第十一話:手荒い招待
野営で合流した【群青の鷹】の面々と話が弾んだ。
肉の力は偉大だ。うまい肉には幸せ成分が詰まっている。
酒をもってくれば良かったなんて考えてしまう。
実は探索者の中には酒をもって地下迷宮に挑むものも中にはいる。
探索はストレスとの戦いだ。酒を飲むことで気を静めるのも有用だ。何より、水と違って腐らない。
長期の探索を行う場合は役に立つこともある。
とはいっても、なんだかんだ言って水とどっちかを選べと言われれば普通は水を持つ。
アルコールは喉の渇きを潤せるが、体内の水分を奪ってしまう。
それに地下迷宮内で酔うこと自体が危険だ。こうして魔除け香を焚いてテントで野営していても襲われるときは襲われる。
魔物はもちろん、人間にも。
そういうわけで、俺は迷宮に酒は持ち込まない。
【群青の鷹】を見送り、三人でテントに引きこもる。
結界の設置もしっかり行っておいた。
クーナとアンネはパジャマに着替え始める。
「勉強になりましたね。ベテランの人たちの話って面白いです」
着替え終わったクーナが、夜の会話を思い返しながらつぶやく。
「そうね、ソージがいるおかげでどれだけ楽をしていたか思い知らされたわ。……普通の探索者ってあんなに大変なのね。限界までがんばって、引き返そうとしたら、地形が変わって迷ったあげく食料が尽きるなんて悪夢そのものよ」
アンネがしみじみとつぶやく。
【群青の鷹】は場を盛り上げるために、ベテランならではの探索の苦労話をしてくれた。とくに食い物と水の話が多かった。
「ですね。ソージくんとの探索を語るたびに、【群青の鷹】の皆さんすごい顔してましたよね」
「はじめは羨ましがっていたけど、どんどん殺意に変わっていたわ。前からちょくちょくソージが自慢をするものだから、聞き流していたけど。ソージってすごいことをやっていたのね」
「何を今更。クーナとアンネには一度、俺の魔術なしでの辛い探索を味わってもらったほうがいい気がしてきた」
「うっ、それはごめんです」
ようやく俺の偉大さがわかってくれたようだ。
クーナとアンネは探索における本当の苦労を知らない。
俺たちのパーティは魔物の肉を食い、魔物の血から水を作れる俺のおかげで、迷宮探索で食い物と水に困ったことがない
さらに言えば、俺が調味料を大量に持ち込んで作っている美味しい料理に、どれだけ精神的に助けられているのかも意識していない。娯楽のない地下迷宮での美食の効果は非常に大きい。
道に迷わないのは瘴気の流れを読む、俺の技術の賜物だし、後退で見張りをせずに、テントでぐっすり眠れるのも結界があるからだ。
……ゲーム時代のことを思い出す。
初めから、こんなに便利な魔術が開発されていたわけでも、ノウハウが集まっていたわけでもない。
プレイヤーたちだって、最初は普通の探索者の苦労を味わってきたのだ。
なんども心が折れそうになった。
実際に折れて引退したプレイヤーも多数いる。
俺だって飢え死にしたり、我慢しきれず迷宮の水に口をつけて死んだこともある。……最低の死に方だ。
そんな中、一歩一歩快適に探索するための技を開発し共有してきたから今がある。
「そんなに、あいつらの話が面白かったのなら、もっと話してやろうか? 地下迷宮残酷物語なら俺もいろいろできるぞ。あいつらの話なんてまだまだ序の口だ」
「いえ、いいです」
「……興味はあるけど、食事中に排泄物の話なんて聞きたくはなかったわ」
体外に出ていく水分の再利用は、地下迷宮探索のなかではわりとポピュラーなほうだったりする。
末期は、共食いまであるからな。
地下迷宮の地下深くで荷物を失った探索者はそこまですることがある。魔物を食えば瘴気で死ぬが、人間を食っても死にはしない。
「前も言ったが、地下迷宮は深くなればなるほど、魔物よりも人間が怖くなる。……飢えて死ぬするぐらいなら人から奪う。っていうのは極めて自然な発想だ。他人の眼もないしな。極限の状態になれば、人の理性の皮なんてあっさりはがれる……そうでなくても気が狂うやつもいる。クーナやアンネのような若くてきれいな女の子は特に危険だ」
ちょうどいいので忠告だ。
俺が近くにいればいいが、常に傍にいれるとは限らない。
特に洞窟エリアは罠や崩落のオンパレード。俺たちが分断される危険性も出てくる。
……クーナもアンネも人が良すぎるのだ。
騙されて食い物にされる危険性がある。
「はい、地下迷宮ではソージくんとアンネ以外は全員敵で私を騙そうと思っている。それぐらいの気構えでいます!」
「クーナ、いくらなんでもそれは行き過ぎていると思うわ」
「いや、それぐらいでいい」
クーナの言っていることは正しい。
それぐらいじゃないと、あっさりと騙される。
……そして、今も。
まったく、なんてタイミングだ。
槍を構えて扉を睨む。
テントの周りに入っていた結界に反応があった。
俺がテント周辺に張っている結界は、魔力消費が激しく維持が難しい防御型ではなく、侵入者の存在を術者に伝える感知型だ。
「クーナ、アンネ、衣服を整えろ。来客だ」
クーナとアンネが頷いて、それぞれの武器を手に取る。
それを確認してから口を開く。
「いったい、こんな時間に何のようだ?」
結界に引っかかったのは三人。
その三人組の侵入者が止まる。
「夜分、遅くに済まない。話がしたくてやってきた。我々は怪しいものではない。【白狼旅団】そう言えばわかるであろう?」
妙に偉そうな口調だ。
というか、【白狼旅団】そう言えばわかるであろう? なんて、完璧に上からの発言だ。
……めんどくさい匂いしかしない。
【白狼旅団】は、封印都市では三番手か四番手に位置する巨大クランだ。
クランには拘わらないようにしているからこそ、大手クランの情報収集は定期的に行っている。
彼らと鉢合わせをしないようにするには情報を集めるしかない。
「すまないが今日は帰ってくれないか? こちらのパーティには若い女性が二人いる。このテントに男を招き入れるつもりもなければ、目を離すのも不安だ」
テント越しに、いらっとした空気が伝わってくる。
おそらく、【白狼旅団】の名前を言えばぺこぺこと頭を下げるとも思ていたのだろう。
荒々しい足音が聞こえた。
クーナとアンネを背中にかばう。
「そう言われても帰るわけにはいかん。我々も子供の使いではないのでな」
ついにテントの中まで入ってきた。
均整のとれた体つきの三十半ばで嫌味な顔をした男、その背後に大男が二人。
嫌味な顔をした男がリーダーだろ。
魔術を行使してランクを見抜く。
リーダーはランク2上位。残り二人はランク2下位と言ったところだ。
荒事になっても問題ない相手。二十秒あれば全員無力化できる。
……とはいえ、【白狼旅団】全員を敵に回すリスクは負えない。
話し合いをするとしようか。
「許可なしに押し入ってくるとは、失礼な来客だ。こちらには用事はない。手早くすませて帰ってくれ」
「貴様! 小僧のくせに生意気な! 我々を誰だと!!」
後ろの大男が怒鳴る。
その大男を、リーダーらしき男が手で制する。
「私は【白狼旅団】のバフォルだ。単刀直入に言おう。君たちをスカウトに来た。……【魔剣の尻尾】の噂は聞いている。君たちは若いパーティであるにもかかわらず、目覚ましい活躍をしているようではないか? だが、そろそろ単独での探索は辛いだろう。君たちは我々のサポートがあればもっと羽ばたける。そしてその資格がある。だからこそ、こうして幹部である私が直々に来てやったのだ」
やっぱりそう来たか。
噂という言い方をしているが、実際のところは素材の換金所で聞き込みをしているのだろう。
どの素材をどれだけ持ち込んでいるかで、パーティの狩りの成果や強さなんて一目瞭然。
大手クランともなれば、それなりの情報網は持っている。
そこで、躍進するパーティがあれば、こうしてスカウトに来る。
稼げるパーティは、どのクランも喉から手が出るほど欲しい。ましてや、若く経験が浅い。……世間知らずで利用しやすいカモとなればなおさらだ。
とどめは光水晶がたっぷり入ったリュックを無造作に置いていたことだ。
疲れていたとはいえ、ずさんなことをしてしまった。
もっとも、遅いか早いかの違いだろう。
光水晶を換金した瞬間、次々に大手クランからスカウトが来ることは予想できていた。
どこのクランも洞窟エリア以降で戦えるパーティを放っておきはしない。
「お断りだ。俺たちは騎士学校の学生だ。もともと、長期間の探索を行う予定がない。四日程度の探索を行うだけの荷物は独力で持ち運べる。支援の受けようがない」
【白狼旅団】の士官、バフォルの表情が少し歪んだ。
いらっとしているようだ。
だが、それを押し殺そうとしている。
「君たちは勉強不足だな。クランというのは君が思っているより、ずっと多くのメリットがある。クランに所属していれば物質的な支援だけじゃなく、いざというときはクランの面々と助け合えるし、外に出回らないありとあらゆる情報を手に入れられる。一つのパーティでは倒せない大物も狩れる」
「それも結構。他のパーティの助けが必要になるような危ない狩りはしない。それに、【白狼旅団】に集められる程度の情報に興味はない」
同じクラン同士の助け合い?
寝言は寝て言え。極限状態で助け合いなど期待できない。
それどころか、クラン内の政治抗争で足を引っ張られるほうがよっぽど怖いのだ。
情報とやらにもまったく期待できない。
その後も、バフォルはクランの魅力をアピールし続ける。
そのすべてを断る。いい加減うざくなってきた。
「もう、この辺にしてくれ。言っただろう。俺たちにクランに入るつもりはない」
断言する。
すると、バフォルについに我慢の限界が来た。
「そんなことを言っていいんだな。優しくしてやったらつけあがりやがって! 【白狼旅団】を拒んだらどうなるかわかっているだろうな!? 明日からまともな探索なんてできないと知れ! もう一度だけ、聞いてやる。【白狼旅団】に入れ! 脅しじゃないぞクソガキ!」
薄々気付いていたが、これがこの男の本音だ。
そして、そんなことは覚悟の上だ。
「好きにすればいい。俺たちは全員ランク3だ。ランク3のパーティに喧嘩を売って、無事に済む間抜けがいるとは思えないが……いるならやってみるといい。おまえたちの稼ぎ頭が潰されないといいな?」
【白狼旅団】は三つほどランク3のパーティを持っているし、一人ランク4がいる。
それぐらいの戦力なら、俺たちが切り札を使えば突破は容易い。
黙って殴られはしない。戦いを挑むなら受けてたとう。
大人しく【白狼旅団】に入って、搾取されてストレスを与え続けられるぐらいなら戦争したほうがましだ。
「てめえ、もう我慢できねえ!」
後ろの大男が剣を振りかぶっって襲い掛かって来る。
遅すぎる。一歩踏み込んで、顎に掌底をぶち込む。
骨を砕いた感触。大男がテントの外に吹き飛ばされ、ぴくぴく痙攣し始めた。大男の顎から青い加護の光が立ち上っている。
傷は加護で癒せても、脳を揺らした。半日は目を覚まさないだろう。
「これは正当防衛だ。……こっちからは仕掛けるつもりはない」
「クソガキども、後悔するなよ」
バフォルが去っていく。
もう一人の大男が慌てて、気絶した男を担いで出ていく。
クーナとアンネが口を開く。
「怖かったです。やっぱり、クランってろくなものじゃないですね。入らなくて正解です」
「そうね。あんな人たちと一緒にやっていける自信はないわ」
二人が正直な感想を漏らす。
俺は苦笑する。
「すまない。もうちょっと穏便にできると思ったけど無理だった」
「いいです! ソージくんがやらなければ私がやっていました! 新必殺。ふぉっくすらっしゅで、えいえいっと」
なぞの新必殺技名をクーナが告げる。
ふぉっくすらっしゅとは何だろう。フォックス・ラッシュ(キツネ連撃)、もしかしたら、フォック・スラッシュ(キツネ斬撃)かもしれない。微妙に気になる。
「私も同意見ね。あんなに、失礼な相手だもの。謝る必要はないわ。ただ、これからは注意が必要よ」
「だな。いつも以上に気を付けよう。とりあえず、今日は寝ようか」
二人が頷く。
強くなれば目立つ、目立てば面倒な奴らがよってくる。
これは探索者をやっていれば逃れられない。
明日は早朝には出発しよう。
まったく、最後の最後で余計なトラブルを抱えてしまった。
一応、騎士学園にも、【白狼旅団】とのトラブルを報告をしておこう。
……【白狼旅団】も王立の騎士学園と表立って戦いたくないだろう。ある意味、騎士学校というのは一つのクランのようなものだ。
頼れる権力には頼るのが俺のポリシーだ。
結界の感度を上げておく。
念のため感知型の結界に、攻性防壁の結界を接続しておこう。
防御力のある結界を常時発動すれば魔力がいくらあっても足りないが、感知型と連動させ、侵入者が現れた場合だけ迎撃するようにすれば魔力は節約できる。
火矢をぶち込まれても安心な強いものを用意しておこう。
よし、これでぐっすり眠れる。
◇
深夜、感知型の結界が反応したので目をこすりつつ表にでる。
無事だったほうの大男が感電して倒れていた。
電撃はいい。傷を負っても加護で回復する世界ではいかに気を失わせるかが重要だ。電撃はいい感じに意識をとばしてくれる。
……うん、やっぱり結界は便利だ。
とりあえず、服が焼けきれて見苦しい大男を思い切り蹴っ飛ばしてからテントに戻る。クーナやアンネにあんなものを見せたくはない。
「まったく、わかりやすい奴らだ」
テントに戻る。
今度こそゆっくり眠れそうだ。
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