第十五話:本当の大人
クーナとアンネを襲っていた集団を蹴散らした。
槍を構えたまま、息を吐く。そして、大きく吸う。
やばかった。
相手は数が多い。初手で蹴散らさないと詰む。
だからこそ、ペース配分なんて考えず、全力でとばした。
……幸い、俺はブチ切れていた。今の俺にはぴったりな戦法だ。
やっと息が整う。
敵の残党をにらみつける。
クーナとアンネを襲っていたのは、約二十名の集団。
ランク3の二人が中心になっており、【白狼旅団】の切り札である、ランク4の二人がいなかったおかげで一瞬で始末できた。
ランク4がいないとはいえ、この人数相手に真っ向勝負ならまずかっただろう。
「重傷者をかついでどこかにいけ。今回は見逃してやる……だが、次はない。そのときは殺す。おまえたちのボスに伝えろ。そちらがやる気なら容赦はしない」
本音を言えば、殺してしまいたい。
だが、ダンジョン内ならともかく街の中で人を殺せば犯罪者だ。
かろうじて死なないようには努力している。
……まあ、これでもまだ向かってくるバカや、後日仕返しに来るバカなら殺すが。
本物のバカは殺すしかない。
軽症者が、重症者をかかえて逃げていく。
とりあえず、今回の襲撃者には釘はさせた。
もう、俺たちに向かってくる勇気はないだろう。
【精霊化】と【紋章外装】を解く。
真の切り札である疑似九尾の火狐化と【紋章外装】を合わせた【蒼銀火狐】は戦闘時間が短すぎる上に反動がひどすぎる。
二人を寮まで送り届けることを考えると使用できなかった。
「ソージくん」
クーナが涙目になって胸に飛び込んでくる。
頭をぽんぽんとしてやる。クーナの嗚咽が聞こえてきた。よっぽど怖かったみたいだ。
アンネが立ち尽くしてうらやましそうに見ている。手招きするとアンネも飛び込んでくる。
クーナほど、アンネは素直になれない。だから、甘えるように促す必要があった。
「二人とも、よくがんばったな。間に合ってよかったよ」
「怖かったです」
「ごめんなさい。勝てるはずの相手なのに何もできなくて」
「仕方ないさ、人間相手で、しかも男だ。悪いのは二人きりで行かせた俺だ。見込みが甘かった」
ここまで直接的な手をいきなり使ってくるのは予想外だった。
地下迷宮ならともかく、騎士学園の制服を着ていれば人目のある街中で襲われないと思っていた。
なにせ、【白狼旅団】は中堅ギルドの一つであり、構成員もかなり顔が割れている。
その構成員が騎士学園の女性二人を襲っているという評判が立つのは嫌がるはず。
それでもかまわず、俺たちへの嫌がらせをしたのはメンツ以外の何かしらの意味があるはず。
……再来週の講演会の作業と並行しながら探ってみよう。
ただ、嫌な予感がする。
もし、俺が【白狼旅団】なら、この状況ならさらにもう一手打つ。
念のために、手回しをしておこう。
◇
アンネとクーナを寮に送り届けたあと、二人を慰め、一歩も部屋を出ないように伝えてから、街を走り回っていた。
……一応の自衛のためだ。
アンネとクーナに、どういうルートを逃げていたのかを聞いていて、そのルート上にある店に顔を出して頭を下げる。
腰を低くし、時には同情を引くような身振りと口調で。
今やっているのは、証人探しだ。
【白狼旅団】の連中が、司法に頼る可能性がある。
被害者面して自警団に駆け込んで、俺を裁かせようとする。
そうなったときに、あくまで仲間が襲われて救うための正当防衛であることを証言してくれる人を探していた。
俺の予感は当ったようだ。
その口ぶりから、【白狼旅団】の連中に有利な証言をするように根回しされたであろう、連中が何人かいた。
こういう根回しをしている以上、俺への報復手段の一つに司法を用意しているとみるべきだ。
それが知れただけでも意味がある、そして証言してくれる人たちをかなり見つけた。
これで、もし敵が動いても対抗できるだろう。
「わずらわしい」
組織で動いている連中は、ただ数が多いだけじゃなくからめ手も得意とする。
だから、今まで敵対することを避けていた。
しかし、一度敵対した以上泣き言も言えない。
淡々と対応しつつ反撃の手を考える。
あまりにもうざいようなら、構成員を一人ひとり闇に潜んで襲撃し、灰も残さずに燃やして証拠隠滅なんて手も考慮しないとだめだろう。
クーナとアンネを守るためならそれぐらいはする。
「ありがとうございます」
証言をしてくれると約束をしてくれた八百屋の老人に礼をし、高めの商品を購入してから外に出る。
これだけ、協力をしてくれる人がいればなんとかなる。
……ほら、来た。
「貴様がソージだな。我々は警備団だ」
「【白狼旅団】から被害届を受けた。貴様に闇討ちを受けて重傷者多数という報告だ。傷害罪で逮捕する」
逆らわずに手を差し出す。
逆らったところで無駄だ。学園都市の学生だと割れている以上、逃げられはしない。
封印都市エリンは、冒険者が多く、基本何があっても自己責任の街だが、警備団も被害届が出されると対応せざるを得ない。
にしても、今回は仕事が早いな。
もしかしたら、こちらにも手を回しているのかもしれない。
◇
警備団に連行されて、簡易牢にぶち込まれた。
抜け出そうと思えば、一分かからない。
しばらくすると別の部屋に連れていかれる。まずは取り調べを受けた。
そこで、今回の経緯を説明した。恋人が多数の男に追いかけまわされ、暴行を受ける直前だった。
制止をするも、聞き届けられず。暴力を振るわれたため、やむを得ず反撃をした。
警備団の連中は一応話は聞いたというスタンスだ。
聞くと、どうやら俺は【白狼旅団】たちが二十人、仲良く散歩しているところにいきなり現れて喧嘩を売り、十四人を重症、六人を軽症にまで追い込んだらしい。
自分以上のランクを持った二十人以上に喧嘩を吹っ掛けるなんて、どんなキ〇ガイだ。
こんな話を信じるのは、真正の無能か。【白狼旅団】と繋がっているかのどちらかだ。
後者だろう。
【白狼旅団】の被害届を裏付ける証人もいるらしい。
もし、俺がただの学生ならここで終わりだ。罪人になり騎士学園は退学。
地下迷宮の探索許可証も失効し、再発行もされない。
だけど、残念ながら俺はただの学生ではない。
扉が開かれる。
警備団の責任者とスゴート教官だ。
「騎士学園の責任者として、ソージが拘束された経緯は聞かせてもらった。【白狼旅団】の被害届の内容と、ソージの発言に食い違いがあると聞いている。状況を見る限り、とても【白狼旅団】の被害届の内容は信頼するに値しない。加えて【白狼旅団】から、ソージとそのパーティは悪質な嫌がらせを受けていた。今回もその一環だろう。ソージを返してもらう」
有無を言わさない口調でスゴート教官は断言する。
となりにいる警備団の責任者は汗をせわしなく拭きながら、口を開く。
「とはいいましても、はいそうですかというわけには。実際、【白狼旅団】側には証人がいますし、はい」
警備団の責任者は下手に出ながらも、きっぱりと拒否の言葉を言った。
さて、保険を使おう。
「俺のほうにも証人がいる。クーナとアンネ……俺の仲間が【白狼旅団】の男たちに追いかけまわされているところを見たものたちがいる。証言してくれると、約束をしてくれた。これがそのリストだ」
保険として、街を回って手に入れたものをスゴート教官に渡す。
彼なら、うまくやってくれる。
「被疑者本人の紹介ではとても信用は」
まだ、粘るのか。
金を握らされているのかと思ったが、弱みでも握られているのかもしれない。
スゴート教官が、警備団の男の襟を持ち上げる。
「貴様はどういうつもりだ。【白狼旅団】にいくら積まれたのかは知らないが、街中であれだけ少女たちを追いかけまわしておいて、知らぬ存ぜぬが通用すると思っているのか。すでに街では噂になっている。証人などなくても、被害届とソージの説明、どちらが正しいかは明白だ」
「ですが、ですが」
「正しい判断を期待する。……ここにいるソージは陛下からの勅命を受けている。彼をこれ以上、ここに拘束するということは、陛下への叛意だ。ましてや、冤罪での拘束ともなれば。職を失うだけで済むと思うなよ……ここで貴様が冤罪を押しとおしてもすぐに軍が介入して真相究明に動く。私が動くように依頼する。真実はすぐに明らかになるだろう」
スゴート教官がいうとおり、【浄化】の講演というのは軍の上層部からの強い要請によって、陛下から勅命が出ている。
それを冤罪で妨害したとなれば、国家反逆罪にもなりえる。
【浄化】の関連はわずらわしいだけだと思っていたが、俺の命綱でもある。
……この警備団の責任者も、【白狼旅団】の言っていることを本気で信じているわけではない。
そして、これだけ雑な冤罪事件の真相を隠しきれるなんてどれだけお気楽な人間でも信じられはしない。
警備団の責任者がハンカチを落とす。
この男の誤算は、俺のことを知らなかったことだ。
この男だって、もし俺が陛下からの勅命を受けているなんて知っていれば、こんなことに協力しなかった。
「かっ、解放しろ。ソージを、いえ、ソージさんを今すぐにだ」
泡を食って、叫ぶ。
部下たちは戸惑いつつも、そのための手続きを開始する。
……だけど、だめだ。
これだけ迷惑をかけられたんだ。
解放しただけで済ませない。ついでに【白狼旅団】への嫌がらせをしないと。
さてと、追い詰めるとするか。
そう思っていたら、スゴート教官が警備団の上司の肩に手を置く。
「貴様には二つの選択肢がある。貴様がソージをただ解放しただけで許されるとでも思っているのなら、この件を私は上に報告し、しかるべき罰を受けさせるように進言する」
スゴート教官はもともと巨漢のこわもてなので、すごむとすさまじい迫力がある。
「そっ、そんな、許してください。私には、養わないといけない、妻も、子が。そんなことをされたら、露頭に迷って」
「当然だろう? 貴様は冤罪をかけることで、ソージをそうさせようとしたのだから。自分がそうなる覚悟ぐらいはあったはずだ」
スゴート教官はあまり敵には回したくない。改めてそう思う。
「だが、私も鬼ではない。そもそも、こんなことで仕事を増やしたくない。二つ目の選択肢をやろう。今回の事件を、【白狼旅団】による我が学園の女生徒への暴行未遂として扱い、さらに【白狼旅団】から賄賂による警備団の買収の話があり、それを貴様は断り、さらに贈賄罪で裁く。そうしろ。……貴様は冤罪に加担していない。ただ、提案されて断っただけ。そういう体にしてやる。どちらが得かはわかるだろう?」
俺が考えていた落としどころと同じだ。
今回の件を利用して、逆に【白狼旅団】を叩く。
力なく、警備団の上司が頷き、俺を解放するための手続きがなされた。
警備団への買収未遂。【白狼旅団】は解体もあり得るだろう。
◇
スゴート教官と街を歩く。
「助かりました。スゴート教官」
「今回の件は私の不手際でもある。【白狼旅団】との確執を聞いていたのに、有効な手を打てず、守るべき生徒たちを危険にさらした。すまなかった」
……この人は本当にいい人だ。
いや、ちゃんとした大人だ。
「それに、今回の件は私情も……いや、なんでもない」
彼が顔を逸らす。
彼の言葉の続きは予想ができる。
私情も入っている。
スゴート教官は学生時代、先輩だったアンネの母親に惚れていた。彼女を想い今も独り身を貫いている。
そして、生き写しのアンネのことをそれとなく見守っていた。
今回の件、冷静そうに見えて内心ではかなり怒っていたのだ。
「お礼に一杯おごりましょうか? いい店があるんですよ」
「……ソージ、それは生徒としてどうかと思うぞ。生徒に奢られるなど、教官として面目がたたん。そして、私は酒は好かん。まだ、飯を食べていないだろう。ついてこい、いい麺料理を出す屋台がある。私のおごりだ。おごる理由は聞くな」
俺は苦笑する。
そして、頷く。
スゴート教官が案内した屋台ではラーメンのようなものを出された。
具材が山盛りで空腹だった俺にはありがたい。
ラーメンもどきを食べながら、今度はクーナとアンネも連れてこよう。
俺はそう決めていた。
あとで、彼女たちの部屋を訪れよう。
今日の件でのフォローが必要だ。




