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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第六章:ソージが呼ばれた意味
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第九話:トラウマ量産魔物《ダンジョンワーム》

本日五巻が発売されました! 今後ともチート魔術をよろしくお願いします!

 いよいよ、地下二十一階だ。

 火山を抜けて、ランク3の魔物が現れる洞窟エリアにたどり着いた。

 ここからは光が差さない洞窟の中を進んでいく。

 この場は光水晶によって照らされているが、先に行けば闇に包まれてしまう。

 俺たちは今後の探索のために壁に埋まった光水晶を採掘しているところだ。


「見てください、これが一番きれいな光を出している光水晶です!」


 クーナがどや顔になり、採掘し終わったこぶし大の光水晶を見せつけてくる。

 青い光を放つ水晶だ。


「クーナ、はしゃぎすぎよ。どれも微妙に光る色が違うのね。青っぽい光と赤っぽい光、その中間の白っぽい色の光を放つものがあるわ」

「その辺は好みだな。俺の場合は部屋の照明にするなら白っぽいのが自然な明かりで好きだ」


 光水晶にはそれぞれ個性がある。

 せっかく掘るのなら、部屋で使うときのことを考えたい。

 青っぽい光だとさわやかで脳を覚醒させる効果があるし、赤っぽい光だと逆に落ち着かせる効果がある。

 無難に行くなら、白っぽい自然光がいいだろう。


「私は赤がいいわね。慣れたろうそくの光に似て落ち着きそう」

「私は、青です! 綺麗ですから」


 全員、きれいに分かれた。

 今は適当に選んでいい。

 明日、このフロアを出るときには金策のためにたっぷりと採掘して鞄にいれて帰るのだから。その中から自分用を厳選すればいいのだ。

 クーナのキツネ耳がぴくぴくと揺れた。


「ソージくん、たぶんですけど揺れました。でも、かすかすぎて気のせいかもしれません」


 感覚がするどいクーナが何かを感じ取ったようだ。

 俺は何も感じ取れていない。

 奴への対策のために槍の穂先に特製のクリームを塗っておく。


「クーナ、アンネ、足元に注意しておけ。足元が少しでも揺れれば全力で前に跳べ。おそらく、魔物は俺を狙うだろうが警戒は必要だ」


 二人が頷く。

 クーナが感じ取った気配は勘違いではない。

 奴が来たのだ。


 奴はひそかに、音を消して近づいてくる。

 ゲーム時代、俺をはじめとした情報共有を徹底し、無数の魔物の特徴を知り対応力が高く、警戒心も強いプレイヤーたちが、いくら情報がなかったとはいえ、何人も犠牲になったのはそれなりのわけがある。

 俺たちは並の魔物なら初見でも余裕で対応できるのだ。奴は並ではない。


「さてと」


 広い道に出て、つま先でコツコツと地面をたたく。

 俺を狙わせるためだ。

 これで注意を引ける。


 ……やっぱりきた。

 ほんのわずかな揺れ。ささやかすぎて普段なら気にも留めない些細な違和感。

 それこそが奴の予兆。

 足元をじっと見る。

 すると、それは来た。


「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 浮遊感。地面が消えた。固い洞窟の床が溶けて沈んでぽっかりと穴ができたのだ。

 その穴で、茶褐色で巨大な丸みをもった芋虫型の魔物が口を開いている。見た目はミルワームに近い。


 こいつこそが、何人もの犠牲者を生んだ【洞窟】エリア屈指の難敵、ダンジョンワーム。

 口は丸く、俺をたやすく丸呑みできる大きさだ。びっしりとキバが生えそろっている。


「何度見ても、おまえには慣れないよ」


 いきなり足場を奪われるのはわかっていた。

 だからこそ、天井にオリハルコンで作った針を突き刺しており、そこから伸びた糸が左手に結びつけている。魔力を込めることで糸が縮んで体が天井に引っ張られる。

体が持ち上がったことで、ぎりぎりで奴の食事にならずに済んだ。


 足場が消えたのだ。対策がなければ重力に引かれて穴に落ち、奴の口の中に飲み込まれていただろう。

 本来、こいつと戦う場合は前兆となる些細な振動。それを感知したときには動いていないと間に合わない。

 地面が消えてから動いていたのでは遅い。

 カチンと金属音がなった。やつが口を閉じたのだ。そして体をたわませる。突進の準備をしている。


「キュオオオオオオン、キュオオオン」


 餌を食いそこなったダンジョンワームが叫び地中から凄まじい勢いで突進してくる。

 奴の顔が見えた。

 八つの赤い瞳とぬめっとした粘液にまみれた体表……なんなら食おうなんて言っていた数分前の俺が信じられない。こいつは生理的に無理だ。


「こいつを喰らえ!」


 空いた右手で、機械魔槍ヴァジュラを振りかぶり投げる

 眉間に槍が深々と突き刺さった。


「キュアアアアアアアアア」


 悲鳴をあげつつも、そのまま突っ込んでくる。

 別の糸付きの針を壁になげて、糸を引くことで横に移動し回避し着地。

 突進が空振りに終わったダンジョンワームが上体をうねらせ、地面に潜ろうとする。


「相変わらず、すさまじい頑丈さだな」


 神出鬼没な上に、探索者を丸呑みにする一撃必殺。眉間に槍が突き刺さっても致命傷にならない生命力。

 やっかない要素が重なりすぎている。


 予め、槍に付けていた糸を引っ張って槍を回収。

 このままでは、槍を持っていかれてしまう。

 地面にやつが触れた瞬間、まるで地面が溶けたかのように抵抗なく奴を飲み込む。

 一切の音すらなく。


「ソージくん、おかしいです! なんで、あの巨体であの速さで、地面を潜って音がならないんですか!」


 クーナが悲鳴を上げる。

 キツネ尻尾の毛が逆立ち、鳥肌が立っている。あいつの見た目がよほど気持ち悪いらしい。


「あいつの能力だよ。【流体化】だ。やつは大地を掘っているんじゃない。大地を泳ぐんだ」


 それゆえに、地中でのとんでもない速度と静穏性を両立させている。

 足元から攻撃してくる魔物はいくらでもいるが、あいつほどの速さと静穏性を持った魔物はいない。


 だからこそ、何人ものプレイヤーと探索者が犠牲になった。

 地上なら結界を張れば侵入を察知できる。

 地下からの襲撃だって、それなり大きな振動と音があるのでベテランなら気付いて回避できる。


 だが奴は、地下から音もなく高速で襲い掛かるのだ。

 そのせいで俺のように野営をしていたら気が付けば丸呑みにされていたなんてプレイヤーが後を絶たなかった。

 ……第三エリア最大の洗礼。初見殺しの極み。

 それがダンジョンワームだ。


 ただ、せめてもの救いは数十秒に一回、【流体化】の息継ぎが一瞬だけある。その際にほんの僅かだが振動が伝わる。洞窟エリアでは、それを見逃したら即死だ。


「とにかく、足元に気を付けておけばいいんですね」

「攻めてくる方向がわかれば、さほど恐れなくていいわね」


 クーナと、アンネがとんでもない思い違いをしている。

 足元だけ注意すればいい?

 ダンジョンワームはそこまで甘くない。

 周囲に糸付きの針を十本ほど投げ、糸をピンと張る。


 地面だけではなく、洞窟の側面、天井へと。

 あいつらは、最初の一撃は足元から襲う。流体化で足元を崩せば、人間が無力なことを知っているからだ。

 そして、それを防げる相手と判断すれば……。


「クーナ、全力で前に跳べ!」


 壁に刺した針を通してわずかな振動が伝わる……奴の息継ぎを感じたので声を張り上げる。

 クーナは不思議そうな顔をして全力で跳んだ。

 顔にまったく揺れがないのにどうして? と書いてある。


 クーナとアンネは長い経験の中で、理由がわからなくても、とりあえず俺の言う通りに動く。それから悩む。そうしないと死ぬとわかっている。

 その次の瞬間、クーナの側面からダンジョンワームが飛び出した。


「なっ!? 壁から」

「こいつらは、壁だろうが天井だろうが、どこからでも襲いかかってくるぞ」


 最初の一撃で地面からしか来ないと思わせておいて、そちらに注意を向けた人間を側面から襲撃する。


「【魔鉱錬成:参ノ型 弓・貫】」


 ここからでは槍は間に合わない。

 手持ちのオリハルコンを使って、弓を作り矢を放つ。

 糸を矢の尻につけている。

 深々と弓が突き刺さるが、苦痛に感じていないようだ。それでも次々に矢を射る。


「【雷撃】」


 さらに追撃で糸をたどって雷撃を叩き込む


「キュアアアアアアアアアアア」


 さすがに体内に電撃を流されれば、ダメージはある。しかし、動きを止めるには至らない。やつは構わず、また地面に潜った。糸を斬る。


 あの巨体だ。引っ張ろうが、力負けして地面に叩きつけられるのがオチだ。

 ……全長が七、八メートル。人間を丸呑みできる直径。

 その上、芋虫という急所が少なく部位欠損でも戦闘力が低下しない強靭な体躯。なにもかもうっとうしい。


「ソージくん、なんていうか、死ぬほど厄介な魔物じゃないですか!?」

「そう言わなかったか? 神出鬼没。警戒心が強いうえに、頭が良くて生命力が桁外れ。加えて、群れで行動するケースが多い。あまり追い詰めすぎると、助けを呼ぶぞ。俺の知る限り、最大でニ十匹が一度に現れたことがある。……今の俺たちでダンジョンワーム二十匹は悪夢だな」

「悪夢どころか、即死ですよ!」


 クーナが騒ぐのも無理はない。

 ただ、この悪夢の生き物も弱点らしきものはあるのだ。

 ……そろそろ効いてきてもいいのだが。

 針からわずかな振動が伝わる。

 今度は上か。狙われているのは俺のようだ。


「クーナ、アンネ、俺に近づくな!」


 二人が頷く。

 そして、クーナは俺のほうを向いて極大の炎の塊を作り出す。

 アンネも、いつでも踏み込めるように構え居合抜きの準備をする。

 いい判断だ。出てくる場所がわかれば待ち伏せすることができる。


 ダンジョンワームが天井から顔を出し、口を開いて落ちてくる。クーナの炎が側面から叩きつけられ、アンネが壁を走り距離を一瞬で詰めて空中で切り裂く。


 ダンジョンワームは炎耐性が高い。茶褐色の体を覆う粘液のせいでクーナの炎はあぶるだけで終わり、アンネの斬撃は深々と切り裂いたものの、そのサイズのおかげで致命傷になりえない。


 天井から抜け出してきた勢いのまま、俺に襲い掛かってくる。前方に跳んで回避。

 やつはそのまま、再び潜ろうとするが、【流体化】が発動せずに地面にぶつかりもがき苦しむ。

 そして、バタバタと暴れまわる。とはいえ、地上に出ればノロマな的だ。クーナとアンネも交えて、徹底的に攻撃を加える。

 しばらくして、ようやく倒すことができた。


「ふう、やっと効いたか」

「ソージくん、どうしてこの魔物は苦しみだしたのでしょう?」

「不思議ね。クーナの炎も私の剣もさほど効いた気はしないのだけど」

「俺の槍と矢にはたっぷりと毒を塗っておいたからな。毒の正体は街で薬草として売られている紅炎花という火傷薬の軟膏を作るのに使う薬草なんだが、不思議とこいつらにとっては猛毒みたいでね。この巨体でも少量で効果が現れる」


 ……紅炎花がダンジョンワームに対する毒となる。

 その発見は偶然だった。

 たまたま、一人のプレイヤーが火山エリアを突破するために火傷対策の軟膏をもっており、それを口にしたダンジョンワームが苦しみだした。

 その発見が共有され、実験を繰り返してダンジョンワーム対策が確立したのだ。


「不思議ですね。火傷薬が猛毒になるなんて」

「まあな。他の魔物にも試したこともあるが、紅炎花が毒になるのはこいつぐらいだよ」


 この発見は大きい。

 ダンジョンワームのせいで、地下二十一階層以降の探索は難しくなっていたが、かなり楽に探索できるようになった。

 実をいうと、こいつのうっとおしさは単体スペックだけじゃない。

 他の魔物との戦いのさなか、振動を感知して横やりをいれてくるところだったりする。


「ここにいる間はダンジョンワームを中心に狩る。ただし、この入り口付近でだ。こいつらは地面を叩いたり、光水晶の採掘をしていれば、かなり遠くから振動を感知して俺たちを見つけて襲いかかってくるから、呼び寄せるのは簡単だ。その性質のせいで光水晶を採掘している探索者たちがどんどん食われているがな」


 ちなみに、これも光水晶が値上がりする理由だ。

 光水晶を掘るだけで、振動が壁や地面を伝いダンジョンワームをどんどん呼び寄せる。一度目を付けられたら、ほとんどの場合ダンジョンワームに丸呑みされるので、ダンジョンワームの存在はあまり知られずに、また次の被害者がでる。

 ある意味、光水晶こそが最大の罠だ。


「あの、ソージくん。さっきダンジョンワームは群れで行動することもあるって言ってましたよね」

「ああ、言ったな」

「そんなダンジョンワームを呼び寄せるようなことしたら、すぐに群れで来ちゃうじゃないですか!」

「三匹以上一度に来たら、迷わずに地下二十階に戻る。ダンジョンワームは飽きっぽい。三十分もすれば、あっさりと戻っていく。そうやって、二匹以下と戦い続けるのがここのセオリーだな」


 これこそがランク3になったばかりでは、もっとも効率のいい狩りと呼ばれている。

 ダンジョンワームを呼び寄せ、毒をぶちこんで地面に潜れなくなったところを袋殴り。

 対応できない数が出たら、すぐに地下二十階に戻る。

 もっと倒しやすい魔物もいるのだが、戦いの振動を感知してダンジョンワームが横やりに入ってきて非常に危ない。だからこそ、ダンジョンワームを意図的に呼びよせて殺すのが安全という逆転の発想だ。


「ソージ、ずいぶんと姑息な戦い方ね」

「今の戦力を考えるとどうしてもな。洞窟エリアは本当に怖いんだ。ダンジョンワームの横やりもそうだが、地下二十一階の奥のほうには、もっとやばい奴の巣があるしな」


 ちなみに、洞窟エリアすべてが最初から最後まで、鬼畜な魔物のワンダーランドというわけではない。

 なぜか地下二十一階にやばい連中がたむろしており、むしろ二十二階からは楽になるのだ。

 そのせいで、ランク3以上の探索者が育ちにくい。


「うっ、しばらくはダンジョンワーム狩りしかないですね」

「ランク4よりのランク3になってきたら、先を目指すが……強くなるまで我慢だ」


 俺たちはまだ、なんとかランク3になったばかり。

 今は力を蓄える時期だ。


「とりあえず、魔石を取り出そうか。魔石を取ったら邪魔だから死体を焼こう。体を覆う粘液のせいで外からは燃やしにくいが中は燃えやすい。クーナ、口から手を突っ込んで、内側から灰にしてくれ」

「ううう、気持ち悪いです」


 クイナが嫌そうな顔をしながら頷く。

 ダンジョンワームを解体し魔石を取り出してクーナに燃やしてもらった。

 ……そして、冗談でこいつを食うと言ったら、クーナとアンネが本気で嫌そうな顔で首を振り、全力で止めにきた。

 ゲテモノを食べるのに慣れてきたとはいえ、さすがにこれは無理なのだろう。

 ちなみに、味は悪くないらしい。プレイヤーの中でとある勇者が食ったことがある。とはいえ、さすがの俺も今回は素直に諦めた。強行すれば、クーナとアンネに本気で嫌われそうだ。

 さて、今日からしばらくは楽しい楽しいダンジョンワーム狩りだ。がんばっていってみよう。

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