第六話:黄金よりも大事なもの
黄金の神殿の近くの森で一夜を明かした。
……昨日はクーナとアンネをたっぷり愛したが、客もたくさん来た。
深夜に何度か結界に魔物が触れた。
その度、速やかに始末している。
クーナとアンネを起こさないように気を使った。
先は長い、長丁場に慣れない二人には少しでも体力を温存してほしかった。
おかげで眠い。
七回も襲撃があったせいで何度もたたき起こされた。
「ソージくん、眠そうですね」
「ああ、昨日は夜に七回も襲撃があってな。ろくに眠れていない」
「なんで起こしてくれなかったんですか!」
クーナが怒っている。俺を心配しているからだろう。
「一人で戦うなんて危険よ」
「いや、さほど危険ではない。結界の反応で一人で戦える敵かはちゃんと確認している。一人で戦える敵相手なのに、二人を起こして次の日に疲れを持ち越されるほうが危険だ。いいか、先へ行ってランク4の敵が出てくるようになれば、俺一人じゃ戦えなくなる。夜だろうが、二人も起こす。それまでは体力を温存しておいてほしい」
二人への思いやりもあるが、それだけで無理はしない。
ちゃんと意味がある行為だ。
とはいえ、連日続くと辛いものがある。
今日は魔物が出現しない寝どころを見つけたいものだ。
「でも、ソージくん。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。実は今も寝ている」
「言っている意味がわからないのだけど」
アンネが首を傾げる。
そうだろうな。俺がどうやって睡眠時間を確保しているかを話すとしよう。
「こうして、探索を続けながらでも眠ることができる魔術があるんだ。実はこうして話している間も、一定間隔で数瞬意識を飛ばして、脳を休めている。ごく短時間の睡眠を行動しながらとる魔術だ。戦闘が始まればさすがに解除するが、こうやって小さな睡眠を積み重ねていけば、ばかにできない睡眠時間を確保できる」
ゲーム時代、長期探索をソロでする場合、睡眠時間をいかに確保するのかは常に課題だった。
一人で探索する場合、どうしたって安全な寝床を確保できないことがある。
かといって、寝なければどんどん体のパフォーマンスは落ちる。
それを解決するための魔術はいくつか作られた。
深い眠りであるノンレム睡眠へと強制的に導くもの。今、俺がやっているこま切れに睡眠をとるもの、いろいろとある。
実のところ、プレイヤーたちの開発する魔術は、戦闘に使うものより、こういう便利な生活魔術のほうが多いぐらいだ。
万全なコンディションを整えるのは戦いに置いて何より重要だ。
「ソージくんの魔術って、もうなんでもありですね」
「すごく羨ましいのだけど、おそろしく複雑な魔術よね。それを覚えるために修行はしたくないわ」
「まあな。俺の脳は特別だし」
プレイヤーたちの使うホムンクルスだからこそ、いくらでも魔術を極める。
この体の性能の良さには助けられている。
そんな話をしながら探索を続け、森を抜けて黄金の神殿にたどり着いた。
「クーナ、アンネ、ここからはいっそう気を引き締めろよ。ダンジョンでこういう目立つ建物がある場合はな。大抵、外とは比べ物にならないほど強い魔物がいる」
二人が緊張している。だが、固くはなっていない。
いい心構えだ。
これなら安心して見ていられそうだ。
俺は黄金の神殿の扉を開いた。
「すっごい、ぴかぴかです」
「何から、何まで金ばっかりね。【黄金宮】という名前は伊達ではないわ」
「さすがの俺も度肝を抜かれた」
……まさか中身まですべてが黄金とはな。
広く豪奢な黄金の内装。
さて、どんな魔物が出てくるだろうか。
◇
戦闘が始まっていた。
相手は、俺の二倍ほどの身長もある巨大な黄金のゴーレムだ。
名をゴールデン・ゴーレムという。
クーナが巨大な鉄槌のような拳をかわして懐に潜りこんで足首を狙う。
巨大な魔物の場合、足を砕いて機動力を奪えばあとは簡単だ。
「かったいです! ただの金なら斬れるのに!」
クーナが赤く燃える短刀、空那ですれ違いざまに斬ったがわずかな傷しか残らない。
超高熱の刃、分子運動の強制加速ですべてを切り裂く【溶断】の効果を持つ空那で切れないとなると、ただの物質的な硬度ではない。
概念防御系の能力を持っているはずだ。
クーナが火のマナを集めて、紅蓮の火球を放つが、焦げ跡すらつかない。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ゴールデンゴーレムが足踏みすると、床がめくれ、金の神殿の黄金の床が土石流のように襲い掛かってくる。
俺たちは高く跳んで回避すると、ゴールデンゴーレムがクーナめがけてアッパーカットを放つ。
見た目によらず俊敏だ。
クーナはジェット噴射のようにほのおを放って回避しつつ急接近、今度は青い短刀、蒼慈で斬り裂く。
胸から袈裟にかけて凍り付くが、斬れてはいない。
だが、クーナの攻撃は終わっていない。
「これでっ、どうですか!」
そして、着地から即座に跳びあがり、蒼慈で氷つかせたラインをなぞるようにして斬りあがる。
蒼慈の能力は、分子の強制活動停止による絶対崩壊、空那の強制加速による絶対切断と重なり合うことで、究極の破壊へとなる。
ひび割れるような音がして、ゴールデンゴーレムの巨体が断ち切れる。
「こっちは終わりました。アンネのほうは終わりましたか?」
「こっちはあと一匹よ!」
さきほどからアンネはゴールデンバットの群れと戦っていた。
その名の通り金色のコウモリだ。
金という非常に重い体でよく飛行できるものだと感心する。
やつらの怖さはその硬さと、その力だ。金の体で飛行できるほどの推進力は驚異的。
普段は枷になるが、その重量を活かす攻撃が奴らにはある。
天井ぎりぎりまで飛び上がる。
下向きに移動するなら、金の重量はデメリットではなくなる。
そして重力を味方につけ、金の体を浮かせるほどの推進力を下向きにする。
黄金の弾丸ともいえる破壊力とスピードを持った一撃となる。
アンネは紙一重で避け、地面に突き刺さったゴールデンバットを【暴食】の力を纏うクヴァル・ベステで真っ二つにした。
ここの魔物たちはただの金の硬度ではなく、概念的な防御の力を持っているが、ありとあらゆる力を喰らう【暴食】の前には、その力も通用しない。
「ふう、やっと倒せたわ。ソージの言っていたとおり、神殿の魔物は強いわね」
「強いのはいいですけど、みんな、どいつもこいつも、ゴールド、ゴールデン、固くて嫌になっちゃいます!」
ここに出てくる魔物は、みんな金色で金以上の硬さを持っていた。
炎も刃も通らない敵はクーナにとって天敵だ。
「まあ、神殿の見た目からして予想はしていたがな。……困ったことが一つある。相手が金属だから今日の飯にできないし、血がないから水を確保できない。このままじゃ、食事は保存食、体を拭くのはお預けだな」
「……すごく森へ戻りたくなってきました。ううう、美味しいご飯もなくて、体も拭けないなんて、さんざんです」
クーナがキツネ尻尾をしぼませて、沈んだ声をあげる。
「それが普通の探索者の探索なのだけど、ソージのせいで贅沢に慣れてしまったわ」
「ですね。ソージくんを二人で追いかけたときも大変でした」
そのときのことを思い出したのか、クーナがより嫌そうな顔をした。
「まあ、今日は頑張ろう。もしかしたら金で出来ていない魔物に出会えるかもな」
望み薄だが、希望は持っておいたほうがいいだろう。
倒した魔物から魔石を回収し、先へと進むとクーナが小走りで追いかけてきた。
「ソージくん。さっきから魔物の素材ぜんぜん拾ってないですけど、黄金だからもってかえれば売れるんじゃないですか?」
「持って帰れば凄まじい高値で売れると思う。これほどの質を持つ黄金はなかなかないな。そっちに転がっているゴールデンゴーレムをまるごと持ち帰れば屋敷が建つな」
なにせ、最上の金の塊が数百キロある。
一体分で屋敷が帰るというのは比喩でもなんでもない。
「もって帰りましょう! ごちそうがたくさん食べられます」
欲に目がくらんだクーナの肩をぽんとアンネが叩く。
「クーナ、それを誰が運ぶの? あと六日間、大量の金を運びながら探索や戦いができると思う? 少なくとも私はごめんね」
アンネが俺の言いたいことを言ってしまった。
クーナがしょげる。
「そういうことだ。金以外にも、俺は今回素材は直接強くなれるもの以外は拾わないようにしている。魔石だけで荷物がいっぱいになるからな。さあ、先に行こう」
高ランクの魔物と戦いっているだけあって、目の前の金以外にも高価な素材や希少な素材を持つ魔物は多かった。
もったいなくはあるが、今は強くなること以外に目を向けている余裕がない。
「倒すのに苦労するくせに、食べ物にも水にもお金にもできないなんて金色の敵は最悪です。こうならやけです! 金でも銀でも、どんどん来いです!」
クーナが前を歩く。
そんなクーナを俺とアンネは苦笑しながら追いかけた。
◇
それからも何度も戦っているうちに遅い時間になってきた。
今日中に、神殿の最奥に行きたかったが断念する。
やはり、このダンジョンは敵との遭遇率が高い。
もし、俺の読み通り最奥に強力な魔物がいる場合、今の疲弊した状態で挑むのは自殺行為だ。
そろそろ野営して明日に備えて体を休めたい。
安心して野営ができる場所を探しているが、なかなかない。
徘徊型の魔物が多く、安全な場所が存在しないのだ。
「硬いの叩きすぎて、手が痺れてきちゃいました」
「そうね。それに集中力と体力も限界が近いわ。斬るのに力と集中がいるから、いつもより消耗が激しいわね」
二人はよく頑張ってくれているが、限界が近づいている。
急いで野営の場所を決めないと。
長い通路を歩いていると壁に違和感があった。
わずかだが、他の壁と色合いが違う。
……こういうダンジョンにありがちなあれか。
壁に手をふれ、こんこんと何か所か叩く。
衝撃の響き方で構造を確かめる。
「ソージくん、何をしているんですか?」
「宝探し……宝自体は別に必要としていないが、宝のある部屋にようがあってな。ビンゴだ」
黄金のレンガが積み重なってできた壁の一か所を押すとレンガが押し込まれ、地響きとともに壁が割れて隠し扉への道が開く。
その部屋の奥には宝箱があった。
「うわぁ、これはベタな隠し宝物庫ですね」
「中に入ろう。宝箱の中身が回復アイテムや強力な武器だと嬉しい」
「そんなのより、私はご馳走とたくさんの水が欲しいです。金に囲まれすぎて、お金なんてぜんぜんいらないって思えるようになってきました」
「その気持ちが少しだけわかるわね」
馬鹿なことを言いながら部屋の中に入り、宝箱を空ける。
そこにはクーナの顔ほどもある巨大な宝石があった。
「ちっ、外れですか。宝石なんて食べられません」
「クーナ、いつも思うが環境適応力が高すぎだ。ふつうの女の子なら、こんな場面でも宝石には憧れるだろう」
「キツネですから! 宝石より肉です!」
まったく理由になっていない。
「ただ、これは外れじゃないな。大当たりだ。ありがたい」
「ソージくんが宝石が好きなのは意外ですね」
「別に宝石は好きじゃないが……晩飯になるだろう?」
次の瞬間だった。宝石から、八本の蜘蛛足が生えて飛びかかってくる。グロテスクな光景に、クーナとアンネがぎょっとして体が硬直する。。
これは宝石じゃない。
宝石に擬態し、手に取った探索者に襲い掛かる魔物だ。
名前を、ジュエルシェル・クラブ。
このクーナの頭ほどある宝石が魔物だとそうそうに見抜いていた。どうしたって生命である以上、気は隠せない。
「ピギャアアアアアアアアアア!」
慌てずに懐から短剣を引き抜いて、叩きつける。宝石に見えた甲殻を割り宝箱に縫い付けてしまう。
「それ、虫だったんですか?」
「……気持ちわるいわね。さっき、晩御飯ってい言っていたけど、それを本当に食べるの? さすがに抵抗があるわ」
「虫っていうより、甲殻類が近いな。どっちかっていうと蟹だ。ジュエルシェル・クラブ。殻の下には瑞々しい肉がみっしり詰まって、その辺の蟹とは比べ物にならないほどうまい。この宝石に見える殻だって、摺りつぶして煎じればいい強壮剤になる」
プレイヤーたちにとってはこいつはご馳走だった。
肉は美味、殻を強壮剤にできるので旅では重宝する。
ダンジョンの宝箱には一定確率でどこにでもいるので有名だ。
「虫じゃなくて、蟹ですか、じゅるり」
「……蟹とカレーって会うのかしら?」
「相性ばっちりだぞ。それに今日は、乾パンじゃなくて米だからな、蟹の出汁がたっぷり出て、身を散らした蟹カレーは最高だ。それにな、ここに入ったのは何も宝が欲しかったからだけじゃない」
壁にあるレバーを引くと、隠し扉が閉まった。
「ここなら一夜を安全に過ごせる。こうすれば魔物が入ってこない。安全に野営ができて、晩飯まである。最高の当たりだろ?」
だからこそ、隠し扉をずっと探していた。
見つかったのは運がいい。夕食の材料と安全な場所の両方が手に入った。
「……まあ、二人が食べたくないなら無理にとはいわない。俺は一人でこいつを食べるから、アンネとクーナは今日は水と乾パンかな?」
「私は食べます! 蜘蛛じゃなくて蟹だと思えば美味しそうに見えてきました」
「そうね。蟹なら、なんの抵抗もないわ。……ソージ、あとでやっぱり虫だったなんて言わないでね」
アンネが心の葛藤を捨てたようだ。
良かった。この魔物を食べれば精がつく。
明日からも頑張る原動力になるだろう。