第八話:クーナとアンネの決戦
クーナとアンネがランク4になるための戦いが始まった。
俺が手を出せば、それは命がけの戦いにはならない。ただ二人を信じて見届ける。
二人はすでに全力を解放していた。
クーナは九尾の火狐となり、八本の黄金の火柱を従え、アンネはクヴァル・ベステの【第二段階解放】を使用している。
全力で力を引き出せば、長くは戦えない。
だが、こうでもしなければ瞬殺されると二人の本能が感じ取っていた。
リスクを負ってでも短期決戦で挑む。
その判断は正しい。
先手を取ったのはクーナだ。
「私の全身全霊の炎を受けてください。【剛炎弾】!」
クーナが黄金の炎を練り上げる。最上位の黄金の炎が、クーナ自身の魂の色たる紅に染まり、朱金へと変わる。
黄金系のモンスター、ましてやボスともなるとすべての属性攻撃に対する圧倒的な耐性を持つ。
普通に考えるなら、この攻撃は意味がない。
だが、クーナの放った炎の弾丸は突き刺さり、騎士の鎧を数センチうがった。
あれはただの物理現象の炎ではない、燃やすという概念そのものをぶつけたのだ。
敵の耐性すら意味をなさない。
九尾の火狐にだけ許される始原の炎。
「まだまだです!」
炎の弾丸が着弾した場所に、クーナの背後にある八本の黄金の炎柱が飛来して次々に着弾した。
そのまま壁まで吹き飛ばし、壁が崩壊する。黄金の炎柱が再び、クーナの背後に戻ってくる。
黄金騎士の鎧が砕けた。
鎧が砕かれて、露出した肌まで黄金だ。
鎧が砕いたところで、肌まで硬いのであれば無駄骨になるように思えるが、黄金鎧には強固な守りの力を帯びていた。
頑強な守りを最初に砕けたのは大きい。
……あの八本の炎の尻尾、まさかファンネルみたいに使えるとは、少し驚いた。
超々熱量の炎の塊だ。自在に使えれば強力な武器となる。
攻撃だけではなく防御も自由自在だ。
「キシノホコリ、クダイタ、ユルサナイ」
あの鎧は黄金騎士にとって大事なものだったようで、砕かれたことで激昂する。
黄金騎士が魔剣を引き抜き、クーナのもとへと駆け出す。
そこに追走する影があった。
「私を忘れてもらっては困るわ」
アンネだ。
アンネの剣が、鎧が砕かれて露出した黄金の肌を狙い刺突を放つ。
黄金鎧がない今ならダメージを与えられる。
だが、アンネのするどい刺突を黄金騎士を払ってしまう。
黄金騎士の剣技は侮れない。
「ワレニ、ケンデ、イドム、ショウシ」
そのまま、打ち合いになる。
身体能力は黄金の騎士が数段上、しかも向こうはたとえ相手の攻撃が当たったところで致命傷にならないゆえにリスクのある攻めも躊躇なく行える。しかも、体力は無尽蔵。
条件面だけ見れば、圧倒的に不利な打ち合い。
それでも打ち合いは拮抗していた。
力でも守りでも体力でも劣るアンネは、その差を技で埋めていた。
たしかに、一流の剣士を圧倒するだけの技量を黄金騎士は持っている。
だが、アンネはそれすらも上回る。
柔らかい剣だ。
うまく敵の攻撃を受け流し、速さとうまさで剣を滑り込ませる。
……会ったばかりのころは、アンネの剣はオークレールの剣士の多くがそうであるように豪の剣だった。
渾身の一撃で守りごと打ち砕く。
オークレールの剣の基本思想。
それはそれで剣としては正しい。だが、アンネには柔のほうが合っている。
アンネには優れた目と超人的な反射神経、柔軟性に天賦の才を持つ。柔の剣に必要なものだ。
そして、アンネは柔の剣に変わったからと言って、オークレールの剣を捨ててはいない。
俺が教えた柔の剣に、オークレールの剛剣の長所を組み込んでいる。
彼女は俺をただ真似るのではなく、オークレールの剣と俺の剣を併せたアンネの剣とも呼べるものを作り上げた。
強くなった。
もし、剣技だけで戦えば、アンネにはもう勝てないかもしれない。
黄金の騎士が急に後ろに跳んだ。
アンネとの斬り合いで劣勢だったが、それだけじゃない。
奴がいた位置を炎の弾丸が通過した。
「私を忘れてもらっては困りますよ」
クーナが魔力を練りに練って放ったのだ。最初のものよりもずっと強力な一撃だ。
「チョコザイ、チョコザイ」
黄金の騎士がカタカタと全身を振るわせる。
そして、全身から黄金の光を放つ。
凄まじい光の量。めくらましいなんて生易しいものじゃない、目を潰すための魔術だ。
俺は直前で気付いて、目を閉じていた。
そして、風の精霊とのシンクロして風景を感じ取るようにして目をつぶったまま周囲を把握する。
目に頼らない探知は何かと重宝する。
厄介なのは、黄金の騎士は光り輝きながらクーナたちに襲い掛かっていること。
一瞬の閃光なら、反応が間に合えば防げるが、こうして光り続けれていれば、対応できたとしても目を開くことができない。
目を閉じたまま、戦うのは難しい。
地味な手ではあるが、目に頼るものに対しては極めて有効だ。
クーナに剣が振り下ろされる。
もし、剣が見えてなければなすすべもなく斬り伏せられるだろう。
「見えなくても、あなたの熱は感じ取とれます」
クーナが紙一重で剣を避けて、分子の強制停止による絶対冷壊の蒼慈と、分子の強制加速による絶対炎絶の紅那をクロスさせるように放つ。
強制停止と強制加速の重ね合わせにより、絶対崩壊が生まれ、すでに鎧が失われていた黄金の騎士の体に大きな亀裂が入る。
黄金の騎士は気配を消して音を立てないことを注意するあまり、反撃に備えられてなかった。
ゆえに普通ならなかなか入らない大振りの一撃を喰らってしまったのだ。
黄金の騎士はわけがわからないまま距離を取ろうとする。
その背後に緑の光がきらめている。
クーナは炎の精霊とシンクロすることで世界を熱として見ていたから反応が出来た。
だがアンネは、剣士としての基礎、気配を読む。それをしているだけ。
不確かなものだが、剣が届く距離に限り、一流の剣士なら眼よりもよほど見えている。
剣域。
超一流の剣士に許された己の世界。
アンネの輝きが大きくなる。
今までの【第二段階解放】であれば右手にラインが走るだけだったが、全身に緑のラインが走り、より多くの力を引き出していた。
その圧倒的な力をただ一振りに収束していく。
解き放つは、俺が教えアンネが極限まで磨き上げ、己の必殺とかした袈裟切り。
名を……。
「【斬月】!」
刃が疾る。概念防御ごと黄金を切り裂いた。
黄金の騎士は巨体故に両断とまではいかなかったが、切断跡が痛々しく残っている。
黄金騎士の光が止む。
そして、闇雲に剣を振りまわし、クーナとアンネが距離を取った。
「ワレ、マケル、アリエナイイイイイイイ、アリエナイイイイイイ」
砕かれ、切断跡が残る黄金の体が鈍く光る。
それはさきほどの光の放出とは違い、すべての力をうちで燃やして、出力を大幅に上昇させている。
さきほどよりもさらに脅威だ。
これから、あいつはより硬く、速くなる。
種も仕掛けもないからこそ、対応し辛い。
「今の攻撃を喰らって、生きているのは驚きました」
「しかも、微妙に再生しているわね。……あいつを倒すには絶対破壊の一撃がいるわ。私は【斬月】以上の手札はないわ。クーナ、できるかしら?」
「ありますよ。とっておきのが。でも、準備に時間がかかって隙だらけになります」
「わかったわ。なら、私がその隙を作る。……ちょっと力を引き出しすぎて、あと一分ほどしか戦えないのだけど、間に合うかしら」
「三十秒あれば十分です」
体全身を侵食させて、力を引き出すのはリスクが高い技らしい。
あれだけの力を人間が引き出すのだ。無理があって当然だ。
金の光を纏う黄金騎士と、緑の光を纏うアンネが打ち合う。
剣を打ち合うたびに、まるで大砲の直撃のように爆音が鳴り大気が震える。
踏みしめた黄金の床が震える。
余波だけで壁に傷あとができる。
……これがランク4の魔物との戦い。それにアンネはついて行っていく。
限界と思ったが、さらにアンネを覆う緑色の光がより強くなっていく。
ここまでできるとは。
それは、引き出した力の量に対する驚きだけじゃない、その力を使いこなすアンネの技量にこそ驚く。
通常、エンジンが強くなっても力に振り回されるだけだ。
それを使いこなす技量があって、初めて輝く。
だけど、そこまでしてようやく互角。
アンネの表情がどんどん歪んでくる。
限界が近い。
互角の戦いを続けていれば、体力差でいずれ敗北してしまう。
すでに、アンネが本気モードの黄金騎士と打ち合いを始めてから三十秒が経っていた。
「アンネ、準備ができました。隙を作って、離れてください。近くにいたら、一緒に殺しちゃいます」
「やってみるわ!」
クーナの声が響く。
アンネは頷き、敵の横薙ぎを低くしゃがんで躱す。
アンネの髪が数本切り裂かれて宙にまう。
しゃがんだまま、己の渾身を込めて横薙ぎの一撃。
足首を刈り取り、黄金騎士が転び、アンネはそのまま全力で後ろに跳ぶ。
「クーナ!」
「ばっちりです。いきます【ナインテールブラスター】!!」
とんでもない技名をクーナが叫んだ。
そのふざけた名前とは裏腹に、それはとんでもない技だった。
クーナの背後にある八本の黄金の柱の疑似尻尾。
それらがクーナの前方で高速回転して銃身になり、内に秘めたすべての力と熱量を放出している。
図太い、黄金の光の帯がすべてを消滅させていく。
黄金騎士を蒸発させ、床も壁もすべてをえぐり取る。黄金の神殿の壁を貫いて、遥か彼方に黄金の光が消えていった。
「これが、私の必殺です……きゅうう、もう、限界」
打ち終わったあと、クーナは空っぽになっていた。
これは、九尾の火狐化たらしめている力すべてをまとめて圧縮して放出する、文字通り切り札だ。
一度使えば、九尾の火狐化が強制解除され、全魔力を使い切ってしまう。
体力まで使い切ったようで、その場で前のめりに倒れて、尻尾の毛もしぼんでいた。
【ナインテールブラスター】。名前はともかく、いい技だ。
【蒼銀火狐】状態でも使えそうだ。
あとで改良して、俺の技にしよう。
ついでに名前を変えないといけない。
あの技名を叫ぶのは恥ずかしい。
「倒したの?」
「そうであってほしいですね……あっ、ちゃんと倒してますよ。あれを見てください!」
首から下がすべて消滅した黄金騎士が転がっていた。
再生する様子もない。断面から魔石の輝きが漏れている。クーナたちは勝ったのだ。
魔石のもとへクーナとアンネが行き、ハイタッチ。
「さすがね、クーナ。こんな大火力の一撃、私には絶対無理よ」
「そういうアンネなんて、あんな化け物と打ち合ってたじゃないですか。あんな真似、私にはできません。剣ではもうアンネに勝てないです。そっちの負けは認めます」
二人ともぼろぼろだが、とてもいい笑顔だ。
さて、最奥のボスを倒した。
次はどうなるか。
そう思っていると、ステンドグラスが砕けて、天に向かって階段が伸びる。
おそらく、これが第二階層への扉なんだろう。
この先には、第一階層よりもさらに強い魔物が待ち受けている。
そして、変化はこのダンジョンだけではなく二人にも表れていた。
急激に二人の力が増し、【加護】の力が溢れ始める。
「力が湧いてきます」
「これがランク4の力なの? すごいわ。こんな力使い切れるかしら?」
魔石の力が十分に溜まった状態での激戦を経て器が育ち、ランク4へと至ったのだ。
二人のもとへ行く。
「……強くなったな本当に。ランクだけじゃない技も心も。ここまで二人が戦えることを今まで知らなかった」
「ふふん、どうですか! いつまでもソージくんのお荷物じゃないんです」
「ソージに認めてもらえるとうれしいわ。これで同じランクよ。守ってもらうじゃない。一緒に戦えるわ」
どや顔のクーナと薄く微笑むアンネ。二人を抱き留めると、軽く驚きの声をあげて、その後二人も俺を抱きしめ返してくれた。
「二人とも頼りにしている。それと、次の階層への道ができた。少し休んで回復したら上へ行こうか。第二階層は、ここより強い魔物が出そうだ」
「今の私ならへっちゃらです」
「早く、ランク4の動きになれたいわね。この力を使いこなして見せるわ」
疲れているはずなのに元気そうだ。
この調子なら残りの四日でランク5に届いてしまうかもしれない。
だが、その前にうまい飯を作ろう。
二人とも、心も体も疲れているはずだ。
どんなポーションよりうまい飯が一番疲れに効くのだ。
いつも応援ありがとうございます
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