第十四話:俺の魔術で運命をねじ伏せる
試合は十分後にコロセウムで行われる。
その待合室に俺は居た。
クーナとアンネがついて来てくれている。
「なんで、こんな無茶をするの!?」
アンネが俺に詰め寄って問いかける。
いつも冷静な彼女らしくない。
「あの場で言ったとおりだよ。ランク2を倒したほうが、戦いが一回で済んで、しかも評価してもらえる」
「うそ、私のためでしょ」
「確かに、評価のためにっていうのは嘘だ。認めよう。でも、アンネのためってわけじゃない。俺たちのためだよ。【魔剣の尻尾】の最初のミッションは、全員で特待生だ。そのためにやったことだ」
「だけど!」
「これは俺の意地だよ。邪魔はしないでくれ」
突き放すように俺は言った。
「アンネ、ソージくんは覚悟を決めたんです。男の子の意地を邪魔しちゃダメです。こういうときに黙って見送るのがいい女というものです」
「……わかったわ。止めない」
アンネが若干うつむいてそう言った。
「でも、ソージくん。約束してください。絶対に勝って戻ってきてください。じゃないと、私は一生、あのとき殴ってでも止めればよかったって後悔しちゃいますから」
「約束するよ。絶対に勝つ」
クーナが指切りを求めてきたので、それに応える。
「約束しましたからね。……ソージくんと居ると、驚きがいっぱいです。あんな大きな魔石、いきなり食べちゃうんだもん。本当にびっくりしました。生きているのが不思議なぐらいです」
「そうでもないよ。そもそも、どうして魔石を食べると人が死ぬのか知っているかい?」
俺は根本的なことを問う。
「わからないです。そういうものだということぐらいしか」
「実は、魔石は俺たちを強くする力のほかに瘴気が大量に入っているんだ。瘴気は魂を犯す毒でね。それに耐えきれる体がないと、即死する」
そう、それこそが魔石の欠点。
ゲーム時代のイルランデのプレイヤーたちは、食べてもいい魔石の順序とそれを手に入れるための魔物順を真面目に作ろうとしていた。
だが、段階を踏んでちょうどいい強さの魔石を得ることは難しく挫折し、安全だけど、効率が悪いランクの低い魔石を山ほど摂取するという方法を選択するしかなかった。なにせ同じ魔物でも魔石の強さが変わったりするので、まともに攻略ができない。
それは、今のこの封印都市の住人も変わらない。ここの住民もひたすらランクが低い魔石を大量にとり、少しずつ強くなることを選んだ。
だから、ランク3はなかなか誕生しない。
「でも、それを知ったところで意味がないわ」
「そうかな、問題がわかったら解決すればいい。瘴気を取り除く」
「無理よ。完全に一体化しているわ」
「俺はできる。だから、あの魔石を吸収できた」
当然、プレイヤーたちはあまりの効率の悪さに嫌気がさす。
根本的な解決をするために、数万人がそれぞれに魔石の分析をはじめる。
瘴気の存在を突き止め、様々なアプローチで除去にトライ。数百の仮説が魔術開発チームに共有され、それを実証するために、数百人がかりでそれぞれの仮説に対応した魔術を開発。
結果、ゲーム内時間で二年かけて魔石から瘴気を取り除く魔術式が完成した。
今、俺が使っているのはその魔術式の改良型だ。
「しかも瘴気を取り除くのは安全さだけじゃなくて、瘴気ごと食べるよりも二倍以上強くなれる効果もある。瘴気と一緒に摂取すると魔石の力と瘴気が反発して得られる力が半減していたんだ」
「すごすぎるじゃないですか。どんな魔石でも安心して食べられて、なおかつ効率が二倍なんて! 革命ですよ。今度私にも教えてください」
「ううん、それは厳しいかも、七百六十二工程の魔術だから」
上級と呼ばれるものでせいぜい、百工程。
これは規格外にもほどがある。
「それ、人には不可能な魔術じゃないですか!」
「努力次第だね」
一応、裏ワザがある。
普通の人間が魔術式を浮かべる時に、文字列をイメージするが、ホムンクルスの俺たちは、もともと脳に魔術式を刻んでいるから確実な魔術の実行ができる。一度に刻めるのは合計2420工程まで、その合計まではいくらでも魔術をストックできる。その気になれば魔術式を消して新しい魔術式を刻むことも可能だ。
他人の脳に魔術式を刻むのも、その応用で可能だ。そうすれば、普通の人間でも、いかなる状況下にあろうと、高速で確実に複雑な魔術を使用できるようになる。ただし、一度刻んだ魔術式は二度と消せない。
個人差があるが、多くても1000工程までなので、刻む魔術は吟味する必要がある。
いずれ、クーナとアンネが許してくれるなら、彼女たちに最高の魔術をプレゼントしたいと思っている。
「クーナたちが使えないことはさほど問題ないさ。俺が瘴気を浄化するから、浄化した魔石を食べればいい」
「ランク3への道が一気に近づいたけど、ズルするみたいで不思議な気持ちです」
「たしかにそうね。他の人の数十倍の速度で駆け上がれそうだわ」
「ズルとは心外だ。この魔術を作り出すため、どれだけの血と涙があったと思っているんだ」
数万人の二年だ。
掲示板で、無数の仮定案が出て分担して総当たりで魔術開発。プロジェクトX並みの開発ドラマがある。あれは死ぬかと思った。途中で何度か諦めようとしたが、最後まであがき抜いたからこその、浄化魔術。
「魔石を浄化する魔術。ソージが作ったのかしら? だから、噂すら聞いたことがないのね」
「ですよね。そんなのがあったら一瞬で噂になりますよね」
二人が納得したような声をあげる。
「俺一人で作ったわけじゃないけど、開発したチームの一員だったよ」
「すごい人ばかりですね。いつか会ってみたいです」
「ちょっと難しいかもね、みんな忙しいからいつかね」
俺は苦笑いでごまかす。
そろそろ時間だ。
「クーナ、アンネ。ありがとう。二人のおかげで緊張がほぐれたよ。勝ってくる。俺たちのパーティ、【魔剣の尻尾】のために」
「ソージくん信じていますから」
「ソージ。負けてもいいから、絶対に死なないで」
「死なないし、絶対に負けない。俺は、勝利をこのエンブレムに誓う」
俺は首にぶら下げているエンブレムを高く掲げる
さあ、行こう。勝ちに。
【格】をあげたところで所詮俺はランク1の中位、ランク2の先輩の足元にも及ばない。彼我の戦力差は絶大。
たとえるなら、小学生とプロレスラーの戦いだ。
それぐらいの力の差がある。
だが、不安はない。
この程度の絶望的な状況、何百回と経験している。
◇
「逃げずに来たかランク1」
コロッセウムの檀上にあがる。
円系の石造りの本格派。
「来ましたよ。先輩」
「舐めているのか? 武器も持たずに」
先輩は軽装のプレートメールに飾り気のない扱いやすい長さの片手剣をもっていた。
「武器ならありますよ。【魔銀錬成:壱の型 槍・穿】」
魔術を起動し、腕に巻いたリングを槍に変形する。
「……けったいな技を使って」
先輩と観衆の一部は、この魔術の異常性に気付いたようだ。
それに俺の魔術の腕も。
「ああ、あれすごいね。武器が飛び出てきたよ。不思議だね。手品だね、あれ、なんだい」
王様も大喜びで、隣にいる解説役に質問している。解説役は座学で世話になった、あの大男の教官だ。
「先輩、試合の前に聞いておきたかったのですが、パーティへの参加を断った俺がむかつくから、先輩の弟に特待生の枠を獲らせたいから、アンネを巻き込んだ。彼女の夢を踏みにじろうとした。その認識は間違いないでしょうか?」
俺は怒っていた。名誉貴族になり、父の冤罪を晴らしてオークレール家の誇りを取り戻す。彼女の願いをくだらない理由で踏みにじった目の前の男がどうしても許せなかった。
「なんだ? いきなり」
「答えてください」
「……そうだ。その通りだ。でもな、俺がそうしなくても、あの女はいずれ誰かに潰されていたさ、そういう運命なんだよ。大罪人の家に産まれた瞬間にあの女の運命は決まっている。破滅だ。不相応な夢を見る前にさっさと終わらせてやるんだ。感謝してほしいぐらいだぜ」
嫌味な笑みを浮かべる先輩。
確かに彼の言うとおりだ。アンネの父の犯した罪は一生、彼女を苛む。俺の知る限り、アンネは必ず自ら魂と言った魔剣を手放すほどの絶望に屈するのだ。
「なるほど、運命ですか」
「そうだ。運命だ。そんな奴に関わるから、おまえも破滅する。一生、あのとき俺に従っておけば良かったと後悔させてやるぜ」
「はっ、そんなものが運命だというなら……」
俺は認めない。認めないならやることは一つだ。俺は……
「俺の魔術で運命をねじ伏せる」
槍を突きつけ、宣言した。俺にはそれだけの力がある。
この場を乗り切っても、その次の運命が彼女を襲うだろう。その度に俺がねじ伏せてみせる。
先輩は気後れし、後ずさった。
女教官が俺と先輩の中心に立つ。
「ルールを説明する。加護がつきるか、気絶、ギブアップしたところで負けだ。また、この試合では何があろうと自己責任とする。双方、問題ないか」
「かまわないぜ」
「俺も問題ありません」
加護、この世界で傷を負ったときに、出る青い粒子。
個人差があるが、【格】があがるほど、その保有量は大きくなる。
それが尽きた瞬間、傷は癒されなくなる。
そして、なによりの問題が、【格】をいくら上げていようと、加護がきれた状態であれば、その効力を失い。一般人と同じ防御力と身体能力になってしまう。その状態で【格】をあげた相手の攻撃を受ければ待つのは死。
魔術で傷は治せても加護は自然回復を待つしかない。
「では、双方準備……」
教官がためをつくる。
俺と先輩は武器を構える。
クーナとアンネが両手を前に組み祈っているのが見えた。
二人を安心させるために早く勝たないと……
「はじめ!」
そして戦いの火ぶたが切られた。