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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第六章:ソージが呼ばれた意味
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第十二話:ヴァジュラ復活

 バカが一人罠にはまってからは【白狼旅団】の連中はちょっかいをかけてこなかった。

 奴らが勝てると思えるだけの戦力が集まってこない限り襲撃はないと思っていいだろう。


「ソージくん、おはようございます」

「おはよう、クーナ」


 クーナが眠そうに眼をこすりながら起き上がり、アンネをゆすって起こしている。


「クーナ、俺は外で朝飯の準備をしてくる。その間に支度を済ませてくれ」

「はい、任せてください。……アンネ、起きてください。起きないと、いたずらしちゃいますよ」


 クーナが気になることを言って怪しげな笑みを浮かべた。

 そのいたずらというのを見届けたい気もするが、我慢して外に出る。

 早く朝食を済ませて、地下迷宮を出たほうがいいだろう。


 ◇


 無事、朝食と片づけを終わらせて地上に出た。

 ちょうど昼過ぎで太陽が眩しい。


「うーん、やっぱり本物の太陽はいいですね!」

「なんとか昼過ぎに帰って来れたわね。これなら、課題を終わらることができるわ」

「アンネ、せっかくいい気分でいるんですから、課題のことは思い出させないでください!」

「……早めにやらないと、あなたは夜になってから泣きついてくるじゃない」


 ほとんどの課題を地下迷宮に持ち込み夜にテントの中でこなしていたが、一部参考書が嵩張るものがあり、そちらは部屋に置いてきている。

 アンネの言う通り、早めに手を付けないと泣きを見るだろう。

 四日も探索したので疲れているが、やらないわけにはいかない。


「やっぱり、四日をすべて探索に回すのは辛いな。今までみたいに、三日で探索を終わらせて一日は休息と学園の準備に費やしたい。……とはいえ、洞窟エリアまで向かうなら四日ないと移動時間だけで終わるからな」


 騎士学園の場合、週の最初の三日は学園での授業があり、残りの四日は探索に回される。

 四日もまるまる休みではなく、授業がないだけで、授業の少なさを埋める多数の課題が出される。

 四日すべてを探索に回すと、そのうちクーナたちが倒れてしまいそうだ。


「ソージの言うとおりね。一月ぐらいなら耐えられるけど、これがずっと続くのは辛いわ」


 我慢強いアンネが弱音を吐くのも無理はない。

 地下迷宮探索は、心身ともにかなり疲れる。休みなしで挑み続けるのは無理がある。


「ですね。一日もお休みがないのはしんどいです。かといって、洞窟エリアに行かないのはありえません。ソージくん、なにかいい手を考えておいてください!」

「……クーナは相変わらずだな」


 この人任せな感じは、クーナ特有だ。

 いろいろと裏技を使ってでも、三日で洞窟エリアに行って十分な狩りをする方法を考えておこう。


「まずは、換金だ。光水晶がたっぷりあるから、かなりの金額になるぞ」


 背負っているリュックをゆらすと硬質な音が響く。

 リュックの中すべてが高価な光水晶だ。


「やった! 今日はごちそうです! 前から気になるお店があったんですよ」

「私は、鞄と靴を買い直したいわね。だいぶガタが来ているわ」

「これだけあれば、ごちそうだって鞄や靴だって余裕だな」


 二人の表情がほころぶ。

 ランク3にならないと、たどり着けない場所にあり、しかも需要が大きいお宝だ。高く売れるだろう。

 ……いや、全部売るのはやめたほうがいい。一つずつ自分たちの分を確保したいし、そのほかにも素敵な使い道を思いついた。


「クーナ、クーナはエルシエで光水晶は見たことがないんだな?」

「ないですね。エルシエの地下迷宮には存在しないと思います」

「光水晶をシリルさんたちは喜ぶと思うか? 喜んでもらえるなら世話になったお礼に送りたいんだ」


 彼らにはずいぶんと世話になった。

 少しでもお礼をしたい。


「すごく便利ですし、きっと喜ぶと思います!」

「わかった。なら、俺の取り分をプレゼント用にしよう。クーナ、アンネ、換金前に食事をしながら、良さそうなのを選ぶのを手伝ってくれ」


 二人がこくりと頷く。

 恩を感じているのは二人も同じようだ。


「ソージ、あなたの取り分を減らす必要はないわよ。プレゼントにするのを選んでから三等分にしましょう」

「はい、私も同じ意見です。ソージくんばかりにいい格好はさせませんよ。三人からのプレゼントです!」


 苦笑してしまう。

 やっぱり、俺たちはいいパーティだ。

 さっそく換金所に向かおう。二人に背中を向ける。

 すると、右腕に温かくて柔らかい感触。

 クーナかアンネが抱き着いてきたようだ。……アンネじゃない。それなりに大きな胸だ。これはクーナだな。


「クーナ、街中で抱き着いてくるな。恥ずかしい。そういうのは部屋でだ」


 そう言いつつ振り向くと、少し離れた位置にいたクーナがきょとんを首を傾げる。

 あれ、おかしい。

 クーナじゃない。だとしたら誰だ?

 俺は常に周囲を警戒している。気を許しているクーナとアンネ以外なら、近づかれれば気付くはず。


 ……超一流の刺客か?

 おそるおそる右腕のほうをみる。


「ソージ、久しぶり。お届けものをもってきた」


 そこに居たのは、銀の火狐。

 どこか無表情なクールビューティ、クーナと同じくキツネ耳ともふもふ尻尾をもつ、……クーナの姉のユキナだ。


「ユキ姉様!? どうしてソージくんに抱き着いているんですか」

「ノリと勢い。……がっしりしてなかなか好み。ソージ、クーナに飽きたら教えて。私がもらってあげるから」

「ユキ姉様! 何を言っているんですか!?」

「冗談」


 ユキナがくすりと笑って、軽やかな足取りで離れる。

 相変わらず、いい性格をしている。


「思ったより早く着いたようだな」

「ん。急いで来た。寮についたら地下迷宮から戻って来てないって聞いてここに来た。ソージ、受け取って」


 ユキナが背中に巻き付けていた、巨大な布に包まれた棒を渡してくる。

 それは、俺の槍。

 機械魔槍ヴァジュラの外殻。

 これを付けることで、ヴァジュラは真の姿を取り戻す。

 シリルさんが弄ったというのは本当のようだ。彼の魔力を強く感じる。


「ありがとう。……シリルさんに礼を伝えておいてくれ」

「ちゃんと言っておく。それから、三人ともご飯はまだ?」


 俺たちは頷く。

 朝食からだいぶ時間が経って、今は昼食時だ。


「なら、付き合って。食事代は気にしないでいい」

「いや、わざわざ来てもらったのに、おごってもらうのは悪い」

「気にしないでいい。無料だから。エルシエワインは、美味しい料理を出す店にしか仕入れさせない。何か月かに一回、エルシエワインを扱うのにふさわしい店かを試す。代金は店持ち。四人で行くことを事前に話してる。一人だと複数のお店を回るのはきつい」


 なるほど、そういうことか。

 エルシエワインは大人気だが、数が少なく入荷が難しい。

 どうやって、店が入荷しているのかは気になっていた。

 まさかユキナが気に入った店に卸していたとは思わなかった。


「そういうことなら、甘えさせてもらう」

「ん。どこもおいしい店。だからエルシエワインを卸している。回る店は五軒。徹底的に付き合ってもらうから覚悟して」


 美味しい店が五軒と聞いて、クーナがキツネ尻尾をぶんぶんと振り始めた。

 アンネのほうも目を輝かせている。

 俺も楽しみだ。


 そうして、ユキナに案内されて、次々に店をはしごすることになった。


 ◇


「うぷっ、もう食べられないです……」

「どこのお店も美味しいけど、さすがに五軒は苦しいわ」

「だな、食いすぎた。しばらくは、あっさりしたものが食べたいな」


 ようやくレストラン回りが終わった。

 今は公園のベンチで休んでいる。

 俺たち三人がぐったりしている横で、ユキナはメモを読み返していた。


 ユキナは、味のチェックの他にも客の様子を眺めたり、店主から意見を聞いたり、少しでもエルシエワインを良くしようとしているのだ。


「三人とも情けない」

「いったい、その細い体のどこに入るんだ……」


 ユキナは妖精のように可憐な少女だ。

 それなのに、俺たちよりもたっぷりと食べていた。

 クーナもかなり食べるほうだが、そのクーナを上回る。


「美味しいお酒を造るには、いっぱい食べて、いっぱい飲むことが必要。……今回もいい勉強になった。どのお店もすごく頑張ってる。出荷の継続は決定」

「確かに食べすぎて苦しいけど、どのお店もすごく美味しかった」

「はい、そのせいで苦しくてもがんばりすぎちゃいました。うぷっ」

「クーナは食い意地が張りすぎよ」


 ユキナの選ぶ店は、いい材料を使い、手間を惜しまない店だった。

 それでいて、おごり高ぶった感じがなく、親しみやすい店ばかりだ。

 彼女の話では、料理以外に金をかけて値段を吊り上げる店は好きになれないとのことだ。


「気に入ってもらえてよかった。本当に美味しい店じゃないとエルシエワインは卸さない」


 このセリフはよほど自分の造ったものに自信がにと言えないセリフだ。

 彼女がまぶしく映る。


「ソージ、クーナ、アンネ。今日は楽しかった。そろそろ帰る」


 ユキナが立ち上がった。

 俺も慌てて立ち上がる。


「待ってくれ。お土産があるんだ」


 背負いっぱなしだったリュックを下ろし、光水晶を広げる。


「これはいったいなに?」

「封印都市の地下迷宮でとれる鉱石で、永遠に輝き続ける。夜の照明にもってこいだ」

「素敵。蝋の臭いが酒に移るから、酒蔵での明かりはいつも困ってた。これがあればお酒造りが楽になる」


 ユキナの表情が柔らかくなる。

 いつも無表情な彼女にとって、最大級の喜びの表現だ。


「必要なだけもっていってくれ。色も光の強さもいろいろあるから。ちゃんといいのを選んでくれよ……その間に俺たちはシリルさんとライナさん向けのを選ぶ」

「ソージくん、任せてください! 父様や母様、姉様の好みは、ばっちりです。兄様はわりとどうでもいいです!」

「クーナ、そのセリフをライナさんが聞いたら泣くわよ?」


 クーナは素知らぬ顔だ。

 ライナは、ひどいシスコンだが愛が重すぎてあまりクーナに懐かれていない。

 悲しい。

 ユキナがくすりと笑う。


「素敵なお土産。ありがとう。遠慮なくいただく。……お礼がしたい。いつでもいいから、エルシエに来て。秘蔵のお酒を出すから。ソージに昔渡したヴァリス・エルシエワインよりすごいの」

「それを聞いたからには、絶対に行かないとな」

「はい、ユキ姉様の秘蔵の酒とか飲まないわけにはいきません!」

「ヴァリス・エルシエワイン以上のものなんて、値段をつけることすらできないわね」


 それから、ユキナは真剣な顔で三つの光水晶を選び、俺たちは協力してお土産ようのものを選別した。

 ……とはいっても、ライナ以外に渡す光水晶はシリルさんたちの好みを知っているクーナ任せだが。


 ライナのは、俺とアンネが彼に似合いそうなのを選んだ。

 光水晶が選び終わると、門までユキナを見送った。

 彼女の馬車が見えなくなるとクーナが口を開く。


「ソージくん、ヴァジュラがやっと完璧になりますね」

「だな。外殻がないとやっぱり格好がつかない」


 次に地下迷宮に潜るときには、ヴァジュラを真の姿で暴れさせられるだろう。

【白狼旅団】の脅威がある今、戦力アップはありがたい。


「さて、寮に戻ったら今日は早めに寝ちゃいましょう! 明日から授業です。ちゃんと備えないと」


 クーナが鼻歌を奏でながら背を向ける。

 寝言をいうクーナの首根っこをしっかり押さえる。


「……帰ったら、まずは課題だ。クーナ、まさか明日の朝になって泣きつけば写させてもらえるなんて思ってないよな?」

「なっ、なんのことかわからないです。そっ、そんなこと思ってないですよ」


 これほどわかりやすい嘘はない。

 クーナはけっこうずるがしこい。


「帰ったら、三人で勉強会ね。……クーナ、忘れたなんて言わせないし、明日の朝になってできてなくても写させないわよ?」

「ううう、騎士学園辛いです。もうずっと地下迷宮もぐっていたいです!」


 俺とアンネは顔を見合わせて笑う。

 地下迷宮ぐらしが続けば絶対にクーナは学園に戻りたいと騒ぐだろう。

 こうして、俺たちは満腹になったお腹を押さえて寮に戻った。

 しっかりとクーナにも宿題をやらせて就寝した。

 明日から学園だ。

 それに、そろそろ俺が提供した【浄化】の術式に興味を持った魔術士たちを集めての講演会の日時が決まる。

 明日からもがんばっていこう。

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