第一話:忍び寄る学園最強
寮の鐘が鳴り響く。
学生たちを起す起床の鐘だ。
習慣とは恐ろしい、これを聞くと自然に目がさえてしまう。
「うーん、いい朝です」
「昨日はぐっすり眠れたわね」
クーナとアンネも同じようで、それぞれ起き上がる。
ユーリ先輩の来訪には気づいていなかった。
昨日は二人を堪能してから眠ったので、当然生まれたままの姿である。朝から眼福だ。クーナのエロい体つきも、アンネの控えめだがすらりとした美しい体つきも素晴らしい。
本当に二人と恋人になれて良かったと思う。
そんなことを考えていると二人が俺の視線に気づいて胸を隠した。残念だ。
「ソージくん、アンネ、今日から学園生活ですね。机の上のお勉強なんて久しぶりで、寝ちゃいそうで心配です」
「エルシエだと実戦ばっかりだったからな」
習うより慣れろというのがエルシエの方針だ。
とはいえ、騎士学校が劣っているわけではない。
騎士として恥ずかしくない最低限の素養を得られるし、幅広い知識を得られる機会は貴重だ。
本来なら高い入学金と授業料を払わないと受けられない内容を、特待生の俺たちはただで受けられている。将来のために受けないともったいないだろう。
「クーナ、本当に課題は全部終わっているのよね?」
「何度も言ってるじゃないですか、完璧ですよ! このクーナちゃんに抜かりはありません!」
エルシエに行っている間に休んだ授業を免除する代わりに、課題を提出しないといけない。
夏休みの課題もあるので、すさまじい量の課題を仕上げる必要があった。
俺とアンネは、エルシエにいる間もコツコツとこなしていたが、クーナは手を付けずに残しており、封印都市に向かう馬車で、俺とアンネが全力でサポートをしつつ三日間完徹で終わらせた。
課題を提出できないと来年はクーナが留年して後輩になってしまうし、卒業時にランク3であれば、下級貴族となれるという特典ももらえないのでわりと死活問題だ。
「アンネ、朝食まで時間がある。着替えたら二人でクーナの課題をチェックしよう」
「それがいいわね。クーナの大丈夫は信用できないもの」
ふたりでうなずき合うとクーナがほほを膨らませる。
「アンネもソージくんもひどいです」
「ひどいのはクーナのうっかりだ」
「そうね。なんど迷惑をかけられたのかわからないもの」
クーナは天才肌でなんでもこなすが、抜けているところがある。
日常生活でも、そのうっかりがいかんなく発揮されるのだ。油断はできない。クーナも心当たりがあり言い返せないようだ。
俺たちはそれを見て苦笑しつつ着替えを始める。
どうして、女の子が服を着るところはこうも興奮するのだろう。
俺個人としては、脱ぐときよりも興奮する。
最初は恥ずかしがっていた二人も、最近はあきらめてくれているので、今ではゆっくりと楽しめる。
そして、着替えが終わればクーナの課題に漏れがないかチェックをし始めた。
「クーナ、魔法薬学の課題が一つ足りないんだが」
やっぱりだ。どうしてこうクーナは詰めが甘いのか。
「ソージ、見つけたわ。教科書に挟んであったわ。もちろん白紙よ。どうやらしおりの代わりに使って、そのまましおりに使ったのを忘れてしまったようね」
二人でクーナの顔を見ると、クーナが汗を流し始めを目を逸らし、下手な口笛を吹いた。
「そっ、その、あれです。誰にでも間違いはあります。間違うことが問題じゃない。間違ってどうするかが大切だって、父様も言ってました!」
確かにそれは正論だ。
そして、シリルさんはいいことを言う。
「俺が言いたいことは一つ、それは慰める側がいう言葉だ。とりあえず、さっさと片付けろ。時間がなさすぎる。今回は俺の課題を写せ」
いつもは、クーナが課題を写させてと言っても、クーナのためにならないから断っているが緊急事態だ。
「ありがとうございます、ソージくん! 大好きです」
クーナが抱き着いてくる。
調子がいいやつだ。
「私も今回だけは写させることに賛成だけど、癖にならないように罰を与える必要があると思うわ」
「そうだな。クーナは人に甘える天才だからな。一度甘い顔をするとどこまでもつけあがる」
クーナは聞こえないふりをして全力で課題を写していた。
キツネ耳はぺたんと倒れて外の音を遮断し、もふもふのキツネ尻尾までそっぽを向いている。
末っ子で甘やかされて育ったせいで、クーナのおねだりはもはや芸術の域にある。
気づかないうちに、俺もアンネもどんどんクーナに甘い顔をしてしまっている。
「ソージ、こういうのはどうかしら? 今日の夕食、クーナにおごってもらいましょう」
「それはいいな。いつも、俺がおごっているからたまにはクーナに出してもらおう」
「ひいっ、ただでさえ少ないお小遣いが!?」
クーナのキツネ尻尾の毛が逆立った。
少しかわいそうだが、彼女のうっかりを直すために、今日はクーナに出してもらおう。
あんまり散財させても可愛そうだから、安くて美味しい店を俺は思い浮かべていた。
◇
クーナが課題を写し終わると、食堂に移動した。
特待生寮には、食堂がもうけられており朝からビュッフェが楽しめる。さらに、おばちゃんに頼めば昼食用に余りを包んでもらえて弁当にできるのだ。
金欠気味のアンネとクーナにとって、生命線である。
特待生でいられる限り無料で利用できるし、飽きないようにメニューの種類も日ごとの入れ替わりも多い。
クーナは相変わらず、朝から肉料理をがっつりと取っていた。
アンネは豆類を中心に野菜が多いが、しっかりと筋肉をつけるために豆などのタンパク質多めのメニューを優先している。
俺はバランス派で、野菜も肉もほどほどに。
俺たちが席に着くと、ほかの学年の特待生たちがぎょっとした顔をする。
ある程度の強者は、一瞥するだけで相手の力量がわかってしまう。
ランクを正確に測るには術式が必要だが、そんなものがなくてもおおまかには肌で感じ取れるのだ。
違和感を覚えた何人かが術式を走らせて絶句した。
俺たちがランク3ということに気づいたらしい。
化け物を見るような目で俺たちを見ている。なにせ、騎士学校では数年に一人程度しか卒業までにランク3は出ない。入学して半年たたずにそこに至った俺たちは化け物にしか見えないのだろう。
「ソージくん、周りの視線が突き刺さりますね」
「それは強者としての義務みたいなものだ」
驚くなというのは酷だろう。ゲーム時代、168年分の経験を持つ俺ですら、こんなペースでランク3に至ったことはない。
普通の学生にとってはなおさらだろう。
俺たちは隅のほうに座る。
特待生寮の寮生は少ない。それぞれに定位置のようなものができている。久しぶりの寮の味をゆっくりと味わう。
乱暴な足音がした。
そちらを見ると、二年の腕章をつけた。横柄そうな男子学生が入ってきた。
見覚えがある。
たしか、そうだ入学試験でつっかかってきた上級生だ。
ランク3に到達すると期待されていた生徒だ。
入学試験で負けた腹いせに俺を襲おうとして返り討ちを受けて、治療が終わったあとも、しばらく俺を避けてこの寮に戻ってきていなかったはず。
それがようやく心の傷が癒えてもどってきたわけか。
「おいおい、見慣れない顔がいるなぁ。おまえみたいなやつが俺たちと同じ特待生なんてっ、おうえっ!?」
因縁をつけようとしていた先輩が変な声を上げる。
「どうかされましたか、先輩?」
「いや、なんでもない。しっかりと朝飯は食えよ。しっかりと体を作らないとな。あはははは」
そういって先輩は去っていった。
「ソージくん、あれなんですか?」
「たぶんだけど、俺を逆恨みしていた先輩は、俺たちがいない間に特訓して力と自信をつけていて仕返しに嫌がらせをしようとしたけど、俺たちがもっと強いと見抜いて、慌てて場を取り繕って逃げた感じかな?」
「ソージ、そんなのよくわかるわね」
「わりと、ああいうタイプの人はたくさん見てたからね」
アンネたちとは経験が違う。
きっと、あの先輩は復讐に燃えていたのだろう。
かわいそうなことをしたな。
あっ、先輩が戻ってきた。
顔が真っ赤だ。しまった。音量を抑えるのを忘れていた。さっきの話を聞かれてしまったようだ。
俺に悪気はない。
悪気はなかったが、先輩のプライドを粉々に砕いてしまったようだ。
「おまえ、調子に乗るなよ! もうすぐこの学園最強が帰ってくるからな! この夏休みの特訓でランク3になったという噂だ! 七年ぶりの在学中のランク3だ! デカい顔をしていられるのも今のうちだ。生意気な一年をあの人が許すと思うなよ」
たかが、普通のランク3ぐらい怖くもなんともないのだが。
それよりも……。
「その人が帰ってくるのはわかりましたが、なんで先輩がそんなに得意げなのでしょうか? 先輩は関係ないですよね?」
まったく意味が分からない。
誰かがぷっと笑った。
それが食堂に伝播する。
先輩は顔は肩をいからして食堂を出ていった。
「ソージってたまに容赦がないわよね」
「ですね。あの人立ち直れないかもしれません」
「……俺は悪くないぞ」
さすがに、あそこまで完璧な自爆まではフォローしきれない。
俺たちは、先輩たちのことを忘れて朝食を急いで食べた。
クーナが課題を写していたため、時間が押していた。
朝の食堂ですら、この騒ぎだ。
授業でも、きっと何かあるんだろうな……。
そんなことを考えながら、朝食をかきこむ。
なぜか、クーナに夢中なライルと、アンネに夢中なクラネルが頭に浮かんだ。
あの害虫コンビ……が俺と結ばれたクーナとアンネを見たらどうなるだろう??
とりあえず今は何も考えずに朝食を楽しもう。
問題が起こったときに考えればいいのだ。




