第五話:再び地下迷宮へ
俺たちがありえない速度でランク3になったことで、ナキータ教官に呼び出されて、いろいろと話を聞かれた。
話し合いだけで解決することができた。
それはいいのだが、最高位の魔術士たちを呼んでの講演会を開くことになってしまった。
……少し、心配だ。俺の知識があれば問題なく講演はできるのだが、俺の話すことを理解できるだけの下地が客側にあるのかがわからない。
わかるようにレベルをさげて話すべきなのだが、なにせ初対面だ。あいての力量なんて知るはずもない。
まあ、いいか。
俺の渡した【浄化】の術式を理解できない程度、その想定で内容を考えよう。理解できなければ理解できないでそれでいい。
「ソージくん、講演会ってまるで教授みたいですね」
「クーナの言う通り。でも、おかしなことじゃないわ。ソージはそっち側の人間よ。学生をやってるほうが不思議なぐらいだもの」
「ですよね。ソージくん、なんでも知っているし、なんでもできるし」
クーナとアンネが盛り上がっている。
彼女の言うことも一理ある。
俺が騎士学校で新たな知識を得ると言うことはない。
「別に学校で得られるのは知識だけじゃないよ、ここでないと得られないものがあるさ」
そう、伊達や酔狂で学生をやっているわけではないのだ。
クーナとアンネをそばで見守るためというのもあるが、俺自身もかけがえのないものを得ている。
「それはなんですか?」
「青春謳歌」
「ぷっ、なんですか、それ」
「ふふっ、相変わらず、ソージは変なことを言うわね」
ひどいな、わりと本気で言っているのに。
青春を楽しむにはやはり学園生活だろう。なにより、クーナとアンネ、二人の可愛い制服姿を見られるのは学生の特権だ。
「じゃあ、二人とも早速、外に行こうか。今日の夕食は贅沢に行こう」
「そうね、今日は罰ゲームでクーナのおごりだものね」
今朝は夏休みが終わって初日の授業だと言うのに、クーナのうっかりで迷惑をこうむった。課題の漏れがあったり、リボンを忘れたり。
反省させるために、心を鬼にして罰ゲームを執行すると決めていた。
「ちっ、今日はいろいろあったから、忘れてるかもと思ってたのに」
クーナは悔しそうに視線を逸らす。
クーナは微妙にずるがしこいところがある。
「アンネ、どこの店にしようか?」
「そうね、カニが食べたいわ。この前、水槽で生きてるパール・クラブを泳がせている店を見つけたの。カニは鮮度が第一よ。食べる直前まで泳いでいるなんて絶対に美味しいわ」
パールクラブというのは大型の蟹で、身がたっぷり詰まっていて美味しい。
ただ、ちょっと高いのが唯一の欠点だ。
「おっ、それはいいな。じゃあ、そこに行こう」
「いやー、やーめーてー、絶対、高い奴じゃないですかー」
キツネ尻尾の毛を逆立てて必死に抗議するクーナを引きずりながら、アンネが見つけた店に俺たちは向かった。
◇
「ううう、ソージくんもアンネも容赦がなさすぎです」
クーナが、空っぽになった財布をひっくり返しながら涙目になっていた。
「これに懲りたら、少しはドジをなくすことだ」
「クーナ、美味しかったわ。ご馳走様」
アンネの見つけたパール・クラブの店はなかなか良かった。
水槽から巨大な真っ赤なカニを取り出し、そのまま丸一匹鍋にぶち込むのが前菜で、それを食べている間に、刺身にしたものや、炒め物、グラタンなどが運ばれてくる。
美味しいだけではなく、楽しい。料理に必要なのは期待感だと思っている
文句を言いながらもクーナも夢中になっていて食べていた。
ただ、お値段もそれなりにする。
クーナの手持ちは足らなかったので、有り金を全部いただいてから足りない分は俺が払っている。
「これからは、うっかりは止めます。私は生まれ変わりました!」
クーナがキツネ耳をぴんっとして決意表明した。
俺とアンネは目を合わせて苦笑する。期待せずに待っていよう。
食後のお茶も飲んで、そろそろ出発する頃合いだ。
「屋台でクレープを買って帰ろうか。帰り道に美味しい店があるんだ。夕食はクーナが出してくれたし、デザートは俺が出すよ」
「うわぁ、クレープ大好きです! ソージくん、私のは生クリームましましで! 果物がどっさりのがいいです!」
こんなもので喜んでもらえるなら、いくらでもクリームを追加トッピングしよう。
「クーナは本当に遠慮がないわね……」
「アンネも遠慮することはないんだぞ?」
「私はいいわ。クーナと違っていくら食べても太らない不思議な体の持ち主じゃないもの」
スレンダーで胸が小さいこと以外はスタイルのいいアンネもいろいろと悩みはあるようだ。
「それから、明日はさっそくダンジョンの日だ。久しぶりに封印都市の地下迷宮に潜るぞ」
「腕が鳴るわね」
「今まではたしか地下十階までしか行ったことがなかったですよね! 私たちもランク3ですし、地下二十階ぐらいまで一気に行きましょう!」
「簡単に言ってくれるな。だが、面白い」
地下二十階か。
たしかにそれもありかもしれない。
封印都市の地下迷宮はおおよそ十階ごとに敵のランクが変わる。
二十階から先はランク3の魔物が出現する。
俺たちならそれぐらい深く潜らないと強くなれないだろう。
「よし、地下二十一階を目指してみようか。ただ、四日しかないから、二十階を目指すのは、なかなかつらいぞ」
騎士学校は、地下迷宮の探索を奨励するため、週の前三日だけしか授業がなく、残り四日は地下迷宮の探索となる。ちょうど、明日から探索が可能になる。
帰りにかかる日数を考えると、二日目の昼には二十階にたどりつきたいところだ。
今までの俺たちはとても、そんなことはできなかった。ランク3に上がっていて、踏破ペースはあがるだろうが、それでもなお無理をしないとたどり着けないだろう。
「誰にいっているんですか。このクーナちゃんに不可能はありません」
「私も賛成ね。無理をしてでも今より強くなりたいわ」
「二人の気持ちはわかった。かなり、無茶をするがついて来いよ」
二人がうなずいた。
これなら大丈夫だろう。
気になるのが、シリルの手紙に書かれていたユキナのことだ。
明日、ユキナが俺の機械魔槍ヴァジュラの外殻をもって出発するらしい。
エルシエからここまでは三日。すれ違いにはならないと思うが、一応寮母さんに伝言を頼んでおこう。
講師の準備はまだ先でいいだろう。
そっちはまだ日程すら決まっていない。
「私は帰ったら特製のイラクサクッキーをたっぷり作りますね!」
「そうしてくれ。これだけ深く潜るんだ。保存食はなるべくもっておきたい」
クーナ特製のイラクサクッキー。ラードとナッツ、ハチミツをたっぷり練り込んだ保存食。
あれは一枚食べれば一食分になる超高カロリーかつ栄養たっぷりのクッキーだ。
基本は、魔物を狩って食料を現地調達するとはいえ、食べられる魔物ばかりに出会うとは限らない。いい保険になる。
「楽しみだな」
きっと、久しぶりの地下迷宮は今までと違った顔を見せてくれるだろう。
◇
昨日は、あれからクレープを食べて、探索に必要な消耗品を買って帰った。
昨晩のうちにテントなどの整備を終わらせている。
探索を始めてからずっとお世話になっているテントだ。愛着もでてきた。
今度、テントを買った店にまた行こう。
すでにテントの分割払いは終わっているが、金のなかった当時の俺たちにサービスしてくれた恩がある。少しでも売り上げに貢献したい。
「ううう、眠いです」
「この時間から潜らないと、距離を稼げないからな」
まだ早朝と呼べる時間帯だ。
だが、地下迷宮の探索では早めの出発が鉄則だ。
ダンジョン内なのに、昼は偽物の太陽に照らされ夜には日が暮れる。
夜は魔物が活性化するし、視界が悪い中で戦うのは自殺行為だ。
明るいうちに距離を稼いで夜は野営を設置して動かないようにする。
「いつもの屋台に行きましょう」
「ですね。あれを食べると目が覚めます」
アンネの誘いで、地下迷宮の入り口近くの屋台で、クズ野菜と肉の切れ端がたっぷり入ったスープを購入する。
この屋台は、早朝から地下迷宮に向かう冒険者向けに早朝からやっているうえ、昼と夜は定食屋なので、野菜や肉の切れ端をたっぷり使った栄養たっぷりのスープを安く提供してくれるありがたい店だ。
金銭に余裕ができても、習慣は変えられない。
なにより、このスープはうまい。
スープを口にした瞬間、戦闘モードに意識が切り替わるのを感じる。
俺たちは三人そろって地下迷宮に入る。
懐かしい匂いがした。
さて、ランク3になった俺たちの力。この懐かしい場所で試すとしようか。
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