第二十一話:それぞれの死力
ついに戦争の日が来た。
広大な平地に陣を作り、エルシエの戦士たちと神聖薔薇騎士団の面々が向かい合っていた。
両者の距離は、想定通り二キロ。
エルシエは二百人程度、神聖薔薇騎士団は兵の数は同じぐらいだが、シリルが精霊喰いと呼んだ魔物が兵士と同数いた。
鳥の翼をもった黄土色の芋虫。口はでかくクーナの頭ぐらいなら丸呑みできそうなかなり不気味な魔物だ。
平地の中央にエルシエと神聖薔薇騎士団の数名が向かっている。
戦いのためではない。戦争の条件について確認をし、戦いの開始を告げるためだ。
今回の戦争ではお互いに最初は陣に待機するというルールまである。
エルシエの戦士と神聖薔薇騎士団が改めて書面を読み上げ、うなづき、そして角笛のようなものを思い切り吹き鳴らす。
戦いが始まった。
「一斉射撃開始!」
シリルの声が響き渡る。
エルフたちが改造クロスボウから矢を放つ。
どういう仕組みか、一発撃つごとに自動で矢が装填され弦がひかれる。
それによりとんでもない速度での連射が可能だ。
「これが、エルフの弓か」
エルフの弓は風と共にある種族。
本来、放たれた矢は風の抵抗を受けて失速する。だが、エルフたちの矢は一切風の抵抗をうけない。
それにとんでもない初速だ。
このクロスボウの弦は魔物の素材を作っており、常識外の張力。それに矢にも魔術がかかっていた。
信じられないことに、放たれた矢が加速している。
目に魔力を込めて視力を強化しているが、矢を追いきれない。
敵に矢が突き刺さり、【加護】の光が漏れ出る。
これだけの距離、とんでもない速度での連射をしながらすべてが命中。反則じみた超精密射撃だ。
敵はあわてて、中央に集まる。その間も矢が降り注いで被害を出し続ける。
そして、ようやく結界が張られた。
結界はすべての矢をはじいていた。話に聞いていたとおりの防御力だ。
「ソージ、アンネロッタ、クーナ。突撃部隊は前へ! 射撃部隊の半数は連射速度は落として牽制射撃へ移行。残りは突撃部隊と距離を保ちつつ全身!」
「了解!」
シリルの号令と共に俺たちは飛び出した。
敵は矢を恐れて結界に引きこもっているので弓や魔法を使ってこないので安心して前に出られる。
シリルの作戦は極めて単純だ。
矢による牽制を続け、結界にくぎ付けにする。
その状況で、火狐たちを中心にした突撃部隊を護衛にして、俺とクーナ、アンネ、シリルが結界まで肉薄。
火狐たちは精霊喰いの効果範囲である百メートルのぎりぎり外で待機。
いかに無敵の結界だろうが、クヴァル・ベステの能力。魔力も【加護】もすべてを食らう【暴食】であれば斬れる。
とはいえ、あの規模の結界であれば完全に結界を破壊することは不可能だ。
だが、一時的にほころびは作れる。
そのほころびから、俺とクーナとシリルで結界内に侵入。
二百の兵士と二百の精霊喰いの密集地帯を突き抜けて、結界の起点である十字架を破壊し撤退し、待機していたエルフたちが結界がなく無防備になった敵軍に対し、矢の飽和射撃を開始する。
精霊喰いを優先して処理、精霊喰いが壊滅すれば火狐たちが突撃し、炎も交えて殲滅。
つまるところ、結界の起点となる十字架の破壊を失敗した時点で負けであり、俺たち【魔剣の尻尾】にすべてがかかっている。
「ソージくん、ちょっと緊張してきました」
となりで走っているクーナの顔が心なしか青い。
修羅場をいくつもくぐって来たクーナも、今回ばかりはかなりプレッシャーを感じているようだ。
「私も少しだけ、不安ね」
アンネもそうだ。
二人とも、まだ少女だ。この極限状態で心細くなるのも無理はない。
ここは経験豊富な俺が二人の緊張を解かないと。
「安心しろ。俺がいる。二人が失敗しても俺がなんとかするから、失敗を恐れる必要はない」
精一杯の明るい笑顔と声で二人を励ました。
おかしい、二人は俺の顔を見てきょとんとした顔を浮かべていた。俺は何か変なことを言ったのだろうか?
「ソージくんだって、緊張でがちがちじゃないですか」
「そうね、声が少し上ずっているわ」
二人がくすくすと笑った。
……実は俺も緊張していた。背負った命の数が多すぎる。
だが、二人と話していると体が軽くなった。
クーナもアンネも同じだ。良かった、何にしろ緊張が解けた。
「三人とも、そろそろ接敵する。準備をしておけ」
火狐たちが足を止めた。
これ以上、進めば精霊喰いの影響を受けて壊されかねない。
ここから先に行けるのは、俺たち四人だけ。
シリルの【翡翠眼】が輝きを増す。まとう風が翡翠色に染まった。
ハイ・エルフというエルフの超越種が持つ、世界最高の魔眼の一つ。すべての属性の精霊を従える存在。その圧倒的な力で、精霊喰らいに狂わされそうになる精霊を正常に保つ。
だが、完全に正気に引き戻すことは難しいらしく。シリルの話では、体内の精霊を乱されるせいで普通のランク5程度まで能力は落ちるらしい。
「俺たちも始めよう」
「はい、ソージくん……【真炎回帰】」
クーナの全身に金の炎がまとわりつき、密度がどこまでもあがる。そして半ば物質化した炎が八本クーナの背後に現れた。
もとの尻尾と合わせて、九本の尻尾。
クーナの目が紅色に輝く。
火狐という種の先祖返り、炎の絶対支配者、九尾の火狐。
伝説にしか存在しない姿にクーナはたどり着いた。
いつ見ても魂が震えるほど美しいクーナの真の姿。
「俺も始める。【白銀火狐】」
クーナが九尾化したことにより、体内に取り込んだクーナの変質魔力が活性化した。
クーナとのキスで取り込んだ因子を魔術で加工して疑似因子に。
そして、変質魔力で励起。
銀の炎が吹き荒れる。そして、クーナの炎のように密度をまし、一本の銀の柱となり背後に顕現。
これこそが、クーナの【真炎回帰】を真似た疑似、九尾の火狐化【白銀火狐】。
この状態ではただのクーナの劣化に過ぎない。
だから、重ねる。
「続いて、【紋章外装】」
瘴気の紋様が体に刻まれる。
瘴気を纏って鎧にする。俺が造り上げた切り札を発動させた。
銀の炎と瘴気が反発する。
瘴気と白銀の炎の双方に俺のマナを溶け込ませ性質を変え、二つを交じり合わせる。
二つの全く異質で、交わるはずのない力が一つになり、さらにお互いの力を高め合いまったく新たな炎を生み出す。蒼く染まった炎。俺の魔力の色に染まった世界で俺だけに許された炎。
その名は……
「【蒼銀火狐】」
クーナを守るため、そして誰よりも強くなることを願って生み出した最強にして最高の魔術だ。
「私も負けてられないわね……【第二段階開放】」
クヴァル・ベステが脈動し、触手のように紋様が湧き出てアンネの肌に侵食していき、脈打つ。
そして、優しい光を放った。
すべてを食らう【暴食】の力で、クヴァル・ベステにありとあらゆるものを食らわせ断ち切るのが【第一段階解放】
だが、第二段階では、クヴァル・ベステが【暴食】で喰らい続けた力を術者に与える。
クヴァル・ベステを従え、己の限界を超えたものだけがたどり着ける境地。
三人が三人、ランクを超えた力を発動した。
俺は、機械槍ヴァジュラを構える。
今は第一形態巨大な機械鎧を取り付けた巨槍だ。
もう、数秒で結界に到着する。神聖薔薇騎士団の面々の表情まで見える距離。
アンネがクヴァル・ベステを納刀した。
クヴァル・ベステの輝きが一層強まる。限界まで力を引き出しているのだ。
ついに結界にたどり着いた。
「アンネ!」
「わかっているわ」
アンネが俺たちより若干、先行して最強の一撃を放つために足を止め、溜めを作った。
そして、必殺の一撃を放つ。
「【斬月】!」
俺が教え、気が遠くなるほどの修練と想いを重ねて、俺を超え、アンネの代名詞になりつつある技を放つ。
数千、数万。同じ型を繰り返した先にしかたどり着けない。アンネの魂の一撃。
一閃。刀身が目に映らない速さ。【暴食】による緑の光だけが余韻のように広がっている。
無敵だった結界が構成するすべてを喰われたことで綻ぶ。
アンネは、振り切った剣を手首を返しつつ、引き戻す。
「【重斬月】」
斬月の派生技、刃を二つ重ねる二連撃。
二つ目の技は、【暴食】を使わない。
むしろ刀身から魔力を立ち昇らせていた。
【暴食】でできた綻びを広げるために内側から魔力を爆発させたのだ。
人ひとり、ぎりぎり通れるだけの隙間ができた。
アンネは自らの役目を果たしてくれた。
彼女は振り向かずに口を開く。
「あとは任せたわ」
「任された!」
アンネが汗をびっしょりにしてその場で立ち尽くす。
この二連撃で魔力も気力も軒並み使いつくしたうえ、クヴァル・ベステの力を引き出しすぎた。その反動でアンネはぼろぼろだ。
もう彼女は戦えない。文字通りこの一瞬で己のすべてを使い果たした。
シリルがアンネの首根っこをつかんで後ろに放り投げた。
アンネの体が風に乗り、後方に待機している火狐たちに受け止められた。
乱暴だが、精根尽きたアンネを最前線に置き去りにするよりはずっと安全だ。
俺たち三人はアンネが作った隙間から結界内に入った。
四百の視線が俺たちに集まる。
三人で予定していたフォーメーションを展開する。
俺が頂点となる逆三角形。巨大な機械槍をまっすぐに構える。
向けた先は、結界の起点となる十字架をもった男性。これだけの規模の結界、魔力の流れをみれば結界の発生個所の特定はたやすい。
今、相手は動揺している。この一瞬を逃せば終わりだ。
シリルの右手に翡翠色の風がとんでもない勢いで集まり、小さな風の球ができた。そのサイズでありながら巨大な台風にも匹敵するエネルギー。
クーナの左手に黄金の炎が集い燃え盛る。粘度をどんどん増していき、半ば物質化してきた。それはまるで黄金の太陽。
「行きます。【九尾金炎】!」
黄金の太陽、そしてクーナの背後に展開していた八本の金の柱がまとめて放たれ、弾け、金の炎が吹き荒れる、金の炎はすべてを焼き尽くしながらまっすぐに進む。
【加護】なんて関係ない。一瞬ですべてを灰にする地球上で最強の炎。
数十人を燃やしたが、優秀な何人かの兵士たちは防御魔術を発動し受け止める。
あれを止めるか。なんて奴らだ。
「いい炎だ。合わせがいがある【翡翠騒嵐】!」
その炎を追いかけるようにして、シリルの翡翠の嵐が吹き荒れる。
シリルの風はクーナの炎と一つになり、炎の嵐となった。
シリルの風でクーナの炎はより強く激しく燃え盛る。
黄金の炎と翡翠の風。その二つはまるではじめからそうだったかのように、お互いを求めあい高めあっていく。
炎の嵐は、敵の放った防御魔術ごと術者を飲み込み、そのまますべてを蹴散らしていく。
「はああああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおおおお!」
シリルとクーナの親子は風と炎を限界まで絞りだす。
それは、今までみたどんな魔術よりも美しかった。
炎と風が止んだ。
俺の目の前には花道ができていた。
一人の男が十字架をこちらに向かって突き付けている。あれが結界の起点だ。その男と俺たちの間にいた兵士たちはすべて燃え尽きたか吹き飛ばされた。
おそらく結界を周囲に展開するだけではなく、シリルとクーナの合体魔術を受け止めるだけのとんでもない能力があるのだろう。
だが、あまりにも今の一撃は強すぎた。
十字架の核となっている宝石に罅が入っていた。
あの状態なら砕ける。
そして、そのために俺はここにいる。
「お膳立てはしました。出番です。ソージくん」
「行ってこい。おまえにおいしいところはくれてやる」
二人が言葉を発したのと、俺が飛び出したのは同時だった。
二人が魔術を放っている間、ずっと魔力を機械魔槍に注ぎ続けた。
ほんの一瞬で消えてしまう花道を駆け抜けるために。
すでに兵士たちが慌てて俺と十字架の男の間を防ごうとしている。
だが、遅い。そんな速度じゃ間に合わない。
「【突撃】!」
機械魔槍の四つのブースターが全力で展開する。
前面に風よけのための流線形の結界を形成。
音速を超えた。
槍の先の魔術付与【穿孔】を発動。
着地、そして全力で槍を前に突き出す。
限界の加速、限界まで手を伸ばして、そして……結界の起点となる十字架に届いた。
十字架の宝石が紫色に光る。
俺の一撃を受け止めた。
受け止められたせいで、反動が手首にくる。一瞬で骨が粉砕され【加護】の光が立ち昇る。
それでも手は離さない。
さらに、魔力を機械魔槍に注入【穿孔】により穂先が震え、バーニアがさらに押し込む。
俺のすべてをこの一撃に込める。
「つ、ら、ぬ、け、ええええええええええええええええ!」
叫ぶ。
すべてを出し尽くすように。
魔力も、気力も、なにもかもくれてやる。
だから、砕けろ!
パリンッ。
そんな軽い音がなった。
あまりの過負荷に機械槍にひびが入った。……男が笑う。
これで終わったと思っているのか。
まだだ、まだ絞り切っていない。
外装をパージ、第二形態へ。俺がもっとも得意とした第二形態。両手槍へ以降。
すでに槍を突き立てたゼロ距離。槍を放つためのためが作れない。万事急須。
だが、それは並みの使い手の話だ。
手はある。ここでもっとも信頼する切り札を放つ。俺が開発した槍術にして魔術。
全身の筋肉を完全に制御に置き、螺旋の動きを連動させて、人体が生み出しうるすべてのエネルギーを一つ突きに込める槍の極致。その槍に、今使用している筋肉だけを全魔力で身体能力強化するという超々効率の身体能力強化で後押しする。
過剰な強化で壊れた筋肉から加護の光がたちのぼる。
放たれるは、至高の一撃。
小細工など存在しない。ただ、極めただけ。
ゆえに、すべてを貫く。ゼロ距離だろうが体の捻りだけで十分。
その名は……。
「【神槍】!!」
俺のもっとも信頼する技が放たれた。俺のすべてを乗せた一撃は十字架ごと男を貫いた。
十字架が作っていた結界が砕ける。
「これが俺の力だ」
それと同時に矢が降り注いできた。
その矢は俺の退路を作り、周囲の敵の動きを止める。
エルフたちの長遠距離精密射撃。
……呆れるな。ここまでの芸当ができるとは。
それを無駄にしないように槍を引き抜き、全力で後退。
魔力が搾りかすぐらいにしか残っていないが、なんとか逃げれそうだ。
「掴まれ!」
クーナとシリルの間を通るときに叫ぶ。
二人が俺に捕まった。
二人とも、さっきの一撃で精根尽きているうえに、力を使い切ったことにより、精霊喰いが精霊たちを狂わせる影響をもろに受けて、ぼろぼろだった。
こうなるとわかっていて、二人はすべてを込めた一撃を放った。見捨ててなるものか。
クーナとシリルが最後の力で俺をつかんだ。
俺のほうも余力がない。脳のリミッターを外す。あとで後遺症が残る覚悟で限界以上の魔力を引き出し走る。火事場の馬鹿力だ。
視界が暗く暗転し、意識が落ちる寸前、火狐たちが俺たちを受け止めた。
そして、矢がさきほどまでの三倍ぐらいの勢いで降り注いだ。
ああ見えて、かなり遠慮をしていたようだ。
精霊喰いが次々に矢の餌食になる。
神聖薔薇騎士団は精霊喰いを守ろうとするが、エルフの矢のほうが一枚も二枚も上手だ。
そして、ついに精霊喰いが全滅した。
火狐たちが叫び、突撃。
炎の魔術の攻撃を浴びせるように放つ。
当然、矢もやまない。
数分後、白旗が敵からあがった。
遅すぎるぐらいだ。精霊喰いが全滅した時点で……いや、十字架を砕いた時点で戦争は終わっていた。
「クーナ、アンネ、がんばったな」
もはや、立つこともできないぐらいに消耗した彼女たちに声をかける。
「ううう、きもちわるいです。精霊喰い、もう、みたくないです」
体の中の火の精霊を狂わされたクーナはほんとうにつらそうだ。
自慢の尻尾はしぼみ、キツネ耳はぺたんと倒れている。
「クヴァル・ベステ、本当に容赦ないわね……でも、感謝しないと」
アンネはアンネで限界を引き出した反動は相当厳しいようで、乱れた髪を直す余裕もない。
「ほら、肩をかしてやるから立ち上がれ」
「ソージくんだってぼろぼろじゃないですか」
「無理はしないで」
二人が心配して声をかけてくれるが、それは聞けない。
「肩を貸しているだけとわかっていても、ほかの男が二人に触れるのが許せない。だから俺がやる」
「……ソージくん、どれだけ嫉妬深いんですか」
「ソージってそういうところがあるわよね」
二人が呆れたような声音でそういって、でも嬉しそうに微笑んで俺の肩に手を伸ばす。
さあ、帰ろう。
俺たちは勝ったんだ。