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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:地下迷宮への挑戦
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第十六話:かつての幻影

 俺は、満身創痍の体を引き摺って控室に戻る。

 ランク1の体での【身体能力強化・極】と【神槍】は無茶が過ぎた。

 【神槍】の反動は俺の体を蝕んでいる。加護の残量が三割を切った。


 加護が三割を切ると、防御力・身体能力の低下がはじまり、加護の回復量も落ちる。

 万全の体調であれば、通常三日ほどで加護は最大保有量まで回復するが、三割を切っている場合、三割に回復するまでの期間の回復速度はよくて三分の一。完全に加護をなくしてしまえば、再び加護が回復し始めるまでに、一週間以上かかる。


 そういう事情もあり、探索者たちは五割を切れば地上に戻ることを第一に考える。無理をしてもろくなことにはならないのだ。


「自分の体が嫌になる」


 演算能力が低下しており、破壊力のある魔術をろくに使用できない。空間破壊が、原子分解。運動エネルギーの零固定による質量崩壊。これらの魔術を使えれば、加護の守りなんて関係なく打ち抜けたというのに。


 現状では、加護で強化した体を魔術でさらに強化する以上の火力が出せない。

 もっとも、十分な演算時間を確保できれば話は別だが。戦闘中にそれは望めないだろう。

 はやくランクをあげないと……


 俺は、ふらつきながら、椅子に倒れこむようにして座った。

 ここまで追い詰められたのは久しぶりで精神的にもまいっている。

 加護だけではなく、限界まで酷使した脳と体が悲鳴を上げている。

 意識が保てない。少しだけ眠ろう。


 ◇


「ソージくん!」


 半分、眠っている状態で、懐かしい声が聞こえた。

 あれ、おかしい、彼女は死んだはずだ。俺は彼女を救えなかった。


「ソージくん! 起きてください!」


 いつもと声色が違う。

 俺の知っているクーナは、もっと冷たい声色だった。感情はなく、必要最低限のことしか言わない。


「もう、次の人が来ちゃいますよ。おじいちゃん、眠るなら家で寝ましょう」


 間違ってもこんな冗談は言わない。


「運び出しちゃいますよ。変なところを触ったら怒りますからね! ああ、はやく出ないと、第二会場のアンネちゃんの試合がはじまっちゃいます」


 クーナにおぶられる。反射的に彼女にしがみついた。

 甘い体臭と、柔らかい体、ほんのりと伝わる体温が心地よい。

 豊かな金髪に顔をうずめる。


「ふぁう!?」


 クーナぴくりと震えた。

 いい匂いだ。もっとこうしていたい。


「いきなり、なにするんですか!? くすぐったい、あと鼻息が首筋に……、絶対起きてますよね? おろしますよ」

「いい匂いだ」

「起きたなら自分の足で立ってくださいよ」

「疲れた。しばらくこうさせてくれ」

「本当に疲れてます?」

「もう、一歩も歩きたくない」


 歩けないこともないけど、クーナの存在を確かめたい。久しぶりに会えたんだ。たとえ夢だとしても、こうしていたい。俺は彼女のことが好きだった。


 そういえば、昔は俺がこうして傷だらけの彼女を負ぶったことがあった。

 そのときも、俺はいい匂いがすると言った。

 彼女はなんと言ったかな……思い出した。『私は自分の匂いが嫌い。汚れが染みついて消えない』。


「クーナ、いい匂いだ」

「さっきも聞きました。それ、恥ずかしいのでやめてください」


 クーナの声に照れが混じってる。

 嫌そうには聞こえない。俺は嬉しくなる。こんな彼女が見たくて、もっと笑わせたくていろんなことを試した。


「ソージくんって甘えん坊なんですね。今日は頑張ったので許してあげます。もう、優しくするのは今日だけですからね」


 クーナが苦笑して歩きはじめる。

 確か、彼女はいつも言ってったけ『帰りたい』。独り言でも、夜に悪夢にうなされながらでも、『帰りたい』と繰り返した。


「クーナ、クーナは故郷に、エルシエに帰りたいか?」

「絶対に帰りたくないです!」

「そっか」

「なんですか、その、うれしそうな声音は」

「なんでもない。ほんとうに何でもない」


 長い後悔が終わった。やっと彼女が前を向いてくれたことが嬉しい。

 これが夢なら覚めないでほしい。


「クーナ、もし、よかったら、笑って、俺に笑顔を見せてくれ」

「……打ち所が悪かったんですか? ソージ君、本当におかしいですよ」


 クーナが心配してくれて優しく俺を下ろしてから顔を覗き込んでくる。


「変じゃないよ。ずっと俺はクーナの笑顔が見たかったんだ。もう、クーナの泣き顔もしかめっ面も見飽きた。きっとクーナは笑ったほうが可愛いって、ずっと思ってた」

「なっ、ほんと、なんですか、もう」


 クーナが顔を真っ赤にして戸惑う。


「お願いだ。笑ってくれ」

「なんで、そんな泣きそうな顔するんですか!? わかった。わかりました。笑いますよ、ほんとおかしなソージくん」


 そしてクーナはくすくすと、小さく笑った。

 ……よかった。たとえ夢でも彼女が笑ってくれて。

 俺はプツンっと糸が切れるように崩れ落ちた。


 ◇


「あれ、ここはどこだ?」


 目を覚ますと、俺はコロセウムの観客席にいるようだった。

 隣にいるのはクーナ。


「ソージくん」

「なんだクーナ?」

「ふぅ、いつものソージくんですね。よかった」

「いつもの?」

「覚えてないんですか、待合い室のソージくん、本当に変だったんですよ?」

「椅子に倒れこんでから先は覚えてないな」


 じとーっと俺の顔をクーナが覗き込んでいた。

 露骨に俺を疑っている。


「そんな顔をしても覚えていないものは、覚えていないんだ」

「背中を好意で貸してあげたのに抱き付くときに、やけにいやらしい手つきだったことは?」

「覚えていない」

「ふうん、そうですか、いきなり私のうなじに顔をうずめてくんくんして、いい匂いだって連呼したことを覚えていないんですか」

「ああ、覚えていない」


 クーナは信じられないという顔で俺を見る。


「私に、笑った顔が一番かわいいから笑ってくれって、言ったことは」

「だから、覚えていないって」


 俺がそう言うと、深くため息をついた。


「乙女の純情を返してください! ……まあ、いいです。ソージくん」


 クーナが、キリッとした表情を浮かべる。


「ソージくん、ずいぶん長い間眠っていて、私とアンネちゃんが交代で看ていて、トーナメントは、次が準決勝の第二試合です。第一試合はアンネちゃんが勝って決勝行きを決めました……ちなみに次が私の出番です」


 それはうれしい。

 クーナの戦いはぜひ見ておきたかった。彼女の炎は芸術とすら思える。


「頑張ってきてくれ。相手は?」

「私たちにケチをつけた四位の人です。あの人さっきからちょくちょく、こっちに来てはランク2なのに負けちゃった兄の敵討ちのつもりなのか、ネチネチ嫌味をいってくるんですよね。とくにアンネちゃんのことを悪く言うんです」

「それはイラつくな」

「はい、ぼっこぼこにしてきます。ソージくんが見せてくれたように、私も全力を出しましょう」


 クーナがにやりと微笑む。


「それと、ソージくん。女の子のどんな表情が一番好きですか?」

「当然、笑顔」

「わかりました。じゃあ、行ってきます」


 クーナは笑顔を浮かべて、俺に背を向けた。彼女の雄姿。しかと目に刻もう。


 ◇


 会場が熱気に包まれる。

 視線のほとんどがクーナに集中している。


「すごいな、クーナは」

「そうね。彼女には華があるわ。試合を重ねるごとに、人気になっていくのよ」


 観客席に戻ってきたアンネが、まるで自分のことのように誇らしそうに言う。


「いままで、どんな戦い方を披露してきたんだ?」

「身体能力を強化して、後は相手をタコ殴りよ」

「武器も、炎も使わないのか」

「仕方ないと思うわ。火狐の力に耐えられる武器がほとんどないし、彼女が炎を使えば一瞬で火狐ってばれるもの」


 クーナは帽子でキツネ耳を、スカートで尻尾を隠し、火狐であることを伏せている。

 その状況なら、その戦法しかないだろう。


「でも、次は本気みたい」


 コロセウムの舞台になったクーナが、服を脱ぎ捨てる。

 観客たちから、熱い歓声が響き渡る。

 クーナはもう、キツネ耳もキツネ尻尾も晒している。身にまとうのはノースリーブのような服と、ホットパンツのみ。


 体に張り付くノースリーブとホットパンツは、魅力的なクーナの肢体を艶めかしく演出する。

 そして、火狐の特徴であるキツネ耳と尻尾は抜群の調和をもって彼女を際だたせた。


 会場の誰もがクーナの魅力に息をのんだ。

 俺はそれを見て察する。クーナは今から正真正銘の本気を出す。人間では決してできない領域にある火狐の本気を。


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