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チート魔術で運命をねじ伏せる  作者: 月夜 涙(るい)
第六章:ソージが呼ばれた意味
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第四話:思わぬ嫉妬とソージのいたずら心

 予想していた通り、俺たち三人がランク3に上がっていたことがばれて大騒ぎになった。


 クーナとアンネ、二人と婚約発表したとき以上の騒ぎようだ。

 数年に一度、卒業寸前になんとかランク3に届く生徒がいるという、この学園でまさか夏休み明けの一年がランク3になったというのはそれだけ異常なことだ。


「すごい騒ぎになりましたね」

「そうね。私だって、ソージと出会う前なら、こんなことありえないって言っていたはずよ」


 クーナとアンネの二人が苦笑している。

 騒ぎにならないようにもう少し、ランク3になったことは隠していたかったが、どうしようもない。

 腹をくくって、あとは成り行きに任せるしかない。


 集まって来る生徒たちに謝り、質問攻めから抜け出して、その場を離れる。

 急いで、ナキータ教官のところにいく必要がある。


「ソージくん、どうしましょう? もしかしたら監禁とかされて、秘密を話すまで出してもらえない。なんてこともありえるかもしれません」

「大丈夫だよ。隠す秘密なんてないからね。全部話すさそれに準備はしてあるさ」


 こうやって騒ぎになることなんてわかりきっていた。

 だから、ちゃんとそのための仕込みはしてある。

 さて、面倒なことはさっさと終わらせてしまおう。


 ◇


 俺たち三人は運動着から制服に着替えて、ナキータ教官の部屋に向かう。

 騎士学校の教官たちはそれぞれに個室が与えられているのだ。


 ノックすると、慌ただしく動きまわる音が聞こえてきた。

 それから、数分経ってから入っていいという声が聞こえてきた。

 俺たちは頷き合って中に入る。


「ナキータ教官、来ましたよ」

「やあ、ソージ、思ったより早かったね」


 部屋を見渡すと、さきほどの音の原因がわかった。

 生徒に見せてはいけなさそうな書類が乱雑に一か所に集められ、ひっくり返されていた。

 普段から、整理していないからこういうことになる。


「ええ、面倒なことはなるべく早く済ませる性分なんで」

「面倒なことね。……ほんとだよ。もう、すっごく大変なことになるんだからね。仕事が増えちゃったよ!」


 ナキータ教官が、ぷくーっと頬を膨らませる。

 大人のくせに、こういう子供っぽい仕草が妙に似合う人だ。


「えっとね、ソージ。この速さでランク3になっちゃうってさ、すごいってだけで済まないんだよ」

「ランクの高い冒険者の数はそのまま、国の軍事力につながる。その秘密には千金の価値があるでしょう」


 たとえば、半年で自国の兵士をすべてランク3にすればこの世界の覇者にすらなれてしまうだろう。

 ランクが一つ違えば、世界が違うのだ。

 ランク2の冒険者を倒すにはランク1の冒険者が百人以上必要となる。ランク3が相手ならランク1がどれだけ束になろうが勝てるビジョンがわかない。


「よくわかってるね。まあ、あたしも学園も、君たちを守りたいんだけど、そうは言っても、ここは国の機関だから、お上には逆らえない。……どうやってそれだけランク3に至ったのかを調べて報告しろってお達しが、早速来たよ」


 予想通りだ。

 さて、事前に用意した資料を渡すとしようか。

 資料を取り出そうとしていると扉が開いた。


「ナキータ、入るぞ」


 入って来たのは、角刈りの巨漢の男。

 入学試験のときに世話になったスゴート教官だ。


 彼は、アンネのほうを見て、一瞬気まずそうな顔をしてからナキータ教官に視線を戻す。


 彼は、騎士学校時代アンネの母親に惚れていた。アンネが面倒なことに巻き込まれており、複雑な気持ちなのだろう。

 彼はアンネを守るために行動してくれる。味方だと思って良さそうだ。


「あっ、おっそいよ。スゴート」

「黙れ、遅刻の常習犯。さて、全員集まっているようだな。この問題は、一教官の手に余る。教育主任として私が監督することになった」

「そのつもりで、俺も対応します。ちょうど、俺たちがどうやって、ランク3になったのか話をしていたところです」

「ふむ、では説明を開始してくれ」


 俺は息を吸う。

 さあ、始めようか。


「まず、大前提です。すでにランク2になったときの騒ぎで魔石から瘴気を取り除くことで、身の丈に合わない魔石を使用でき、なおかつ瘴気を取り込まないおかげで、ランク上昇効率が二倍近くなり、体への負担がないから連続しようできることを説明しております」


 ゲーム時代に、数百人のプレイヤーたちが共同研究し、完成させた術式【浄化】。

 それは魔石に潜んだ瘴気を除去する。


【浄化】が出来上がる前はランクアップは大変だった。

 なにせ、強い魔石には強い瘴気が潜んでいる。


 自らのランクに見合わない魔石を吸収するだけで、死のリスクすらあった。

 ちょっとずつ、自分がぎりぎり耐えられる魔石だけを吸収し続けるなんて面倒なことが必要だったのだ。


【浄化】により、どれだけ強力な魔石でもランクに関わらず、接種できる。


 さらに、瘴気は魔石の力の吸収を妨害する性質があったため、瘴気のない魔石を作り出すことで、結果的にランクの上昇率も二倍近くなった。


 プレイヤーが開発した中でトップクラスに利便性が高い魔術、それが【浄化】だ。


「ああ、その件については感謝している。術式まで提供してもらったからな」


 そして、俺は自らの安全のために、【浄化】の術式をすべて公開した。

 もっとも、あえてプレイヤーたちが限界まで効率化されている美しいコードを、ダミーを交えて長くしたうえ、処理を複雑にしていた。


 そのおかげで、俺と同等以上の魔術士でないと使えない代物に劣化している。


「俺が提供した術式は、ちゃんと検証したんでしょう?」


【浄化】の術式を渡して、それを大事に保管しているだけなんて間抜けはいない。

 手に入れれば、必ずそれを利用しようとする。


 それに、俺の言うことが嘘の可能性もある。検証は必ずしているだろうし、検証できれば次は改良して、誰でも使えるようにして、大量に魔石を【浄化】しようと動き出すはずだ。


「もちろんだ。そして、【浄化】の実現に成功した。……だが、現状では複雑すぎて、あの術式は使い物にならない。この国のトップクラスの魔術士たちを何十人も集めて研究しているところだ。君の術式は複雑すぎて、誰ひとりそのままでは使用できなかった。だから、いろいろと手を加えた」


【浄化】の実現に成功したということは簡略化できたということだ。

 少し、驚いた。

 あの術式を理解することができるとは思っていなかった。


「……簡略化も成功とは言えない代物だ。君の術式の記述のほとんどが解析不能で、ほぼ勘と総当たりで簡略化したのだ。その結果、なんとかこの国の最高位の魔術士が、二十回に一回程度成功する術式が完成した。残り十九回の失敗した魔石は、たいていは壊れるか、悪化している……まだまだ実用に耐えられるレベルではない」


 なるほど、そのレベルか。

 わからないから、適当に使える限界まで圧縮して、わけのわからない術式にした。適当に削って大丈夫なところを探し続けたのだろう。


 二十回に一回とはいえ、ちゃんと効果を発揮するのは奇跡と言っていい。

 すさまじい回数の実験をした結果だ。


 いったい、何千、何万の魔石を無駄にしたのだろうか。

 もったいない。


「スゴート教官、あの術式を改良しようとすること自体が間違っています。あれには無駄なんてない。成功率が低く、燃費が悪くなったのは、必要な術式を削った改悪のせいです。俺なら、あの術式のまま、成功率百パーセントで魔石を【浄化】できます」


 大嘘だが、そう言っておく。

【浄化】を本当に簡略した術式が出回ると、面倒なことになるのは目に見えている。


「……あの術式を実現できれば成功率が百パーセントなのは知っている。君はナキータ教官の前で、それを実演してみせた。ナキータ教官も、術式に偽りがないと証言している。だが、我々の立場も理解してくれ。超天才でないと使えない術式なんて意味はない。そして、意味がないからと捨て置けるようなレベルの発明ではないのだ」


 それはそうだろうな。

【浄化】の価値は計り知れない。なんとしてでも形にしたいだろう。


「検証と、皆様のどういう努力をしているかはわかりました。ただ、俺の【浄化】が本物であることは証明されているわけです。そして、その前提でこいつに目を通してください」


 あらかじめ用意していた資料を渡す。

 俺は記憶力には自信があり、なおかつまめに記録をつけている。


 渡した資料は、俺たちが今まで戦ってきた魔物すべてと、【浄化】し投与した魔石の数が、日ごとに書かれている。つまりは俺たちがどうやって強くなったかの足跡だ。


「俺はすべてを明かしました。【浄化】を身に付け、ここに書いている魔物と戦いを経験し、書いている通りのペースで魔石を吸収すれば誰でも、半年もかからずにランク3にたどり着くでしょう」


 スゴート教官とナキータ教官は食い入るように、俺の渡した資料を呼び込む。

 どんどん、彼らの顔が引きつっていく。


「ありえない。こんなの……こんなの公開できないよ!」

「同意だ。これが最善だ。こうすればランク3になれると公表するのは、生徒や冒険者たちに自殺しろと言っているようなものだ……、真似をすれば死ぬ。逆に疑問が湧いてくる。なぜ、君たちは生きている。普通なら、両手両足の指で数えきれないほど死んでいるぞ?」


 パワーレベリングのために、ぎりぎりの戦いを繰り返してきた。

 ランク以上の強さを発揮できる俺たちですら、危険を感じるほどの戦い。

 それを、ここの生徒たちが真似しようとすれば、あっさりと死ぬだろう。


「ですが、それがすべての真実です。これ以上、なにも隠していません。……そうですね。この街を離れてからの情報は集まらないでしょうが、この街にいる間のことは、素材を売り買いしている店にあたってください。裏がとれると思います」


 なにをどれだけ売っているかで、だいたいどれだけの魔物を狩っているかはわかるだろう。


「……信じられないが、信じるしかないようだ。君の資料は学園内で共有したあと、国に報告させてもらう」

「ええ、どうぞ」


 それで済んでくれれば、それでいい。

 まずはこの場はこれで収まりそうだ。

 スゴート教官は話が分かる大人で助かる。

 スゴート教官は大きく長い息を吐いてから、こちらを向いた。


「ソージ、これはさきほどの【浄化】と関係のある話だが……君にスカウトが来ている。騎士学校ではなく、この国最大の魔術機関、クラムリンド魔術研究所へのスカウトだ。そこで、【浄化】の最適化の研究をしてほしいとのことだ。年間契約で基本給に加え成果手当もある。詳細はこの紙を見てくれ」


 軽く資料に目を通す。

 なるほど、ずいぶんと買ってくれているようだ。

 とんでもない高級、下手な貴族の年収を軽く上回る。給料以外の待遇もい、さらに爵位をもらえるらしい。

 だが、迷う必要なんてない。


「お断りします」


 金なんて手段を選ばなければいくらでも手に入れられる。

 爵位も、このまま学園を卒業できれば手に入るのだ。心を惹かれたりしない。


「わかった」

「……引き留めないんですか」


 てっきり、強引に勧誘してくると思った。

 国の利益のために、引き受けなければこの学園の退学。それどころか暴力に訴えたり、クーナたちを人質にする。それぐらいは想定していた。


「君の意思に任せるようにと国王からの通達がある……なぜ、国王が君を守ろうとしているのか、私には想像もできないな」


 なるほど、あの人なりにアンネのために何かをしようとしているのか。アンネの父親に罪をかぶせてしまったことに胸を痛めているのは嘘ではなかったようだ。


「わかりました。それで、もう一つは」

「……さきほどの研究で、最高位の魔術士たちを集めたと言ったな。それで最低限の成果しか出せなかったせいで、一部の魔術士たちが猛烈にプライドを傷つけられたようで、いろいろと騒いでいる。仮にも天才ともてはやされてきた連中だ」


 ああ、だいたい展開が読めてしまった。


「俺に合わせろと言ってるのですか?」

「ああ、君なら、オリジナルの複雑な【浄化】を使えるということを信じないし、そもそも開発者が君ではない、子供にあんな術式が作れるわけがないと言い出している。めんどうだが相手をしてもらえないか? 形式的には、各地の最高位の魔術士たちを呼んだうえで、君が講演を行う形にする。学園にとっても君にとっても名誉なことだし、謝礼もだす」


 名誉なことと言っても、その客ども全員が俺に恥をかかせるつもりのクズどもだというのが問題だ。

 とはいえ、謝礼の額はなかなかだ。


 この街一番の店で、好きなだけ飲み食いを三回ぐらいできそう。

 そうだな、クーナとアンネを喜ばせるためにそれぐらいなら受けてもいいだろう。

 それに面倒なことを言い出した奴らをからかって遊ぶのもいいかもしれない。


「わかりました。受けましょう」

「助かる。では、日程の調整ができたら連絡をしよう。そして、学園長との面談だが、講演の後に行う予定だ。今の経緯は私から学園長に伝える。事務的なものになるだろう」

「感謝します」


 学園長の前でも、面倒な話になったらやってられない。

 とりあえずは、その最高位の魔術士、自称天才とやらをやり込める手を考えておこう。


 ◇


「ふう、疲れましたね」

「クーナは、一言も話していないじゃない」

「空気に疲れました!」


 クーナの言わんとしていることはなんとかわかる。

 俺も疲れている。

 歩いていると肩が少し重くなった。

 青い鳥が乗っていた。鳥の足には手紙がくくり着けられている。


「あっ、ミルちゃん」


 クーナが小鳥の頭を撫でる。

 この子はシリルのペットで、手紙を届けさせるのに利用していたはずだ。

 手紙を読む。


「父様はなんて行ってます」

「機械魔槍の外殻の修理ができたから、ユキナに届けさせるらしい」

「あのソージくんが、いきなりぶっ壊した、槍が直ったんですか」

「俺だって壊したくて壊したわけじゃない」


 俺とシリルさんで作り上げた機械魔槍ヴァジュラ。

 三つの顔を持つ槍だが、前回、絶対守護領域のコアである十字架を壊そうとしたときに、過負荷で外殻が壊れ、戦場に置き去りにしてしまった。


 おかげで、突撃槍形態にはできず、今は両手槍と直刀の二つの顔しかもっていない。


 シリルの話では、戦争が終わったあとにバラバラになった外殻を回収、修復したということだ。

 半ばあきらめていただけあって、非常にありがたい。


「ただ、気になることも書いてるな」

「えっ、父様がなんか言ってるんですか」

「……改良してやった。それを見て実力の差を思い知れとさ」

「うわぁ、父様は相変わらず大人げない」


 あの人はわりとお茶目なところがある。

 こう言われると、対抗心がめらめらと燃え上がる。


 さらに、クーナには言わなかったが、もう一つ気になることが書いていた。

 とびっきりのサプライズを槍に仕込んだから、楽しみにしておけ。

 いやな予感しかしない。

 あの人なら、戦闘中に俺が困るようなことはしていないはずだ。

 とりあえず、外殻が届いたら、徹底的に調べてみよう。……絶対に見破れないようにしているだろうが、調べることは無駄にならないだろう。


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