第十三話:講演会に潜む陰謀
俺たちは寮で朝食を終えてから学園に向かう。
昨日、寮に戻ってからは大変だった。
ユキナのレストラン巡りに付き合ったおかげで、かなり遅い時間になっていた。
しかも、満腹感により眠気と四日間もの地下迷宮の探索の疲れが押し寄せている。
そんななか、課題をしなければならなかった。
疲労と眠気と戦いながら、俺の部屋で課題に取り組んだ。
課題を終わらせるには深夜までかかってしまっている。
さっそく光水晶が役立ってくれた。
やはり、ろうそくよりずっと便利だ。交換の必要もないし火事の心配をしなくていい。
いろいろあって、光水晶の換金タイミングを逃してしまっている。早めに換金しないと。
「ううう、眠いです。授業中に倒れちゃいそうです」
「講師によっては、居眠りは、即欠席扱いになるから注意しろよ。俺たちは出席日数が危ないんだから」
「わかってます……私はこう見えて、ばれない居眠り、キツネ寝入りは得意なんです!」
まったく自慢できないことにクーナは胸を張る。
クーナは、ドジをしがちなくせにさぼることに関しては妙に要領がいい。
見つかるようなドジはしないだろう。
「ソージは元気ね。私たちが帰ってから、まだ何かしていたみたいなのに」
アンネも、目をこすりながら聞いてくる。
四日分の地下迷宮の探索は、やはりきついと再認識する。
彼女が言う通り、課題を終わらせたあと、俺は一人で作業をしていた。
その作業とは、シリルが直してくれた機械魔槍ヴァジュラの調査。
砕かれたヴァジュラを修復する際に手を加えたと彼が言っていたのだ。
調べないわけにはいかない。
……調べてみて驚いた。やってくれる。いい勉強になった。
いつか、どこかで意趣返ししてやらないとな。やられっぱなしは趣味じゃない。
「まあ、俺はいろいろと裏技を使ってるからな」
「眠気が覚める裏技ですか! うらやましいです。教えてください。それさえあれば、夜更かしし放題になります!」
クーナがキツネ耳をピンと伸ばしながら詰め寄ってくる。
「俺のはただ、即座に深い眠り……ノンレム睡眠状態にもっていって、そのまま持続させるってだけの魔術を使っているだけ。言うだろ? 死んだように眠るって。あれだな。だけど、この魔術はクーナに教えられない。たまにする分には短時間でばっちり疲れが抜けていいが、レム睡眠にも、ちゃんと大事な役割がある……クーナのように調子に乗る奴に教えて毎日使われるのが怖い」
どうしても、睡眠時間がとれないときの緊急措置でしかない。
とはいえ、いつでも一瞬で深い睡眠に入れるというのは便利で、使いやすい魔術だ。
「ううう、人を子供みたいに!」
「クーナ、あなたの今までの行動を振り返ってみなさい」
アンネがするどい突っ込みをする。
調子にのってドジるのはクーナの十八番だ。
「もういいです! 私は大人しく、寝ていい授業では寝つつ、眠っちゃダメな授業ではキツネ寝入りしますから!」
俺とアンネは顔を見合わせて苦笑する。
……クーナ、お願いだからまじめに授業を受けてくれ。
◇
授業はつつがなく終わった。
クーナは朝よりもずっと元気だ。目の下の隈がなくなり、元気はつらつと言った様子だ。
きっと、ぐっすり眠ったのだろう。
居眠り宣言していたので、厳しい講師の授業中、クーナの様子を見ていたが、キツネ寝入りはすごかった。
あれなら、たしかに居眠りなんてばれない。それを習得する努力をもっと別のところに割いてほしいものだ。
片づけをしていると、クーナとアンネがよってくる。
「ソージくん、せっかくの放課後です! 街に行きましょう。デートです、デート」
やけにテンションが高い。
その理由を考えると、すぐに答えが出た。
「光水晶の換金ついでに、おごってもらえると思っているだろう?」
「うっ、そっ、そんなことないですよ」
クーナは視線をそらして口笛を吹く。
わかりやすい奴だ。
「昨日は、ごちそうはこりごりです。なんて言ってなかったか」
「記憶にないですね。たしかに、ちょっと胃はもたれていますが、あっさりして美味しいごちそうなら問題ありません!」
……もう、なんでもありだな。
たしかに、光水晶は換金したほうがいい。
かなり高価なものだし、あまり手元に置いておきたくない。
それに、そろそろ銀行に行って口座を作っておくか。
あれを売ればかなりの金額になる。
金貨というのは嵩張るし重い、全財産を持ち運ぶとそれだけで荷物が多くなるし、不用心だ。
今までは、寮に備え付けの金庫で資産の大部分を管理していたが、金額が金額なので銀行を使うべきだろう。
「わかった。行こう。アンネはどうだ? 軽い物なら食べられそうか」
「ええ、大丈夫よ。……海産物が食べたいわね。新鮮な白身魚がいいわ」
「それなら、たしか【群青の鷹】が教えてくれた店があったな。あっさりして酸味があるソースをかける、蒸し魚が看板料理の店だ」
やけに、うまそうに語っていたから覚えている。
あのときは、魚よりも肉だろうと思っていたが、あれだけこってりしたものを食べた後だとさっぱりした白身魚が魅力的に思えてくる。
「いいですね! じゃあ、さっそくレッツゴーです! そのまえに寮へ戻って着替えですね」
いつもならそうする。
騎士学園の服というのは、それなりに有名だ。
着ているとそれに恥じない行動をしないといけないし、いろいろと色眼鏡で見られる。
だが……。
「いや、今日は着ておいたほうがいい。【白狼旅団】の連中がちょっかいを出してくるかもしれないからな。制服がある程度の抑止効果になる」
騎士学園は国立の機関だ。そして、優秀な探索者を何人も生み出し、その探索者たちはいたるところで活躍しているうえ、裏で繋がっている。
そこの学生に、理不尽に喧嘩を売るのは【白狼旅団】にとってもデメリットはある。
今日の昼休みに、学園で一番頼りになりそうなスゴート教官に彼らとのトラブルを報告している。スゴート教官は釘を刺すと言ってくれていた。
「ソージの言うとおりね。制服の格好のまま街に向かうわ。どっちみち部屋に戻らないといけないのは面倒ね」
光水晶は部屋の金庫だから、そこはあきらめないといけないだろう。
三人で、街に出てからのプランを話し合う。
そうしていると、扉が開いた。
現れたのは俺たちの担当教官である童顔の女教師ナキータだ。
「あっ、良かった。ソージたち、まだ居たんだ。今から、スゴートの部屋……ごほん、教育主任室に来て。君の【浄化】の件だよ」
そういえば、それもあったな。
たぶん、講演の日取りが決まったとかだろう。
面倒だが、いかなければいけない。
「わかりました。すぐに行きます」
「そうして。あと、クーナとアンネは来ちゃだめ。わりーと、大事な話をするからね。部外者……でないのはわかっているけど、聞かせられないこともあるんだよ。ごめんね」
クーナとアンネは頷く。
クーナは一国の姫だし、アンネだって貴族だ。そのあたりの事情は理解できる。
「悪いな、二人とも。一緒にいけなくなった。換金と蒸し魚の店は二人で行ってきてくれ。大金だから、ちゃんと銀行に口座を作って預けておくこと。そんな金をもって直接、飲みに行ったりするなよ」
「ソージくん、子供じゃないんだから、それぐらい言われなくてもわかってます! それから、ソージくんがいないのに、ごちそうなんて食べに行くわけがないです!」
クーナの心遣いが嬉しい。
「ソージ、お酒と美味しそうなものをたっぷり買って帰るわ。今日は、あなたの部屋で楽しみましょう」
「あっ、それはいいですね。さすがはアンネです」
部屋飲みか、それも楽しそうだ。
「じゃあ、任せる。行ってくる。頼んだぞ、二人とも」
「任せてください! 金にものを言わせて楽しい宴会にしますよ!」
「……ちょっと、一人でクーナの暴走を抑えられるか心配になってきたわ」
こうして、俺はナキータ教官と教育主任室に向かい、二人は街に行くことになった。
さて、これで【浄化】関連は終わってくれるといいが。
◇
教育主任室に入る。
そこには、スゴート教官、それに初老ながらも鍛え抜かれた体と獅子のような風格を持つ騎士がいた。
この人は騎士学園の学園長だ。
入学式のときに、インパクトのある挨拶をしたので覚えている。
「ソージ、急に呼び出して悪かった」
「いえ、話が進んでいるようで何よりです」
校長まで来ているということは、もうスケジュールは決まり、そして、学園側の意向も決まっていると考えていい。
その、学園長が口を開く。
「やはり、君はいい目をしている。入学式で新入生代表のときのことは良く覚えている。……一年以内にランク3になると言っていたが、本当にやってしまうとはな」
「覚えていてくださったのですか?」
俺は新入生の挨拶で確かにそういった。
あのとき、その言葉を信じたのはクーナとアンネだけかと思っていたが、この人も何かを感じ取ってくれていたのだろう。
「何万人もの生徒を見ていると、持っている生徒はわかるものだ……スゴート、彼に今の状況を話してくれ」
「かしこまりました」
スゴート教官は資料を取り出す。
「まず、講演の日については十日後だ」
十日後となると、一般的な休日だ。
研究者たちが集まるには都合がいい。
だとしても、あまりにも急すぎるな。
「……もう少し準備期間がほしいところです」
「すまないが、そこは許してほしい。その代わり、今週の授業はすべて出席扱いにする。……普通の生徒であれば、後日に補習などでバックアップするが、ソージには必要ないだろう」
それはそうだ。
この学園で学ぶことなどない。
学園にいる間は、意識の一割ほど授業に向けて、残りの九割で探索の準備と、魔術の開発、クーナたちの育成プランの計画を行っていた。
「そうしていただけるなら、間に合わせますが……なぜ、そこまで急ぐのです」
「それがだな。上から圧力がかかっているのだ。まがりなりにも、だれも使えなかった君の【浄化】から、高位の魔術士には使えるものが作られた。ひどい劣化版とはいえ、何人かの高位魔術士による魔石の【浄化】ができてしまっている。上も期待している。一日、いや一秒でもはやく、常人にも使える【浄化】を開発したいのだ」
俺の渡した【浄化】の術式は、普通の人間には使えないぐらいの超高難易度魔術。
その簡略を目指して、最高の頭脳が集まり、なんとか超高位魔術士なら何時間もかけて実行でき、わずかばかりの瘴気を【浄化】することはできたと聞いていた。
そんなもの、作ったところで意味がないと思っていたが……。
なるほど、そこに可能性を見出したというのであれば、納得だ。足がかりができたのなら、いずれは……という考えだ。
学園長は、そこで言葉を被せる。
「とくに、軍部の連中がいきり立っておる。こんなまどろっこしいことをせずに君を拉致して研究に従事させろと言っているぐらいだ……我が校は生徒の意志を曲げさせることなどはしない。陛下の力添えもあり、突っぱねられたが。講演を一日でも早くという要望を断れなくてな。ぎりぎり、ここまで伸ばした」
それだけの圧力があり、約十日も時間を稼いでくれたのなら、俺は礼を言わないといけないだろう。
……待てよ。
「その日は確か……学園祭では?」
そのはずだ。
再来週は、地下迷宮に行けないからこそ、先週と今週は無理をしてでも四日間フルに潜って経験値を稼ごうとしていたのを思い出した。
「そうだ。そのほうが都合がいい。学園祭の成果発表として君の講演をやる……いろいろときな臭い話があってな。その日が一番我らとしても君を守りやすいのだ。護衛のものも多く配置できる」
なるほど、そういうことか。
……そうだ、いいことを思いついた。
「あの、学園長。招待したい人物がいるのですが?」
「ああ、構わんよ」
ちょうどいい機会だ。
彼を呼ぼう。
恩返しと、意趣返し、をまとめてできる。……それに保険にもなる。
俺がそんなことを考えているとも知らずに、スゴート教官と学園長は、淡々と講演について詳細を説明してくれた。
これは、いろいろと面白いことができそうだ。
……あの人はクーナの制服姿を見たいと言っていたからな。無理にでもスケジュールを作ってやってくるだろう。