、また調合しよう。
これは探索には最適だ。
「さてと、肉だけじゃ寂しいな」
肉にカレー粉を馴染ませている間に、付け合わせのスープを作ってしまう。
大きな湖があるから、水には困らない。【浄化】さえすれば飲める。
スープには乾燥野菜を使って具にする。
そして、スープが煮立ってきたころステーキに取り掛かる。
「ああ、いい匂いがしてきました」
「そのスパイス反則ね。それさえあれば何を材料にしても美味しくなるのだもの。……売りだしたら、大ヒットしそうね」
「まあな、他の探索者が欲しがりそうだ」
これを売り出すか。
いいかもしれない。商店と契約して、マージンをもらいつつ売り出せばひと財産になりそうだ。
自画自賛になるが、これほど見事なスパイスの調合はなかなかできる者はいない。
コピー商品も出回りにくいだろう。
平和になったあとなら、商売に手を出すのも面白そうだ。
一度、本気で考えてみよう。
だけど、今は目先の料理だ。
両面をしっかり焼いたあと、弱火でじっくりと中まで火を通す。
ステーキはレアのほうが好きだが、牛肉などと違って、レアで食べるのは魔術による解析で毒がないことを確認できていても怖い。
よし、焼き上がりだ。
皿に肉を盛り付けて、スープと一緒にみんなに渡す。
「さあ、できたぞ。見た目は旨そうだし、香りもカレーのおかげで合格だ。問題は味だが、食べてみるまでわからない」
いつもは味見するが、こんな面白いもの三人で同時にチャレンジしたい。俺が先に確かめたら興ざめだろう。
食べないという選択肢はない。
魔術で解析したときに安全で、しかも栄養はあるとわかっている。
しっかり肉を食って最終日に備えたいのだ。
ごくりとクーナが生唾を飲んだ。
見た目は美味しそうだが、躊躇している。
俺たちは頷きあって、それぞれナイフでカットした。
みんな一斉に口にする。
噛んだ瞬間、カレー粉でも消しきれなかった臭みが広がってうっとする。
すごく獣臭い。だけど、カレー粉での抑制のおかげでぎりぎり我慢できるレベルだ。
カレー粉がなければとても食べれたものじゃない。
肉は、弾力があり噛みしめると肉汁が出てきた。
味は、すごく濃い。……そして美味しい。
カモ肉のような味がする。それも、上質な。
それに、尻尾だけあって牛テールのようにゼラチンの旨味がある。今回はステーキにしたが煮込みのほうが美味しいかもしれない。
驚いた。闇属性の竜だから、すごい味がするかもと思ったが味はいい。
ただ、ちょっと癖が強い、血の味も濃すぎる。
苦手な人は苦手そうだ。
「これ、美味しいです! どんどん追加で焼いていきましょう!
キツネの血が滾ります!」
「それはいいが、もうカレー粉がないぞ。かなり獣臭いが食べられるか?」
「これだけ美味しいなら我慢します! 私、好きです。野性に目覚めます。もぐもぐ」
さすはキツネ耳美少女だ。
血なまぐさいのや獣臭いのは元から耐性があるのだろう。
「私は一枚だけでいいわね。確かに美味しいのだけど、どうしても獣臭いのが気になるわ。カレー粉なしだととても食べられないわね」
「俺もきついな。クーナ、お代わりを焼くからには絶対に食べろよ」
「任せてください! 二人の分まで食べちゃいますから」
そこまで言うなら、大盛りにしよう。
クーナの肉を焼きながら、明日の昼飯の準備もしておこう。
最終日は、忙しくなる。
食事を作る余裕もないし、今日の内に弁当を作っておかないと。
「ソージ、何を作っているのかしら?」
「明日のための昼飯だ。臭みを消すのはスパイスだけじゃない。今日集めた薪はなかなかいい香りがしているだろう? これで燻製にすればカレー粉に頼らなくても、匂いを消せると思ってな」
最後のパンを使って、サンドイッチにすれば明日の昼飯にはちょうどいい。
それが、このダンジョンで食べる最後の食事になるだろう。
「料理が美味しいのはうれしいけど、ソージを見ていると女性としての自信を無くしてしまいそうになるわ。……全部終わったら、そっちもがんばってみたいわ」
「それがいい。剣以外の生きがいもこれからは重要になるかもな。何より、俺がアンネの手料理を食べてみたい」
アンネは十分強くなった。
もちろん、これからも剣は鍛えていく。だけど、それだけじゃなくて世界を広げてほしい。
「ええ、剣も、それ以外もがんばっていくわ。……オークレールの再興と、そして私たちの幸せのために」
いい言葉だ。
かつての、オークレールの再興以外何も見えず、苦難の道を歯を食いしばり歩いていたアンネからは想像もできない。
きっと、変わったのはアンネだけじゃなく、俺とクーナもだろう。
この三人で旅をして本当に良かった。
◇
食事が終わったあとは魔石タイムの時間だ。
「今更だが、これで本当に良かったのか?」
「もちろんです。誰か一人なら絶対ソージくんです」
「私たちの中で最強はソージよ。なら、ランク5になるのはソージよ」
第二層に入り、ランク4の魔物たちと戦い、より強い魔石を手に入れるようになった。
ただでさえ莫大な力を内包したランク4の魔石が、特別なダンジョンであるがゆえに通常の数倍の魔力を宿しており、その力は筆舌にしがたい。
だが、二階層に来て、最初の日に狩りの成果を見て気付いてしまった。
……たとえ、その日以上の成果をあげれたとしてランク5にできるのは、一人が限界だ。その一人すらも届くか怪しい。
いかに数倍の力を持つ魔石だとしてもランク5というのはそれほど遠い。
そのことを二人に話したところ、二人とも俺がランク5になるべきだと話した。
だから、初日から今まで、第二階層で得た魔石のすべてを俺だけが使ってきたのだ。
「わかった。今日の成果を併せれば、おそらく必要なだけの力は手に入る」
魔石を次々に吸収していく。
凄まじい快楽で全身が痺れる。力を注がれた細胞が歓喜の声をあげる。
変な声をあげそうになるのをぐっとこらえる。
「アンネ、ソージくんの魔石をこらえる表情、ちょっとエッチですよね」
「ええ、少し興奮してしまうわ」
「……男がそういうことを言われても、少しもうれしくはない」
クーナとアンネが顔を赤くしながら、魔石を吸収する俺を見ている。
そして、最後の一つ。
これで終わりだ。
自らの体を魔術で調べていく。
計算通りだ。ランク5になるための準備は整った。
ここまでくれば必要なのは追加の魔石ではなく、器を広げるためのぎりぎりの戦い。
……実のところ、その目星はつけてある。
第一階層の最後にボスがいたように、このフロアにもボスはいる。
下調べで姿も確信した。
ランク5の魔物。
あれを倒せば、俺はランク5に至るだろう。
「一週間の特訓の最終決戦、緊張しますね」
「ええ。でも、今回は三人で挑むのよ。きっと勝てるわ」
実は俺も緊張していた。
ランク5の魔物は強い。それもとてつもなく。
それでも三人でなら勝てるだろう。
勝って、ランク5になる。そして、二人を守る力を手に入れる
。
「じゃあ、今日は寝よう……と言いたいが、魔石のせいで昂った。いいか?」
「聞かないでください。恥ずかしいじゃないですか」
「私もそういう気分よ。愛し合えるうちに愛し合っておきたいの」
二人が俺を受け入れてくれる。
そのことが嬉しい。
「ソージ、お願いがあるの」
「なんだ?」
「避妊の魔術は使わないで、その、もしものときに思い出になるかもしれないから……後ろ向きなことを言っているけど、それでも、そうしたいって思えるから」
「私もです。……明日戦うランク5の強敵も、そのあと戦うのも、今までとは比べ物にならない敵なんですよね。だったら、ソージくんを刻んでほしいです」
うるんだ目で二人が俺を見つめる。
断りたくない、いや、俺もそうしたいと思ってしまった。
「わかった。今日は使わない」
そうして、二人と初めて避妊なしで愛し合った。
いつもよりもずっと二人と繋がった気がする。そして、二人のことがもっと好きになった。
……もし、これで出来たら、そのときはきっちり責任をとろう。そのための準備もしないとな。
こんな状況なのに、俺はそんなことを考えてしまっていた。
クーナとアンネ、二人との未来を考えるとどんなときでも幸せな気持ちになれるのはどうしてだろう?




