第十四話:ソージの怒り
スゴート教官に呼び出されて、講演会の日程を聞かされた。
来週、学園祭と合わせて行う。
それなりにきつい日程ではある。
講演会までの授業を免除してもらえたおかげで、それなりに準備はできる。
ただ、悩みどころなのは今週の地下迷宮の探索を行うかどうかだ。
四日間をフルに使った探索は、クーナとアンネにかなり疲労を残している。
今週もとなると、かなり厳しいだろう。
だが、来週は学園祭がある。つまるところ、今週休んでしまえば、二週間連続で探索ができない。
それは、かなりきつく感じる。
「今週は三日で切り上げるか……」
ほとんど【洞窟】エリアに行って帰ってくるだけになるが、それでも何もしないよりはましだろう。
今週は、効率が悪い狩りをし、来週は学園祭。
そして、再来週からは本番と行こう。
「あの、ショートカットを使うか? でも、あれをやると苦情がすごいからな」
……ランク3になった以上、実は切り札がある。
いわゆるぶち抜きショートカット。できなくはないが、めちゃくちゃ疲れるし、いろいろとリスクもある。
あれはもしものための切り札にしておこう。
まずは部屋に戻ろう。考えるのは後だ。
クーナたちが戻って来ているかもしれない。クーナたちにも意見を聞いたほうがいいだろう。
◇
部屋に戻ったがクーナたちは戻って来ていなかった。
光水晶を換金して、懐が温かくなったはず。
探索の疲れをとるために、遊んでいるかもしれない。
さて、俺は講演会のための資料作りでもしようか。相手が猿以下だと想定したうえで、それでもわかるように資料を作らないといけない。
骨が折れそうだ。
◇
「今日は、ここまでか。にしても、クーナとアンネは遅いな」
そろそろ日が暮れるころだというのにクーナたちが戻って来ない。少し、心配になってきた。
クーナたちは美少女で、今日は大金を持っている。
カモネギ状態なのは間違いない。
とはいえ、騎士学園の制服を着ているし、彼女たちはランク3。 そうそう変なことにはならない。
心配は無用だと理性は言っている、だが、胸騒ぎがする。
何かが起こっている気がするのだ。
探しに行こう。そう、決める。
その矢先に、扉が開いた。
クーナたちが帰ってきたようだ。
「遅かったな。心配したよ」
ほっとした。
扉のほうを向く。しかし、そこにいたのはクーナでもアンネでもなかった。
「クーナとアンネだと思った? 残念、ユーリ先輩でした!」
ショートカットの元気の良さそうな少女が、おどけた調子で声を張り上げた。
……少しだけいらっとした。
「なんのようだ。ユーリ先輩」
「ふふふっ、つれないな。せっかく後輩のために来てあげたのに」
「ユーリ先輩とバカ話をする気分じゃない。帰ってくれ」
二人のことが心配だ。
この人と楽しくおしゃべりをする気にはなれない。
「いいのかな? そんなことを言って。君が心配している二人について教えてあげるために来たのに」
「なに?」
なぜ、知っている?
そんな疑問が頭に浮かんだが無視をする。
この人相手に、そんな疑問をもっても何の意味もない。
実際、彼女は知らないはずのことを知り、嘘だけは絶対に言わなかった。
「教えてください。美しく聡明なユーリ先輩。そう言ったら、教えてあげるよ」
「教えてください。美して聡明なユーリ先輩」
「一切の躊躇がない!?」
躊躇している場合じゃない。
二人がピンチならなんとしてでも情報を集めないと。
「ソージはさすがだな。うん、いいよ。好きな子のために必死なソージのために教えてあげる。二人はね。【白狼旅団】の団員から、逃げてるところ。【白狼旅団】は換金所で張っていたみたいだね。ソージがいないところを好機と見た感じかな」
「なっ!?」
驚いた。【白狼旅団】に襲撃されたことにではない。
それは予想できていたことだ。
俺が驚いたのは、あの二人が逃げないといけないほどの戦力を出してきたこと。
クーナもアンネもただのランク3ではない。クーナは九尾の火狐になることで、アンネは【第二段階解放】によってランク4を上回る力を発揮できる。
【白狼旅団】はランク4が二人しかいない。その虎の子を出してくれるとは思えなかったのだ。万が一があった場合、収入がガタ落ちになる。
「ソージ、そんな顔して。状況を根本的に勘違いしているようだね。あのさ、たしかにクーナもアンネも強いよ。向こうがランク4を出してきても、勝てるだろうさ。だけどさ、あの二人に人間を傷つけられると思う?」
そう言われて、ようやく現状が理解できた。
魔物ならともかく、あの二人に人間を相手に戦う。それも、殺してしまうかもしれない戦いは無理だ。
エルシエでの戦争。あれは、そういう空気があった。だけど、今回は違う。
ただの厄介な探索者が相手なのだ。二人は躊躇してしまう。
……急がないと大変なことになりかねない。
「ユーリ先輩、どうせ二人の居場所を教える代わりに、交換条件を提示してくるつもりだろ? 交渉している時間はない。どんな条件でも飲む。だから、今すぐ二人がいる場所を教えろ。おおまかな位置が分かれば探索魔術で見つけられる」
「へえ、そんなこと言っていいんだ」
「ああ、かまわない。時間がないんだ」
ユーリ先輩はにやりと笑う。
この人は、根は悪い人じゃない。俺が破滅してしまうようなことは頼まないだろう。
そもそも、今までのやり取りの中で、彼女に何かしらの目的があり、俺が必要だということはわかっている。
だからこそ、この条件を切り出した。
「二人は、北区画に逃げてるよ。寮のある方面は封鎖されてね、うまく反対方向に誘い込まれてる。君に頼みたいことは後で言うね。じゃあ、がんばれ男の子」
二人の居場所は知れた。
俺はユーリ先輩に返事もせずに窓から飛び出した。
一秒でもはやく、二人のもとへ行こう。
無事でいてくれ。
◇
クーナとアンネは逃走していた。
換金が終わってすぐに襲撃を受けたのだ。
ランク3が四人。それなりに戦力差はあるが、勝てる相手だった。
いきなり、襲い掛かってきて反撃をした。
実力の差を知れば引いてくれると思ったからだ。
だが、まったく相手の敵意は萎えなかった。
実力差は明白なのに、戦いを止めない。
……おそらく、意識を落とすか加護をすべて削り切って重傷を負わせない限り引いてくれない。
ソージのように器用に脳を揺らして気絶させる術も、加護をすべて削り切るほどの致命打を与えつつ、殺さない方法も二人は思い浮かばなかった。
人を殺してしまうかもしれない。
そう、判断した二人は逃げることにした。
二人とも、足には自信があり、逃げきる自信はあったのだ。
「しつこいです!」
「なにかしらの手段で、情報をやりとりできるようね……目が張り巡らされているわ」
引き離しても、引き離しても、すぐに居場所がばれて追撃される。
逃げ込んだ先も最悪だった。
他人を巻き込まないために人が少ないほうへと移動していたが、北区。いわゆるスラムに逃げ込んでしまった。
ここでは助けも呼べない。
二人は、路地裏に入って息を整える。
「今度こそ、まけてればいいですけど」
「きっと、無理ね……もしかしたら、ソージみたいに探索魔術が使える人がいるかも」
二人はかなり疲れていた。
逃走を始めて二時間、いつもならこれぐらいの運動量を苦にもしないが、人に追われるというのは精神的な疲労が大きい。
その精神的な疲れが肉体にも悪影響を与える。
クーナのキツネ耳がぴくぴくと動く。
足音を感じ取ったのだ。
路地裏の前と後ろ両方から男たちがきた。
いつの間にか二十人にまで男たちの人数が増えている。
クーナはソージに教わったランク識別の魔術を使用する。
四人のランク3に、六人のランク2、残りがランク1。
二人は顔を合わせて頷き合う。
もう、手加減なんて言ってられない。殺す気でやらないと殺される……あるいは殺されたほうがマシな目に遭う。
クーナとアンネは、それぞれの武器を構える。
だが、震えていた。殺すかもしれない本気の一撃が撃てるかは怪しい。
……二人は気付いていない。
人を傷つけるという行為のハードルは高い。
慣れていないものは、本気のつもりでも技は鈍る。
そして、この人数差ではそれは致命的だ。
「やっと、追い詰めたぞ小娘ども。そう逃げるなよ。これから楽しいことをしてやるんだから」
「おまえらが悪いんだぜ。【白狼旅団】にたてつくから」
「生意気な、新人にしつけをするのが俺らのルールなんだよ」
獣欲にまみれた目。
二人が委縮する。
いくら強くても少女であることには変わりない。
むき出しの性欲をもった大男二十人に囲まれて、いつも通りというわけにはいかない。
腰は引けて、戦意は薄れている。
逃げ出したい、その弱気が二人の顔にでる。
それを感じ取った男たちは、より強気にでれる。
男たちはわかっているのだ。二人は自分たちより強い。だが、空気に呑まれた今ならやれる。
取り押さえて、とっておきの麻痺毒を飲ませればあとは、やりたい放題。
二人ともとんでもない美少女だ。
今日はたっぷりと楽しめるだろう。……しっかりと教育すれば二度と逆らうことはない。
男たちが武器を構えて踏み出す。男たちの股間が膨らんでいた。
「おまえら、あのキツネ耳は俺の獲物だ。ああいう生意気そうな女が大好きなんだ。たっぷり、ベッドの上で泣かせてやるぜ」
リーダーの男がクーナを見て所有権を主張する。
「別にいいですけど、壊さないでくださいよ。俺たちも後で使うんでね」
「おまえはいっつもやりすぎるんだよ」
「そう言うなよ。あのメスは頑丈そうだ」
そう言って笑った男は、何気なく上を見上げる。
リーダーの上に影ができた。
上を見上げる。
リーダーが目を見開く。
少年がいた。巨大な馬上槍を構えてまっすぐに落ちてくる。
魔力を推進力にかえて、青い燐光を放ちながら。
その少年は、全身に黒い呪文字が描かれている。
リーダーが逃げないと死ぬ、そう思ったときには遅かった。
その少年はあまりにも速かったのだ。まるで流星のような速度だ。
男はかろうじて直撃は避けたが、右腕をもっていかれた。さらに、少年の槍は地面に突き刺さり、クレーターができ、衝撃波で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
男は血を吐いて気絶する。
そう、たった一撃ですべての加護を削り切り、さらに右腕を粉砕した。
加護を失い、欠損した右腕はもう二度と戻らない。
彼は知らない。黒い呪文字は、少年の切り札の一つ、【紋章外装】。
瘴気の鎧を纏うことで圧倒的な力を得る邪法だ。その少年は合わせて【精霊化】という技術も使っている。
ランク3でありながら、ランク4上位の力があるのだ。ランク3までしかいない彼らには抗うすべはない。
「ソージくん!」
「ソージ!」
クーナとアンネは涙目で、うれしさと安心感を込めて、少年の名を呼ぶ。
逆に【白狼旅団】の男たちはパニックに陥る。
リーダー、最強の男が一瞬で無効化された。
そして硬直してしまった。その一瞬が致命的だった。
少年は、もっとも人が密集しているところに巨大な馬上槍を構えて、四つの魔力ブースターを全力で起動し【槍突撃《ランスチャージ】。
超質量、超高速の槍が襲いかかる。
固まっていた八人が、紙くずのように吹き飛ばされ、中心にいた副リーダーの腹に深々と先端が突き刺さる。
少年は軽々と、副リーダーごと槍を持ち上げて地面に叩きつける。
ぐしゃっとつぶれる音がしてから、槍からずぷりと副リーダーが抜ける。
「ぎゃああああああああああああああああ」
副リーダーが悲鳴をあげて失神する。
……死ななかったのは少年が最後の一線で手加減したからだ。そうでなければ、槍はそのまま男の腹を完全に貫いていた。
あの【槍突撃】にはそれだけの威力がある。
ぎりぎり、少年には男たちを殺さない程度の理性があった。
とはいえ、リーダーも副リーダーも、加護が切れた状態で、これだけ壊されてしまった。重度の後遺症が残る。探索者としては再起不能だろう。
少年は口を開く。敵意を込めて。威風を纏いながら。
「よくも、俺の女に手を出した。おまえたち、全員無事で帰れると思うな……死なないようには努力する。だが、手元が狂っても文句を言うな。なにせ、俺は殺したいほど憎みながら、手加減してやっているんだ」
そうして、再び、彼は槍を構えた。
外殻をパージし、巨大な馬上槍は取り回しのいい両手槍に変わる。
残された十一人の男たちは、すでに自分たちが狩猟者から獲物になったと理解していた。
同時に逃げられないことも。
それほどまでに、目の前の少年は圧倒的で、殺意に溢れていたのだ。
彼らには、少年が死神にしか見えなかった。




