第四話:【黄金宮】初日
女神の力で【黄金宮】の中へと飛ばされた。
【黄金宮】の第一階層は広大な森。
そして、森の中央には黄金の神殿があった。
【瘴気】の流れを読むと、次の階層へ続く道はあの黄金の神殿の中にあるらしい。
こういう構成をしているダンジョンは、森よりも神殿内の魔物のほうが強く、さらに神殿内の最奥にはひと際強力な魔物がいる。
「二人とも、気を引き締めろよ。森の中は戦いやすいが、この瘴気の濃さだ。最低でもランク3の魔物がでる」
「油断なんてしないです。さっきから、キツネ耳をピンと伸ばして警戒中です」
言葉の通り、可愛いキツネ耳をピンと伸ばして周囲の様子を探っている。
キツネ特有の優れた聴覚と、野生の勘を駆使するクーナの気配感知能力は俺以上だ。
クーナが油断しない限り不意打ちを受けることは考えにくい。
「私も気を引き締めるわ。いつでも魔物を斬れるように」
アンネが剣の柄を強く握る。
二人の体が変化し始めた。
クーナは火の精霊とマナを取り込み【精霊化】、アンネはクヴァル・ベステの力を解放して己を強化する【第二段階解放】を行う。
二人にとって、これらは切り札の前段階。
ほとんど消耗なしに戦闘力を高められる便利な力だ。
だからこそ、こうして常時発動ができる。
俺の場合、手札の数はいろいろある。
クーナと同じく【精霊化】、【瘴気】を纏うことで強化する【紋章外装】、クーナの変質魔力を使い疑似的な九尾の火狐になる【白銀火狐】。
しかし、これらは消耗する。
クーナほど火の精霊やマナと適合性が高くないため【精霊化】は魔力消費が激しいし、【瘴気】を見に纏う【紋章外装】は加護を著しく削る。
【白銀火狐】には体内にストックしてあるクーナの変質魔力が必要であり、おいそれと利用できない。
これらを組み合わせることで、どんな状況できるし、爆発的に力を高めることはできるが、二人のように常に発動するわけにはいかないので、ノーコストで力を高められる二人を見ていると羨ましくなる。
そうだ、大事なことを忘れていた。
「クーナ、周囲に敵はいないか?」
「はい、ぜんぜん見当たらないです」
「なら、良かった」
クーナを抱き寄せて、舌を絡める大人のキスをする。
キスが終わると、クーナが甘い吐息を吐く。
「いっ、いきなり、何するんですか!」
「クーナの変質魔力のストックがなくなっていたのを思い出した。あれがないと、【白銀火狐】も奥義の【蒼銀火狐】も使えないしな」
疑似九尾の火狐化に必要な変質魔力の残量が少なくなっていた。
こうやってストックをしておかないと、いざというとく困る。
「ううう、ちゃんと筋が通っていて文句が言えないです」
「ソージ、私がクヴァル・ベステからもらっている力、キスで吸収することはできないかしら? クーナばっかりずるいわ」
「アンネ、なんでそんなことで張り合っているんですか! ぜんぜんいいものじゃないですよ!」
クーナが顔を真っ赤にして、真顔でとんでもないことを言うアンネにつっこみをしている。
「さすがに無理だな。クヴァル・ベステの力は担い手だけが振るうことができる」
「それは残念ね。ソージ、前から聞こうと思っていたのだけど、クヴァル・ベステの【第三段階解放】。その方法を知っているわよね。この先の戦い、それが必要になるかもしれないわ。リスクがあるとは何度も聞いているし、使うつもりもない。だけど、もしものときのために、解放できるようにはしておきたい」
アンネが真剣なまなざしで俺を見つめてくる。
「……知らない」
「嘘ね。いいかげん、私もソージの嘘を見破れるようになってきたわ。危険なのはわかっている。でも、クーナもソージも、リスクのある力を使いこなしているわ。足手まといは嫌なの」
クヴァル・ベステの力。
【第一段階解放】では、刃にすべてを喰らう暴食の力を纏わせることで、魔力、加護、気、結界、etcなんでろうと力をはぎ取り切り刻む。
【第二段階解放】では、クヴァル・ベステが暴食しため込んできた力を担い手が受け取ることで圧倒的な強化を受ける。
ここまではいい。
だが、【第三段階解放】だけは手を出してはならない。
「前にも話したと思うが、第三段階はリスクのある力じゃない、確実に破滅する力だ。クヴァル・ベステは剣の形に封印された最凶最悪の魔王だ。【第一段階解放】の【暴食】は、封印を破るために魔王が外の力を喰らってため込むための副産物にすぎない……そして、第三段階は担い手の体を魔王に譲り渡して、魔王として顕現することだ。魔王の力を振るうんじゃない、魔王そのものになる」
「……魔王になったとき、術者はどうなるの?」
「どうにもならない。心も体も喰らい尽くされる。最悪なのは、【第三段階解放】は使おうと思えばいつでも使えることだ。ただ、魔王にそのすべてを委ねるだけでいい。魔王側も担い手の器が小さければはじけ飛んで力を無駄に捨てるだけだから、今は誘惑をしてこないが、ランク4になれば、最低限魔王が顕現できるだけの器とみなされて、向こうから声をかけてくるだろう。あとはその声に従えばいい」
そうして誘惑に負けて、魔王に体を譲りなおした者がどうなるか、俺は知っている。
もっと言えば、体験している。
「よくわかったわ」
「いいか、絶対にその力は使うな。魔王が誘惑をしてきても乗るな。その力を使って勝利を掴めたとしても、アンネが消え去ればなんの意味もない」
アンネがこくりと頷いた。
クーナも、絶対に使うなと念押しをしているし、俺も改めてリスクのある力ではなく、確実に自分が消える力だと念を押した。
ここまで言えば、無茶なことはしないだろう。
だが、魔王は狡猾だ。
たとえば、俺たち三人が全員死の危機と直面したとき、魔王は契約を持ちかけてくる。
『我を解放すれば、この場は救ってやる。さあ、仲間を救うためにその魂と体を差し出せ』
アンネの性格を考えると、自己犠牲で誘いに乗る恐れがある。
俺にできることは、そういう状況を作らないこと。
絶体絶命のピンチを作らなければ、クヴァル・ベステの誘いに乗らないだろう。
◇
黄金の神殿を目指して森の中を進んでいくと、クーナのキツネ耳がぴくぴくと動いた。
「ソージくん、アンネ、上から来ます!」
俺たちは上を向くと、緑色の毛に覆われ、頭だけ毛がない手長ザルがいた。
ランク3の魔物、ゴブリン・モンキー。
猿の特徴を手に入れたゴブリンだ。
その最大の特徴は圧倒的な機動性と、群れでの攻撃。
長い手にはとんでもない握力と腕力があり、枝から枝へと腕の力で飛び移る。
ふざけているほど速いし、動きが立体的で的を絞らせない。
……以前にも猿の魔物には苦しめられた。高度な知能を持つ魔物は厄介だ。
「アンネ、クーナ、来るぞ。躱せ!」
「「「キキーーーーーー!」」」
群れで動かれると、一体一体を相手にするより数段対処が難しくなる。
すでに七体ほどに囲まれている。
片手でぶら下がった彼らは、魔術でこぶし大のとがった鉄球を作り出し、長い腕をしならせて投げてくる。
その速度は軽く音速を超える。
音速を超える鉄球なんて、受けようものなら手首が砕ける。
かつて戦った猿とは筋力自体が桁違いであり、投げるのが鉄になり威力が数段増している。
まずは、この鉄球の雨を凌がないとならない。
風の精霊と意識をシンクロさせて、全方位を見る。
そして、入射角と速度から軌道を読み切り、わずかに体を傾ける。
クーナとアンネを横目で見ると、ちゃんと反応している。これならかばう必要はない。
数瞬後、音速を超える鉄球の着弾で地面が爆発する。
奴らを見ると、新たな鉄球を握りしめていた。
前回と違い、あらかじめ木々の上にある石を投げているわけではないため、どこの木からでも攻撃できて攻撃が予測しずらい。しかも、鉄の弾を生み出すだけの魔術なので魔力の消耗が少なく、弾切れも期待できない。
つくづく厄介だ。
「クーナ、アンネ、自分の身は自分で守れるな」
「もちろんです」
「愚問ね。私たちだって強くなっているわ」
二人とも特訓の果てに、自分の剣が届く範囲なら気を張り巡らせて、侵入してくるものを感じ取れるようになっていた。
音速を超える速度だが、二人の力量なら、剣域に入ってからでも回避は間に合う。
「わかった。なら、俺は攻めに集中する。この包囲網を突破する」
アンネとクーナが自衛できるなら、俺は自由に動ける。
ならば、することは一つ。敵の数を減らし、チームプレイをできなくする。
やつらは、群れでの行動に慣れており、効率的な囲みを作り、回避し辛いように一斉に鉄球を投げてくる。
だからこそ、行動と配置が読みやすい。そこを突く。
機械魔槍ヴァジュラを構えて突撃の準備をする。
奴らが再び、一斉に鉄球を投げた。
投げた直後に、風の精霊と意識をシンクロさせている俺は鉄球の軌道を読み切り、スラスターを全力で噴射。
反応は鈍く、出力も劣る。砕かれた外殻に変わり、間に合わせで作った急造品。材料もそろわず、設備もない状態で作ったために性能が劣る。
だが、こいつらを倒すには十分だ。
鉄球をぎりぎり躱しながら、圧倒的な速度でモンキー・ゴブリンを貫く。
その重さと速度故に、貫かれたモンキー・ゴブリンは上半身と下半身が分かれてはじけ飛ぶ。
良かった、ぎりぎり魔石は砕けていない。
「「「キキイイィィィィィィ」」」
仲間がやられて、悲鳴をあげて逃げそうとする。
撤退の判断が早い。おそらく、誰か一人でもやられれば、即座に散開して撤退するというルールがあるのだろう。
かしこい魔物だ。
しかし、その隙を見逃すほどクーナとアンネは甘くない。
高く飛び上がったモンキー・ゴブリンの一体にクーナが肉薄していた。
俺がスラスターの噴射で跳ぶように、両手を後ろに向けて炎の魔術を放つことで、立体的かつ拘束で動くモンキー・ゴブリンに追いつき、そのスピードを乗せた蹴りで頭を砕く。
クーナの靴は、エルシエに帰ったときに新調してある。
機能性に優れ、丈夫であり、鉄板が仕込んであった。
あれだけの加速で鉄板が仕込まれた爪先で蹴りを放てば、凶悪な武器と化す。
二匹目の仲間が倒されて、モンキー・ゴブリンの混乱はさらに大きくなる。
別の個体が逃げようと木から木へ飛び移ろうとしたとき、飛び移る先の気が倒れて、そのまま落ちていく。
落ちた先にではアンネがいた。抜刀すると、モンキー・ゴブリンが一刀両断された。
アンネは、むやみに追いかけず、飛び移る先の木を見定めて、両断したのだ。
面白い倒し方だ。
「負けてられないな。俺も次を倒そう」
群れでの戦いをする魔物が、統率が取れなくなった。
その時点で、脅威度は一気に下がった。
問題なく倒せるだろう。
◇
五分後、すべてのモンキー・ゴブリンを倒して魔石を回収した。
その魔石を見て驚く、ランク3の魔石だというのに、そこに宿る力はランク4のものを越えている。
何より、魔石に瘴気が混じりこんでいない。【浄化】をせずとも、その力がすべて体内に宿る。
……女神がボーナスステージと言っただけはある。想像以上だ。
こんな美味しい狩場は他にない。
「やっぱり、ランク3の魔物は怖いですね。鉄の塊が、びゅーって飛んできて、寿命が縮むかと思いました」
「いきなり、神経をすり減らされたわね。受けることもできないし、回避もぎりぎりだったわ」
今回の戦いはスムーズに終わったが、けっして楽勝だったわけじゃない。
一歩間違えれば、誰かが大怪我をしていた。
ランク3の魔物が相手だ。楽なはずがない。
「たしかに、苦しい戦いだった。だからこそ、俺たちは強くなれる。このでかくて濁りのない魔石を見てくれ。これなら【浄化】なしに使える。毎日、どんどん魔石を使えるな」
魔石を【浄化】に必要な魔力は魔石の強さに比例する。
これほどの魔石なら、【浄化】できるのは一日に数個が限界であり、懸念の一つだったし、限界まで魔力を使えば一晩眠ったぐらいじゃ魔力が回復しきらない。
だからこそ、普段はダンジョン内では【浄化】が使えずに、魔石での強化は外に出てからだが、今回ではその制限がない。
【浄化】いらずに使い放題なのはありがたい。
「楽しみです! 稼いだら稼いだだけその日に強くなれますね!」
クーナがぎゅっと握り拳を作ってやる気を出していた。
「そろそろ次へ行こうか。今日の夕食も確保しないとな。ポーションの類を多く持ってくるために、食料は最小限にした。うまい魔物を倒さないと、味気ない保存食になるぞ。今倒したモンキー・ゴブリンでも俺はかまわないが」
「ゴブリンは無理です! がんばって次の魔物を探します! この自慢のキツネ耳で」
「クーナ、がんばって次の魔物を見つけて。保存食もゴブリンも嫌よ」
たいていの魔物は食べられるようになったクーナとアンネだが、人に近いものにはかなり抵抗感がある。
美味しいご飯なしに一週間乗り切るのは難しい。
食べられる魔物が多い、森にいるうちに食料を確保したいものだ。
「あっ、見つけました。こっちです。今日の晩御飯が向こうにいます!」」
クーナのあとをアンネと追いかけていく。
一週間の特訓、どうやら出だしは順調のようだ。