第二十話:戦争のルール
戦争が近づいているのが肌でわかる。
最近はエルシエに怪しい人間がよく入り込んでいる。
もともと、エルシエはほかの都市での交易が活発で火狐やエルフ以外の出入りも激しいのだが、スパイとおもわしきものが紛れ込みエルシエの内部を探っているのだ。
問題は、怪しいとわかっていても手を出せないこと。
表向きは、交易の相手だ。敵と決めつけて危害を加えるわけにはいかない。
シリルと話したが見られて困るものはないと、気にしていないようだ。
シリルいわく、今回はルールがある戦争らしい。
戦争には二種類ある。
一つはルールがない戦争だ。街に押し入り、軍人かどうかも気にせずに殺しつくして奪いつくす。こういう戦争の場合は泥沼になることが多い。明確な終わりがないのだ。そのうえ、民間人や街に傷跡が刻まれる。
もう一つはルールがある戦争。場所と日時を決めて、終了条件を明確にしておく。その結果を踏まえて交渉を進める。こちらの場合は基本的には軍人以外は戦わない。街に被害は少ない。
後者のほうが勝とうが負けようがマシになる場合が多い。
デメリットも当然ある。本来、エルシエを戦いの場にしたほうが有利に戦える。
エルシエには街を包む防壁をはじめとした設備が用意されており、守るのには向いている。お互いの同意で戦いの場所を決める以上、エルシエ側が一方的に有利な戦場が選ばれるわけがない。
逆にルール無用の戦いを選んだ際の利点がある。もともと少数精鋭のエルシエ側は精霊喰らいの襲撃を無視して、敵の街を滅ぼすなんてやりかたも可能なのだ。
シリルは、真正面から戦っても勝算があると踏まえて買っても負けてもエルシエに被害が少ないほうを選んだようだ。
「ソージくん、また考え事ですか」
「最近、ずっとそんな感じね」
クーナとアンネが俺の顔を覗き込んできた。
今は商店で買い物をしていた。
最近、根を詰めすぎたので今日は休日だ。
エルシエは立地的には辺境と言えるような場所だが、魅力的な商品を多く生産しており、多数の商人たちが仕入れにやってくる。商人たちは手ぶらでやってくるわけではない。エルシエで売るための商品をもってくる。
そのおかげで、いろいろなものがそろっていて、なかなか買い物は楽しい。
「今まで強くなることだけを考えてきたけど、強くなって戦う以外のことができないかを考えていたんだ」
「たしかにそうですね。私たちはただの戦士ではいられないです」
エルシエの姫君と、その婚約者だ。
その立場に応じた責任がある。
「だけど、悔しいことに今回はシリルさんの手ごまになって動くしかないな。シリルさんの描いている絵を変にいじれない。……もし、次があるなら一緒に絵を描く。そのためにいろいろと今回の流れを頭のなかで整理しているんだ」
ここまでくれば、下手なアドリブはできない。
だが、次に同じ状況になれば見ているだけで終わらせない。そのために必要なことをしておく。
それが俺の考えだ。
「めずらしく、ソージくんがかっこいいです。私もソージくんを見習います」
クーナが左腕に抱き着いてきた。
「そうしてくれ。アンネ、シリルさんとの特訓はどうだ」
「うまくいっているわ。【第二段階開放】の力を限界まで引き出せた。ソージとクーナに追いついてみせる」
「さすがだな。アンネとクヴァル・ベステの力、楽しみにしているよ」
「ええ、ソージが傍にいてくれるなら私は頑張れるわ」
アンネが笑う。
これで、【魔剣の尻尾】のメンバー全員が力を身に着けた。
クーナは【真炎回帰】を極め、俺は【蒼銀火狐】を完成させ、アンネはクヴァル・ベステの【第二段階開放】の力を使いこなしている。
エルシエに来てよかった。ここでなければ身に着けられなかっただろう。
しばらく、買い物を続けた。
クーナは服を、アンネは小物を買っている。
俺のほうは、趣味の乾燥ハーブ類を仕入れていた。
いろいろと初めて見るものがあって面白い。
買い物が終わり、ライナの家に戻ろうとしたとき、ざわざわと周囲の人々が騒ぎ始めた。
何事かと思ってみると、シリルが帰ってきたのだ。
彼の配下らしきエルフと火狐があわただしく走っていく。
今回、彼は戦争の条件面についての交渉を行ってきたのだ。ようやく、話がまとまったと見ていい。
そして、その結果がすぐにでも共有されるだろう。
◇
俺の読みは正しかった。
シリルは夜に、エルシエの戦士たちを広場に集めた。彼はブラックボードの前にたち、戦士たちと向かい合っていた。
戦士たちにも序列がある。
ライナを筆頭とした、ランク5の超越者、十数名だけで構成された精鋭部隊イラクサがトップ。
その下に軍が存在し、最低でランク2、多くはランク3かランク4という通常では考えられないぐらいの強者が集まった数十名の集団。
そして、ランク2に満たないもの数十人は上記の強者をサポートするという形になっていた。
あまりにも壮観な光景だ。
これだけの戦力なら、どんな国だろうが滅ぼせるだろう。
「みんな、よく集まってくれた。これより軍議を行う。指揮官にはすでに詳細を伝えているが、改めて全員に説明しよう」
シリルの声は、張り詰めている。
「戦争の日時は一週間後、早朝から日が沈むまでの戦いとなる。戦場は、五キロ南に行った、巨大な平原だ。遮蔽物はまるでない。夜が訪れる前に戦いが終わるから視界も常に良好。真正面からぶつかる以外、なにも考えられない単純な戦闘だ」
おそらく、この戦場を選択したのは敵だ。
強力な結界と、精霊喰い。そのアドバンテージを生かすならシンプルな戦場がいい。
だが、それにシリルが気づかないはずがない。それでも勝てると思ったから条件を呑んだのだろう。
「勝利条件は、大将の首をとるか、相手に降参させること。その条件が達成されなければ、日が沈んだ後、お互いの被害状況に応じての交渉だ。戦争終了後に捕虜の引き渡しを行う。そして、この戦争に勝った場合と、負けた場合の話をしよう」
場の空気が一団と張り詰める。
「勝った場合には、賠償金が手に入り、今後一切、エルシエ及び、クーナには手を出さないことを約束してもらう。ただの口約束じゃない。相手側のトップを含めた数名の心臓に【誓約】を施す」
【誓約】は強力な呪いだ。
それを破れば心臓がつぶされる。約束を破ることはできない。
「そして、俺たちが負けた場合は、賠償金を支払うと同時にクーナを差し出し、さらに俺が向こうの組織に所属することになる」
みんなが息をのむ。
戦士たちの目に決意の炎が宿った。
クーナはエルシエの姫であり民に愛されている。
姫が連れ去られるのを指をくわえて見ているものはいない。
「俺はクーナを失いたくない。みんなの力を貸してほしい」
その言葉に力強い声で返事があった。
頼もしい連中だ。
「勝つための作戦を告げる。敵は【絶対守護結界】と【精霊喰い】を過信している。そこを突く」
シリルは黒板に図を描き始めた。
「今回の地形では正面衝突以外ありえない。戦争の開始時点ではお互い二キロほど離れた場所に陣を張る。戦争開始直後に一清掃射。エルフの弓なら届く」
一瞬、耳を疑った。
二キロ先を弓で狙うなんて常識の外にある。
だが、ランク5の精鋭をこれだけ抱えているエルシエなら常識なんてなんの参考にもならない。
シリルは淡々と作戦を説明を続ける。
その作戦では俺たち【魔剣の尻尾】が鍵だ。
俺たちが失敗すれば、即敗北。
面白い。燃えてきた。
さあ、シリルの期待。そしてエルシエの運命、なによりクーナの命がかかった戦争。かならず勝って見せよう。




