第七話:ランク4になるために
隠し扉に入れたおかげでダンジョン内で安全な夜を過ごすことができた。
寝不足も一発で甲斐性だ。
やっぱり、普通に眠るのが一番いい。
昨日も、その日のうちに手にいれた魔石すべてを二人に与て強化してある。
相変わらず、クーナはエロぎつねだった。
そろそろ魔石による快楽にも慣れてくるころだと思ったが、まだ時間がかかるらしい。
俺の見立てでは、この二日で大量の魔石を与えたことで、すでにランク4に到達するのに必要なだけの力を二人は得ている。
ここから先、ランクアップに必要なのは魔石ではない。
大量に注がれた力が体に慣れて適応し器が広がるのを待つか、かつてのように想像を絶する戦いによって無理やり力を体に適応させる必要がある。
時間がない以上、後者の方法しか選択肢がない。
だが、そちらもそちらで難しい。
なにせ、命がけで戦うことをが必要となるほどの強敵がいなければ、命を賭けた戦いなんてできはしない。
「……二人には酷なことを言わないといけないな」
命がけの戦いをする相手の当てはある。
あの女神のことだ。
おそらく、そういう魔物も用意してある。
いるとすれば、この神殿の最深部だと俺は予想していた。
あの女神は、そういうお約束を外さない。
今日は最深部を目指して進んでおり、すでに三回ほど戦闘を行っている。
外観からすれば、もう黄金神殿の八割は踏破しているように感じる。
そう遠くないうちに最奥へとたどり着くはずだ。
「ふう、体が軽いです。今日は昨日よりずっと楽に相手が金ぴかでも斬れますね」
「昨日の夜に魔石をたくさん得て強くなったおかげよ。ランク3の最上位まで力を増したもの。ランク4間近というのが自分でもわかるわ」
クーナとアンネの顔に疲れはなく、むしろ自信や充実感に満ちていた。
日ごとに強くなっている自分を感じて、うれしくなっているのだろう。
そういう経験は俺にもある。
実際、彼女たちの言う通り、昨日とは比べ物にならないほど動きが良くなっているし、一撃ごとの威力が上がっていた。
二人とも、感覚でランク4が近いということはわかっているようだ。
「クーナ、アンネ、少し足を止めてくれ。話さないといけないことがある」
二人を呼び止める。
これから大事な話をするためだ。
「今日は黄金神殿の最深部まで行く。たぶん、そこには第一階層で最強の魔物が待ち構えている。このダンジョンの魔物のほとんどはランク3の中位から上位。それを考えるとランク4だと考えるべきだ」
「任せてください。私はまだ【精霊化】しか使っていないですからね。ランク4のボスだろうと、九尾の火狐になればへっちゃらです」
「そうね、私も【第二段階解放】を全力で行うわ。心配しないで、今の私たちならランク4が相手でも戦える。……それに、むしろそういう戦いが必要でしょ?」
俺は小さく微笑む。
本当に、よくわかっているようだ。
なら、遠慮はいらない。
俺の考えを伝えるとしよう。
「俺はクーナとアンネにランク4になってほしいと思っている」
「私だってなりたいですし、なってみせます!」
「ええ、まずはランク4ね」
「同じ想いでいてくれてうれしい。なら具体的にどうするかだ。ランクアップするには器に力を注ぎ続けるだけじゃだめだ。時間をかけずに、注いだ力を器に適合させて、器を大きくするには強敵との命がけの戦いが必要になる」
ここからが重要だ。
強くなるために、危険を冒さないといけない。
「だからこそ、最奥にいる魔物を倒すんですね!」
「必ず勝つわ。そして、ランク4になる」
「そうだな。だが、普通に倒すだけじゃだめだ」
その理由があるからこそ、少し悩んでいた。
「最奥にいるのはおそらくランク4と言っただろう? ランク4と二人が戦うのは命がけの戦いだが、ランク4の俺が助ければ、命がけの戦いにならない。もし、最奥に強敵がいた場合、俺は二人を手伝わない。二人だけで倒さないと意味がないんだ」
俺が一緒に戦えないと聞いて、二人が驚く。
二人に頼られている。戦力としてもそうだが、リーダーとしての指揮、心の支え、俺がいるからこその安心感。
つねに【魔剣の尻尾】のリーダーとして指示を出し続けてきた。
パーティの司令塔がいなくなるのは、大きい。
俺が抜けるというのは、ただ一人分戦力が減るだけではすまない。
「わかっていると思うがランク3でランク4に挑むのは半ば自殺行為だ。かつて、ランク1のときに、三人でランク2の恐竜と戦ったのを覚えているだろう? 三人でもランクが上の魔物と戦うのは命がけだった」
魔物のランク4というのは、人間のランク4よりはるかに強い。
二人だけで戦うのは危険だ。
だが、それでもやらないといけない。ここで危険を冒して強くならないと、確実に最後の決戦で死ぬことになる。
「覚悟の上です。任せてください! ソージくんにいつまでもおんぶに抱っこじゃないところを見せてあげますよ」
「ソージは自分の命なら平気で賭けるのに、私たちのこととなると心配しすぎよ。あまり見くびらないでほしいわね。それぐらいの覚悟、私たちにもあるわ。勝って、ソージと同じランク4になるためなら無理もする」
「わかった。なら、ここから最奥までは俺が一人で戦う。二人とも、力を温存しておけ」
こくりとクーナとアンネが頷いた。
ランク4の俺でも、一人でこれだけ遭遇率が高いダンジョンで戦い続けるのは辛い。
それでも、二人を万全な状態で送り出すために多少の無理はして見せよう。
二人が命をかけて危険に挑むんだ。
俺も俺にできる最善を尽くして応援する。
◇
何体もの魔物を屠り、ようやく最深部へとたどり着いた。
そこは大神殿の最奥にふさわしく、ひときわ威厳がある部屋で、ステンドガラスから陽光が差し込んで、黄金で出来た室内が照らされて輝いている。
……最後の部屋も黄金か。
当然といえば当然だが、そうでないほうが良かった。
土と比べて、叩きつけられたときのダメージが非常に大きくなってしまう。
強敵と戦う場合は地面が柔らかいほうがいいのだ。
「あの魔物が、この階層で一番強い魔物ですか」
「一目見ただけで強いとわかるわね。魔物なのに、一流の剣士を見た時のようなオーラを感じるわ。肌に剣気が付きささる」
「予想通り、ランク4だ。あれに勝てばランクがあがる」
陽光に照らされる部屋の中央に、黄金の騎士がいた。
ただの騎士ではない、芸術的な彫像のように均整の取れた黄金の肉体を持ち、手にもつ剣から凄まじい魔力を感じる。
なにより、アンネの言う通り、剣気のようなものを感じた。
黄金の硬度と、騎士としての技量、溢れる魔力。
特殊な能力はなさそうだが、すべての水準が高い。間違いなく強敵だ。
この部屋に一歩でも足を踏み入れれば戦闘が始まる。
二人が俺の顔を見る。
ここでかけるべき言葉は心配を表す言葉じゃない。
たった一つだ。
「がんばれ」
それだけでいい。
二人以上に二人のことを信じるのが俺の役目だ。
「はいっ! 行ってきます」
「すぐに戻ってくるわ!」
二人が頷いて走り出した。
クーナが全力で九尾の火狐化を行い、全身が黄金の炎に包まれ、それが八本の光の柱となり、もとの尻尾と合わせて九本の尻尾となる。
アンネがクヴァル・ベステの力を解き放ち、クヴァル・ベステが震え、アンネを侵食していく。
赤いラインがアンネの肌を伝い、鮮やかな緑色に変わっていき、輝き、アンネに力を与える。
相手を見て、二人は即座に切り札を使うべきと判断した。
その判断は正しい。
初めから、切り札を使わなければ、そうそうに負けてしまう。
それほどの相手だ。
俺はそんな二人の背中を見送った。
無事、この戦いを乗り越え、そしてランク4に至ることを信じて、今は見守るしかないのだ。