第十六話:ユーリ先輩の依頼
なんとか寮に帰って来られて良かった。
しばらく拘留されることも十分考えられたので助かった。
スゴート教官のおかげだ。あの人は頼りになる。
「意外に重かったな。まさか、異世界でジロウ系ラーメンなんてものが食べられるとは」
スゴート教官のおすすめの屋台で出された料理はすさまじかった。
スープはおそらく豚の骨とクズ野菜を長時間煮込んで作られたものだろう。それを魚醤で味付けしている。
そこに豚の脂をこれでもかとぶち込む。
麺はもっちりした太麺で超大盛。300グラムは軽くあった。
何よりすごいのが具の量だ。湯がいた葉野菜をこれでもかと山盛りにし、肉塊と表現したくなるような分厚いチャーシューを乗せる。
さらに、ホルモンの煮込みがスープの中にたっぷりと入れられており、凄まじいボリュームだ。
美味しかったが、量は半分程度にしてほしい。
クーナならぺろっと平らげてしまうだろう。
今度連れて行ってやろう。きっと喜ぶはず。だけど、俺とアンネの分は少なめでオーダーしないと悲惨なことになりそうだ。
◇
自室にたどり着いた。人の気配がする。
「ただいま」
「ソージくん!」
「ソージ!」
クーナとアンネが駆け寄ってくる。
俺の部屋で待っていてくれたようだ。
「悪かったな、心配をかけて」
「悪くなんてないです。むしろ、私たちがちゃんとできていれば」
「……話は聞いているわ。私たちも行こうとしたけど、邪魔だから来るなと言われてしまったの」
「スゴート教官なら、そう言いそうだ。でもなんとかなったよ。【白狼旅団】は大打撃を受ける。俺たちに嫌がらせをしている余裕なんてなくなる」
【白狼旅団】はクーナとアンネの暴行未遂。それを組織立って実行した。
その上、警備団の買収もしくは恐喝。
下手をすればクランの解散、下手をしなくても懲罰を喰らう。
生半可な処罰をすれば警備団のもとに騎士学園と、さらに上から圧力がかかる以上、ぬるいことにはならない。
気になるのは、【白狼旅団】の切り札たるランク4の探索者の二人。
今回の襲撃には参加していなかった。
今後、個人として陰に潜み報復してくる可能性はあるので、そっちは別途警戒しよう。
「よかったです。やっぱり、怖かったですから」
クーナがどこかほっとした顔をしている。
アンネのほうを見るとちょっと指先が震えていた。
……二人とも、昼間の件が応えている。少女たちにとって、暴漢に襲われるというのはそれだけの恐怖がある。
それは、魔物との戦いとはまた違うものだ。
フォローしておかないとな。
「今日は三人で寝よう」
たっぷりと愛してやる。
こういうときは、肌で温めるあうのが一番安心させられる。
強い男が傍にいると体に教えてやる。
「もう、ソージくんはエッチです」
「でも、嬉しいわ。今日は一人で寝るのは怖いから」
二人を抱き寄せ、それぞれと口づけを交わす。
そして、そのままベッドへと向かう。
今日はいつも以上にたっぷり愛そう。不安も恐怖も忘れるぐらいに。
◇
昨日は、ずいぶんとがんばった。
二人ともいつも以上に甘えてきた。
目を覚ますとクーナが魔法を使い、温かいコーヒーを淹れていた。
全裸でコーヒーを入れる姿はなかなかマニアックだがそそる。
コーヒーの香りでアンネも目を覚ましたようだ。
「おはようございます。ソージくん、アンネ。クーナちゃん特製コーヒーを淹れてあげますからね」
声が明るい。
無理をしている様子もない。昨日のケアがしっかり聞いている。
アンネの顔色ももとに戻っている。
良かった。トラウマになっていなくて。
クーナがコーヒーをサイドテーブルに置く。
彼女は鼻歌を奏でながら、自分の分には粉末ミルクをいれる。
溶けていくミルクをじっと見ながら、アンネが口を開いた。
「ずっと気になっていたのだけど、ソージは避妊はしていると言っているわりに、なにもつけないし、最後まで……その、するわよね。どうやって避妊しているのかしら?」
「あっ、それ、実は私も気になっていました」
ミルクでそれを連想するのはどうかと思う。
ただ、そういえば説明してなかったな。
「そういう魔術がある。精子を殺しているんだ。これがあるから、余計なものをつけずに二人を感じながら愛せる」
ちなみに、この魔術の開発者は俺だ。
ライブラリにも登録されており、プレイヤーたちには大人気だった。
この世界の避妊具はかなり性能が悪い。
分厚い上にもろくて、はっきり言って気持ちよくなれないのだ。
かつて、プレイヤーたちがコンドームプロジェクトを立ち上げたことがある。
必死に0.02mmのコンドームを作ろうとしているのを見たとき、天啓のようにひらめいた。
そんなめんどくさいことをするぐらいなら、中で出しても大丈夫な魔術を作ったほうが早いのではないか? そっちのほうが気持ちいいし。
そうして、できたのが精子を殺す魔術。
これが完成したとき、コンドームプロジェクトにかかわっていたプレイヤーたちからひどく恨まれたものだ。
これのおかげで、プレイヤーたちは快適な性生活を送れるようになった。ぶっちゃけて言えば、俺のオリジナル魔術でもっともプレイヤーに使われたのはこれだ。
俺の代名詞、【神槍】より使われているのはちょっと寂しい。
「魔術と才能の無駄遣いです。そんな魔術を作るなんて馬鹿ですか!」
「ソージらしいといえば、らしいわね」
クーナは呆れ顔、アンネは微笑する。
「逆に聞きたいが、そのことを不安に思っていたのに、よくそのままにしていたな? 怖くなかったのか」
二人が顔を赤くしてそらす。
「女の子の口から、そんなこと聞けるわけないじゃないですか! それに、ソージくんなら……って何言わせるんですか!」
「私は、その、ソージを信じていたのよ。既成事実がほしかったわけではないわ」
「そっ、そうか。避妊はしっかりしているから心配しないでくれ」
……ただ、この魔術にも欠点がないこともない。
うっかり、興奮したり夢中になりすぎて、魔術のかけ忘れ、失敗、他にも相手が可愛すぎて途中で使う気を無くしたりとトラブルの報告はある。
注意しておこう。
二人は魅力的すぎる。
「そろそろ食堂に行こうか、二人はそろそろ準備をしないとまずい。俺は講演の準備のために図書館に行く」
「ううう、ソージくんだけずるいです」
「クーナ、あなたは授業を休めば、課題を解けなくなったり定期試験で赤点とるでしょう? あとで必死に頑張るぐらいなら、普通に授業を受けなさい」
「正論なんて聞きたくないです! 今が楽ならそれでいいんです!」
相変わらずのクーナ節だ。
これが出るぐらいなら、もう大丈夫だろう。
◇
図書館に行くといったのは嘘だ。
俺の頭にある情報は図書館に貯蔵されている本を上回る。
もっと大事な仕事がある。
寮の裏手には、老朽化されて放置されている旧寮がある。
ユーリ先輩に、ここへ来るように言われていた。
「やあ、やっと来たね。待ちくたびれたよ」
「ユーリ先輩は出席日数が大丈夫なのか?」
「あはは、そんなの関係ないよ。うすうす気づいてるでしょ。……あたしが普通の学生じゃないことぐらい」
「まあな」
権力がありすぎる、情報を知りすぎている。
この人がまともなわけがない。
「まずは、礼を言わせてくれ。おかげで間に合った。ユーリ先輩の情報がなければ、二人を守れなかった」
「感謝したまえ。まあ、君が思っていたようなことにはならなかったはずだけどね。最後の最後には二人とも、きっちりブチ切れて皆殺しにしてたかな? ソージと違って、殺さないようになんて余裕がないだろうし。そしたら、さすがにスゴート教官も庇えなかったから、そっちの意味でまずかったかも」
おそらく、そうなる可能性が高かった。
とくにクーナは本気で怒ると、半自動的に九尾の火狐となる。
そうして、すべてを焼き尽くしただろう。
王の勅命を受けている俺ならともかく、街中で大量虐殺して無事に済むわけがない。
「それで、いったい俺に何を頼みたい。そのために情報を提供したのだろう」
この人は敵ではない。
だが、味方でもない。
俺たちを救うためだけに動くわけがない。
「素直な後輩は好きだよ。君に倒してほしい人がいる。君のやろうとしている講演会はめちゃくちゃになる、そいつの手によってね。だから、気にせずやっちゃっていいよ。ちゃんと正当防衛になるから」
「……話が見えない」
「君の【浄化】さ、この国の上層部は隠そうとしているけど、うちの国、たくさん間者が入り込んでるしね。きっちり漏れてる。それをかすめ取りたい国もたくさんある。それ以外にも、探索者の強さを底上げされると困るって連中もいるからね。とくに後者が、あたしの敵ってわけ」
そういうわけか。
【浄化】にはそれだけの価値がある。
「その敵とやらを教えてもらえないか」
「それはできないルール。いろいろと縛られてるんだよね。あたしも、シリルも。というわけで、そいつらは講演の時に君を襲ってくるから、かっこよく皆殺しにしてね。一応忠告……君は強くなったけど、そのままじゃ死ぬよ」
ユーリ先輩の話はそれで終わりだ。
彼女は去っていく。
……今のままじゃ死ぬか。
エルシエで徹底的に鍛え上げた俺をも上回る化け物が現れるのは?
あるいは数で押し切ってくるのか。
そもそも、講演会の場は厳重な警備が予定されている。参加者たちも高名な魔術士たちが多い。
そんななか、本当に攻めてくるのかという疑問もある。
どちらにしろ、備えは必要だ。
本来、講演会のためにしばらく授業を休ませてもらったが、その時間を俺の強化に当てよう。
形を作ろうだけなら、短時間ででっち上げられる。
クーナとアンネが授業に出ているのもちょうどいい。
一人でならばこそできる、そんな特訓もあるのだ。