第二十話:白い部屋の戦い
講演会で襲われるのはわかっていた。
そのために備えもしていた。
シリルを招待したのは、彼に娘であるクーナががんばっているところを見させてあげたかったのもあるが、それ以上に保険の意味合いがない。
世界最強であるシリルがいれば、何があろうと対応できると考えた。
だが……。
「甘かったな。【空間転移】とは」
こんな手で分断されてしまうとは想定していなかった。
俺ですら使えない超高難易度魔術。
いや、難易度というよりも特別な魔術回路でないと使えないことがネックになる魔術だ。
過去に使用したのは俺が知る限り、【神聖薔薇騎士団】だけ。あそこの代表の【空間転移】によって何度も苦しめられた。
しかし、彼らは【戦争】によって手を出せないはず。
第一、あいつらの狙いはクーナだ。
クーナを守る俺をまず始末することも考えられなくないが、こんな真似が可能ならクーナを連れ去ったほうがずっと早い。
「さて、ここはどういう部屋だ?」
真っ白い何もない部屋。
天井は高く、壁から壁までおおよそ三十メートル。
わざわざ転移させたんだ。罠があるか、あるいは敵が複数いる可能性が高い。
【レーダー・サイト】。魔力を波長として放ち、周囲を調べる魔術を使う。これなら、罠だろうが伏兵だろうが見つけられる。
わかったのは、この部屋自体に結界が張られており、けっして逃げられないことだけ。
力づくで破るには切り札をすべて使った全力の攻撃を結界の起点となる急所に叩き込むしかない。
それを使ったら最後、あとはまともに戦えない。
白い部屋の外に何があるかもわからないのに、すべての力を使うのはバカだ。
かと言って、ここにずっといるわけにもいかない。
時間をかけて結界を解析してほころびを見つけよう。
そうすれば、少ない魔力で抜け出せるかもしれない。
◇
懐中時計で時間を確認する。
二時間経っている。
だが、結界のほころびは見つけた。本当に小さな穴だ。俺でないと気付かなかっただろう。
この世界の魔術士の水準じゃない。俺と同等、あるいはそれ以上の魔術士の作った結界だ。
こんなものを作れる奴が敵という時点で警戒レベルを引き上げる。
「さて、壊してみるか」
完璧に思えた結界に存在するほころびに毒を流す。それは物理的な毒じゃない、端から徐々に侵食させていき、魔術式を乱し、最後には自壊させるようなもの。
これなら、ほとんど魔力の消費はない。
ただ、時間がかかるのが難点だ。
結界が壊れるまでに、誰も現れないことを祈る。
残念ながら祈りは届かなかったようだ。
「君はいったい誰だ」
部屋の中央に一人の少年が現れる。
十二歳ぐらいで、全裸で宙に浮いている。
その表情には大よそ、人間性というものがなかった。
匂いがしない、熱を感じない、表情がない。
有機的な機械。なんて表現が脳裏に浮かぶ。
「わざわざ、俺を呼んだぐらいだ。よく知っているんじゃないか」
質問を質問で返すのは行儀良くない。
だが、少しでも相手のことを知りたい。
「君は存在してはいけなかった。この世界は完全に詰ませたはずだった。あとは流れに任せれば、この世界にいる誰が何をしようと、【破滅】を完遂できた。わずかな希望も摘んだはずなのに。大きくシナリオが変わった。現時点で消滅しているはずのシリル・エルシエと神聖薔薇騎士団の双方が存在している」
シリルが死に神聖薔薇騎士団が消滅しているはずだった?
そんな未来は俺も知らない。
「君はあまりにもか弱く、我々は気付くのに時間がかかってしまった。君というイレギュラーが確定した【破滅】を揺るがしてしまう」
まるで神様気取りだな
もしかしたら、本当にそうかもしれない。
「なら、どうする?」
「削除する。君は危険すぎる。あるいは君という存在を終わらせる。厄介だ。君はたくさんの種を撒いた。君が死んでも君が撒いた種は消えない。【天使】としての存在意義を実行する」
その発言でおおよそ何かがわかった。
俺をこの世界に呼んだ、【女神】の敵。
【破滅】とやらを起こすもの。
その存在の強さを見る。ランク4程度。天使と名乗った以上、こいつは端末にすぎない。天使というのは崇められているが、所詮は神の道具であり、数ある手駒の一つ。
なら、潰せる。
そう思い俺が踏み出すのと、その天使が動き出すのは一緒だった。
天使が鋭い眼光で俺をにらむ。
いや、睨んだだけじゃない。眼光に光が集まっている。
来る!?
「ちっ」
まっすぐな突進を慌てて軌道修正、斜めへの移動に変えて避けた。
天使から殺意の光が放たれた。
あれはまずい。
光の速さと、まともに喰らえば人体などたやすく貫通する威力。加護など一瞬で削り切られる。
かといって距離をとることに意味はない。
光の一撃を持つ天使と対峙する際、距離をとることは相手の利にしかならない。
ならば、速攻で距離を詰め片付ける。
「【紋章外装】、合わせて【精霊化】」
速攻で倒すために二つの魔術を使う。
相手はランク4。素の俺では有効打を与えられない。
せめてのもの救いは強力な光の魔術を持っているようだが身のこなしは並みだということ。
ならば、消耗の激しい疑似火狐化を合わせた【蒼銀火狐】は必要ない。これで十分。
……もっとも使おうと思っても使えないが。
俺が疑似火狐化するには二つの条件がある。体内にクーナの変異魔力をストックしていること、そしてクーナが隣にいて変異魔力を励起していること。
クヴァル・ベステの精神世界では使用できたが、ここでは不可能だ。
それでも【精霊化】と【紋章外装】を合わせればランク一つ分ぐらいの水増しはできる。
俺はランク3の上位、ランク一つ水増しする以上、ランク4の天使に負ける道理はない!
加速、ステップ、加速。
今の身体能力だからできる残像を残しながらの高速移動。天使の光は次々に空を切った。
そして、槍の間合い。
柔らかい口の中に槍をぶち込む。貫通した。
まぎれもない致命傷。一瞬で加護を使い切らせ、さらに肉を貫く。
「あっけなかったな」
口ではそうは言いつつも、まだ油断はしない。
俺はこれを、端末だと推測した。
もし、端末なら……。
「一体だけとは限らないよな」
周囲にニ十体もの天使が現れた。
一斉にその目が光る。
回避するスペースはない。
以前の俺なら詰みだっただろう。
今なら手はある。シリルが俺の槍に新たな能力を仕掛けてくれた。
シリルはバラバラになった機械魔槍をただ修理しただけじゃなく、改造した。
新機能は巧妙に隠され封印されていた。
まるで、それを見つけるのが課題とばかりに。……その機能を見つけたのはつい先日のことだ。
ありがたく使わせてもらう。
「【吸収】」
シリルが槍に追加した昨日は魔力の吸収だ。マナを使った属性を持つ力はうまく吸収できないが、魔力だけを使った魔術は吸収してしまえる。
天使たちの光はマナを使わない体内魔力だけの一撃。
それも極めて癖がない素直な魔力。実に【吸収】しやすい。
槍を盾にする。
衝撃。目の前で槍の外殻に光が吸い込まれていく。死地は免れた。
だが、槍が震え始める。
光を吸収できるとはいえ、吸収できる量に限度はある。
「なら!」
吸収した光を前面に放出。
それだけじゃない。魔力ブースターを俺の魔力で全開で起動。
吸収した光を放ちながらの突撃。
天使たちの光と、槍が放つ光が相殺し合う。
するとどうなるか?
答えは簡単、双方の光が消えれば魔力ブースターで加速した槍の威力だけが残り、一瞬で距離をゼロにし、天使どもに叩きこめる!
「まず、三つ!」
三体の天使を貫き殺した。
しかも吸収した魔力を全放出することで、吸収できる容量を確保した。
これで再び光線を受けることができる。
これなら、ニ十体全員相手にできる。
……ただ、脳裏に嫌な予感がある。
この二十体で本当に終わるのかと?
◇
「はあ、はあ、はあ」
機械魔槍の外殻がパージされていた。
したくてしたわけじゃない。度重なる吸収と放出で限界がきた。
せっかく直してもらったばかりだというのにまた壊れた。
ただ、残念には思わない。これのおかげでここまで耐えられた。
外殻を外したことで槍が軽くなる。
これなら……。
無機質な天使。その最後の一体が放つ光をぎりぎりで躱した。
頬を光が焼く。肝を冷やしながら足も手も緩めない。
渾身の槍を心臓めがけて放つ。
「これで……ラスト!」
最後の天使が砕かれた。
その場に膝をつく。
全身から瘴気の模様が消えていく。体内の火のマナを吐き出す。
限界だった。
もう、【精霊化】も【紋章外装】も使えない。
しかも【紋章外装】起動時は【瘴気】が肌を焼き続けていた。そのおかげで、加護もほとんどゼロ。
俺はニ十体の天使を倒す代償に、すべてのリソースを使い切っていた。
……一つだけいい変化があった。
どうやら、大量の魔石を摂取していた俺はすでにランク4になるために必要な力は蓄えていたらしい。
この天使たちとの戦いで、ランク4になるに十分な器が育ち、魔石の力が体になじむ。
今の俺はランク4になっている。
「こんな状況じゃなかったら、もっと喜べたんだけどな」
息を必死に整え槍を構える。
俺は、これで終わったなんて思うほどお気楽じゃない。
ニ十体の増援が来たのだ。それ以上が来てもなんの不思議もない。
気配を感じる。やはりか。
絶望はしない。……何が来ようと戦い抜いて見せよう。
クーナたちの元へと帰るために。




