第十八話:【魔剣の尻尾】の絆
笑えるぐらいにぼろぼろだな。
薄暗い穴の底で笑う。洞窟エリアで何日も狩りをしていた。
日付の感覚がおかしい。ただでさえ地下迷宮の中では感覚が狂いやすいが、日の光が入らない洞窟エリアならなおのことだ。
俺は、最大まで狩りの効率を上げるためにパンドラ・スコーピオンの巣で眠るようになっていた。
パンドラ・スコーピオンはコロニーに独特のフェロモンを大量にばらまく。
ダンジョンワームはわざわざ天敵のコロニーに近づかないし、他のパンドラ・スコーピオンも別のコロニーを襲いはしない。
つまるところ、コロニーを壊滅させさえすれば洞窟エリア内で一番安全なのがここだ。
ただ、居住性は最悪なのもいいところだ。
パンドラ・スコーピオンのひどい臭いが充満して吐き気がする。
そもそも、こんなところで気が休まるわけもない。
洞窟は音が響く、常にダンジョンワームやパンドラ・スコーピオンのうごめく音が届く。
懐中時計とメモ帳を取り出す。そうして、何回目時計の針を回ったかを書いておき、日付感覚を失わないようにしていた。
「今日で潜り始めてまる五日か。そろそろ戻るか」
そろそろ戻らないとまずいし、これ以上はもたない。
一度のミスで終わってしまう一人旅という重圧、劣悪な環境、命を投げ捨てるような狩りを行っていることも俺を追い詰める。
体調よりも精神がやばい。クーナとアンネが恋しい。
荷物のほうもまずい。大きめのリュックを背負っておりテントを抜いてスペースを確保しているが、もう魔石でパンパンだ。
連日の狩りで魔力を大量に使う以上【浄化】するだけの魔力が確保できずに、こうして確保した魔石を使わずに詰めることになってしまっていた。
食料も残っていない。
クーナの作ってくれた最後のクッキーを口に運んだ。
甘みとナッツの栄養、それにラードのカロリーが染み渡る。
「ありがとう、クーナ」
残念ながらダンジョンワームとパンドラ・スコーピオンの肉は食おうとしたが……いろいろと残念すぎた。
体液だけは、魔術で水にろ過することで有難く使わせてもらっている。
血の滴る肉が食べたい。地上を目指す途中で狩りをしよう。できれば哺乳類型の魔物がいい。美味しいものが食べたい。
立ち上がった。視界がぼやけ、足がふらついている。
きっと、今の俺はひどい顔をしているだろうな。
さあ、がんばって地上を目指そう。俺は穴から抜け出し、地上を目指し始めた。
◇
火山エリア十四階、火山エリアの野営スポットとして有名な場所で思わぬ再会をしていた。
「それで、なんでクーナとアンネがこんなところにいるんだ」
「それはこっちのセリフです!」
「ソージが一人で書置きをして出て行ってから、すぐにダンジョンに潜ったの。ここを拠点にしてずっとソージを探していたわ。さすがに、洞窟エリアには入らなかったけど」
「残念だったな。俺は常に洞窟エリアにいたんだ」
地下十四階に夕方になってたどり着いたところ、見慣れたテントがあり、クーナとアンネがいた。
問答無用でクーナに首根っこを掴まれてテントに連行された。
「見つからないわけですよ。まさか、一人で洞窟エリアに行くなんて思ってなかったです」
「ダンジョンワームがうじゃうじゃいるのに、よく生き残れたわね」
二人が驚いてる。
それはそうだろう。ダンジョンワームには三人がかりでてこずっていたからな。
一匹倒す間に三匹現れるダンジョンワームの脅威は二人ともよく知っている。
「戦ってないさ、ダンジョンワームからは逃げ回っていた。俺が狩っていたのは別の魔物だ。おかげで、五日でこれだけの成果がでた」
リュックを開くと、限界まで詰められたランク3の魔石があった。
「どれだけ稼いでいるんですか!?」
「普通の方法じゃないわね」
「命がけだ。さすがに死ぬかと思った」
冗談抜きで、何度も死を覚悟した。俺の技量ならできると判断しやっていたが、わずかなミスで即死という捨て身の狩りだ。
俺でも恐怖や不安、重圧を感じ続けており、気が狂いそうになった。
「そういう危険なことをしないでください! 私たちはパーティなのに」
「信用されていないみたいで悲しいわね」
「悪かった。俺の命をかける分にはいいが、ギャンブルみたいな狩りに二人を巻き込みたくなかった。俺だって好きでやったわけじゃない……理由は言えないが短時間で強くならないといけない理由があった。」
いつもの俺なら、こんな命がけの綱渡りなどしない。
「巻き込んでください! 命がけでもソージくんが行くなら行きました。あとすっごく怒っているんですよ。【魔剣の尻尾】の誓いを破ったこと」
「そうね、私たち三人はいつも一緒にダンジョンに挑んで、必ず全員そろって帰還すると誓ったはずなのに」
二人が恨めしそうに見てくる。
「そうだったな。……だけど、おまえたちも学園を休んでくるのはどうかと思うぞ。俺たちはただでさえ出席日数がぎりぎりなんだ。これで留年が確定してアンネの貴族に戻る夢が叶えられなかったら元も子もない」
二人を置いてきたのは危険だからだけじゃない。
ランク3で卒業した際に貴族になれるのは、ストレートに卒業したときだけ。留年すると資格を失う。
「ああ、それなら大丈夫です。ふふふ、クーナちゃんを甘く見ないでください」
「いやな予感しかしないが」
クーナはいつもどや顔をしながら、びしっと指さしてくる。
微妙にいらっとする。
「スゴート教官を説得しました。私の華麗な交渉術でアンネともどもソージくんの助手として授業免除です!」
「……ほとんど泣き落としだったけどね。クーナの甘える才能は異常よ」
その光景が目に浮かぶようだ。
俺はクーナのお願いを断れたためしはない。
「そういうわけで、ソージくんが出発した翌日にはアンネと二人で出発して、ソージくん探しをしていました。こっちはこっちで大変だったんですよ」
「ええ、水や食料のやりくり、ソージと違って次の階までの道筋もわからないし、今までどれだけソージに甘えてたかよくわかったわ。ここに来るまで三日かかったわ。ソージとなら一日でこれたのに」
二人も二人で苦労していたようだ。
それでも俺を探してくれたことが嬉しい。
「あと、ソージくん。さっきからずっと言おうと思っていたことがあります。臭いです。それもすっごく」
クーナが鼻をつまんで涙目になっている。
無理もない。この五日風呂に入るどころか体を拭いてもいない。そしてパンドラ・スコーピオンの体液まみれだ。
まあ、これはあえてのことだが。
パンドラ・スコーピオンの体液を浴びてるとダンジョンワームが俺を避けてくれて多少は安全になる。
「……不可抗力だ。だけど、さすがにまずいな。そういうクーナたちも臭うぞ」
「うっ、仕方ないじゃないですか! ソージくんがいないと水なんてなかなか手に入らないし。体を拭くためになんて使えないんですよ。ソージくんがいつ見つけられるかもわからなかったし」
「自覚はしていたけれど、ソージに言われるとぐさっとくるわね……悪いけど、水を作ってもらってもいいかしら?」
アンネが恥ずかしそうが顔を背けながら自分の臭いを嗅ぐ。
魔力はまだある。だけどぎりぎりか。
「二人で、適当にでかい魔物を狩ってくれ。俺が【浄化】して水を作る。そしたら風呂だ」
二人が目を輝かせる。
いつもなら、二人は毎日桶一杯の水で体と髪の汚れを洗い流していたからな。こういう普通の探索の苦労は初めてだろう。
「じゃあ、行ってきます。瞬殺してばばっと大物を持ち帰ってお風呂です!」
「待ちなさい、クーナ。動脈を傷つけてはダメよ。血が流れるから。あと炎も禁止ね。水分が飛ぶから」
「アンネ、細かい!」
「お風呂に入れなくてもいいの?」
「努力します!」
そうして、二人が去っていく。
俺は横になる。久しぶりのテントだ。やっぱりテントはいい。天井があるし、地面も冷たくない。久しぶりに心が安らいだ。
◇
しばらくするとクーナとアンネが帰ってきた。
大型の牛の魔物を仕留めてきたようだ。水分の確保だけでなく、夕食の確保にもなっている。うまそうだ。
今晩は久しぶりに肉が喰える。
「どうですか、ソージくん! この見事な手際」
牛の魔物は首から上がなかった。
一瞬で頭を燃やし尽くし、傷口を炭化して血の流出を防いだのか。
「今回は文句のつけようがないな。早速、風呂の準備をしよう」
俺は魔術で土の柱を作り、牛をつるす。動脈を傷つけ出口を作り、電撃で無理やり心臓をポンプさせて根こそぎ血を噴出させる。血はあらかじめ作っておいた穴に注がれる。土魔術を使い表面を固めてありしっかりと血が溜まる。
【浄化】し、さらに水分以外の不純物をすべて魔術で取り除く。
「うわあああ、いつみてもソージくんの魔術はすごいです」
「綺麗な水がたっぷり。感動ね」
二人が手持ちの水筒に水をより分ける。
肉も解体して、不要なものは離れた場所に穴を作り埋める。
さてようやく、お待ちかねの風呂だ。
「じゃあ、あとは風呂だな。幸い、この周辺は魔物も寄り付かないし、今は人もいない。クーナ、このままお湯を沸かしてくれ」
「任せてください!」
クーナの炎の魔術でお湯が適温になる。
普段なら絶対に、こんな場所で露天風呂なんて嫌がると思ったが風呂に飢えすぎて理性がなくなっている。
「待ちなさい、二人とも」
アンネがテントを持ってやってきた。組み立て方を工夫して、床の部分が畳まれたままだ。それを風呂穴に被せる。
「万が一、誰かが通りがかったらまずいわ。ソージ以外に見られたくないもの」
アンネが恥ずかしそうにつぶやく。
「そうだな。じゃあ、入ろうか」
「久しぶりのお風呂です!」
俺たちは服を脱いで、風呂穴に入る。
即席の物なので、三人入るといっぱいいっぱいだ。
だが、汚れが落ちていく。ある程度汚れが落ちると魔術で水をきれいにして、不純物だけを取り除くのでお湯は綺麗なままだ。
クーナもアンネも気持ちよさそうにお湯をかぶって汚れを流し、タオルで肌をこする。
生き返った気がする。
「ソージくん、当たってます」
「ずいぶん疲れているようなのに、そっちは元気なのね」
「……ずっとしてなかったからな」
こうやって安心できる状況になってようやく溜まっていたことを体が思い出したようだ。
さすがに虫臭い穴で発散できるほど、俺は変態でもない。
「ソージくん、この階で食料を補充したら、明日から洞窟エリアに潜るんですか」
「それはない。講演会の日までに今回確保した魔石が【浄化】できるかすら怪しいからな」
魔石を【浄化】する場合、消費魔力は自身と魔石のランク差による。今の俺はランク3下位、そしてパンドラ・スコーピオンはランク3中位。必要な魔力量が多い。そのせいで明日以降すべての魔力を【浄化】に回してもぎりぎりだ。
これもまた、引き返す理由だ。
「良かったです。もう無茶をしなくていいんですね」
「できることは全部やったから、地上に戻ろうと思う」
命がけの狩りはもう終わりだ。
近くにいたアンネを抱き寄せる。風呂の中なのでお互いの肌が当然触れる。
そして、彼女の肌に指を這わせ、首元に顔をうずめる。
「きゃっ、ソージ。いきなりはだめ」
「風呂に入ってすっきりして、綺麗になったし、次はあっちのほうもすっきりしたい。さっきから二人と肌が触れ合って我慢できそうにない」
「ソージくんってたまにすっごく親父臭いことを言いますね。でも……いいです」
「そうね、私もソージと離れ離れになって寂しかったわ」
クーナと、アンネ、順番にキスをする。
それから、たっぷりと風呂を楽しんだ。二重の意味で気持ちよくなる。
やっぱり、一人で無茶するより三人のほうがずっといい。
照れくさくて言わないが、二人が俺を探すためにやってきてくれたことが嬉しくて仕方なかった。
その感情は、二人を愛することで表現する。
◇
「ううう、やっと外です」
「今回は本当に疲れたわ。こういうのは二度とごめんね」
「だな、やっぱり三人がいい。夜も楽しめるし」
「「ソージ(くん)本当に反省してる(ますか)?」」
翌日、三人そろって地上に戻ってきたのだが、いきなり怒られた。
夜の楽しみがあるのは精神の均衡を保つために極めて重要だ。俺はまじめなことを言っただけなのに。
今日からひたすら魔石を【浄化】して取り込む。これでランク3上位になれるはずだ。やれることは全部やった。
あとは本番に備えるだけだ。