第十九話:【蒼銀火狐】の完成
クーナの【九尾の火狐化】を穴があくほど見て、俺の【白銀火狐】との違いを分析することで自分に欠けているものを見つけた。
そのクーナは七割までの開放では非常に安定していたが、それを超えはじめると途端に不安定になり、八割を少し超えたあたりで暴走した。ソラとライナ、二人の金の火狐が全力でクーナの力を抑え込み、俺が制御を手伝うことでようやく暴走が収まった。
挑戦は一見、大失敗に見えるが、いい面を見れば八割に至るまでは不安定ながら制御したのだ。
七割で満足していれば絶対にたどり着けなかった。
「やっぱり、まだまだだめです。でも、次はもっとうまくやります」
クーナは疲れて傷つきながら、それでも次はうまくやると前向きな言葉を発した。
心の中で拍手を送る。それでこそ俺が愛した女だ。
クーナが限界のチャレンジをしたからこそ気づけたことがある。
暴走する間際の火の精霊たちの動きの不規則さ。そこに俺が見落としていたものがあったな。
「次は俺の番だな。クーナのおかげで見えたものがある」
それを踏まえて、二度目の【蒼銀火狐】を発動。
残りの【加護】を考えると、今日のチャレンジはこれで最後だ。
……予想通り。結果はまたもや大失敗で【加護】を大幅に削る結果になった。
だが、手ごたえはあった。こうなることはわかっていて確認のためにやった意味のある失敗だ。
ゆらぎの原因は、火の精霊の個体差があるということの見落とし。
それも力を込めれば込めるほど、違った動きをする。
クーナのような極限まで炎に愛されていてもそれだ。俺が扱うのであればもっと揺らめく。
炎の精霊たちでなく、一つ一つの精霊を見て個別に手綱を握る。
それこそが、俺に足りないものだった。
次への道筋が見えた。あとはその足掛かりを元にいくつか試せば、いずれ確実に成功へとたどり着ける。
クーナのおかげで、【蒼銀火狐】の完成までに必要なものが見えた。
「ソージくん、死にかけるぐらいの大失敗しているのになんで、そんなに楽しそうなんですか」
「次がある失敗だからね。今までは、こうしたら成功するんじゃないかって疑心暗鬼で片っ端から試していたんだ。正しい道を選んでいる段階だね。だけど、今の失敗でこの道が正しいと確信できた。あとは進むだけ。つまりは完成は目前だ」
そう、指針さえ定まれば俺ならすぐにでも目的へ到着する。
それだけの技量と経験があるのだ。
「ソージくんの自信を見習いたいです」
「俺の場合は、ちゃんと裏付けがあるからね。自分を客観視したうえでの冷静な判断だ。根拠のない自信はただの害悪だよ。ないほうがいい」
これはこの世の真理の一つ。
自らの能力を正しく認識し、できることはできると言い切る。
できないことはできないと認める。
その判断を正確にできるものだけが成功する。
「それが自信満々だって言うんですよ。ソージくんのそういうところ、嫌う人も多いと思いますよ。……私は好きですけど」
やっぱり、クーナはかわいい。
だから、かっこいいところを見せよう。
「あの、ソージ君、すごくやる気まんまんな顔をしていますが」
「三度目の正直を試そうかと思って」
「だめです。残りの【加護】を考えてください」
それを言われるときつい。
二回の失敗で【加護】が残り少ない。ここはリスクを負う場面じゃないだろう。
「わかった。ここからはクーナの【九尾の火狐化】の手本を見て勉強させてもらうよ」
「そうしてください。このクーナちゃんの本物の【九尾の火狐化】に見惚れるといいです」
俺はうなずいた。
クーナの九尾の火狐になった姿は見惚れるほどきれいだ。
「一つ相談があるんです。その、【九尾の火狐化】って響きがかっこ悪くないですか、ソージくんの【白銀火狐】みたいに必殺技っぽい名前を付けたいです」
「はっ?」
あまりにもくだらないことを言うから素の声をあげてしまった。
「うっ、そんな言い方しないでいいじゃないですか、なんか私も必殺技っぽくしたいんですよ!」
とはいっても、クーナの【九尾の火狐化】は体質的なものだから必殺技ではないんだが。
「自分で決めればいいじゃないか」
「こういうの苦手なんです。ソージくん、名前をつけてください」
「名前を付けるのはいいが、ださいとか言ったら怒るぞ」
クーナはけっこう俺をからかうのが好きだから油断できない。
苦労して考えた名前を、ぼろぼろに言われたら立ち直れる気がしない。
「そんなことしません! それに、ソージくんが名前を付けてくれたら、うまくいく気がするんです。だから、お願いします」
クーナが頭を下げる。
俺は苦笑する。
「わかった。名前をつけてあげるよ」
「ほんとですか!」
「ああ、代わりに今日はしっぽ枕を頼む。クーナのしっぽ枕は最高だからな」
「はい! 今日はしっぽを念入りに洗いますね」
俺的にはむしろクーナの匂いがしたほうが嬉しいが、言ったら変態扱いされるので黙っておく。
そんな俺たちを見て、ソラとライナの二人がにやにやしているが、クーナは気付いていない。妹の恋路を見て笑うのが彼らの趣味だ。
圧倒的な脇の甘さ。それがクーナだ。
「よし、決めた。クーナの【九尾の火狐化】は今日から【真炎回帰】にしよう」
「あっ、なんかかっこいいです」
クーナの九尾の火狐の姿は先祖返り。
真の炎へと回帰する。そのままの名前にした。凝りすぎないほうがいい。
「喜んでくれてよかったよ」
「ソージくんの名付けてくれた【真炎回帰】絶対にきわめて見せますね!」
やっぱり、クーナには笑顔が似合う。
きっと、クーナは今の宣言通り【真炎回帰】を極めるだろう。
俺も負けていられない。
好きな女より弱いなんて絶対に許せない。それが俺のプライドだ。
そのためには、完璧な【蒼銀火狐】がいる。
絶対に極める。
それから、イメージトレーニングと検証をしながらクーナの特訓を見続けた。
次こそは、絶対にマスターして見せる。
◇
それから、特訓を繰り返しながら数日が経った。
そして、戦争ぎりぎりに。ついに【蒼銀火狐】が完成する。
今は平地にいた。
機械魔槍ヴァジュラを構えて疾走。
最初から、外装を外した第二形態の両手槍。
目の前の相手は大振りの攻撃など、いくら早かろうが当たってくれない。
「【蒼銀火狐】」
力ある言葉を紡ぎ、ついに完成した新たな切り札を発動する。
銀の炎が吹き上がる。
体に瘴気の紋章が這っていく。
その両方に俺の魔力が混ざり合い変質し、絶対に混ざり合わないはずの聖なる炎と穢れた黒い炎が絡み合う。
そして、顕現したのは俺の象徴たる蒼の炎。
世界で、俺だけの蒼炎。これこそが、俺だけにしか紡げない。最強の魔術……【蒼銀火狐】!
魔力が満ち身体能力が跳ね上がる。
蒼炎の鎧をまとって、炎操りためて放ち推進力にして急加速。
「ソージ、器用だな!」
目の前の男が男臭い笑みを浮かべる。
槍で真正面から突く。
当然のように躱されるが織り込み済みだ。横ステップでよけられたが、それはそうなるように誘導していたからだ。
だから、すれちがう前には横なぎの動きを開始していた。
だが、敵も一筋縄ではいかない。回避だけではなく反撃も同時。横なぎの槍と敵の振るった剣がぶつかり合う。
俺のほうの体勢が悪いことに加え、敵のほうは大地を踏みしめて放った一撃のため、一方的に押し流される。
炎をバーニアにして飛び衝撃を受け流し、崩れた体勢を制御。
さらに炎の弾丸を魔術で構築し、放つ。
「ランク5相手に力で勝負、金の火狐の俺に炎弾か! 舐めるなよ!」
蒼銀の炎はただの炎じゃない。俺そのもの。金の火狐であろうと無効化はできない。
だが、敵は無効化なんて狙っていない。
着弾の寸前、敵は爆発的にマナを引き出し、金炎の掌底で迎撃。
やるな。疑似九尾の火狐をもつ俺なら、たとえ金の火狐が相手だろうが、集めた炎のマナを奪える。
だが、やつはインパクトの瞬間に莫大な量を一瞬で叩き込んだ。
あれなら、マナを奪う暇もない。
惜しいことにそれも想定内。これは目くらまし。炎と炎のぶつかりで生まれた閃光を利用し、急接近。
こうなることを見越して目をつぶり、相手の斜め後方に向かって超急加速していた。それもしゃがんで相手の視界から姿を消しながらだ。
目を開けたときには奴の視界に俺はいない。
光が止む。
目が合った。
敵は、俺がそこにいると読んでいた。なんという勘。
もう、止まるわけにはいかない。
必殺の一撃を放つ。殺気を放った。
敵は回避行動をとる。
それは、ただしい行動だろう。俺の全身全霊の気からフェイクはありえないとし、最善手である槍の突きを躱すための動き。
必殺の一撃を放つという読みはあたりだ。フェイクでここまでの気は出せない。
ただ、間違いがあるとすれば……。
「【斬月】」
槍の継ぎ目を指ではじいての最速の抜刀術。
そう、槍を交わすのであればその動作はただしい。だが、俺の必殺の一撃は踏み込みながらの抜刀術。
コンマ数秒、回避の前段階の初動にすぎないが、致命的な隙となる。
敵は気付いて、引き分けに持ち込むために剣を振るう。
「俺の勝ちだ」
首筋に、機械槍ヴァジュラの第三形態の刃を押し当て勝利を宣言する。
「……ああ、そうだ。おまえの勝ちだよ。くそっ」
敵……ライナが悔しそうに舌打ちをした。
俺は【蒼銀火狐】を解く。
解いた瞬間、その場に膝をつき、空気を求めて肺が暴れ始め、心臓が悲鳴をあげ、全身に汗が噴き出る。
「げほっ、げほっ、やった、ついに一勝だ」
「まさか、ランク3のソージに負けるとはな」
「まあ、【白銀火狐】で一ランク上の強さ、さらに【紋章外装】で一ランク上の強さだから、その相乗効果が【蒼銀火狐】だ」
「むちゃくちゃだな。俺も【精霊化】でランク5.5ぐらいの強さはあるはずだがな。修行しなおしだ」
ライナがふてくされる。
よほど俺に負けたことがよっぽど悔しいらしい。
「ありがとうライナ。たくさんのことを学べた」
「そんなことを言うな。俺もおまえからたくさんのことを学べた。おまえは俺の最高の弟子で、ライバルだ」
手を握り合う。
大きな目標を超えられた。
致命傷になりえる一撃で終了という条件だが、ライナに勝った。
「ったく、ランク3でそれだもんな。おまえはどこまで強くなるんだか」
「世界で一番になるまでだ。超えられない目標が一人見えているからな。とりあえずは、そいつに勝つことだ」
「それは、世界で一番難しい目標だな」
俺とライナは笑いあう。
いつか、全力のシリルを上回る。ハンデなしで風の魔術を使うシリルに勝てないと最強を名乗れない。
「ソージくん、ついに兄様に勝ちましたね」
「ソージ、かっこ良かったわ。最後の一撃、綺麗だった。久しぶりに濡れる剣を見た。やっぱり、ソージの剣は最高よ」
この戦いは観客として、クーナとアンネ。そしてソラとユキナがいた。
クーナとアンネは俺の勝利を心から喜び、気恥ずかしくなる。
ふと、ライナのほうを見ると、ソラとユキナに負けた負けたとからかわれていた。
俺は空を見る。
やっと、【蒼銀火狐】をマスターした。
マスターしただけではなく使いこなし。ライナの実力に肉薄した。
この強さならクーナを守れるだろう。
相手が誰だろうが、絶対にクーナを守って見せる。
そして、戦争が終われば三人で封印都市に帰ろう。
アンネを貴族にするために、そろそろ帰らないといけない。
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