第十話:クランとパーティ
「よっこらふぉっくす、こんこんこん♪」
クーナが上機嫌に鼻歌を奏でながら前を歩いている。
彼女の背にはパンパンに膨らんだリュックがあり、光が漏れている。
「クーナ、ずいぶんと上機嫌だな」
「だって、やっと気持ち悪い虫との戦いから解放されたんですよ!」
クーナが振り向き、頬を膨らませる。
今回の探索ではひたすらダンジョンワーム狩りをしていた。
ダンジョンワームは、他の魔物と戦っている最中に振動を感知して近づき、襲い掛かってくる性質を持っている。
奴がいるせいで、地下二十一階では多数のランク3の魔物を一度に相手をすることが多くなり、ぎりぎりランク3の俺たちでは先に進むのは危険だ。
だからこそ、入り口付近でダンジョンワームをあえて引き付けて倒すという狩りを続けた。
「もう少し我慢してくれ。この魔石の集まり具合だと、あと三回は遠征での狩場はここになる。今日と同じ効率で狩りを続ければ、それでランク3の中位になるだろうな。そしたら、先に進もう。洞窟エリアは罠も多いが光水晶みたいに素晴らしいものがたくさんある」
「それは楽しみです! 先が見えたので、気持ち悪い戦いも我慢できそうです」
クーナはさきほどから気持ち悪いを連呼しているが気持ちはわかる。
茶褐色の粘液まみれの巨大芋虫。しかも赤い八目にキバがびっしり生えそろった丸い口。
ダンジョンワームは生理的な嫌悪感が凄まじい魔物だ。
「あっ、アンネ。もうすぐ地下十階に着きますよ」
「助かったわ。地中や壁、あげくに天井から襲われる不安も、倒れそうになるほどの暑さもない。火山エリアと洞窟エリアを味わった後だと、いつもの森林エリアがどれだけ素敵かがわかるわ」
アンネが苦笑している。
彼女の背中にも光水晶がたっぷり詰まったバッグがあった。
「まあな。火山エリアも洞窟エリアも魔物が桁違いに強くなるうえに、地形自体が悪意の塊だからね。探索者のほとんどは、地下十階より先にはいかないんだ。地下十階までの狩りでも、ちゃんと換金性の高い魔物を知っていれば、小金持ち程度にはなれるしね。そこから先の死の隣りあわせのエリアを踏破する気にはなれないのもわかるよ」
だからこそ、封印都市ではめったなことではランク3の探索者が育たないのだ。
クーナみたいな気温操作ができるメンバーがいない場合、火山エリアは暑さ対策の装備が必要になる。
一般の探索者にとって、ただでさえ十階を超える探索では食料や水などの荷物が嵩張るのに専用装備まで運ぶなど冗談ではない。ましてや、その先など夢物語だろう。
「ソージくん、不思議ですね。私たち以外のランク3の人たちってどうやって地下二十一階より先に行っているのでしょうか? 行きと帰りを考えると荷物がすごいことになりそうです」
クーナの言っていることは正しい。
地下迷宮は深く潜れば潜るほど、強さ以外の要素が重要になってくる。
食料や水を現地調達できる俺たちには考えられない苦労が待ち受けているのだ。
「いろいろあるぞ。たとえばランク3にもなれば、【浄化】がなくても迷宮の食料や水を口にできる……もっとも瘴気のダメージを負うし、食べるほどに瘴気が蓄積して回復が追いつかなくなれば死に至る。そうでもなくても体に悪影響がでるな。現地調達で先に進むベテランたちは、迷宮の水や食料を最小限しか口にしない。それでも、たまに失敗してぼろぼろの体で魔物に挑んで殺されたりするけどね」
「すっごく、しんどそうです」
「毒を喰らって苦しみながら生きるか、飢えて死ぬかの二択は辛いぞ」
【浄化】の開発まではプレイヤーたちは、かなり苦労したものだ。ある程度潜ると穴を掘って水と保存食を埋めて一度地上に戻り、次の探索で掘り返すなんてことをしていたぐらいだ。
……俺も同じことをしていたが、いざ補給というタイミングで別の探索者や魔物に掘り返されて物資を奪われたことに気付き、死にかけたことがある。
「でも、ソージ。この街にはそれなりにランク3の探索者がいるわよね? 全員がそんな命がけで潜っているとは思えないわ」
アンネは頭がいい。
そう、これはあくまで単独での地下迷宮の探索を行うパーティの場合の話だ。
「ああ、他の方法がある。探索者たちはパーティで行動するものも多いが、それより規模が大きいクランっていう集まりがあるんだ」
「あっ、聞いたことがあります」
「大きなところだと百人を超えるらしいわね」
パーティだけでは地下迷宮の探索には限界がある。
その限界を超えるために結成される冒険者の相互扶助団体がクランだ。
「クランは地下迷宮の一定階層ごとに中継地点を持っているんだ。たとえば、低級の冒険者には一つ目の中継点の地下四階まで荷物を運ばせる。ある程度荷物が溜まると中級の冒険者たちがさらに下の階層の中継地点に溜まった荷物を運ぶって感じでね。こうすると、クラン内の強いパーティは、比較的深い階層で補給を受けられるし、低級のパーティも小遣いが稼げる。パーティによっては、中継地点で補給を受けて、戻ってを繰り返して地上に半年ぐらいでなかったりするんだ。狩りで得たものを地上まで運ばなくてもいいっていうのも強いな」
中継地点を用意できるクランは強い。
探索の効率が大幅にアップする。
「うわあ、便利ですね。ソージくん、私たちもクランに入ってみたらどうですか」
楽するためには積極的になるクーナがはずんだ声をあげる。
「おすすめはしないな。クーナ、中継地点まで物資を運ぶ探索者や、中継地点を守るための探索者に支払う金はどこから出ると思う?」
「あっ、先頭にいるパーティが稼いだお金ですね」
「そうだ。どうしても支援がないと先に進めない場合にはクラン加入はありだ。逆に初心者なら荷物輸送とかで小遣い稼ぎができるし、ベテランの知り合いが一気に増えて、話を聞けて有用なんだけど、俺たちが行っても上納金を払うだけで損だよ……例をいうと、クーナが背負っているリュックの中身、クランに入ってれば半分とられるかな?」
相互扶助組織などで前にいるものは、いろいろと大変だ。
それでも、地下迷宮で安定して食料と水などの支援を受けられるのは大きいが。
クーナは、リュックを前に回してぎゅっと抱きしめる。
少し笑ってしまった。心配しなくても誰もとらないのに。
「やっぱり、クランに入るのはないですね。ソージくんの【浄化】があれば、食料に困らないし、ソージくん以上の知恵袋はいません!」
それはそうだ。
ただ、プレイヤーたちがゲーム時代にクランに頼らずに穴を掘って保存食を埋めたり、必死に現地の食料や水を食べられるようにしたのは、なにも上納金を嫌っただけではない。
実際のところ上納金を払うだけで済むなら、地上にいちいち戻らずとも狩りの成果を中継地点の仲間が上まで運んでくれるということを考えれば黒字になる。
……上納金以外にもっと嫌な要素があるのだ。
「クランは疲れるんだよ。強くなればいろいろと面倒ごとを押し付けられるし、……ナワバリ意識丸出しの古参どもの嫌がらせが凄まじくてね」
こっちのほうが面倒だ。
洞窟エリア以降の探索者に支援できるようなクランのほとんどは、かなりの歴史がある。
歴史だけではなく、序列や派閥なども。
そこに急成長する新参が現れれば、嫉妬と自分の立場を守るため、古参どもから徹底的にたたかれる。
プレイヤーたちも、それが表だってのものなら防ぎようがあったが、補給した水が腐っていたり、罠に嵌められたり、悪評をばらまかれたりと。
がりがりと裏から心を削ってくる。
俺もクランにはトラウマがある。よほどのことがない限り近づきたくない。
「ソージ、すっごく嫌そうな顔しているわね」
「まあな。年季が入ったボス猿の性格の悪さと、悪知恵はすごいよ」
クーナとアンネが首を傾げる。
二人にはきっと想像できない世界だろう。
しばらく歩いているとようやく地下十階にたどり着いた。
「涼しいです!」
「ええ、緑があると安心するわね」
肌で風を感じて、木々の香りを楽しむ。
「二人とも、そろそろ暗くなってきたし、疲れもある。今日は地下八階で野営する。夕食になりそうな魔物を見逃すなよ」
「任せてください! 火山エリアではカメとかトカゲとか、ゲテモノばかりでしたからね! そろそろ普通のお肉を食べたいところです。狙うは牛か豚です!」
クーナがキツネ耳をぴくぴく動かして周囲を探索し始めた。
これなら期待できそうだろう。
◇
地下八階にある開けたフロアに野営を設置していた。
地下四階ほどでもないが、ここも野営が推奨される階層だ。
ちらほらと、探索者たちもいる。
「クーナ、噂をすればなんとやらだ。クランの中継点の設置がされてるぞ。あのシンボル、【白狼旅団】か」
「ああ、本当です。大きくて立派なテント、それに結界もいいのを使っていますね」
クランの中継地点は二パターンあって年がら年中用意しているものと、大規模な探索が行われるときに短期間設置されるものがある。
今回は後者だろう。
もしかしたら、俺たちが野営していた地下十四階にも別の探索者が中継点を設置しているのかもしれない。あそこも野営の名所だ。
とにかく、クランには近づかないようにしよう。中に入っても面倒だが、外からでも面倒だ。
アンネとクーナが手際よくテントを作っている間に、俺は料理の支度をする。
「にしても、クーナは本当にすごいな」
クーナは地下十階で、ダイヤホーン・ブルという牛の魔物を発見した。
その名の通りダイヤのような硬度と輝きを持つ角を持つ魔物だ。倒したあと、角は高額で売れるので確保し、サーロインと上質なロース肉だけ数キロ包んでもってきている。
この肉でステーキを作る。
いい肉が手に入ったので調味料も頑張るつもりだ。スパイスをたっぷり使った上質なソースを作る。
材料を石で作ったまな板に広げていると足音が聞こえてきたのでそちらを向く。
「よう、ソージ。また会ったな」
「……驚いた。まさかほんとうに野営で一緒になるとはな」
「俺たちもおまえたちの姿が見えて驚いたぜ。約束忘れてないだろうな」
「もちろんだ。肉を多めに用意しておいてよかったよ」
四人組の探索者のパーティが現れた。見知った顔だ。
【群青の鷹】。かつて魔物ステーキを振舞い窮地を救った相手であり、逆に満身創痍になったときに地上にまで送り届けてくれた恩人でもある。
野営で一緒になれば、魔物ステーキを振舞うと地下一階で会ったときに話したが、まさか現実になるとは。
「ソージたちは、ここを拠点にして狩りをしていたのか?」
「いや、地下十四階を拠点にして地下二十一階で狩りをしていた。明日には地上に戻るつもりだ」
俺がそういった瞬間。男の顔がこわ張る。
「嘘だろ、ソージも冗談を言うんだな」
「あれを見ても、嘘だと思うか?」
テントの横に置いてある光水晶がたっぷり入ったリュックを指さす。
長く探索者をやっていて、光水晶を知らないものはいない。
「はは、驚きだ。どんな魔法を使ったんだ」
「適度な運動と、うまい飯かな?」
ふざけろと彼は笑う。
だが、それ以上の詮索はしない。
気になっているだろうが、必要以上に踏み込まないのが探索者のルールなのだ。
俺たちは、とりとめのない話をする。
彼は長年リーダーをやっているだけあって、話し上手で話題も豊富だ。話していて楽しい。
話しながらも手は動かし続ける。特製ソースが完成した。
人数が多いので、【魔鉱錬成】で巨大な鉄板を作って分厚く切った肉を次々に焼いていく。
肉のいい匂いが漂い始め、クーナとアンネが引き寄せられてきた。
皿に盛り付けて、たっぷりのソースをかけてできあがり。
誰かの生唾を飲む音が聞こえてきた。
「さあ、みんな。肉が焼けたぞ。追加はまだまだあるから、どんどん食べてくれ」
元気な返事が響き渡る。
あっという間に肉が胃袋に消えていく。上質な肉と特製調味料のおかげだ。
俺は苦笑し、追加で肉を焼いていく。
にぎやかな食卓だ。
全員探索者だけあって、食べるペースが速い。肉を焼くのが追いつかない。
失敗したな。これじゃ俺が食べる暇もない。
そう思っているとクーナが隣に座って俺の顔を見る。
手には皿と小さくカットされたステーキ。
反対側にはアンネがいて、同じようにしている。
「ソージくん」
「ソージ」
二人がフォークに突き刺した肉を口元に持ってくる。
俺はありがたく肉を頂いた。これなら焼きながら肉を食べられそうだ。それに自分で食べるより美味しい。
ノリのいい【群青の鷹】の面々が冷やかしてくるが甘んじて受け入れる。これだけ幸せなんだ。冷やかしぐらいかまわない。
本当に楽しい夕食だ。
明日には、地上に戻る。
これだけ浅い階層だと事故も起きないだろう。
……そして、明日はエルシエから修復された機械魔槍ヴァジュラの外殻をもってユキナがやってくる日だ。
やっとヴァジュラが真の姿に戻る。
ただ、楽しみだが少し不安だ。シリルさんが手を加えたらしいがどう変わっているだろう。
そんなことを考えながら、アンネとクーナ【群青の鷹】の面々と食事を楽しんでいた。