第八話:光の洞窟
十一階以降から始まった火山エリアもいよいよ最終フロアだ。
何度も魔物と戦いながら、なんとか地下二十階にたどり着いていた。
地下二十一階もぐつぐつと足元でマグマが煮立つ極めて暑いフロアだ。
「あづいですぅー、ソージくん、もう魔力消費考えずにがんがん冷やしていいですよね」
汗に濡れたクーナが、うつろな瞳でとんでもないことをつぶやく。
今のところ、クーナは自然回復が追い付くだけの魔力で、周囲を冷やしてくれている。そのおかげで周囲の気温が四〇℃付近まで下がっていた。
だが、それ以上に気温を下げることを禁止していた。
自然回復が追いつかないほどの魔力を使うと、当然だがどんどん魔力が減っていく。
戦闘時に魔力がないとどうにもならないし帰りもある。
「クーナ、もう少しだから我慢してくれ」
「ううう、自慢の尻尾の毛をむしりたくなってきました。このもふもふ、暑いですぅ」
どうやら、クーナは常に適温になるように無意識に調整していたせいで、暑さに慣れていないらしい。
そもそも、キツネは寒いのには強いが暑さには弱い生き物だ。
火狐族も、似たような性質を持っているのかもしれない。
「でも、もうすぐ終りね。次の地下二十一階からはフロアの性質が変わるわ。そこまでいけば火山とはお別れ。それまでの我慢よ」
汗をかきながらも、アンネはいつも通り涼し気な表情だ。
とはいえ、かなり辛そうだ。
このフロアもそろそろ終わりだし、とっておきを使ってもいいだろう。
ポーチの中から水筒を取り出し蓋をあける。
「クーナ、アンネ、近寄れ」
二人がいぶかしげな顔をしながら、近づいてくる。
そして、水筒の中身を二人にぶちまけた。
「きゃっ、冷たい。ソージくん、いきなり何するんですか!」
「でも、気持ちいいわ」
「言われてみれば、生き返ります。キツネ、大満足です」
水筒の中身は冷たい水だ。
水分補給用とはべつに確保していたのだ。保温性が高い水筒を使っているので、中身はまだ冷たい。
「これで楽になっただろ。さあ、ラストスパートだ。二人とも先を急ごう」
「がんばります!」
「ええ、元気が出たわ」
濡れて元気が出たクーナとアンネの足どりが軽くなる。
俺も苦笑して先を急ぐ。
そして、とあるものに気付いてしまった。
服が濡れたせいで、クーナの下着が透けている。
今回の探索でクーナが珍しく白い服を着ているせいだ。黒い下着というのも透けやすい原因となっているのだろう。
ふむ、恋人で裸や下着姿も見慣れているが、これはこれでいいものだ。
つい、凝視してしまう。
「ソージくん、どうしたんですか?」
「なんでもない。それより、警戒を怠るなよ。ここには突然変異種が出やすい。先手を取られたら死ぬぞ」
「うっ、それは怖いです。全力で警戒しないと!」
クーナが前を向き、キツネ耳をぴくぴくとさせて周囲への警戒を強める。
ごまかすために行った言葉だが、嘘ではない。
地下十階や地下二十階。
そういったフロアの境目には、魔物数体分の瘴気をつかって顕現する突然変異種が発生しやすい。
そいつらは下手をすると、次の階層の魔物よりも強いことが多々ある上に、情報が存在しない。
突然変異種は個体数が少なすぎて、ゲーム時代のプレイヤーたちですら、ろくに情報を集められていないきわめて危険な存在なのだ。
そんなことを考えながら、前を歩くクーナの透けた下着と、可愛くピクピク動きキツネ耳とわずかに揺れるキツネ尻尾を楽しむ。
眼福だ。
アンネがいつの間にか隣に並んでいた。
「ソージ、あまりいやらしい顔をしているとクーナにばらすわよ」
さすがはアンネだ。
気づかれていた。
「わかった。ほどほどに楽しむよ」
「ええ、そうして。ソージがえっちなことは知っているけど、あんまり他の女の子を見て鼻の下を伸ばされると複雑な気持ちになるの。えっちなことを考えるのはいいけど、そうとは見せないで」
「気を付けて、きりっとした表情でエロいクーナを楽しもう」
「……ソージってたまに頭がおかしいことを言うわよね」
アンネは変なところで嫉妬深い。
だけど、そこが可愛いところでもある。
「ソージくん、アンネ、もしかしてあれが出口ですか!?」
クーナが興奮した様子で振り向いて叫ぶ。
「そうだな。強い瘴気の流れが向こうから流れてくる。ここを超えればいよいよ地下二十一階。次のエリアだ」
「やっと暑さから解放されます! ソージくん、アンネ、急ぎましょう」
クーナのキツネ尻尾がぶんぶんと揺れる。
よほど、うれしいみたいだ。
「アンネ、急ごうか。俺もそろそろ、この暑さには参っているんだ」
「私もよ。次のフロアは涼しいといいわね」
「それは保証するよ。快適な気温ではあるな」
クーナにせかされるように、俺たちは最後の火山エリアを抜けた。
◇
最後の火山エリアである地下二十階を超えて、たどりついた地下二十一階。
そこでクーナとアンネが目を見開いていた。
「うわああああ、きらきら光って、すごくきれいです」
「壁一面に水晶がうまっているわ。とても素敵ね」
地下十階までは樹海エリア。
地下二十階までは火山エリア。
そして、地下二十一階からは洞窟エリアと呼ばれている。
太陽が降り注ぎ天井がないという地下らしくないフロアが多い地下迷宮だが、第三フロアはすべていかにも地下の洞窟といった趣だ。
天井があり光が差さないうえに、火山エリアと違ってマグマの光がなく、洞窟を照らすのは壁に埋まっている光水晶だけだ。
「クーナ、アンネ、手ごろなサイズの光水晶を確保しておこう。この周辺には光水晶があるが、奥に進むと光水晶がない場所に出る。光源がないと危ない。地下二十一階の魔物たちのほとんどが視覚以外で獲物を見つけるから、光がないと不利な戦いになるよ」
洞窟エリアの厄介なところは、視界の悪さだ。
周囲に光水晶があるからと調子に乗っていると、いつのまにか光がないエリアに出て魔物から襲撃を受けるということが多々ある。
そして、無数の自然の罠が存在しており視界の悪さと相まって、回避が難しい。
「この水晶は壁から引き抜いてもずっと光っているんですか?」
「そうだ。その性質のおかげで地上に持ち帰れば高く売れるよ。今日は光源として使える分だけだが、地上を目指す明日はできるだけ鞄に詰めよう。ちょっとした小金持ちになれるな」
なにせ、光水晶は燃料を一切使わない理想的な光源だ。
蝋や油を燃やして光源を確保している時代だ。
光水晶があれば一生分の燃料代が浮く、水晶としての美しさが際立っており貴族や金持ちがこぞって欲しがる、さらに油を燃やす匂いも発生しないし熱も出ないことも大きな魅力だ。引く手数多でとんでもない値段で取引される。
ランク3以上で、火山エリアを突破できるほどの実力者には金策として人気があった。
ある程度の数が市場に出回っているが、値段はまったく下がらない。
需要が大きすぎるし、火山エリアを突破できるほどの探索者の数が少なく、探索者の運べる量には限界があり、供給が追い付かないのだ。光水晶の需要が飽和するということはありえない。
「なるほど、素敵ですね。私の部屋にも一つ欲しいです」
「そうね、夜に勉強しようとするとろうそく代もバカにならないわね。それに綺麗だからインテリアにもいいわ」
「これがあれば、夜更かしし放題です!」
もしかしたら、クーナには持たせないほうがいいかもしれない。調子にのって、毎晩夜遊びして体調を崩しそうだ。
「ソージくん、涼しいですし、一本道で野営しやすそうですよ。わざわざ地下十四階に戻らなくても、ここで野営すればいいじゃないですか」
クーナのいう通り、地下二十一階は野営に適しているように見える。
入り口は広い一本道で見通しがよく、結界をはれば魔物の接近も簡単に気付けるだろう。しかも周囲から魔物の気配も感じない。気温、湿度ともに快適で寝心地がよく、常に光水晶に周囲が照らされているのもいい。まさに野営のために生まれたようなフロアだ。
……そう思って、ここで野営した探索者やプレイヤーたちは何十人も朝を迎えられずに死んだのだ。
ちなみに、俺も一度やらかしたことがある。気が付いたら死んでいた。当時、トッププレイヤーだった俺は最速で地下二十一階にたどり着いたせいで、ろくに情報がなかったのだ。
なぜ死んだのかもわからないプレイヤーたちは、必死に真相究明をし、今では真相が明かされ絶対にここでの野営はしてはいけないと結論がでた。
「死にたくないならやめたほうがいい。ここはダンジョン・ワームの巣だからな」
そう、極めて性質が悪い魔物の巣なのだ。
ゲーム時代の俺は、テントを設置してぐっすり眠っている間に丸のみにされて死んだ。一本道に仕掛けていた警報を鳴らす結界も奴には無力だった。
「ダンジョン・ワームですか?」
クーナは聞いたことがないようだ。
まあ、奴の姿を見たほとんどの探索者が死んでいるので当然だろう。
「まあ、いやでも後で会うさ。地面が少しでも揺れたら叫んでくれ」
「それはいいですけど、なんか名前だけでもかなり嫌な予感がします」
「それは後のお楽しみだ。早速、光水晶を掘ろう。持ち運びやすいようになるべく小さいやつにしておけよ」
俺がそういうと、クーナとアンネは壁に埋まっている光水晶を掘り始めた。
さて、ダンジョン・ワームはいつ襲ってくるだろうか。
やつらは振動で敵を感知する。
すでに、俺たちが歩くことで発生した振動が、地面を伝い奴らに居場所を知らせてしまっているはず。
あいつらは用心深いし、狡猾だ。
きっと、俺たちが油断したところを狙ってくるだろう。
数々のベテラン探索者やプレイヤーをも食い殺した厄介な魔物ダンジョン・ワーム。
かつて、殺された恨みもある。
襲ってきたら、返り討ちにして……なんなら食ってやろう。




